ショボいサイトを運営していて…
ご覧のように当サイトはテキスト主体の地味なサイトです。テキスト量についてはかなりのものですが(質は?)一見してさぞショボく見えるだろうと思います。
というのも、ゲームを扱っているサイトは、メーカーや販売系のものを含めビジュアル面などデザインに工夫を凝らしているところが多いですし、それだけに見劣りもするだろうと思うからです。国内サイトのうちでもそうですから、派手派手な海外のゲーム系サイトに比較するとなおさらでしょう。海外、特にアメリカのサイトはゲーム系に限らず派手派手が多く、テキスト主体のところなんてなかなかお目にかかれないほどですが、やはり通信環境の差でしょうかねえ。あちらは安価に高速にインターネットをできるとか聞いていますが、詳しく調べたことがなくても、派手系サイトの多さをみるとさもありなんと思ってしまいますね。
まあ、ホントにタマにですが、「軽くていい」とお誉めを頂く場合もあり、(そらまあ、誉めようと思う人はBBSとかメールに書いてくれるけど、ショボイとかわざわざ書いてよこす人はあんまりいないだろう)良かったと思うこともあるのですが…
ゲームの見かけ
まあ、なんで自分のサイトがショボいとかこのごろ気になるのか(実はあんまり気にしていないけど、話の都合上)というと、ファルコムのゲームでいずれも当サイトでも扱っている「海の檻歌」と「イース2エターナル」、両者の売り上げとかについてはかなり後者の方がいい線いってるそうでして、その点について「海の檻歌は地味だ、一昔前のゲームみたいだ」から売れない、イース2エターナルの方はビジュアルでがんばったから売れたてな論調をよく聞くところであります。
原因はそれだけではなく、イースシリーズはゲーム専用機でもかなり出ていた(実際1〜3しか知らない者としては、4がどうの5がどうのと分からない話が多くって)とか、シリーズものとしての性格が強い(単独で遊んでも面白くないのでは?と)とか、いろいろあるとは思いますが、ここのゲストブックでも見た目で敬遠したという話は聞いていますし、大きな要因だろうなとは思います。
一昔前のゲームと書いたことで思い出しましたが、一昔くらいになるかな、大分前にゲームの論評を読んでいて笑ったことがありました。「絵はキレイなんだけどね…」というゲーム評価についてです。「○○ってどうだった」と聞いてこの答が返ってきたら、その○○は相当につまらないゲームだと思っていいんだとか何とか書いてあったのではなかっただろうか。つまり、いきなりけなすのもアレだし、とりあえず絵しか誉めるところがないし、てな具合で。(イース2エターナルはゲームとしても楽しめましたよ、念のため。)
見かけはキレイなんだけどね…
てなことで、こういいたくなるゲームの話になります。「ファイナルファンタジー8PC版」見た目はいいんだけど、かなり操作性に難はありました。今プレイ中の「風の探索者」も若干その傾向ありです。FF8よりはずいぶんマシですけれど。
88の頃はあんまりそういうのはなかったけど、98の頃にも例えばクォータービューのゲーム、RPGでもアドベンチャーでも「これは操作性が悪いんではないだろうか」との疑惑を持ってしまったもんですが、またその疑惑が滅多に裏切られたことがない。たとえばアマランスシリーズでも4だったかクォータービューのがあり、「ああ、やっぱりな」てなことになったのを覚えています。
そもそも、クォータービューで操作性を良くしようというのがかなり本質的に困難な話でしょう。ウルティマ2とか3などのオーソドックスな2Dでも、ウィザードリィやマイトアンドマジックなどのオーソドックスな3Dなら、画面の行きたい方向と方向キーなどが一致しますから直感的に迷うことがありません。人間、たいていのことは慣れでなんとかなります。アクション性の強いゲームでも相手に動きを読み、自分の操作に慣れればいずれ勝てるようになります。ところが、この「直感的に分かりにくい」は結構「慣れ」で克服しにくい要素なので困りもの。慣れようにも画面変わっての第一歩からすでに困るわけ。FF8なんかホントにそうです。
「昔は良かった」といいたいわけではありませんが、オーソドックス2Dや3Dタイプで、思ったのと違う方にいっちゃったなんて苛立ちはまずありませんでしたね。ところが、オーソドックス2Dタイプのゲームは今日びそれだけでクサされ、売れなくなるでしょう。オーソドックス3Dはそれなりに生き残っているとは思いますが、画面にマイキャラが登場しないので、イベント画面などの演出がしづらいかも。
ここでオーソドックス3Dと呼んでいるのは、いわゆるウィズタイプ、キャラやパーティはメイン画面に出ず、冒険者の目に映る(当然後ろなどは見えないわけですね。)世界がメイン画面になっているタイプをいいます。キャラやパーティが画面に出ていても、ポリゴン処理などで立体感を与えていれば(FF8がこれ)3Dと呼ぶケースも見かけるので念のため。
よく、オーソドックス2Dは神の視点、オーソドックス3Dは冒険者の視点とかいわれますが、クォータービューはかなり神の視線寄りの折衷タイプかもしれません。臨場感がありますし、画面写真なども迫真性があり美しくなります。キャラが画面にいるのでスムーズにイベントに移行でき、物語性を損ないません。しかし、おおむね操作性には難あり。そこんとこ98時代とあまり変わってはいません。「見かけはきれいなんだけどね…操作性がねえ…」ゲームとなりがちです。
よくある恋愛モノ
ここで話はタイトルに戻ります。よくある恋愛モノてのは、見た目が良くて異性にモテモテの相手と、見た目は平凡(かそれ以下)で目立たないが優しくて性格のいい相手とどっち選ぶか、ということで結局後者を選ぶってヤツです。ここで、見た目良くて性格がいいのが一番とか(才たけて見目麗しく情けあり?)、見た目平凡でも眼鏡を外すと美人だった(最近は眼鏡かけた方がモテるケースもあるかも)パターンはここではおいといて。
要は見かけなんてすぐに慣れてしまうものなんだけど、性格のいい悪いはずーっと問題になる、この性格を操作性に置き換えると、ゲームでもどっちが大事かはすぐに分かるはず。ところが見た目がいい方が売れるんだなあ。
売れなきゃどもならんわなあ。だから、「見た目のために操作性を犠牲にするな」とは主張したいところでありますが、昔ながらの2Dや、オーソドックスタイプの3Dに限る、なんて野暮なことは申しません。見た目も良くて性格も…ではなく、操作性もいいものを作って欲しいところです。ゲーム全体の構成を工夫すればできないことはないはずです。
例えばバルダーズ・ゲートなどはそう操作性で困ることもなかったですし、風の探索者も改良の余地はあるものの工夫が見られます。これらはWINのソフトであることから、マウスで操作対象や行き先を指定することでかなり分かりづらさを克服しているのです。この点方向指定しかできないFF8はつらかったです。ペルソナのクォータービュー画面も悪かったし、専用機由来のゲームはマウスの活用という解決策に頼りにくい分不利かもしれませんが。
おまけ
当サイトはショボいなりにこのまま続けていきます。このページを追加する9月4日現在プレイ中の「風の探索者」については、近日中に概略感想と序盤攻略ヒントをコンテンツにしようと思っています。
Game いろいろへ |
トップへ |