中 秋 節


中秋節のおとぎばなし。

秋の月、空に浮かぶ中秋の名月。

明日はいよいよ中秋節が訪れます。旧暦(農暦)の815日は(今年は西暦912)は、中国の三大節句の一つ、「中秋節」です(残りの2つは旧暦の正月である「春節」と旧暦55日の「端午節」)。月は古来より「家族団欒」を代表してきました。その月が1年で最も丸く、明るく照り輝く日が旧暦815日ですので、この日を中秋節とし、家族団欒を表わす日となりました。中華民国では国定休暇となりお休みです。


月餅とザボンで家庭円満を祈る

 中国の何れの伝統的な節句にはその時節にふさわしくこれを食べないと節句を過ごした感じがしない!という食べ物があります。端午節は「ちまき」、清明節になると「潤餅」と決まっています。そして、中秋節には月餅とザボンを食べます。

 丸い月餅は家族団欒を象徴しています。月餅を食べる習慣は、元朝末年に始まりました。当時中原〈今の中国の住む人々〉の人々は蒙古族の統治を嫌いました。多くの志士達が決起して元朝を倒そうと試みましたが、各地に散らばる武力をどうしても団結させることができず、団結するための情報を伝達する良い方法もありませんでした。

もしそのような呼びかけの掲示を出したものならば即、元朝の役人に取り締まられて死罪になるのでした。しかし各地の蜂起は地方単位の小さな決起のためにすぐに潰されてしまいます。元朝に打ち勝つためには中国各地で同時に立ち上がる必要がありました。一斉に立ち上がるためには朝廷に知られずに各地に伝達しなければなりません。


その頃、道士劉伯温という戦略家が良い方法を思いつきました。彼は、「近々疫病が発生するが、中秋節の時に月餅を買って食べれば災難を逃れることができる。」と言う噂を流しました。それを信じた人々は、皆月餅を買って帰ります。導士の術を信じた人々は中秋節まで食べずにとっておきます。中秋節に食べなければ効果がないのです。何と行っても病には逆らえません。当時の人々は信じたのです。

中秋節当日に人々は月餅を切って開きました、なんと中には紙切れが一枚隠されていて、そこには「815日武装蜂起」と書かれているではありませんか。各地の人々は次々とその決起の合図に応えて立ち上がり、一致団結して瞬く間に元朝を倒しました(これにより、劉伯温が明の太祖、朱元璋は宰相になったのです)。月餅は、この時より中秋節にはなくてはならない食べ物になったのです。

ザボン 

中秋節の時分には、ちょうどザボンが最盛期を迎えます。ザボンは中国語で、「柚子(ヨウズ)」といい、同じく中国語で子供に加護があるという意味の「佑子」と同音です。縁起が良く、平和を意味することから、ザボンも中秋節の食品に加えられました。台湾では台南の麻豆文旦(ブンタン)が一番有名です。

中国版「御伽草子」を聞いて、一味違った中秋節を

 中秋節には民間に伝わるお伽話が数多くあります。そのうち、最も知られているのが「嫦娥奔月(嫦娥〈じょうが〉月へ逃げる)」、「呉剛伐桂(呉剛桂の樹を切る)」、「玉兔搗薬(ウサギの薬搗き)」の3つの物語です。子供の頃これらの物語を聞きながら、月には本当に嫦娥や呉剛や可愛い玉兔が住んでいる!と信じていました。私が小さい頃にアポロ号が月に行ったと聞いて無邪気にもアームストロング船長「嫦娥に会えた?きれいな人だった?」と聞きたいなあって思っていました。私ばかりではなくて当時の台湾の子供もそう思った人が多いのです。

嫦娥奔月

 昔々、空には10個の太陽がありました。そのため、地上は焼けつくように熱く、作物も育たず飲み水もなく、人々は大変苦しい生活にありました。その頃、天界から弓の名手「后?〈こうげい〉(単に「?」とも言います)」が人々を救いにやって来ました。后?はみごと9つの太陽を次々と射落とし、猛獣や大蛇も射殺したので、人々は平和に暮らせるようになりました。

 しかし、后?が射落とした9つの太陽は、実は天帝の子供達だったのです。天帝はひどく怒り、后?とその妻の嫦娥を人間界へと追い出してしまいました。西王母は后?に同情し、いつか天界へ帰って来られるようにと、たった一粒しかない不老長寿の薬を后?に贈りました。

 后?は、こうして人間界に降り立ちましたが、9つの太陽を射落とし猛獣どもを倒して英雄になった後、次第に自分の力を頼みに尊大、粗暴に振舞うようになり、周りの者の意見もちっとも聞かなくなりました。その様子に妻である「嫦娥」はすっかり傷つき、夫の「后?」のもとを去る決心をします。自分が去ることにより后?が自分の過ちに気づき、再び温厚で心の正しい人に戻るよう願って、815日の晩、あの不老長寿の薬と飲むと月へ向かって飛び立ちました。そして、月の女神「広寒宮宮主」となったのです。

呉剛伐桂

 空を仰いで月を眺めると、その表面に黒い人影のようなものが見えますよね?中国の伝説では、あれは呉剛が樹を切っている姿なんです。

 呉剛は元々人間界できこりとして暮らしていました。仙人になりたいと考えていましたが、かといって熱心に修行する気もありませんでした。その様子を見た天帝は、呉剛を月宮にあげ、月にある桂の樹を切り倒すことができたら仙人にしてやろうと言いました。しかし、呉剛が暫く樹に斧を入れていると、樹の切り口が自然にふさがってしまい、なかなか切り倒すことができません。こうしてどうしても仙人になりたい呉剛は、今でも月で桂の樹に斧を振るい続けているのです。

玉兔搗薬

 月と言うと、必ずウサギを連想します。中国の言い伝えでは、3人の神仙がみすぼらしい憐れな老人に姿を変えて、それぞれキツネ、サル、ウサギに食べ物を乞いました。キツネとサルは老人に食べさせる食べ物を持っていたのですが、ウサギには何もありませんでした。どうにかして老人に食べ物を与えたいと、善良なウサギは考えに考えて、とうとう自分が火の中へ飛び込み、「ロースト・ウサギ」となって老人に捧げました。これを見た天帝は殊のほか感動し、ウサギを月宮に上げて「玉兔」にし、嫦娥に付き添って薬作りを手伝うようにしたのです。

月を愛でながらバーベキュー

 最近台湾では、中秋節に家族や友達とバーベキューパーティーを開くことが流行っています。どうして中秋節にバーベキューなのかよくわかりませんが(もしかしたら玉兔が火の中に飛び込んだ言い伝えと関係があるかも?) 中秋節当日には、郊外や川原はもとより市内の大通りと言わず横丁と言わず、家々の門前やベランダでパタパタと火を起こして (最近は鉄板や網の変わりに「火山岩の板」を使うのが今風です。) 肉や野菜を焼く光景が見られます。中秋節の日には道を歩いていると、肉の焼ける香ばしい香りが漂ってきて、思わず唾を飲み込みます。一家揃ってバーベキューの火を囲みながら、中秋の名月を愛でる…、これにまた格別の風情があるのです。


 日本の皆さんも今年はバーベキューをしながらお月見しませんか?ちょっと変わった、台湾式のお月見をどうぞお試しください!

(なお、今年のお月様は、正確には旧暦815日、つまり新暦912日ではなく、2日後の17(新暦14)に一番丸く美しく見えるそうです。月を見る地球からの位置の関係で、このように日にちがずれるそうです。)

謝怡芬  HSIEH YI-FEN

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翻訳 安西 マリリン

 
台北のライヴカメラ
田中宇国際ニュース解説の中国語版
田中さんの国際ニュース解説の中国語版ができました。       
は専門的見地で切れる記事です。是非読んでく ださい。
ご閲覧ありがとうございました。

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