ホストクラブ「Egoist」
一見しただけではそうとわからない瀟洒な作りのこの店は、表札程度の大理石に店名があるだけで、きらびやかなネオンも派手な電飾もない。
それは店内においても同じだった。
簡素とも呼べる間接照明の中、その空間を飾るのは、テーブルごとにイメージされた、艶やかで上品な生花のみ。豪奢なシャンデリアの一つもない。
オーナーは言う。
「洗練され、磨き上げられた最高級の男達こそが、この店を飾る唯一の装飾品だ」と・・・・
オーナーのレヴィアス。
オッドアイを持つ彼は、その酷薄な美貌と類稀な経営手腕によって、生存競争が激しく、コネが物をいうこの世界に、地盤なく殴り込みを掛けた風雲児だ。
人は彼を「魅惑のテロリスト」と呼ぶ。
多少性格的に難がある事を除けば、ホストとしても十分に通用する容姿を所持し、人を見る目の確かさには定評がある。
バーテンは2名。
秀麗だが対人恐怖症気味のジュリアスと、無口で知的なエルンスト。
ジュリアスは性格上、客商売には向かないと周知の事実だったが、多額の借金を抱えていて、それは普通の仕事では返済し切れる額ではなく、やむなく夜の世界に足を染めた。
病で儚くなってしまった、唯一彼が心を許す事のできた友人カティス。
彼の忙殺されるほどに多忙な両親に代わり、彼が幼い頃から彼の側にあり、彼を支え、慈しんでくれた年上の友人。
律儀にも彼はその細腕で、入院費の嵩んだ親愛なる友人の借金を返済し続けているのだ。
流れる金髪に紺碧の瞳。強固な意志を体現するかの如く引き結ばれた唇。
「アーバン・サンクチュアリ(都会に残された聖域)」、いつしか彼はそんな名で呼ばれるようになった。
人を恐れるのは閉鎖的な環境で育ってきたせいだ。
だが、彼の孤高で無垢な魂を、過ぎるほどに美しい容姿は見事に裏切っている。
彼の周囲には、その完成された美を目当てに人が集まり、人間の最も浅ましい感情をぶつけていく。
すなわち「欲望」である。まざまざと突きつけられるそれらに、彼は更なる人嫌いを嵩じさせ、すっかり捻くれ、素直でない性格になってしまった。
エルンスト。元々は医者の卵で、苦学して医大を卒業、インターンとして大病院に勤めたが、医者という人種の、打算的で堕落した裏の事情に幻滅し、学費を払う為に慣れ親しんだ、夜の世界にどっぷり浸かってしまった。
切れ長で涼しげな双眼と、ストイックな雰囲気は、シェーカーを振る姿も様になっている。
年季が違うのだ。
「白亜のモラリスト」。考えてみれば、哀れな境遇の男である。
ホストは8名。
虚無的なクラヴィス、奔放のオスカー、優美なリュミエール、華美のオリヴィエ、
堅実なヴィクトール、誠実のルヴァ、小悪魔セイラン、そして陽気なチャーリー。
クラヴィス。店のNo.1の座を入店以来保持している妖麗な美貌を称える男。
口数は少なく尊大で、何様な性格をしているが、親しく付き合ってみれば、意外な懐の深さをも持ち合わせている、侮れない暴君である。
大財閥の御曹司である彼が夜の住人になったのには、退屈凌ぎと、数々の制約の中で真面目に勤めるなど面倒臭いという以外に理由はない。
彼を知る客達は彼を「闇のカイザー(皇帝)」と敬い奉る。
その血統、恵まれた容姿、それ故に近寄りがたい硬質な態度。
だが、施す事を惜しまない財布の紐の緩さに、形だけの友人は多い。
実際、店の誰もが(ジュリアスとオスカーは例外だが)彼の湯水の如き金の使い方に、多少なりとも恩恵を預かっている。
彼にしてみれば、ある1つのものを除いて、切実に欲しい物がなかった為の無頓着だったが、それを知る者はオーナーのレヴィアス以外にはない。
だからと言って、彼等は決して親しい間柄ではなかった。むしろ、憎み、牽制しあってさえいる。
何故なら彼等の欲しい物は同じだった。ジュリアスという、至宝の如き麗人。
二人が顔を合わせようものなら、店内には場所柄も弁えずイナズマがスパークする。
誰もがその「最悪の時」を回避しようと、できるだけ二人を合わせないようにと配慮しているのだが、当の本人、ジュリアスにだけは知る由もなかった。
オスカー。「赤のカンタオール(歌い手)」と呼ばれるEgoistきっての言葉の魔術師である。
他の誰かが口にしようものなら、砂を吐くほど気障な言葉の数々を巧みに操り、お嬢ちゃんから奥様、果ては可愛い男の子達まで陥落するという色恋のエキスパートである。
彼に掛かっては、背中まで45分。情熱の嵐とも言える男だ。
そんな彼も、実は密かにジュリアスを慕っており、守護してやれる恋人の座を虎視眈々と狙っているのだった。
リュミエール。優雅で慈愛深い容貌から「泡沫の聖母(マリア)」と仇名される彼は、物腰柔らか、口調穏やか。細やかな気使いでいつも微笑を絶やさず、マダム・キラーの名を欲しいままにしている。
しかし、同僚であるクラヴィスに密かな思いを抱いている為、彼に対してだけは、ついつい誘惑的な媚態を隠せないでいる。
故に、それを垣間見た人達に影で「マリアって夜の蝶にも多い通り名だよね」と噂されるのには、同情を禁じえない。
オリヴィエ、「享楽のストレリチア(極楽鳥花)」と、その華々しい様相に花の名を銘打たれる彼は、実は店内1の情報通で、最もジュリアスと親しい人物でもあった。
クラヴィスの入店からNo.1の座は明渡したものの、元々世話好きで明るい性格をしている為、今でも固定客の数はダントツでトップ。
知れば知るほど味が出る。そんな性格にジュリアスも少しずつ心を開き始めている。
それが気に入らないレヴィアスとクラヴィスは、ことあるごとにオリヴィエに対してちくちくと嫌味を言うのだが、本人全く何処吹く風。
極楽鳥とは良く言ったものだ。
ヴィクトール。「King Of King(王の中の王)」と呼ばれる彼は、質実剛健を信念に、質素倹約をモットーにしている。
両親を早くに無くし、年の離れた弟達と生活する彼は、生活苦の為に夜の世界に足を踏み入れた。
このご時世に、五人兄弟の長兄である彼の、貰った金額に見合うだけの仕事はするという実直な態度は、クラヴィスの鼻について仕方がない。
その上、自分からジュリアスを構うオリヴィエと違い、ジュリアスが自ら近寄り、話し掛けたりしているのも、はっきり言って我慢ならない。
ジュリアスの性格からして、勤労勤勉を愛するのは当然なのだが、クラヴィスにはそんな事は蚊帳の外。
自分以外に興味を持つのが許せないという、本当に何様な思考の持ち主である。
そんなクラヴィスの邪険な態度さえ、溜息の1つで片付けてしまえるのだから、やはり彼には王者の風格があると言って過言ではないだろう。
彼の魅力の隠し味が、年長さんの醸し出す威厳である事も忘れてはならない。
ルヴァ。「深夜のオアシス」と名付けられる彼。そのキャラクターを一言で語るなら教育番組のお兄さん。
のんびり、おっとりした性格で、忙しい日中の生活に疲れたキャリア・ウーマンの御指名度の高さは群を抜いている。
「今日も一日お疲れ様でしたぁ。今夜もみんなで盛り上がりましょう。まずは乾杯、はいはいグラスを持ってくださいねぇ」
・・・・・・居酒屋のノリである。
そんな気の抜けたもてなし(?)が彼女達の心をくすぐってやまないらしいが、それは演技でもなんでもなく、彼の「地」であると店の誰もが知っている。
セイラン。「薄幸のイノセント(無邪気姫)」。彼ほど通り名と中身のギャップが凄まじい人物もそうはいない。
無邪気なんてとんでもない。意識的邪気の塊のような皮肉屋である。
しかしそれには、充分同情に値する背景が存在していた。
父親が、死別した母親そっくりの女性と再婚し、二人の間にマルセルという子供も生まれ、一家は幸福を取り戻したように見えたが、それから数年も立たない内に、今度は父親まで交通事故に合い亡くなってしまう。
その途端、継母の性格は一変した。
実子のマルセルだけを可愛がるようになり、更に数年後、母親はこれまた底意地の悪いヒモのような男と再婚して、働ける年齢に達していた彼に、生活費を稼がせるようになった。
浪費家で見栄っ張りの義理の両親などはどうでも良かったが、働こうとしない彼等には、当然一銭の稼ぎもなく、義理の弟で無条件に懐いてくるマルセルの為に、やむなく彼は水商売を始めたのだ。
そんな事情が彼に「大人に対する不信感」を植え付け、可愛い気のない性格にしてしまったのである。
ある意味薄幸ではあるが、その不幸話を売りに、有閑マダム達の同情を買い貢がせているのだから、なかなか強かであるとも言える。
チャーリー。「極上のスピード」と呼ばれるには二つの理由がある。
その1つは、彼の話術の巧みさにある。マシンガントークで「速い」という意味ではなく、麻薬のように会話に酔わせてしまう所から来ているのだが、同僚達はどちらかというと前者に同意する。
そしてもう1つ。彼はホストの中では、出勤時間が誰より遅く、誰よりも早くに上がってしまう。
まさにスピード退社である。
彼はいくつものバイトを掛け持ちする、腰掛けアルバイターであった。
稼げるだけ稼ぎ、貯められるだけ貯める。彼の夢は、サラ金を開業する事らしい。
ボーイのゼフェル。
「ストレイ・キャット」なんて可愛く呼ばれてはいるが、要は野良猫。
野性味たっぷりの反抗期真っ最中。口も悪いし、態度も悪い。
しかし正義感は強く、弱者を庇わずにはいられない意外にも兄貴分である。
ケンカっ早いが、当然客に手を上げた事はなく、騒動が起これば、真っ先に仲裁に入る。
土建屋の一人息子で、常に人には遠巻きで見られて来たせいか、人付き合いのなんたるかを良く知らない為、店内に親しい者は少ない。
だが、バイト仲間のランディは数少ない友人の一人で、休憩時間には互いのバイクの話しなどで盛り上がっている。
そのランディは厨房にマルセルと詰めている。
若いながらも一流料理店の後継として生まれたランディには、天性の素質と、血の齎す洗練された味に対する拘りが備わっていた。「味覚のアーティスト」とは言い得て妙。
そんな彼が店を継がずに、この店で働く切っ掛けになったのは、ジュリアスとの出会いが起因している。
夕暮れ時、出勤途中のジュリアスに、行き違う誰もが目を奪われていた。女も、男も。
俯きがちに歩を進める美しい人は、自分の容姿を疎んじているようで、彼には痛々しく見えた。
例え頭の中で考えているのは、この人を料理に表現できたら・・・なんて根っからの料理人であったにしても、彼はジュリアスの後に付いて行く、嫌な目付きをした男達を見逃す事はできなかった。
彼はツーリング仲間で友人のゼフェルが、近くでバイトしていると聞いた話を思い出す。
そしてゼフェルを携帯で呼び出しておいて、彼等の後を付けて行った。
薄暗い路地に彼等が折れたのを見て取ると、ゼフェルの到着を待てず、いてもたってもいられなくなって走り出していた。
案の定、言い争う声が聞こえ、助けに入ろうとした時、大の男が二人、次々と路地から吹っ飛んできた。
驚いて声も出せずにいる彼の目に映ったのは、黄金の獅子さながら、今にも咆哮しそうな面持ちの美しい憤怒の鬼神であった。
とまぁ、更に話は長くなるのでこの辺りで巻いて行くとして、結局遅れて到着したゼフェルとジュリアスが同じ店で働いていると知り、その腕っ節の良さに惚れた彼は、Egoistに勤める事と相成った。
彼は格闘技、主にK−1、少林寺拳法のファンだったのだ。
そしてマルセル。セイランの義理の弟で、兄を慕い、追い掛け押し掛け入店を果たした「スウィーテスト・ポイズン」彼の、くるくると良く変わる豊かな表情は、その道のお兄様達には目の毒なのだそうだ。にっこり可愛い笑顔。未だ幼さの残る華奢な身体つき。皆一様に興味を持つのだが(ここでもオスカーとジュリアスは例外である)義兄であるセイランが恐くて手を出せないでいる。
両親には塾通いと偽って家を出て来る為、仕事上がり近くになると、エルンストに勉強を見て貰っている。そして、11時を回る頃、セイランに連れられて帰宅するのだった。兄であるセイランはその後再び店に戻り、せっせと生活費稼ぎに精を出す。
誰もが1癖も2癖も3癖も4癖も・・・・・・・・コホン。持っている強者揃いだが、とにかくここEgoistは、他の追従を許さない、超一流赤丸急上昇中のホストクラブなのである。
働く人物を知るだけで楽しめそうな店なのだが、更にここには、特徴的な接客体系がある。
テーブルごとに接客内容が異なるのだ。
テーブルは4つ。「ラファエル」、「ミカエル」、「ルシファ」、「アスタロト」。
天使と悪魔の名を持つテーブルには、それぞれに基本理念がある。
「ラファエル」には「癒し」「ミカエル」には「懺悔」「ルシファ」には「誘惑」
そして最も特殊なのが「アスタロト」の「享楽」である。
ラファエルでは悩みを聞き、ミカエルでは過ちを告白させ、ルシファでは恋のゲームに興じて貰い、アスタロトで目の保養を楽しんで頂く。システムはこうである。
つまり、家庭相談所と、教会の懺悔室と、ホストクラブと、のぞき部屋が一緒くたになって存在している訳だ。
アスタロトの享楽とは、ここで「HALF」と呼ばれる、二人一組のホスト達が、客の要望に合わせて絡んでみせるというもので、それはキスあり、お触りありの「おいしさ」なのだ。
ボーイズ・ラブや耽美小説が女性の興味を引いている昨今、ニーズは増えるばかりのサービスである。
中でもクラヴィスとリュミエールのHALFは、このテーブルに呼ばれる事が最も多い。
それはもうリュミエールとしては願ったり叶ったり。公然とクラヴィスといちゃつけるのだから喜んでテーブルに付くのだが、クラヴィスはと言えば、度が過ぎる程の過剰演技の割に、全くもって気が入っていない。その視線は常に、自分に関心を向けようとしないジュリアスに注がれているのだった。
そして、オスカーとチャーリーのHALFは「ルシファ」、ヴィクトールとセイランは「ミカエル」、オリヴィエとルヴァは「ラファエル」での需要が最も高い。
この組み合わせをHALFに定めたレヴィアスは、やはり只者ではない。
レヴィアス自身、ジュリアスをHALFにできるなら自分もホストになっていいとさえ思っている、かなり俺様な性格なのだからさもありなん。
幾度申し入れてもジュリアスが頷かない上、クラヴィスが妨害する為、実現はしていないが・・・。
レヴィアス:「さぁ、開店といこうか」
オリヴィエ:「ちょっと。まだ今月の給金貰ってないんだけど」
ルヴァ :「あ〜、オスカー寝癖ついてますよ〜」
オスカー :「これはワックスで立たせてるんだ!」
リュミエール:「おいしい水という物を、通信販売で買ってみたんです」
セイラン :「ここ、トレビーノ使ってるじゃないですか」
ヴィクトール:「ガキ共、夕飯しっかり食ってるかな」
ランディ :「残り物はみんなお土産に詰めてあげるよ」
エルンスト:「今日はバカロレア(大学受験資格試験)問題を・・・」
マルセル :「バカロリレア?(馬鹿でロリコンでレア物?・・・なんだろう?)」
ゼフェル :「誰だぁ!裏口に粗大ゴミ運んで来やがったのは!」
チャーリー:「それゴミちゃうで、お宝の山や」
クラヴィス:「どうした?浮かない顔をしているが」
ジュリアス:「・・・私に構わないで貰おう。オーナー、ドアを開けるぞ」
今宵も夢の一夜が扉を開く。
優雅で雅な男達の饗宴が、華やかに花開き貴方を誘う。
「いらっしゃいませ。Egoistへようこそ」
※注 このお話は、アンジェリークを題材にしていますが、全くのフィクションであり、登場する人物団体は現実のものと一切関係ありません。(多分)
(以上、序章byれいん様)