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2000年台湾総統選挙、初の政権交代
3月18日、台湾総統選の投票日の夕方、各地開票所から開票結果が続々と発表されました。集計の結果、民主進歩党公認の陳水扁・呂秀蓮両候補が、総得票数497万票、40%近い得票率で台湾第十期正副総統に当選しました。これにより、半世紀以上にわたり国民党によって掌握されていた台湾の政権は、5
月20日の新総統就任を境に台湾の最大野党・民主進歩党に移る事となりました。政権交代に伴い、台湾は政治だけでなく、外交、経済などあらゆる面で未曾有の大変革を迫られ事となったのです。
民進党の大勝利、「緑の政権」誕生
陳水扁・台湾次期総統は18日の記者会見の中で、「台湾海峡の永久的な平和を追求することが総統の使命と本分であり、自分には台湾の新しい指導者として、断固としてこの土地を守る責任と義務がある。」と強調しました。また、「中国主張する「一国二制度」を受け入れ、第二の香港やマカオになることはできない、台湾海峡の安全と平和の実現に対する台湾人民の決意は固く、両岸が善意を以って和解、協力関係を築き、末永い平和を実現できるよう働きかけていかなければならない。」と主張しました。
5月20日の総統就任までの間は、中国にとっては陳氏の言動の「観察期間」ですが、陳氏自身にとっては今後4年間の任期内の両岸政策を決定する「思索期間」でもあります。その他陳氏の選挙公約である「黒金政治」の打破などに対しても、各界からの熱い期待がかかっています。
2000年總統大選得票
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党籍 |
候補人姓名 |
得票数 |
% |
| 当選 |
民進党 |
陳水扁、呂秀蓮 |
4,977,737 |
39.3 |
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無籍党 |
宋楚瑜、張昭雄 |
4,664,932 |
36.8 |
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国民党 |
連戰、蕭萬長 |
2,925,513 |
23.1 |
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無籍等 |
許信良、朱惠良 |
79.492 |
0.6 |
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新党 |
李敖、馮滬祥 |
16,782 |
0.1 |
国民党大敗、李登輝主席に辞任迫る声
今回の総統選で、国民党の得票率はわずか23.1%、4年前の第一回総統選挙時の得票率54%と比較すると、壊滅的な大敗を喫したというほかなく、早くも党内改革を求める声が上がっています。馬英九台北市長等の党内改革派や学界からも、李登輝氏が民意を汲んで即刻党主席を辞任し、直ちに臨時全国党代表大会を招集、党内改革に着手するよう求める署名運動が起こっています。
李氏国民党主席辞任
総統選の敗北を受けて、李登輝国民党主席は19日の臨時中央常務委員会で9月まで党務を執った後再度臨時全国党代表大会を招集、主席以下の党務執行幹部が総辞職すること、直ちに「国民党改造委員会」を発足させ、党の全面的改革を速やかに完了すること、会議上の全ての中央常務委員及び党務執行幹部が、危機感をもって党体質の徹底した改革を行わなければ国民党に未来はない、との決議を行いました。副主席邱創煥氏、中央常務委員の馬英九氏及び中央政策会副執行長丁守中氏はそれぞれ党職務の辞任を表明しました。馬英九氏はさらに、党主席を党員の直接選挙で選出するように党規約を改正することを求めたのです。
19日、「国民党員」を名乗る千人近い民衆が、国民党中央党部を丸一日包囲、中央常務委員に暴力をふるったり中央委員会開会中に外で卵を投げつけたりするなどの抗議行動を行いました。民衆は夜になっても解散せず、ラッパを鳴らし、「李登輝は辞任しろ」、「李登輝は国民党を売った」などと訴えました。そして、李氏が9月に辞任することを知るや否や、即刻の辞任を求める声を上げ、これら「反李登輝」の民衆の不満は強く、投開票後3日間を経た20日も警察とにらみ合いを続け、「李登輝は表に出て謝罪し、即刻辞任すべし」との態度を堅持したのです。それに対して国民党からは、抗議運動開始当日夜に中央常務委員を辞任した馬英九台北市長が民衆との直接の話し合いを試み、李氏に民衆の要求を伝えた他は、直接民衆の説得に当たり抗議行動の鎮静を図った党幹部は一人もいなかったのです。その後李総統が辞職してから抗議行動は潮が引いたように消えたのでした。
国民党大敗の原因
国民党の大敗は、連戦・蕭万長両候補のイメージやこれまでの政治的貢献度に対する人々の評価の低さを物語るものでしたが、それ以上に李氏が重大なキー・パーソンになっていたと言えます。連氏が依然として李氏の指揮下にいることから、大多数の人々は連氏を選ぶことはつまり李氏を選ぶことだと考えたので。連氏が当選して国民党が引き続き政権を握れば、台湾に現在はびこっている
「黒金政治」を払拭することはできず、人々の生活は変わらないと想ったのでした。人々は台湾の改革を切に願っていたのです。
選挙数日前に連・蕭候補に当選の見込みがないと判断すると、李陣営は陳氏を当させたいと考え票の投票を仄めかしたと言われています。(李さんは宋さんが嫌いで、宋さんよりは陳さんが良いと考えたのだと憶測です。真偽の程はわかりません。しかしそのように信じている人が多く後述の抗議行動をとる人人です。)その結果、連戦氏への票は浮動票へ変じました。台湾独特の「省籍意識(歴史的経緯から台湾出身者と中国大陸出身者の間に生じた対立意識、第二次世界大戦前から台湾にいた人々は台湾人、大戦後に中国から移住して来た人人は外省人)」が重なり合い複雑な様相を示したのです。北部浮動票の多くを占める外省人は陳氏への投票を拒み、浮動票はいっせいに国民党を除名され無所属で出馬した前台湾省長・宋楚瑜氏(外省人)支持に回りました。一方、南部の浮動票(台湾省人が多い)は陳氏支持に走りました。その結果、連氏は23.1%という甚だ低い得票率で終わったのです。
国民党党員の多くの人々の考えは、「李氏が宋氏を嫌い、その当選を阻むため密かに連氏を放棄し陳氏を支援した。」という憶測です。李総統の選挙対策のおかげで国民党は無残に敗北したのだと解釈している人々の怒りが爆発し、李登輝氏への辞任要求が一気に高まったのです。
宋楚瑜氏、高得票率で落選、新党旗揚げへ
宋氏落選の原因 一貫して清廉なイメージを売り物にしてきた宋氏にとって、「中興票券事件(宋氏の長男が絡んだ不正株式取引疑惑)」は有権者の支持率を低下させる大きな痛手となりました。宋陣営の当事件に対する対応が不十分だったこと、政党の後ろ盾がなく、組織的動員をすることができなかったことが敗北の主要原因と考えられます。
台湾省長を解任されて以来、いかなる政党の後ろ盾もない宋氏は独力で国民党に対抗し、落選はしたものの得票率36%という高い支持を獲得したのです。選挙戦初期には、国民党も民進党も宋陣営の飛ぶ鳥をも落とす如き勢いをくじくことができず、それどころか両党や各界からも宋陣営になびく者や団体が出ていました。しかし「興票事件」発生、宋氏の支持率が10%も下がりました。その後は再び盛り返すことが困難となったのです。
「省籍意識」が働き、台湾南部での得票率が全く伸びなかったことも、宋氏が惜敗した一因です。また、他の候補者と比較して両岸問題についての明確な政策を打ち出せなかったことも、有権者の心を最後までつなぎとめられなかった原因と考えられます。
民意反映、結党表明
陳氏とわずか31万票差で次点となった宋氏は、支持者からの強い結党要求に応じて3月19日に新政党を結成すると発表しました。その後「親民党」と命名されました。宋氏は、新政党は自分一人の政党ではなく、全台湾の6割の民意が
結集した、真の台湾の力となるのだと強調したのです。同時に、台湾社会が追求すべき3点として、1.統一も独立も急がず、両岸の平和を求めること、2.政治改革は真剣に取り組み、党機関とは切り離して考えること、3.人々が「省籍意識」を超えて融和、団結すること、を党紀として旗揚げしています。
結党にあたって、前立法院長劉松藩氏が招集人を務めました。劉氏は、両岸の平和、政府への監視、経済発展、社会福祉、汚職・治安問題、与党への改革要求を結党の基礎的理念にすると語った。また劉氏は、民主進歩党元主席・施明徳氏とすでに会っており、今後政党間で協力の可能性があることを示唆したのです。
宋氏の結党に伴い、国民党出身者や民意代表が続々と宋派の傘下に入り始め国民党にとって大きな打撃となっている。新しい党の政策や指導方針において、どのように国民党と一線を画していくか、次の立法委員選挙で国民党を抑えて野党第一党になることができるかが、目下宋氏の最大焦点だろうと思われます。
新党の未来は如何に
新党と当党公認の総統候補・李敖氏は、こぞって宋氏を公開支持し、投開票日の数日前も宋氏へ票を入れるよう党員に呼びかけた。そのため新党の票はほとんど宋氏支持に回りました。新党は選挙後、宋氏の新党結成をうけて党員が急速に宋派へと流出する中、宋氏の新しい党と合流するのか、合流せずに第二または第三野党として奮闘するのかの決断を迫られているます。
中国は「観察期」台湾経済は平穏
中国の対台交渉機構である「中国共産党中央台湾工作弁公室」と「国務院台湾事務辧公室」は18日、陳氏の次期台湾総統当選に対する正式声明を発表、その中で「一つの中国」政策は変わらない、いかなる形の台湾独立も許さない。」と警告しました。その上で、台湾の新指導者が両岸関係をどの方向へ持っていこうとするのか見極めたいとし、陳氏の今後の言動を見守るとの姿勢を示したのです。
選挙結果発表時は中国の軍隊は台湾海峡沿海で軍事演習を続け、台湾の不穏な動きや陳氏の台湾独立を示唆する言論に対しては強い口調で警告を発しており、中台間では依然として緊張状態が続いています。
現時点では中国は特に過激な反応がないために経済は安定傾向にあります。3月20日、台湾の財政部(日本の大蔵省に相当)は総統選の結果をにらみ、売買のストップ幅が通常7%に対して選挙後の株市場制限の下げ幅を3.5%に修正し上げ幅を7%に維持することと緊急にしました。この措置は取引所取引だけでなく店頭取引や先物取引でも同様にとることを決定した。実施期間は、先ずは3月20日から4月1日までの2週間と設定しました。
当初、莫大な党財産を持つ国民党や当党が株主の関連企業がいっせいに投資から手を引き、台湾の株式市場や外国為替市場にただならぬ情況が生じるのではという不安を誰もが抱いていました。それを受けて株式市場は20日に大幅値下げしたものの、21日には468点値上げして再び9000点の大台に上がりました。投資家達もひと安心したのです。政策からの影響を受けやすい台湾株式市場が、今後国民党の市場操作なしに安定を保つことができるか、台湾経済は成長し続けることができるか、早くも台湾内外から注目を集めています。
総統選が無事に終わり、台湾は陳水扁氏という新しい指導者を頂いた。新政府の下、台湾の情勢が安定し、新しい姿で国際舞台に登場することを願ってやまないのです。
謝怡芬
2000年3月25日
翻訳:安西
選挙では国際ニュース解説の田中宇さんが訪台されました。この時取材を一緒にした風景を掲示しました。ご覧ください。
謝怡芬と田中さん
翻訳の安西さと田中さん。 田中さんの国際ニュース解説は専門的見地で切れる記事です。是非読んでください。
http://tanakanews.com/ 謝怡芬 by Hsieh Yi-Fen
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