いろいろな出来事 H0ME
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1995.9.17 朝日新聞千葉版に指笛を広める活動記事が掲載 私の新聞記事を見た山ロさんは、宮城富雄さんから草笛を習ったことがある宮城富雄さんに新聞記事のことを話した。宮城富雄さんから自宅に電話が入った。田村大三先生は健在であること、指笛楽友会という組織があり、全国には60人位いること。私の家の近くに指笛の上手な山本さんという方がいること、そして、田村大三先生宅の電話番号も。山本さんは田村大三門下生で10年近くレッスンを受けたが、田村大三先生の紹介で日経新聞に掲載されたとき、記事の中に田村大三の文字がなかったため破門されてしまった方。かなり前に田村大三先生の奥様の死亡記事を見ていたので、田村大三宅に電話したとき若々しい女性の声がしたので娘さんかと思った。4番目の奥様の山本静海先生だった。宮城さんの勧めで山本さんと1996年1月から千葉市の小中台公民館で月1回の指笛教室を始めた。6月に多田屋ミュージックプラザで 指笛コンサートを行なったとき田村大三先生を紹待したため山本さんは「指笛の会」を離れていくことになった。 1995.12 茂原の岬教会 田村大三クリスマス指笛コンサートを聞きに行く。タンホイザ大行進曲をー緒に演奏 12月になって、田村先生宅から千葉の茂原の岬教会でクリスマス指笛コンサートをするので聞きに来ませんかと電話があった。家内、子供三人を連れて岬教会に行った。山本静海先生のドラマチックソブラノは迫力だった。田村先生からー緒に吹こうと声をかけられ、カーネギーリサイタルホールで演奏したという「ホイザー大行進曲」の録音に合せて、田村大三先生と交互に吹いた。コンサートの中で田村大三先生は「あごを外れるほど前に出します。」と言って横を向き下あごを突き出し観客を笑わせた。
1997年〜 べルカン卜歌唱法とコンコーネ50番、大きく変った指笛 山本静海先生からべルカント歌唱法を学んだ。山本静海先生は日本の生んだ世界的プリマドンナ、原信子女史に30年間 師事。東京聖書学院にて10年間声楽の教鞭をとられている。先生は、私が高音が出るので「カウンターテナー」になれるとおっしゃった。遠くて通えなくなり、その後、自宅近くの矢野博子先生にお世話になっている。コンコーネ50番を4年弱かけてー通り終えた。指笛を吹く時はファルセットで吹くことが習慣になった。べルカン卜のバランス概念を指笛に応用し笑筋・口輪筋を使わないほっぺをふくらませる吹き方に変え、呼吸法と併せ、指笛の吹き方を根本的に変えた。 1999.10 プロ指笛奏者・歌手のロニー・ロナルド氏のCDを聞く。 「2本指 指笛」ながら、日本人以外に指笛を吹く指笛のプロがいたこと、また、その演奏技術の高さに衝撃を受けた。「ルルルル」と言う「フラッタータンギング」、「低音から高音まで広い音域のトレモロ」、「倍音」、「小鳥の鳴き声で奏でるメロディ」など技巧的な名演奏。プロのヨーデル歌手なので歌い、そして、指笛を吹く。私は、まず、「2本指 指笛」での「トレモロ」、「フラッタータンギング」の再現をした。次に、「人さし指 1本指笛」へ「高音トレモロ」、「フラッタータンギング」を移植完了した。「フラッタータンギング」は、口蓋垂タイプに切替えた。2年かかった。 2000.7 1927年の指笛、ロニー・ロナルド氏のビデオを見る ビデオの最初は、1927年トーキー「ジャズシンガー」に登場する指笛。次は、ロニー・ロナルドさんのCDからフレンチ・カンカン。更にもう1曲。曲の中にはトレモロがあった。指を使わない「Fingerless Whistle」による「フラッタータンギング」が素晴しい。【@】「フラッタータンギング」 舌の裏側に指をつけ、舌先と門歯で振動させている。【A】指を舌先裏側につけて演奏している。【3】ロニーロナルド氏は、舌先を上に巻かず、単に伸ばし、舌の上表側に縦の溝を作りつつ「Fingerless Whistle」を吹く。「Fingerless Whistle」のマスターに4年かかった。 2000年6月30日 体力年齢は25歳 |