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沙本毘古
:「そなたは夫と兄のどちらをいとしく思うか?」垂仁天皇
:「后,私は今不思議な夢を見たよ。| 垂仁天皇 |
… 第11代天皇。和名は伊玖米入日子伊沙知命イクメイリビコイサチノミコト。第10代崇神天皇とその皇后御真津比売命ミマツヒメノミコトの子。 |
| サホビコノミコ・サホビメノミコト |
… 第9代開化天皇の皇子,日子坐王ヒコイマスノミコと沙本之大闇見戸売サホノオオクラミトメ(春日建国勝戸売カスガノタケクニカツトメの娘)の子。沙本毘売命は佐波遅比売サワジヒメという別名を持つ。同母兄弟としては他に袁耶本王ヲザホノミコ(三人兄弟の中間子)がいる。しかし、袁耶本王は一切この話には登場しない。沙本毘売が「命」と称されているのは、皇后という高い身分にあった為と思われる。 |
| サホ |
… 現在の奈良県奈良市北部佐保川の北岸一帯を指す。沙本毘古王の本拠地。 |
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… 「錦の文様」は雅な女性を、「小さな蛇」は小刀を象徴。 |
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| イナキ |
… 稲束を積み重ねた防御用の砦。 |
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… 利益を得ようとして、かえって不利益を受けてしまうことを表す諺。玉つくりは玉を扱う匠。『竹取物語』に、庫持の皇子の為に蓬莱の枝をつくった玉つくり達がさんざんな目に合うという話がある。 |
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… 昔は妻問い婚で、子供は母親の元で養育される為、母親によって命名されたらしい。 |
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| ホムチワケノミコ |
… 別名、品牟都和気命ホムツワケノミコト。成人するまで物を言うことができなかった。後に、大国主神のタタリと判明。この本牟智和気御子は継体天皇の出自において大変重要な位置を占め、応神天皇ではなく本牟智和気御子こそ継体天皇の祖であるという説もある。「御子」という称号は王位継承権を備えた皇子のこと。通常、古事記の中では後に天皇になった皇子にしか用いられず、この本牟智和気御子と倭建御子(倭建命)のみ例外。 |
| オオユエ・ワカユエ |
… 乳幼児を入浴させる女性。大・若は大女将・若女将同様、正と副。 |
| タニハノヒコタタスミチノウチノミコ |
… 日子坐王と息長水依比売オキナガノミズヨリヒメ(天之御影神の娘)の子。沙本毘古王・沙本毘売命とは異母兄弟に当たる。 |
| エヒメ・オトヒメ |
… 旦波比古多々須美智宇斯王と丹波之河上之摩須郎女タニワノカワカミノマスノイラツメの子。沙本毘売の姪に当たる。兄比売・弟比売は普通名詞で、年上の媛・年下の媛の意。兄比売の本名は比婆須比売ヒバスヒメで、沙本毘売亡き後、垂仁天皇の皇后となった。 |
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