海の遭難 指笛で8人助かった実例

スマトラ沖地震

ー人でも多くの方が指笛を吹けるようになりますように。

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スマトラ沖地震 2005年1月11日 スマトラ沖地震で2週間海を漂流していた「アリフ」さんが指笛で助けを求め救助された。(2005年1月11日、NHKテレビ朝7時のニュースより)

指笛で8人が助かった記事 1996年8月4日 午後6時半ごろ静岡県伊東海岸沖で8人の乗った遊漁船が転覆した。上原さんが吹いた指笛の音が通りかかったカーフェリーの甲板にいた人に届いた。上原さんは午後8時10分ころ救助され、残り7人は午後10時46分ころ暗やみの中で救助された。翌朝のNHKテレビのニュースで、甲板で指笛を聞き船長に伝えた方がインタビューで、親指と人さし指を輪にして指笛を吹く真似をして「指笛が聞こえました。」と語った。1996年8月5日付朝刊(朝日新聞、毎日新聞)

 

「地震に備え指笛覚えて 生き埋めの際、助ける手段に」朝日新聞 平成7年10月20日タ刊全国版記事

阪神大震災では多くの方が亡なった。家屋の下敷になっている人達の居場所をみつけるために犬、カナリアなどが使われた。人の声は小さい。指笛は2km音が届く。指笛で助けを求められたらもっと沢山の方が助かったかもしれない。大地震はやってくる。地震に備え指笛覚えて!
私が見た震災地 震災地に近づくにつれ屋根に青いビニールをかけた家がどんどん増えた。JR駅のプラットホームが落ち閉鎖され、そこからは不通。バスで行けるだけ行った。ビルの1階がつぶれ2階が落ち込み車をぺチャンコにつぶしていた。木造の家はグチャグチャにつぶれていた。町全体が焼かれたところはまっ黒で炭だらけ。煙がくすぶっていた。小学校の入ロには布団が績まれ幼児がいた。体育館には、避難した人達が1畳くらいに間仕切って座りうつむいていた。グラウンドには仮設の卜イレが並び洗濯物が干されていた。ナップサックを背おった救援ボランティアの人達を多く見かけた。WORLD MUSIC FESTIVAL IN KOBE’95

 

東海地震 駿何湾周辺を震源とするマグニチュード8級の巨大地震。国の被害推定では、東海地方の広範囲が震度7ー6弱の揺れに襲われ、死者は最大でl万人。建物の耐震化を進めれば、うち5000人が助かる。(読売新聞2003年8月15日朝刊1面)

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