風水の歴史


(2001.2.18加筆訂正)

中国の歴代紀年表はこちら

 

このページでは風水の歴史について、中国史と併せてふれてみたいと思います。なお、かなり私見の部分が多いので参考程度にしてください。また、間違いがありましたら指摘して下さい。

かなり長文です^^;

 

▼ 紀元前12000年 有巣氏さんの新石器時代(伝説)?

    氷河期が終わり狩猟生活が始まったのがこの頃といわれています。

▼ 紀元前7000年 燧人氏さんの火と農業の発見(伝説)?

    火を使い農業を始めたのがこの頃といわれています。

▼ 紀元前3000年 伏義、神農、黄帝の三皇時代(伝説)?

    伏義さんが先天八卦(河図)を発見したといわれています。黄河流域での仰韶文明の開始。ただし洪水に対しての治水の技術はまだ、無かったと思われます。黄帝が風水誕生のきっかけを作ったといわれています。

▼ 紀元前2277年 夏の禹王の時代(伝説)?

    黄河流域で最初に治水工事をしたといわれる人物が禹です。13年に渡る治水事業を完遂して五帝最後の舜さんから天子の位を引き継いだといわれています。後天八卦(洛書)を発見した人でもあります。また最初の風水師であるといわれている青烏子さんが、この頃登場します。この青烏子さんの名前を取って風水は「青烏之術」と呼ばれました。「青烏経」を著したとされます。

▼ 紀元前1750年頃 殷の時代

▼ 紀元前1027年 周(西周)の時代

    この国自体が出来たのは前1122頃ですがまだ、殷の支配下にありました。周の国の王である文王は易の卦辞を作ったとされていますが、この文王の軍師であった「姜子牙」が風水や奇門遁甲に秀でていたと伝えられています。姜子牙は日本では太公望で釣りの神様として有名ですが文王がスカウトに行ったときに釣りをしていたエピソードがあったためです。

▼ 紀元前770年 東周から春秋時代

    洛陽に遷都してから東周時代が始まりますが次第に春秋時代に移行します。孔子がこの時代有名ですが建築の神様と呼ばれる魯班もこの時代に生きます。長さの吉凶を定めた魯班尺を風水で用いますね。中国最古の史書である「向書」の「周書・召誥第十四」に洛陽のどこの土地に都を作ればよいのか吉地を探す記述を見ることが出来ます。

▼ 紀元前403年 戦国時代

 秦・楚・燕・齋・韓・魏・趙が入り乱れた時代です。

▼ 紀元前221年 秦の時代

 始皇帝が中国全土を統一。無謀な政策をとったため一代で終わります。

▼ 紀元前202年 漢(前漢)の時代

 ここまで書いてきてやっとこの辺から風水界のスーパースター達が登場してきます。この頃からやっと風水の思想体系がまとまってきます。「漢書」に「堪輿金匱」「宮宅地形」が載っていることからも解ります。また堪輿という言葉は「淮南子」にも見えますし、その25年後の司馬遷の著である。「史記」の中にも「堪輿家」という言葉がありますので風水師という職業が成立していたと思われます。

▼ 紀元25年 後漢の時代

    一度、新王朝「新」ができますが光武帝が漢を再興します。

▼ 222年 三国時代

    呉・蜀・魏の三国の時代。諸葛孔明の奇門遁甲が有名ですが、風水では管輅がこの時代の達人です。青龍・朱雀・白虎・玄武の四獣と地形との関係を初めて世に出した人といわれています。魏の曹操にも一目置かれた存在だったそうです。「管氏地理指蒙」の著作が有名です。

▼ 265年 西晋の時代 〜 317年 東晋

    風水の古典的存在の原書に位置付けされる「葬書」の著者とされる郭璞が登場します。数々の伝説を残し、晋の国の元帝に優遇され建国のための諸制度を企画するほどの才子でした。「葬書」は学術的には郭璞が著作者かどうかという点では否定されがちですが、羅盤誕生以前の風水書として研究に値するものです。ほぼ同時代の風水師では優れた龍穴を探し出した陶侃がいます。他には羊祜や淳于智などが挙げられます。

▼ 420年 宋・北魏 〜 589年 隋

    中国の北部を魏が南部を宋が支配しますが、これでも混乱が続き文帝が隋を興し、全土を統一します。

▼ 618年 唐 〜 907年 十国・五代 〜 960年 北宋 〜 1127年 南宋・金の時代

    ひとまとめにしてしまいましたが、この約600年間が中国思想に与えた影響が大きな時期です。風水でも体系が整い、巒頭派と理気派に大きく分類された時期でもあります。国が分断され続ける中、凶を避け吉を求める人民の願いに対し数々の風水師が出現し術を競い合いましたので風水の全盛期ともいえます。代表的な人物は楊筠松(救貧)、曾文遄、寥金精、頼布衣、が四大名家と呼ばれます。その他にも、張子微、范越鳳、傳伯通、鄒仲容、呉景鸞、呉克誠、邱延翰などが挙げられます。

   中国思想、とりわけ易経に様々な視点が集まった結果、理気の手法も確立されたと思われます。風水を取り巻く思想体系として、例を挙げると「太極図説」の周敦頤、紫微斗数の創始者とされる陳希夷、「皇極経世書」の邵雍、朱子学で有名な朱子も「易本義啓蒙」などを残しています。日本では密教の「真言八祖」の一人で一行の名前の方が有名な張遂も「大衍歴」を残しています。

    また、他には蔡牧堂、蔡季通、張黄渠、程、程頤などが有名です。

    この時代、とりわけ功績が大きいのが巒頭派の始祖といっても過言ではない。楊筠松さんでしょう。「疑龍経」「撼龍経」「青嚢奥語書」「天王経」「都天宝照経」などの著作が現在でも残されています。正史には、その名前は出てきませんが、その流儀は曾文遄、頼布衣、寥金精などに伝えられ20代目の孫伯剛で途絶えてしまいます。現在でも楊家嫡流を名乗る風水師がたくさんいたり、護符として楊筠松の名前が入ってるものを良く見かけますが、やはり後代に残した影響の大きい風水師の一人です。

余談になりますが、「日本書紀 推古天皇10年(602年)十月条」にこんな記載があります。「百済の僧、観勒(かんろく)来けり。よりて暦の本及び天文地理の書、あわせて遁甲方術の書をたてまつる。是の時に書生三十四人を選びて、観勒に学び習はしむ」とあるので、これが初めての中国占術の日本到来と思われます。また「貧窮問答歌」で有名な山上億良(やまのうえのおくら)(660〜733)が万葉集巻の五に残した「沈痾自哀の文」の中に「抱朴子」の引用がある事からもうかがえます。

▼ 1271年 元 〜 1368年 明の時代

    歴史的には金がモンゴルに倒され、1279年には南宋も倒され始めて外国の支配を受けます。その後、洪武帝が明を興しモンゴルを退け漢民族国家を再興します。

    この時代、更に風水は発展を遂げていきます。劉伯温といえば中国圏で知らない人はいない位の有名人ですが、風水でも「堪輿漫興」や「地理青嚢経」を残しています。また、宋の時代の邵雍の著した「皇極経世書」をもとに幕講僧(無極子)が三元九運説の「元運説」を発表します。他には徐善継・善述兄弟の「地理人子須知」が挙げられます。

▼ 1644年 清 〜 1912年 中華明国 〜 1949年 中華人民共和国

北方の後金が1636年に国名を清に改め1644年に北京を獲得します。しかし日本との戦争に敗れ衰退していきます。1912年に孫文がはじめて民主国家を作りますが毛沢東が中華民国を台湾に退け中華人民共和国を作り現在に到ります。

    清代初頭では丁芮樸の「風水祛惑」や私の教科書でもある「陽宅集成」や「陽宅大全」「八宅明鏡」が記されます。その後風水を含む易学的な形而的思想は、黄宗義の「図書弁惑」や毛奇齡の「河図洛書原舛編」、胡渭の「易図明弁」、梁啓超の「清代学術概論」などの考証学書の中で否定されます。

    しかしその一方では蔣大鴻の「地理弁正」で玄空術が説かれ「沈氏玄空学」や「孔氏玄空寶鑑」などの著作が残ります。民国以降では策群の「宅運新案第一集」や尤惜陰の「宅運新案第二集」、曽子南の「三元地理講義」などが注目されます。

    現代に入り、情報伝達技術が発達し様々な情報が飛び交っていますが、皮肉なことに風水の研究はヨーロッパの方が盛んになりつつあります。特に人間と磁場との関係が進んできていますがイギリスのケンブリッジ大学では龍脈の調査である「ドラゴンプロジェクト」などがいい例です。他にもジョセフ・ニーダムやオランダのデ・ホロートさんなども風水に言及しています。マンチェスター大学のローゼンベック博士は人間が磁場に対し感応することをつきとめました。またフランスのモオカー氏は高層住宅など鉄筋の建物は電磁波が集まりやすく静電気が蓄積しやすいことを発見しています。今後科学的な研究が進み、風水と磁場、電磁波などの解明が進んで来ればエコロジーとしての風水術がますます脚光を浴びる日が来るかもしれません。

    ここまで風水と中国の歴史背景を書いてみて、三元九運の関わりが浮き彫りになってきます。中国史をみていくと下元の時代に国が滅び、上元の時代に国が誕生し中元で栄えるという見方が成り立ちます。これは日本史をみても世界史でみても、かなりの割合でヒットします。現在2003年まで下元七運の時代、あと40年で世界はどう変わっていくのでしょうか?

    また、ここで登場した風水先生達は「捜神記」や「神仙伝」で様々なエピソードを知ることができます。

参考文献:東洋文化学院 風水学鑑定講座、風水の本(学研)、中国の思想(社会思想社)、別冊歴史読本 特別増刊 風水(新人物往来社)