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新潟県中越地震

  

避難所やら車の中で書いてた日記です。
地震で大変な目に遭いながらも、日記ネタとして書いてました(^^;

2004-10-23 17:56

その日届いたばかりのエースコンバット5。
それをプレイしつつ、あぁ、そろっとSEED始まるな。と。
あぁっ、ナガセさん墜ちた!
助けに行きたいな〜、でもSEEDが〜。SEEDはビデオ予約してあるからいっか。
などと思っていたその時。

っゴッ!はじめは何だかわかりませんでした。
爆発でも起きたかのような音。これが地震の、大地の音なんですね。
その後の激しい揺れ。
地震と認識するのに少し間があったような気がします。
とりあえずコタツにしがみつきますが、コタツ自体も大揺れですから支えにはならず。
台所からは何かが盛大に割れる音が聞こえ、ふすま戸が外れ倒れる。
そうこうしているうちに電気が消え、そして揺れもおさまりました。

台所の母親の無事を確認。
滅茶苦茶に散らばった床をつまづかないように立ち位置を模索している最中にもドスンと大きな揺れがきます。
その度に物の落ちる音と割れる音が盛大に聞こえます。。
とりあえず身近にあった座布団を頭に被りつつ、玄関へ。
真っ暗なのでどこに靴があるかもわからず、足の感触でスリッパを探り当て、それを履いて外へ。
後で見たら左右別のスリッパでした(^^; パニクってたからなぁ。
何とか外に出ると、近所の人もおぼつかない足取りで外に出ていました。

誰に指示されるわけでもなく公会堂の広場に集合。
その間にも余震が続き、まともに立ってられないほど。
この時、空は快晴で月も星もよく見えていたのが印象的でした。
平時に見ていればキレイで済みそうですが、やけにはっきり見える月がひたすら不気味。

本震とその後の大きな余震が何回か。
実際のところパニクっていて、回数と時間はまるで覚えていません。
ただ常に揺れている世界が妙に不気味でした。

とりあえず安否を知らせとこう。
ですが、やはりこういう時は携帯はまるで繋がりません。
幸いにもメールは送信できそうだったので、友達連中にとりあえず「無事」とだけ書いて送ります。
何が無事なの?っていうアンポンタンもいましたが(爆)、彼は県外にいたみたいでよくわかってなかった模様。

余震の合間を見計らって、家の中に懐中電灯を探しに行きます。
普段、置いておく場所を決めていないとこういう時に苦労します。
携帯のライトで照らしながら家の中を行きますが、散らかり放題で足の踏み場も無いほど。
探している最中にもガツンガツンと余震が続きます。すんげー怖かったです。
とりあえず懐中電灯を確保して表に出ました。

母親がどこかの家族連れとおぼしき数人と話をしています。
なんでも十日町方面の道路が滅茶苦茶で、車を置いてここまで歩いてきたようです。
寒そうにしていたので、家の中から布団やら毛布やらを搬出。貸してあげました。
彼らも現状に不安でしょうが、家の方も気になるでしょうね。

情報がナイ。
ここにきて少し落ち着き、周りの状況も知りたくなりました。
車庫から車を出し・・・雪囲いの木が崩れて傷だらけ(T-T)なのは無視して、ラジオをつけます。
うちのあたり、電波状態が悪くてどこも入りづらいんですよねぇ。
なんとか雑音交じりのNHKを探し出します。

小千谷市で震度6強。
うぁ〜、震源地かよ、ココ。
十日町も酷そうだな。
各地の道路状況、停電、がけ崩れを聞いているうちに、大変な事になったなぁ、と、ここにきてようやく感じました。

仕事の帰りと思われる親父と連絡がとれません。
すぐに返信してくれれば安心できるのですが、一向にメールは来ず。電話もかからず。
数時間後、会社から歩いて帰ってきました。
暗くてメールが打てなかった、そうです(^^;
いろいろ情報収集した結果、うちの町内は車で出入りができない状態だとわかりました。

とにかく寒いです。
若いモンはいいとしても、年寄り連中には堪えます。
大きい車には年寄りを優先的に押し込みます。
あぶれちゃった人は・・・外で寝たそうです。

かろうじて残っていた夕食の(ほとんど生の)野菜炒めをつまんで、その日は車の中で寝ました。
興奮と余震でほとんど寝てられなかったですけどね。

 

2004-10-24

あまり寝ることができず、0400くらいに目を覚ましました。
余震がなおも続いており、恐怖の中、日の出を待ってました。

夜が明け、とりあえず家の中のチェック。
・・・ですが、あまりの散らかりように声も出ませんでしたね。
ベランダの大きな窓は外れ、レールがへち曲がり、素人修理では取り付け不能。
ふすまなど引き戸の類は片っ端から外れ倒れています。
予想通り、台所は滅茶苦茶で食器棚の中身は7割ほど落ちてました。

下の状況を見たうえで3階へ。
んまぁ、2階より酷い有様。
タンスはほぼ全てが倒れ、散らかり様は2階の比じゃなかったです。

自室に向かいますが、いきなりドアが開きません。
力任せに押し込むと、棚と押入れから溢れてきたキットで完全に固まっているのが見えました。
とりあえずキットの状態は無視して強引に開けました(泣
家の中で一番モノが多い自分の部屋。
・・・まぁ、写真のとおりです。
とりあえず貴重品と服などを回収して家を出ました。

散歩がてら自転車に乗って町内を回ってみました。
そこらじゅうの道路が浮き上がったり陥没したりで車はまず通れません。
車庫が潰れて下敷きになった車。
完全に倒壊した家は少なかったですが、傾いたり瓦が飛んだ家などetc
高床式の家が多いのですが、そういう家は外観的には大丈夫そうです。

信濃川の対岸、小千谷〜川口方面は酷い有様。
見渡す限りほぼ全てで土砂崩れ、一部は陥没して道路と線路がブラブラしてます。
17号と117号が切れてるんだから物流が滞るな、と思いきや高速道路まで通行止め。
なんか途方にくれそうです。

117号が完全に通れなくなったので、歩いて十日町まで〜とか、長岡まで〜という人がたくさん通りました。
相当な距離なんですが・・・ご苦労さんです。

その後、余震の合間を見ながら片付け、そして自転車で市内を探索してきました。
下水のマンホールが1m近く持ち上がっていたり、電柱がハの字に傾いていたり。
橋の前後はほぼ例外なく段差ができていました。
地盤の弱いところはとにかく悲惨な状態。

あまり暗くなると帰り道が怖いので、早々に引き上げてこの日はお終い。

 

2004-10-25

とりあえず会社に行ってみっか。
ということで自転車漕いで会社へ。
途中の橋の段差が60cmくらいあり、重たい自転車を担いで渡りました。
ルック車って重たい・・・。

会社に着くととりあえず1/3ほど出社していました。
とりあえず全員無事のようです。
出社といっても雑談して今後の話をしてその場はお開き。
災害緊急対応に何人か出ましたが、私は逃げるように帰りました(爆)

総合体育館に物資が山ほどあるよ。
とのことで、行ってみると確かに物資の山が。
3人家族ですが、6人家族と言って6人分のゴハンと水をもらいました。
重たくて帰りがすごく辛いの〜(泣
3人分にしておけばよかった・・・。

帰って2階の片づけを。この日のうちに2階はあらかた終わりました。

さて。
いつまでも公会堂の広場に停めた車の中で寝るわけにもいきません。
特に年寄り連中には酷な話です。
うちの町内のうちの地区のうちの部落(^^;は、うちの離れの車庫を避難所としました。
鉄筋作り、屋根は軽い素材、ということで地震の耐性はバッチリ。
親父が「おぅ、使ってくれ」と承諾。
俺の車は青空駐車・・・(泣 まぁ、仕方ないですね。

とりあえずゴザを敷いて、各家からいろんなものを持ち寄って避難所の完成。
田舎ならではの団結力というか・・・生活用品一式があっという間に集まりました。
配給の一人一個のおにぎりと、それ以上に豪勢になった各家の物資を夕食に。
田舎って素晴らしいですね。
野菜が無ければ畑からとってくればいいんですから(^^;

どっから出てくるんでしょうか?
ビールやら酒やらがどこからともなく持ち込まれます。
みんな飲む飲む! まぁ、飲まなきゃやってらんないですけどね。

 

2004-10-26

律儀に会社行ってきました。
社長とうちの課長がいましたが、すぐに出掛けてしまい自分ひとり。
はっきし言って一人じゃ何も片付けられません。
自分の机だけ定位置に戻し、小物をかき集めて1時間ほどで終了〜。

何もしてくれない行政に変わり、町内の連中が市内方面の道路を勝手に仮復旧したのでこの日は車で来てました。
西長岡はあまり被害が無いよ。との事だったので、買出しついでに給油に行くことに。
ホントに(見た目は)被害ありませんでした(^^;
地震なんてあったの?ってな感じです。
ガソリン入れて避難所暮らしで使えそうなものを買い込んで帰りました。

帰り道。例の大救出土砂崩れ現場を対岸から見てきました。
よく知る所が無残に崩れ落ちてる様を見るってのは・・・アレですね。
テレビの中で見る景色が自分のところなんだなぁ、と。

 

2004-10-27

落ちた風呂場のタイルを貼っていたところ、強い余震が。
貼ったタイルと共に更に何枚かのタイルがまた落ちました(泣
震度5強ですね。大して物は落ちませんでした。
が。
カーペットと一緒に棚が動いちゃうんですよね。
地震の力とはすごいもので、これを人力で動かすことはできません。
棚の中身をみんな下ろして、またカーペットから位置を直します。
これが大変なんだ・・・。

この日は午後から会社に行く予定でしたが、この余震で仮復旧した道路がまた崩れました。
橋が危ない、ということで警察が通せんぼ。
車はもちろん、自転車、徒歩も通行禁止に。
前日、物資を持ってきた新潟市住まいの弟は今日帰る予定でしたが帰れなくなりました。
もう一日避難所暮らしを堪能してもらいますか(^^;

夜。
いつも通り車で寝てましたが、妙な眩しさで目を覚ましました。
見ると街頭に明かりが!遂に電気復活です!
とりあえず家の中に入って片っ端から電気をつけて回り、異常無き事を確認。
やっぱ電気があると安心しますね〜。
これである程度普通の生活に戻れそうな感じです。

 

 

地震直後の日記はこのへんでおしまいです。
翌日からは朝から会社行ったり、避難所生活だったりとあまり変化がありません。

この日以降の変わった点といえば・・・
10月31日 車泊から自室へ
11月17日 配給食から自炊へ
11月28日 避難所撤収
11月29日 ガス復旧
12月05日 水道復旧