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子離れしない親 --Charles MingusとPithecanthropus Erectus
  • Charles Mingusおじさんには子供を溺愛しすぎて、子離れしない親みたいなところがあり、その親馬鹿ぶりが面白いという、いいえ、これはジャズのお話です。
    Pithecanthropus Erectus
  • モダンジャズにおけるベースの巨人であるMingusおじさんは、例えばPithecanthropus Erectus、直立猿人盤などにおいて、「この演奏を我々はこういう積もりでやっているんだから、そこんとこ宜しくネ」と一言注釈をつけています。つまり我が子であるこのPithecanthropus Erectusという曲を演奏した時の思い入れが強かったので、その作品が世間でどう受け取られるかが、とりわけ気になったのでしょう。そこでその作曲の意図、アレンジの狙い、実際の仕上がりについて正しく捕えて欲しい、という気持ちを込めてコメントを書いてしまったのです。特にPithecanthropus Erectus盤では、ライナーノート全体を自分で書いており、その中で「直立猿人が自我に目覚めて、うんぬんかんぬんで、最後には自己を確立できなくて、、、」などと書いています。ある意味で製作意図を窺えるこういう解説は、鑑賞の拠りどころとなるので良いことかも知れません。他方、その録音を聞いてしまってから演奏者自身のコメントを読んだ人は、「エーッ、そういう曲だったの」とか、「それはそれで良いけれど、そんな余計なこと言わなくても、この演奏は刺激的だし、凄く良かったョ」とか、演奏者の意図どおりだったり、意図に反した反応があったりした筈です。曲を聴いた側がどう感じるかは、当然ながら強制されてどうこうと言うものではありません。つまり親が自分の子供はこういう子供だと思っていても、赤の他人にまでそのとおりの子だと思ってもらう訳には行かないものです。Mingusおじさんは熱い思いを込めてPithecanthropus Erectusという子供を生み、かつ育てたわけです。そしてその可愛さ余って、一寸子離れしないような余計なコメントもつけてみたのでしょう。しかし、世間様はMingusおじさんの願ったとおりの受け取りをするわけでは必ずしもなく、世間は世間で、その子供を他の子供と等し並にしか取り扱わないというのが現実です。
    可愛さ余って
  • わが子の可愛さ余って、というのはよくあることですし、また微笑ましくもあります。その子ども自身を可愛がると言うのもそうでしょうし、第3者に対して「うちの子はこんなに良い子なんだから、優しくしてやってくれ」と言うのもそうでしょう。第3者からすると、「アノ人がそこまで言うんだから期待して良いかな」と思う場合もあるし、また「まぁ、良い子かどうかは仕上がりを見てから判断しますかネ」と言いたくなることもあります。親御さんの気持ちはよく判るけど、親のいないところで子供がどう振舞うかで、世間はその子供さんを評価するものです。子供の一生を、親がずっと付いて回るわけにもいかないものです。第一、大抵のお子さんは「好い加減にしてくれよう。もう俺は一人立ちしてんだからよォ」と親を邪魔者扱いする筈です。事実、上記のPithecanthropus Erectusの場合は、たとえMingusおじさんの口添えがなくても、素晴らしい演奏ですし、独特の雰囲気のテーマとその発展であるアドリブには思わず興奮させられた人が多い筈です。子供は子供で、立派に一人立ちしているのです。そして、そういう興奮は、Mingusおじさんがそう言ったからではなく、その演奏、即ちその子供自体が素晴らしかったから生まれた興奮であるに相違ありません。つまり、しっかりした子供は、放って置いても、世間がその実力を認めるということです。
    作品への思い入れ
  • 作者が敢えて自己の作品について、言わずもながのコメントをするのは、その是非は兎も角、その作品に(言い残した)思い入れがあるからでしょう。だからと言って、何も言わない人は思い入れが無い、ということでは決してありません。そういう人達は「作品について作者は何も補足すべきではない」という考え方なのです。極端な人は、「創造力が足りないから、口で補足するんだ。口で補足しなきゃならんような作品は未完成なんだよ」とまで言い切ります。それでも、自分の作品についてつい何かを補足してしまう人は、他の曲よりもその曲に特段の思い入れがあってのことに違いありません。ですから、「思い余って色々言ってるんだから、まぁ聞いてやろうよ」となります。一方で、作品を世の中に投げ出してしまって、それから先はオレの知るところではないという人も居れば、他方では、何か言わずに居れないという人もいるわけです。受け手の鑑賞の仕方でも、「純粋に作品だけを鑑賞すべき」という人と、「作者が作品に加えて何か言ってるのなら、それも聴いた上で鑑賞して何ら不都合は無い」という人が居るわけです。さて、あなたはどっちに組みしますか。御用とお急ぎでない方は、Mingusおじさんの言うことも聞いてあげると面白いかも知れません。

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