Since 6th Aug.,2000
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戦前、台北市にて出生、終戦後引き揚げて新制中学から高校卒業まで郷里熊本県の天草で過ごし、大学時代は大阪在住、社会人になって上京、電機製造業等に39年勤務後、平成9年4月末日で退職し、幸齢者の仲間に入りました。 60歳定年前後から、長い人生の午後といわれるシニア時代に備え、「濡れ落ち葉にだけは、絶対ならない」と決心、生き甲斐を求めて試行錯誤を重ね、幸いにも自分の潜在能力を発見する事が出来ました。 好奇心旺盛、何事にもチャレンジが活力源で、多彩な趣味を楽しみながら毎日を送っています。下のイラストは、文作の部屋にある小生執筆の「第二の人生計画」を読んだサラリーマン文化芸術振興会の似顔絵描きの得意なK氏が描いたものです。
![]() 家で溜まった書類を整理していたら、当時、定価30円で買ったサンデー毎日・昭和33(1958)年4月20号が出て来ました。今の小生は幸齢者でサンデー毎日ですから皮肉なものです。雑誌なんか滅多に買わない小生が何故買ったか、実は入社式の写真に小生が載っていたからなのです。ご用とお急ぎでない方はココを覗いて見て下さい。 故 石坂泰三会長は、昭和33(1958)年4月、当時数寄屋橋にあった本社の入社式で次のように話された。サラリマン稼業を満員電車に例えて「大学を出て会社に入ってくるのは、ちょうど満員電車に乗るようなものだ。はじめは立ちんぼうを我慢しなきゃいけない。ただ、電車の行く先を間違ってさえいなければ、一生懸命つり皮にかじりついていることだ。そのうち電車もだんだんすいてきて、やがて腰掛けるチャンスもでてくる。もっとも、そのチャンスは運不運だけでなく、あなたの努力も必要だ。座っている人の服装とか年齢、態度などで、いつその人が降りるかわからぬでもないのだから、注意力ひとつで人より早く腰掛けられもする。」と、今でも通用する蘊蓄のある平易な表現で新入社員に語りかけている。 この会長は、生命保険から全く業界ジャンルの異なる電機メーカーの当社を再建された財界でも有名な人だった。 |