天皇

崇神天皇,御真木入日子印恵命こそ初代天皇である!という説がある。神武天皇記を全くの創作として捉え、歴史の水増しである「欠史八代」をSkipして、第10代の崇神こそが大和朝廷を国家として確立した天皇であるというのだ。それを裏付けるかのように、崇神天皇記は厚みがあり、内容も神話を離れて少々具体的になっている。そして、『古事記』の中の崇神天皇は、周辺諸国を平定し、「初国を知らす御真木天皇」と呼ばれるまでに至る,偉大な君主なのであった。


T.プロフィール


 第10代天皇。和名は御真木入日子印恵命ミマキイリビコイニエノミコト。享年168歳。大后は、考元天皇の皇子である大毘古命オオビコノミコトの娘,御真津比売命ミマツヒメノミコト。父は第9代開化天皇、母は伊迦賀色許売命イカガシコメノミコト。但し伊迦賀色許売命は元々開化の実父である第8代考元天皇の妃の一人だった。従って、開化天皇とは再婚で、伊迦賀色許売命は複雑なことに開化天皇にとって継母にあたる。極端な表現をすれば、崇神天皇は父と祖母の間の子となる。もっとも、この時代においては特に異例というわけではない。

U.崇神王朝の始祖

 古代王朝交代説によれば、第10代崇神〜第14代仲哀天皇間の王朝,いわゆる崇神王朝の始祖とされる。神武天皇,及び欠史八代を全て後の時代の創作として捉え、崇神天皇こそ実質的な初代天皇である!という見解もある。また、神武は崇神を神格化したものだという神武=崇神説,古代大和の伝説的大王を第10代崇神天皇に仕立てて、天皇家の歴史に取り込んだのだという説など、様々な説が今日展開されているようである。

V.崇神記の概略

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后妃・皇子女
 
A崇神天皇、祟られて大物主神オオモノヌシノカミを三輪山に祭る
 B
崇拝天皇、天神地祇をことごとく祭って国家を平安にする
 
C三輪山伝説
 
D崇神天皇、義父大毘古命とその子建沼河別命タケヌナカワワケノミコト
  周辺諸国平定を命ずる
 
E建波邇安王タケハニヤスノミコ、山城国にて叛乱を起こすが、
  大毘古命父子にあっさり敗れる

 F
大毘古命が北陸を、建沼河別命が東方を平定し、大和へ復命する
 
G崇神天皇、税金制度をつくって国家の基盤を安定させ、
  その功をもって「初国知らす御真木天皇」と称される。

★私評★
 崇神天皇の功績は、第一に天神地祇をきちんと祭ったこと,第二に周辺諸国を平定したこと,第三に税金制度を作ったことである。崇神天皇は非常に実務能力が高かったらしい。高天原の力を借りる神武天皇とは対称的に、彼の言動には人間的なものが感じられる。崇神記でもう一つ注目すべきは何ともいっても大物主神である。大物主神はかつて大国主命の国造りを助けた大和の国津神であるが、この御世において急に祟りをなす。崇神天皇は大物主神の要求をまるごと受け入れ、自力で祟りを解決するわけだが、こういうところにも神武天皇とは一線を画する,人間崇神の姿がある。しかし、168歳まで長生きしてしまうところがやはり超人…。

 

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