八卦鏡
最初にお断りしておきますが、このページは風水の化殺理論を考察してみようという主旨ですすめていきます。ですので「こーだから正しい」「こーだから効くんだ」ということではありません。
あくまで、化殺という風水の技術を考察してみようというコーナーです。
というわけで、第一弾として風水では非常にメジャーな「八卦鏡」について取り上げてみます。
長文(しかも画像が多いので重い)ですがお付き合いくださいm(__)m
八卦鏡は、主に形殺に用いられる化殺道具です。「殺」とは有形、無形を問わず害を及ぼすもの全般を指しますが、大きく分けて2種類があります。一つは巒頭からみた形が及ぼす殺気で「形殺」といいます。もう一つは「理気」からみた「理気殺」です。
簡単に言えば目に見える殺が「形殺」で目に見えない殺が「理気殺」です。理気殺で有名なのは五黄殺などでしょう。(殺の漢字は本来、シャという字ですが日本語にないため殺を代用しています)
そして、化殺とは「殺」を無害化し、吉に転化させる方法の事をいいます。化殺という言葉自体は香港や台湾で定着したようで、原書や中国では化解といいます。
古来から八角形の形そのものに魔除けの力があるとか、円周上に配置された八卦そのものに魔除けの力があるとされていますが、今回はあくまで鏡にこだわって話を進めていきます。
まずは鏡の歴史についてちょっとだけ触れてみます。
■鏡の歴史
鏡は相当古い時代から人間に使われてきました。最初は「水鏡」であったといわれ神事などにも使用されていました。現存する鏡で最も古いものはエジプトの第6王朝(紀元前2800年)の銅鏡があります。日本に銅鏡が伝わったのは紀元前後(中国前漢)で、中国より持ち込まれたと言われています。国産品が作られだしたのは3〜4世紀の頃で、奈良時代になると技術も進歩してきました。
ガラスの鏡の登場は1317年にベニスのガラス職人が、水銀アマルガムをガラスに付着させて作る方法を発明するまで待たなければなりません。その後、1835年にドイツのフォン・リービッヒが、ガラスの上に硝酸銀溶液を沈着させる方法を開発し、今現在の鏡の製造技術の礎を作りました。日本にガラス鏡を持ち込んだのは、天正18年(1549年)に来日したポルトガルのフランシスコ・ザビエルだと言われています。
さて、古代中国でも鏡の歴史は古く、紀元前122年に書かれた「淮南子」巻6・覽冥訓には銅で作った凹面鏡で火をおこす記述があります。さらに春秋戦国時代、儒教に対抗した墨子の教えを説いたとされる「墨子」には、平面鏡、凹面鏡、凸面鏡によって見える、物体とその像の関係について正しく解説した記述があります。
前置きが長くなりましたが、八卦鏡には大きく3種類があります。平らな鏡を中心に据えた平面鏡。中心がへこんだ凹面鏡、逆に中心が盛り上がっている凸面鏡です。また中心部の鏡の無い「八卦碑」や「貴節鏡」とか「羅経鏡」などもあります。
八卦鏡の使用方法ですが、実は諸説ありまして、門派や風水師個人で違っているのが現状です。
この辺をしっかりおさえておかないと、期待した効果の全く反対の結果が出る可能性もありますから注意が必要です。
主に以下のように意見が分かれています。
凹面鏡:
A 像が逆さに写るので、凶を吉に転化させる(凶方位に掛ける)
B 良い気を集め、 増大させる(吉方位に掛ける)
凸面鏡:
C 凶を拡散するあるいは反射させる(凶方位に掛ける)
D 良い気を増幅させる(吉方位に掛ける)
平面鏡:
E 凶を反射させる
F 吉を増幅する
(ただし平面鏡に関しては凹面鏡、凸面鏡より効果は小さいとしています)
.....と、まるっきり正反対の事が言われています。
また、屋外に掛けるとか屋内に掛けてはいけないとか、人の顔が写るところには掛けてはいけないとか、鏡を掛ける場所や数に関しても諸説あります。
何故、こんなに意見が分かれてしまったのでしょうか?
これを読み解くためには、次のキーワードが重要な意味を持つと考えます。
「光も気の一つの形態である」・・・・・・・・ということです。
これが今回の考察を進めていくうえで大前提となります。
「気」というモノを、なにも難しく考える必要はありません。人間の五感で感じられるものも「気」であるということです。「気」については、話が終わらなくなってしまうので、今回は省略してあくまでも光を主体として考察していきます。「光とは波であり粒子である.....」なんて難しい話は出来ませんからご安心を(^_^;)
続いてそれぞれの鏡の仕組みについておさらいします。
■凹面鏡のしくみ
凹面鏡は入射してきた平行光線を集める性質があります。焦点を過ぎて写される像は倒立実像になります。下図の熊?の足のつま先を例にとると、つま先から発せられる平行光線a1は反射して焦点を通り a2となります。同じくつま先から発せられる斜めの光b1も焦点を通り、平行光線としてb2になります。この二つの交点につま先の実像が作られます。同じように頭や手なども作られて、結果的に倒立した実像が作られます。
この場合を数式で表すと、対象物と凹面鏡の距離 p (>0)
像と凹面鏡の距離 q (>0)
凹面鏡の焦点距離 f (>0) には、
1/p + 1/q = 1/f
という関係が成り立ちます。焦点距離 f は凹面鏡の曲率半径Rの半分になります。
倍率 m は、 m = q/p になります。また焦点より内側(鏡側)に入ると像は拡大されて写ります。
つまり凹面鏡は焦点に光を集め、焦点を過ぎると像をひっくり返して写し、焦点の内側(鏡側)では像をそのまま、拡大させて写します。
身近なところでは懐中電灯の反射板や化粧で使うコンパクトの鏡などがあります。さらに細かくいいますと、ライト(電灯)には焦点に光源を置き、反射させる光を平行にするために球面鏡ではなく放物線鏡の方が多く使用されています。反射板に球面鏡を使った場合は光は焦点から拡散されて、近くのものを広く照らします。一方、放物線鏡を用いると焦点に光源を置いた場合、光は平行に遠くまで届きます。凹面鏡は焦点は一点に集まると書きましたが球面鏡では厳密にはズレ幅があり、これを収差といいます。この収差が放物線鏡にはなく一点に集まるわけです。いささか形状の変化はあるのですが、車のロービームが球面鏡でハイビームが放物線鏡です。(最近は色んな種類のライトがありますので一概には言えませんが)
普通、八卦鏡は球面鏡になっているので、ここでは放物線鏡についての詳細は省略します。
■凸面鏡のしくみ
凸面鏡は,入射してきた平行光線を一点から出てくるように拡散することができます。
耳から出る光のうち、平行に進む光a1は、凸面鏡に当たると、反対側にできる焦点から出る光のように反射しa2となります。 また、焦点に向かって進む光b1は、反射してまっすぐに返りb2となります。焦点の前面に耳の像ができます。同様に顔や胴体から出た光も反射して像を作るので、正立虚像ができます。
この場合を数式で表すと、対象物と凹面鏡の距離 p (>0)
像と凹面鏡の距離 q (<0)
凹面鏡の焦点距離 f (<0) になるので−(マイナス)で扱われます。
1/p + 1/q = 1/f
という関係が成り立ちます。焦点距離 f は凹面鏡の曲率半径Rの半分になります。(これもマイナス) 倍率 m は、 m = q/p になります。
結果、凸面鏡は像を縮小させて広範囲を写します。逆の言い方をすると広範囲のものを鏡の中に凝縮しているように見えます。身近なところでは交差点などにあるカーブミラーがそうです。
■平面鏡について
平面鏡は日常で一番使用されている鏡です。鏡に写った虚像は、左右対称に見えますが、上下対称ではありません。(あくまでそう見えるということですが)
ガラス鏡が量産、普及されて以来、上記の虚像の見え方については、いくつもの理論が展開されており、今まで唱えられた説としては....
・移動方法仮説(ピアース)
・対称仮説(ピアース)
・言語習慣仮説(ガードナー)
・対面スキーマ仮説(ネイヴォン)
・回転仮説(グレゴリー)
・光学仮説(ヘイグ)などがありますが、私個人としては、
岩波科学ライブラリー55 「鏡の中のミステリー」の著者である高野陽太郎先生の「多重プロセス理論」を支持しています。高野先生は東京大学大学院人文社会系研究科助教授で、光学系の人物ではありませんが、鏡の謎は光学系の論法だけでは解けません。そこで高野助教授が認知心理学を交えて解説をされています。この本は是非一読をおすすめします。
とりあえず、光学的には平面鏡は「その面に垂直な方向(奥行き)だけを反転する」とだけ述べておきます。鏡についての論考はサイトを探しても数限りなくヒットしますが、「真贋のはざま」をとても興味深く読ませていただきました。
赤線:斜めからの光は同じ角度で反射する 青線:平行線は平行に反射する。
■考察その1:キーワード
それでは、いよいよ流派間の使用方法の違いについて考察してみる事にします。ここでは上記で述べた光学的なキーワードを並べてみることにします。キーワードは太字で強調した言葉です。平面鏡は後で考察することにします。
●凹面鏡のキーワード
ア 光を集める
イ 像をひっくり返して
ウ 拡大
エ 拡散
●凸面鏡のキーワード
オ 拡散
カ 縮小
キ 凝縮
になります。各鏡の使用方法は....
凹面鏡:
A 像が逆さに写るので、凶を吉に転化させる(凶方位に掛ける)
B 良い気を集め、 増大させる(吉方位に掛ける)
凸面鏡:
C 凶を拡散するあるいは反射させる(凶方位に掛ける)
D 良い気を増幅させる(吉方位に掛ける)
.....でしたが、このうち凹面鏡のAにはイとエが該当しそうです。またBではアとウが該当しそうです。ついで、凸面鏡のCの場合にはオですが、イメージ的に凶を小さくしてくれるので、カも該当しそうですし、同様にキも該当しそうです。Dについては、キですが、これもイメージ的にカもぎゅっと良い気を集めてくれそうな気がしますし、オもふわーっと良い気を振りまいてくれそうです。
というわけでイメージを膨らませればどの条件にも全てのキーワードが当てはまる気がしませんか?
このイメージを膨らました感覚や、光学としてのプロセスの一段階だけをみると、どれも当てはまってしまい、どのプロセスを重要視するかで違いが出てきそうな感触を得ます。んー難しい(-_-;)
■考察その2:鏡の実際
ここでは、日常で鏡がどんな使われ方をしているか具体的に考えて「殺」との対応を考えてみましょう。
●凹面鏡
拡大鏡としての使用
例えばコンパクト...化粧に使う→綺麗になれる→吉
天体望遠鏡......遠くの星が見える→吉
(ハワイ観測所のすばるや鹿児島大の望遠鏡は巨大な凹面鏡で光を集めています)
拡散としての使用
例えば車のライト...危険を回避できる→吉...または凶を避ける
家庭内の電灯の傘...周囲を明るく照らす→吉
●凸面鏡
像を縮小させる使用
例えばカーブミラー...危険回避→吉...または凶を避ける
例えば店舗の中にある防犯ミラー...万引き防止→吉...または凶を避ける
例えば車のバックミラーやサイドミラー...危険回避→吉...または凶を避ける
●平面鏡
変わった使われ方として
例えば狭い店舗などでは背後の壁を鏡張りにしている...室内が大きく見える→吉
畑などで鳥よけに紐で吊るしてぶら下げている...鳥がこない?→吉または凶を避ける
ショーケースの裏側から貼る...きらびやかに見える→吉
....と、安易な例えで申し訳ないのですが、ここで凸面鏡は日常において危険な場所に設置されていることに気づくと思います。日常生活において凸面鏡が設置された場所の先には「殺」が存在しているのです。カーブミラーは土地の形状が、交差点や三叉路、突き当たりなど形殺の要素である、「尖・角・衝・射・直・急・圧」に該当するところに多く設置されていますし、店舗内にある防犯ミラーはレジから見えない死角に設置されています。車のバックミラーやサイドミラーも死角をカバーするために設置されています。凸面鏡が設置されていることによって、潜在的に存在する「殺」を回避しているのです。では、凹面鏡はどうなるでしょうか?凹面鏡は光を集めますので、収斂火災の危険があります。実際、消防庁などで原因不明の火災のうち、よくよく調べてみると凹面鏡または凸レンズの働きで火災がおきたケースが稀ですが年間数件はあるそうです。例を挙げると、外壁に取り付けられた採光用の飾り窓が凹面鏡のように反射し数メートル離れた先に駐車していたバイクのシートを燃やしたとか、以前ペットボトルに水を入れて猫よけとして流行った時期がありましたが、あれも凸レンズの役割をし草むらを焼いたとか、室内に置いてあった化粧用の拡大鏡が窓からの光を浴びて机を燃やしたとか、色々あります。時期的には家の中まで日の光が鋭角に差し込む冬場が多いそうです。しかしながら、日の光の入りにくい部屋などでしたら、日の光の入射角度、設置場所、適正な湾曲率を測る(焦点距離を知る)事で安全に家の中を明るく照らす事も可能です。
平面鏡では、平面鏡の反射の性質から像が拡大されたり縮小されたりしない利点を生かして、特に屋内において室内を広く見せたり、柱や梁が出っ張っている所に設置して目立たないようにさせたりできます。ただし、どこから見るかという視点の位置によって、見える虚像が変化するので場合によっては、見せたくないものまで写ったり、三面鏡のように連続虚像になって気分が悪くなったりする可能性があるので注意が必要でしょう。
■まとめ (でも推察です T_T)
今まで述べてきたことをまとめてみることにします。まず流派間の使用法の違いについてですが、鏡というものの持つ光を反射させる性質のプロセスのうち、どの状態を選択するのかが違うのではないか?という推測が成り立ちました。また、使用方法に関して普通の生活の中では、凸面鏡は危険を回避するのに使用されているという事が解りました。凹面鏡は光を集め、周囲を明るく照らす事ができるため家の中に光を呼び込むために使えます。この事から屋外の化殺には凸面鏡の方が良さそうですし、屋内で良い気を集めるには凹面鏡が適しそうです。平面鏡は、その光学的性質から、化殺にも気を集めるのにも使えそうですが居住する人間の視点の位置が重要だといえそうです。(これが正しい八卦鏡の使用法とはもちろん断言できませんが) 私が普段、八卦鏡を使用する場合大体はこれに則っていますが、形殺の種類によって、やはり適切な鏡をケースバイケースで選ぶ必要があると考えています。ただぶら下げれば化殺完了といった安易なものではないと思うのです。
厳密には形殺の対象となる物体の距離や大きさ、どういった種類の形殺なのか、鏡でなければいけないのかといったような事を考えた上で適正な鏡を設置するのが妥当ではないかと思うのです。
香港などならいざ知らず、八卦鏡に馴染みのない日本では、やはり周囲から見て奇異に写ってしまいますし....周囲の景観を壊すような化殺法では意味がありません。
■結局、形殺って....
これまで、だらだらと書いてしまいましたが、形殺の及ぼす害というのは、「物質的、形状的な危険+視覚効果などによる心理的ストレスの蓄積」であると私は考えています。これらが実際に牙を剥いた時に肉体的、精神的に被害を受けると思うのです。人間の情報収集や空間認識というものの7割近くが視覚からもたらされるという説がありますが、毎日、窓から眺める風景が、ストレスを感じさせるようなもの例えば、先の尖った鉄塔であったり、廃屋であったり、家の角がこちらを向いているとか、高速道路のカーブした先がこちらに向かってきているとかした場合、やはり何となくですが嫌な気分になりますよね。そういうちょっとしたストレスでも蓄積されると、肉体的にも疲れてきます。
家の中でため息ついていませんか?
そんな状態を風水では「生気を奪われる」と表現して嫌ってきたわけです。
適切な化殺方法で周囲との調和、バランスを取りながら施行するのが風水師の腕の見せ所です。自分だけが良ければいいという風水では、いずれ周囲から背かれてしまいます。調和、バランスを取ってこそ自然や地球との共存共栄が成り立つのですから。
■さいごに
今現在の私の能力、知識、実力では、この程度の稚拙な考察しかできませんm(__)m
私の中でまだまだ課題も山積してますし、鏡には光学系の理論だけでは終わらない不思議が、まだまだあります。書き足りない部分もあり、いずれ研究が進めば加筆訂正したいと思います。
2003/3/27