Bohemia Bash -- Cannonball AdderleyとOscar Pettiford
-
CannonballとNatのAdderley兄弟がニューヨークのクラブ「Cafe Bohemia」で、Oscar Pettifordにイジメられた(Bohemia Bash)、いや、イジメられてないという、その場に居合わせた人の思い出話です。
Cannonball/ Nat Adderley兄弟の上京
-
フロリダ出身のCannonballとNat Adderleyの兄弟は、1955年の夏に上京じゃなかった、ニューヨークに出ました。Fort LauderdaleのDillard高校でバンドのリーダーとして雇われていた兄貴のCannonballが、ニューヨーク大学で教職の修士課程に入学しようとしたのが、その切っ掛けです。先ず二人は、ブロンクスに居た叔母のところに身を寄せました。弟のNatは、Lionel Hampton楽団の欧州楽旅参加を終えたところでした。その頃、Natは父親が使っていたコルネットを演奏し、Cannonballの方は、以前はトランペットを吹いていたんですが、この頃には既にアルトにスィッチしていました。当然二人は、銘々の楽器を携帯してきており、ニューヨークではジャズも聴こうと思っていたのです。同郷のトロンボーン奏者、Buster Cooperに電話した所からは、Nat自身に記憶を辿ってもらいました。
Nat自身の記憶では、、、
-
「Buster Cooperのすすめで、俺達はブロンクスから南に下がったCafe Bohemiaへ、Oscar Pettifordのバンドを聴きに行ったんだ。Kenny ClarkeやHorace Silverがサイドメンだったナ。俺達は楽器を手元に置いていた。どうもニューヨークじゃァ、車に楽器を置いとくのはトンマなことらしいからな。バンドにはリード担当のJerome Richardsonが来る筈だったけど、レコーディングがあり、遅れるらしかった。そこにCharlie Rouseがやった来たんで、Oscarが彼に「Jeromeが来るまで一緒にやてくれ」と誘ったんだ。Charlie Rouseは、「楽器を持って来ていないからなぁ」と断ったんだけど、Oscarは「その辺に楽器を持ってる奴がいたから、それを借りたら良いじゃないか」と粘った。Charlie Rouseは、フロリダでCannonballに会ったことがあり、ジャズをやれることを知っていたから、Cannonballに「お前が、バンド・スタンドに上がれよ」と言ったんだ。彼が言われるままに舞台に上がると、Oscarはアテが外れて気に入らなかったんだろう、急に猛烈なテンポで「I'll Remeber April」のイントロを弾き出したんだョ。凄いテンポだから、Cannonballは困るだろうと皆がいぶかったサ。つまりOscarは、Cannonballを立ち往生させてしまえば、Charlieに楽器を渡すだろう、と踏んだンだと思うよ。ところがCannonballは、その曲ならよく演奏していたんで、直ぐに苦もなくそのテンポに入り込んで、立派にやってのけちゃったんだヨ。そこに居た連中は、「皆が口をアングリ」という次第だったのさ。」
道理で、、、
- 真偽の程は兎も角として、Oscarの挑戦をCannonballがサラリと受け流したことは、一夜にしてジャズ界で直ぐに評判となり、直ちに二人をフィーチュアした「Bohemia after Dark(カフェ・ボヘミアの夜は更けて)」という盤が制作されました。その時の面子の大半が、当時のOscar Pettifordバンドのメンバーであったとは、初めて知りました。ところで、その面子の一人であるHorace Silverの話も聞いてみましょう。
Horace Silverの記憶では、、、
-
「その時期にボクは、Oscarのバンドに居て、Cafe Bohemiaに出ていた。そしたらある夜に、CannonballとNatの兄弟がやってきたんだ。彼等はニューヨークに来ていたんで、その店に来たらしい。二人で座って、演奏を聴いていた。誰かが「あの二人もジャズをやる」と言ったんで、Oscarが「それなら、一緒にやらないか」と誘った。すると彼等は、近くに置いてある車に楽器を取りに行くと言ったョ。どうも、楽器をトランクに入れていたらしいな。それから彼等も入って演奏したけど、イヤ、凄いことになったんだよ。彼等は、素晴らしかった。それが評判になって、あのレコーディングになったんだよ。だから、いつも不思議に思うんだけど、どうして彼等はあの録音にOscarを使わなかったのかなぁ。アノ録音に参加した連中は、皆があの時にCafe Bohemiaで一緒だった奴ばかりだったのに、、、いずれにしても、ボクは、二人とも大した奴だということをあの晩知ったんだ。」
というのが、、、
-
その場に居た人の言うことが違うようで、「羅生門」に似た話です。でも、それでこの盤が録音されることになったんですから、この兄弟にとって「Bohemia Bash」の噂話は、結果的に良い切っ掛けになったことは間違いありません。それに、確かにこの盤ではベースはPaul Chambersであり、Oscar Pettifordではありませんね。
|