このページは思いつきをメモ程度に書いています。皆さん、余り突っ込まないで!
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「気ままに独り言」目次
気ままな独り言.1:2001.1.28〜2002.4.14
2002.4.14”木の枝に鎖が・・・?”
今日、たまたま打ち合わせで兵庫に行き、少し時間が早かったので、公園で時間調整を!
その時に見つけた不思議!
それは、公園の高さ10メートルぐらいで、直径45センチぐらいの木の3メートルの高さある枝。
そこにコンクリートの型枠に使う金物が、ぶら下がっているではないか?
その金物は、2枚の金属板が20センチぐらいの鎖で繋がれているもので、
何と鎖が枝の中を貫通して上下に金属板がぶら下がりっているではないか?
金属板は茶色に錆びてかなりの年月が経過しているのが分かる。
こんな状態に自然になる事は無いわけだから、誰が何の為にこんな事をしたのかな〜?
又、この木は、この金属板をつけたまま、成長したのかと思うと不思議な気がする。
写真はその時に撮ったが、余り鮮明でなく状況が分かりにくいが・・・。
今度行った時にもう1度じっくり見て報告したいと思います。
町の中には、気をつけて見るといろいろな事があるものだな〜と実感!!!
もし場所を知りたい方があれば、メール下さい!お教えしますよ。
木の枝になっている金物!
2002.4.11”元町の住宅”
今日は今後の住宅設計に「兵庫県産木材」をと言う研究会で元町の兵庫県庁へ出かけた。
JR元町駅で降り、山手の方に歩く事、10分!
6年前に設計した住宅があるので、その前を久し振りに通る。
以前は、木造の住宅ばかり並んでいたのが、両サイドは、鉄骨造のビルに!
このビルの間に立つ、淡路瓦を葺いた木造2階建ての住宅である。
クライアントは「木の香りのする家」をと言う事で、ハウスメーカーで契約寸前に思いなおし
私達に依頼していただいたのを、昨日の事のように思い出す。
前面道路からの視線をさえぎる為に、宙に浮いたような木製格子のルーバーを設けて、
光はトップサイトライトから採り、吹抜けを通して1階の居間へ注ぐ様に設計した。
両サイドに目一杯に隣のビルの外壁が迫っているが、風も通り、中々のもの!
時間が無かったのでクライアントと合うことが出来なかったが、
前の花が大切に使われている事を物語っている。
やはり、設計者としてうれしいものですね!
ビルにはさまれた街の住宅
正面詳細
2002.3.12”九州の大学生4人組”
垂水の知り合いのところで、たまたま知り合った九州の大学生4人組の話。
この若者4人組は、熊本大学の男性の4人組で「卒業旅行」と言う事で、
大阪・奈良・京都・そして神戸と社会人なる前に、当人達曰く「貧乏な旅行」の途中で垂水に立ち寄り出会った。
この4人組は、中々の好青年?である。
それぞれが違う道を歩み始めるに先立ち、JRの三都物語ではないが、古都や浪花を訪ねて、その時間を共有するなかで
4人4様の見方で何日間かをすごし、自分を見つめる旅であったのであろうか?
「貧乏旅行」多いに結構!行く先々で人と出合い、語り、土地の風土を体感する。そう、身をもって「風土」体感する事が大事。
たまたま、4人の中の一人が以前「畳表のイグサ」の生産農家だった事もあり、話しが弾んだ。
私達が今感じている環境問題や杉などの自然環境の問題を話すなかで、彼ら4人もこれからの生き方の指針を求めて必死になっている様が彼らの話し方で伝わってくる。
私も「風土」や「像の時間、ねずみの時間」や「森の民・砂漠の民」の話しをしたと思う。
こんなすがすがしい若者がいる事を、「ムネオ問題」と比べ、本当に嬉しく思う!
これは私だけでなく、その場に同席していた知り合いの人達の意見でもある。
お〜い頑張ろうな4人組!今だ私達も夢を持ち続け、それに向かい日々歩いているのだから、まだまだ君達には負けていられないのだ!
本当にすがすがしい若者との出合い出合った。いつか又何処かで会いたいものだ!
ハイ記念撮影
2002.3.11”兵庫県産の木材”
先日、クライアントと一緒に、近くの山の木”兵庫県産の木材”を見に、宍粟郡山崎町に行ってきた。
今”兵庫県産の木材”を使った「家」づくりをしようと、兵庫県の林務課が積極的に推し進めている。
今まで私達も「近くの山の木」を使うのが、経済的にも風土としても、ベターと考えているが、
木材の市場に出てくるまでの経過や品質を考えると、どうしても今まで実績がある産地になってしまう。
今回はこんな現状を打破する為にも、兵庫県が「仮称兵庫木の家ネットワーク」をめざし、本格的に取組もうとしている。
そのなかでも、宍粟郡山崎町はもともと桧や杉の人工林が多いところ。
皆さんも、今「杉花粉」を中心に花粉症に悩まされている方も大勢いると思うが、
「桧」や「杉」の人工林の問題は、今や私達に身近で大きな環境問題のテーマである。
美味しい魚をとるためには漁師が山に植林に出かけたりして、「川上と川下」の関係を改めて考える動きが今起きている。
私達、住宅に携わるものとしても、好むと好まざるに関わらず「国産材」を使った「家づくり」は、環境問題を考えた時、大きな課題となっています。
そんな折、今回のクライアントと杉を使った「近くの山の木」で目に見える「家づくり」をする為に見学に行った。
山崎の林業家グループが、地元の「杉」や「桧」を山で葉枯らしさせて、自然乾燥させ、川下に供給しようと取組まれている。
今までと違って、自分達が大切に育ててきた木材が大事に使われるような「家づくり」と必死に取組まれている。
私達も出きれば、その地域、地域の木材を使ったほうが、運搬のエネルギー消費も少ないし、何よりも、何処で育てられた材木であるかが分ると,
クライアントも安心出きる。そんな家づくりがこれからは、私達の課題である。
当日は、モデルルームと自然乾燥しているストックヤードや製材所を見て回った。
お子さんも参加したクライアントとのミニツアーは、愛着のある「家づくり」への第一歩である。
見学後のクライアントは「今まではイメージ」が先行していたが、「木を体感して木の香りに触れ」、
改めて「木の良さ」を知ったと語っておられる。
皆さんも、是非、山や製材所を見に行き、自分で体感しましょう!
モデルルームにて
製材所にて
杉の原木
2002.2.16”ゾウの時間・ねずみの時間”
建築家協会の「風の道セミナー」で、”ゾウの時間・ねずみの時間”やNHKテレビでご存知の方もおいでだと思いますが
動物学者であり東京工業大学教授の本川達夫先生の講演を聞きに言った。
テーマは「なまこから現代文明まで・・・チョットだけ動く生活」と言う私にぴったりのテーマ。
先生は「なまこの世界一の権威者」(誰も他に研究者がいないからとの事)で、
”ゾウの時間・ねずみの時間”は生物学の本としては異例の71万部(2001年現在)売れています
私も買っ一人ですがいたが途中で中段をしていましたが、この機会にと思い参加した訳です。
何故、動物学者になろうとしたかから話し始められ、最初の赴任地、沖縄の琉球大学に行かれ、
「なまこ」を24時間じぃっと観察された事から、1日で「なまこ」が動く距離は長くて10メートルぐらいであり、
この「なまこ」の時間は私達と一緒なのだろうか?という事から生物の「時間」について研究を始めたとの事。
時間はそれぞれ生物により違うのではないか!体の大きい生物ほど時間がゆっくり流れると話される。
私達は今までニュートン力学のより「絶対時間」や「絶対空間」による教育を受けているて、
確かに地球は24時間で1回転しているのだが、生物の代謝量(つまりエネルギーを消費する量)により
時間は違うのではないだろうかと?
でも、私は24時時間もじぃっと「なまこ」見ていられるのかな・・・とても無理だな、やはり凡人。
話しの中でゾウも猫もねずみも心臓は20億回打って止まる事、うぐいすもカラスもとんびも三億回息を吸って終わる
ことを分りやすく説明していただいた。
実は時間は変えることが出来る、設計する事が出来る・・・と大変素晴らしい提案をなされた。
つまり、時間には@1日24時間と言う物理的な時間A生物の代謝量の時間(体の時間)B心理的な時間
の3種類に分けて考える分けて考える事が必要である。
このように考えると物理的な時間を長くしようとすれば、エネルギーの消費量を押さえる事で可能にあるというお話し
まさに”目からうろこ”の話しであった。
したがって建築では「空間の設計」ばかりしているが。「時間の設計」も必要では!と言う提案
う〜ん、まさに「時空の設計」考える必要があるな〜。
その後、「歌う生物学」と言う事で、理論的理解をつかさどる左脳だけでなく
感性的ことをつかさどる右脳にも訴えないと「総合的な理解」が得られないと
「生き物は円筒形」と言う内容を歌で私達に教えてくださった。
約50名の参加者は先生の美声に感激で拍手、拍手!あっという間に3時間の講演時間が過ぎてしまった。
余り的を得ていない説明になってしまいましたので、皆さんも先生の本を是非ご一読を!
又先生の研究室のホームページのアドレスは
http://www.motokawa.bio.titech.ac.jp/index.html
です。
2002.2.14”あり”や”バッタ”の鏝絵
今日は久し振りに垂水より東に向かった。
私が所属している建築士事務所協会の「木造住宅研究会」が元町であり、久々に町に出た。
さて、今日の研究会は、兵庫県産の木材を考え、風土を考え、今後、県が推進しようとしている
「仮称兵庫木の家ネットワーク」との関係もあり、今後の展開が楽しみな研究会である。
その帰りに、三宮のジュンク堂で行われている加古川の左官職・品川博さんの鏝を使った
”あり”や”バッタという小さくて楽しい鏝絵を見に行った。神戸新聞でも一面で紹介されていました。
ジュンク堂の4階のチョットしたコーナーで展示されており、通り掛かりの人も熱心に見学されている。
丁度今日が最終日であった。
」
品川さんの作品や話は「左官教室」と言う本で知っていたので是非実際に見たかった。
モルタルや漆喰を使い「あり」や「とんぼ」「バッタ」「かえる」などの作品がガラスのショウケースに数十点展示されていた。
なかなかかわいらしい鏝絵の作品である。
初めは、現場の余ったモルタルを捨てるのが、もったいないから始められたらしいが
”あり”本当に小さくとてもモルタルだとは思えないかわいらしいもの
1つの事を追求する事は、良いものを生み出すものだと痛感しました。
私も頑張らなければと改めて気合が入りました。
バッタ
かえる
2001.12.31 達磨大師の鬼瓦
「Fu邸」の進捗でも報告しているが、先日工場見学に伺った「光洋瓦」の「鬼師」構井さんが造った京都上京区の「達磨寺」を見に行った。
たまたま、年末に京都に出かける所要があり、大晦日の31日に見に行った。
「達磨大師」を本尊とするこの寺は「禅宗」の寺で、西大路丸太町(通称円町)の北東、徒歩五分ぐらいの所にある。
西大路通りに大きな「達磨寺」の看板があるので直に分る。
姫路の工場の応接室室で見た「達磨大師」は本堂の大屋根に上がると写真のとおりである。
庭や数奇屋造りの待合をしばらく楽しみ、「達磨大師」にお参りした。
気持ちの良い年の瀬であった。
工場
大屋根の達磨さん
2001.12.5 姫路の達磨窯を見に行く
瓦づいている最近だが、今進んでいる住宅の関係で姫路をを尋ねる事が多くなっている。
先日も船津の光洋製瓦さんを訪ね鬼師の構井さんの報告をしたばかりであるが
その時の話がきっかけで近くの深志野にある瓦を焼くための「達磨釜」を見に行った。
この「達磨釜」は姫路の東北のJR御着駅の北側にあり、
地元深志野の「中田常次商店」と言う製瓦会社の所有のものである。
「土と粘土」を混ぜ手造りのこの窯は昭和50年まで実際に稼動していたらしい。
私達が訪れた時、たまたま所有者の中田さんがおられ、お話を聞く事が出来た。
この窯は中田さんのお父さんの代に作ったもので、今の社長さんもお子さんの時、窯造りを手伝ったと言う話である。
この窯は10年ぐらい前に「達磨窯」の研究家により実測調査され、縮小模型が吹田市歴史博物館に展示されているとのこと。
今は素屋根がかけられひっそりと佇んでいて、赤土の風化した表情が何とも美しい!
これが「自然の材料」から恵み受けているからこそ出る風合い!この「達磨窯」で焼いた地瓦を使ってみたいと言う思いを強く持った。
正面からから見た達磨窯
たきぐち
窯の内部
土の詳細
2001.11.8 船津の瓦窯を訪ねて
先日は淡路の「瓦マン」山田脩二さんの報告をしましたが、今回は姫路の瓦屋さんを訪ねて姫路のお城の北側(車で約30分)の船津の瓦メーカーの光洋さんを訪ねた。
今回、設計した「FUハウス」でそこの瓦を使うから、とりあえず工場見学に行ったわけである。
船津の瓦は淡路と違い焼成温度が200度ぐらい淡路より高い。これは姫路の北の地域は雪も多く凍てる心配があるため、温度を高くしている。
又、淡路と違い数社しか現在操業していないが、分業されておらず、1つのメーカーで「鬼がわら」や「やくもの」も1つの工場で作っている為、中々楽しい!
私達が伺ったメーカーは「世界遺産の姫路城」の「鬼がわら」や瓦も作っており中々のこだわりを持ったメーカーである。
急に訪ねたために充分な時間が取れなかったが、それでも「鬼師の構井」さんが現在製作中のお寺の鬼瓦を見ながらお話を伺う。
構井さんは「鬼」を作って35年の職人さん。見事に「鬼」を造っている。小さい物で1週間、大きくなると1ヶ月もかかるの場合もあると言う事。(写真参照)
又平瓦も一枚づつプレスして行く手作業。淡路の機械化された工場とは随分違い「手作り」の実感。ここで今回の「Fuハウス」の瓦が焼けるのが今から楽しみである。
鬼師の構井さん
構井さんの作品
窯に入る前の瓦
瓦の紋の型(大小の紋がいろいろ揃っている)
2001.10.25 山田さんと会う
ある会報の新年号の企画で淡路の「瓦マン」山田脩二さんとの対談の為に久し振りに西淡町津井の瓦房を訪ねる。
明石海峡大橋の舞子のバス停で同行者と合流して、約1時間で山田さんの工房へ到着。私以外は山田さんとは初対面で皆さん少々緊張気味
対談の主テーマは「風土・素材・そしてこれから?」と言う大層な内容であるが、そこは司会者が私で、多いに面白く語って頂ける山田さん!
順調にテーマから脱線しながら、カメラマンから瓦マンになったきっかけや、著名な建築家との出合いやエピソードを(山田節)で熱心に語っていただく事2時間。
参加者は(山田節)に圧倒されながら関心する事然り!震災後、淡路にもハウスメーカーの住宅が数多く建っている話や遂最近まで花博の跡地のホテル(安藤忠雄建築のコンクリート打ち放しの決して優しくない建物)の中で行った「山田脩二とその仲間展」の話を伺う。
安藤建築の無機質な空間に「徳島の杉」・「淡路の瓦」・久住さん「土」をメインにした左官がどーんと占領した姿は想像するだけで楽しいものである。
当初、入場者の好反響に期間の延長も提案されたが、「世界の安藤先生」の早く元に戻してという一言で延長はなくなったとか・・・?
それにしても淡路には「瓦マンの山田さん」「土の伝導士の久住さん」と言いユニークな方がいるものだ。
2001.9.30 改修報告:1
8月にアトリエを移転して、早,もう2ケ月が過ぎました。ようやくペースを取り戻しつつあります。
部屋の前に、杉の足場板を利用したデッキを作り、自然塗料の浸透性の木材保護剤を塗布してその変化を楽しんでいます。
杉の足場板の厚みは30ミリでなかなかの趣があり、何よりもローコスト!
幅20センチ、長さ4メートルの材料を、そのまま利用しています。杉の足場板は未乾燥な為、最初は杉材独特の赤みがあり、なかなかの色合いだったが、夏の直射日光を受ける事により、一般的床材として出まわっている赤味が分からなくなって、白っぽい色合いになってしまっているが、木の柔らかさはgood!
このセルフビルドのデッキに「たてず」を建て、夏の直射日光をしのぎ、「たてず」が創り出してくれる影に杉の丸テーブルを置き、プランや読書におおいにに利用しました。
当然、夕暮れには心地よい「外部の食卓」となった訳ですが・・・。8月の昼間でも、「たてず」が創り出してくれる影は、心地よい「風」を受け、日中、35度を越える真夏日でも「エアコン」を利用せずに過ごす事が出来ました。
製作コストは、20枚の杉の足場板と9センチの角材、束石、柿渋を防腐に使い、杉の表面の自然塗料の浸透性の木材保護剤、等等を含め、約七万円なり!(当然、人件費は含まれていませんが・・・)製作期間、二人で2日間
このデッキのレベルを内部の床とほぼ同レベルにする事により、外部空間が「半分室内のような空間」となり、色々な用途に利用が可能になり、庭へのアプローチも一段と楽にリました。
さて次回の改修報告は「塀をつぶす」を報告したいと思いますので、お楽しみにして下さい。
2001.8.1 これからの「もやい」
唐突ですが、7月31日をもって、トップページでおなじみの、明石海峡大橋が見える場所から移転しました。近くですが、今度は明石海峡が見ることが出来ません。
場所は同じ垂水区の(あくまでもローカルな場所と思っていますが)少し山手の40年前頃に開発された住宅地・星陵台に変わりました。
何故、移転かと言うと、一言で表現すれば「真面目に建築・住宅と取組む設計事務所の経営はもう大変!なのであります。」・・・・・という単純な理由で自宅にアトリエを併設した次第です。
でも、事務所の1つの大きなテーマが「土」と言うことも自然な方向かもしれません。
自宅と併設しているので長短所が有りますが、スペースを生かして「土の実験」や「柿渋等の自然素材の実験」等々、セルフでゆっくり経年変化も観察しながらしながら考えて行きたいと思います。
実際に杉の足場板を利用したローコストデッキ等少し改修を始めています。「住宅」もその家族のライフシーンにあった機能を持たせる事が必要なように、アトリエを自宅と併設する事で、どの様に変化させるのかが楽しみでもあります。
私達がいつもクライアントにお話する「セルフビルド」の大切さについて、アトリエを併設することで「実践のサンプル」が出来たらとも考えています。
そうする事により、身近な例で具体的にお話が出来るかも知れません。
アトリエを併設した事の 「改修日記」は又、別にご報告したいと思いますので、お楽しみにして下さい。
2001.4.24 ある住宅の設計を通して
今まで私達の事務所で設計した住宅において、必ず建築主にセルフビルドで自分たちの住宅の何処かに参加されるように提案する。
何故かと言うと、最近の経済状況からして、コストの面が大変厳しいと言う側面もあるのだが、それより何より、自分たちの「すまい」に対して「愛着」を持って貰う事にも繋がるし、左官仕事で壁を塗る事や柿渋を塗る事、和紙を貼る事により
これから「住宅」と長い間、共に生きていく上でなによりも「維持・管理」の技術を少しでも身近に感じ学ぶ事にある。
しいて言えば、日本の風土に根ざした建築技術はかっては、なにも特殊なものではなく、私達の祖先が工夫をしながら造り上げたものである。
それが、資本主義社会になり、都市化が進み、分業化が進み、普通に住まい手がしてきた「維持・管理」も他人に任せるようになってきた。
そうする事により、簡単な技術も高価で特殊になってきたと言える。決して私は良い傾向だとは思えない。
だからこそ、鏝ムラがありゴワゴワした壁でも、自分たちで塗れば、そのムラが不思議と愛着に変わるものである。そんな事繰り返しながら、自分たちの住宅と付き合う事により、一律ではない、個性的な住宅にもなり、益々愛着が持てるようになると思っている。
実際にセルフビルドと一口に言うのは容易いが、実際に取組んで見ると、中々手強い。
日常使わない筋肉を使い、あちこち筋肉痛をおこす。しかしそれを繰り返して見ると又楽しくなるものでもある。いわゆる「こんな楽しいものを人に任せられなくなり、・・・はまる!・・・のである。」
住宅や建築に関わる私としては、事あるたびに建築主にそうお話ししている。(当然の事ながら、私達も建築主と一緒に施工して、楽しむわけですが・・・)
皆さんは如何でしょうか?
2001.4.5 ある欠陥住宅の報告
公的な建築相談所に行かれた事務所の近くの方が御自分の住宅の相談に来られた。
内容は阪神淡路大震災で被災され平成8年に某大手ハウスメーカーで住宅を新築された方で、入居直後から基礎にクラックが入り始めて、その問題をメーカーと幾度となく交渉され、平成12年に大規模な補強・補修工事をされたが、
今だクラック続けており、あらたに不安を抱えられている方からの相談であった。
実際に自宅にお伺いして、床下に入ってみると補強された所も含めクラックが進行している。昨年の補強工事も中途半端な工事でもなく、2ケ月もの期間をかけて工事されている。
問題は地盤に関する考え方でかなりの私達と某大手ハウスメーカーに違いがあるように思う。
目に見えない所なので住んでおられる方の不安は相当なものである。実際に今までの4年間、相当な時間と費用を交渉に費やされている。
先日、私の報告書を提出したが、安心して住まう「器」であるべき住宅が重荷になる事もある。
住宅や建築に関わる私達として、このような事がない様に真摯に受け止める必要があると思う。いつこの様な問題を起こるかも知れないからである。
大切な事は、問題点は何処なのかを、技術的にも工法的にも明らかにして、施主と設計者・施工者間のブラックボックスをなくして解決する事である。
2001.2.3 久々に明石海峡大橋を渡る
アトリエから大橋は直近くにあるのはトップのページでもお馴染みなのだが、淡路島は中々遠い。本当に久しぶりに、東浦の左官久住さんを工房に訪ねる。
今の海峡バスはあの安藤忠雄さんの名高い?花博が終了してからは閑散としてゆったりする事が出来る。事務所から久住さんの工房までは、バスの時間さえタイミング良ければ30分でつく事が出きるのだが、この日は運悪く直通バスが出たばかりだったので1時間待ちである。
淡路側の岩屋バスターミナルで乗り継ぐ事にするが、またまたタイミング悪く40分待ち。仕方なく、ご子息の久住直生さんに迎えに来ていただく事に…
さて、東浦の工房に着くと、現在東京で進行中の仕事「大津壁」の練習にA君が取組んでいる。2日間練習をして、コツを覚え先発隊と合流して仕上げに掛かるとの事で直生親方の指導の元、朝から下地、中塗とこなしている。
約60cm×45cmの見本を6枚造りせっせとA君は鏝で押さえ、乾くのを待ち、練習をし来たるべく本番に備えているのである。
材料の調合やスサを自分達で作り1つづつ体で覚えて行く、ゆっくりだが確実に技術が受け継がれているのが、そばにいる私でも感じる事が出来る。
こんな風景は現場で見る事は中々出来ないが、久住さんの工房では新しい試み等でも見なれた光景である。技術を確実にこなし、肌合いを「愛着」のあるものにする為の重要なプロセスである。この積み重ねが大切な事は、久住さん達の仕事を見れば否応無しに私達に伝わる。
やっぱり「ものづくり」はこうでなければと思い、ここに来るといつもそう言う気持ちになって帰る。いつもいつも教えられる事ばかりである。
写真はその時のバスでの帰途、明石海峡大橋から事務所を写真に・・・
少し小さいが丸の中のビルから明石海峡を眺めている。
私はかなり以前から漆を塗ったものが好きである。そんな訳で漆をいつかはどこかの現場で使おうとひそかに思っていた。
特に高価な工芸品のような塗りではなく、私達にも決して無理ではない拭き漆について興味を持っていた。
たまたま?クライアントと話しをしていたとき、拭き漆の家具に大変興味を持たれて、神戸の北の三田まで拭き漆の家具作家のところに見に行ったこともある。
又、漆工芸作家が建築主である住宅のリフォームの現場見学会が大阪の八尾であったときにも見に行き、かなり強い思いを抱いていた。
そんな状態だったので、建築の雑誌で京都の漆を扱う「漆の加藤商店」からチュ−ブいりの漆を取り寄せたのが昨年の中ごろであった。
自分で杉の床材に拭き漆をするつもりで取り寄せたものだ。
中々実験施工にいたらず、1月中ごろにようやく待望の時?がきた。
拭き漆は民家の柱や梁などにも昔から使われており、時がたって深みを増し風合いを出してくれる仕上げ素材。
この近辺での現代住宅への使用例は大阪のコーポラティブ住宅でその部屋の建築主が漆を扱う人だったので自分で施工されたらしい。(詳しくはINAX出版の「漆」という本に紹介されている)
現在、拭き漆を使ったものと言えば、家具や器が主なものであり(結構高価です)建築の仕上げ材にはあまり使われていない。(最近は床材等開発されているが…)
まーとにかく自分で少しやってみようと思い、まずは茶たくを二つ取り組む事にする。
和歌山の田舎で育った私は、山に入って遊んだ時に、漆にあまりかぶれた記憶はなかったので、今回もまー大丈夫だとたかをくくっていた。
しかし、「かぶれ」は防ぎたいので、「漆の加藤商店」の注意書きを読みある程度の対策を講じた。手術のときに使うようなゴム手袋をして、直接触れないように注意する。
1回目の拭き(これは生漆に30%のテレピン油を混合)、その日は何事もなく、次の日に乾燥していることを確かめ、2回目の拭き(これも生漆に30%のテレピン油を混合)そして中1日おき、3回目の拭き(これは生漆を使用)…仕上げに深みを増し中々の出来と我ながら感心!感心!
「かぶれ」もなくよし!これはいけると内心「ニタッ」。
しかし次の日から悲劇は始まった。
1月25日の朝、口の横が少し痒い、見ると湿疹が出来ている…「かみそり負けか」と思い事務所へ、その夜には今度はおでこに…うー思い当たるのは「漆かぶれ」口の横の敵は3日で引いたが、今度は右手首へ…これがすこぶる強敵、寝ていて暖まってくると痒い、痒い、ビールをのみ血行が良くなるとなおさら、堪らず「ボリボリ」。
それから今日までの4日間、仕事中も痒い痒い、中々集中できない。
堪らず「かぶれたらリンデロン軟膏をつければ4,5日で直る」とあるので、医者に行き軟膏をもらう。それをつけて今日で3日目、でも両手首の敵は本当に強敵。このぼやきを書きながらもながらも痒い。
おかげでここ1週間は拭き漆の作業は中断。
3回拭いた茶たくは中々深みを増していい色だが、この痒さには、さすがにめげてしまう。
拭き漆をと意気込んでいたが、(それも実は自分たちで…と密かに思っていたが)もうしないと今は決めた。
この痒いのが消えたら又変わるかな! 詳しい工程などは又HPで報告しようと思っているが、今日はこの「かぶれの痒い報告を」するにとどめます。
ちょっとした、状況証拠を……
皆さんも漆を扱うときはくれぐれもご注意を!
3回の拭き工程終了
う〜痒い代償?