ク・リ・シェ・な・車掌
東京駅の手前で
止まってしまった 総武線快速
15両編成の乗客は
作用反作用のつよさでいっせいに振り向く
最後尾へと・・・・・
・・・・・ただいま 停止信号を受信しました
電車 止まっております・・・
発車まで 今しばらくお待ち下さい・・・・
若い車掌が体腔をふるわせながらそう伝える
あなた ひとりぼっちだ
来し方・行く末・すべてが地下水で満たされたときに浮かべるような
瞳の膜に
あなた 何かを装着したまま
スーツを着た男性客があわてて車掌室にかけこむ
新幹線の時間があるんだ 乗り遅れたらどうしてくれる
と 声を荒げている
車掌は頭を下げるしかない
ああ 僕のオレンジを8分の一差し上げますから お許し下さい
安全確認ができ次第 発車します
体調の悪い女性が車掌室にかけこむ
おなかが痛いのです あなたはどうしてくれますか
車掌は自分の柔らかい部分をひとちぎりして
お薬です と差し出すしかない これで如何でしょうか
安全確認ができ次第 発車します
東京の内腔に動けない15連結の銀色のシークエンス
その最後尾に若い車掌
あなた ひとりぼっちだ
右手と左手の手袋の指を組んで前に突き出した手の甲で
真空のこだまを受け止めてビームの反動受けてよろけて
車掌
JR東日本車掌
あなた ひとりぼっちだわ
目の光っている老女が車掌室をノックする
嫁がわたしの財布の中身を盗んでいるのですが
車掌さん あなたはどうしてくれる?
車掌は話を一通り聞いたあと息をふうっと吸って
夜の地下道の細い迷路を旅して
どうにか杖になりそうな枝を拾ってくる
さあどうぞ 気をつけて下さいませ
安全確認ができ次第 発車します
健康そうな長身の若者が車掌室をノックする
何分待たせるつもり だよ 車掌さん いや 車掌 よ
彼だって若い車掌と年は変わりはしないのだ
車掌は自分の胸部の肉を切り落とし若者に差し出す
それは車掌の乳首がまだそこに乗っかっている防弾チョッキだ
これでどうか我慢していただけませんか
安全確認ができ次第 発車します
車掌
すっかりと身ぐるみはがされてしまった車掌
天空からの救いの鐘はまだ鳴らない
お客様には大変ご迷惑さまです・・・・・
あなた ひとりぼっちだ
安全確認ができ次第 発車したいと思っていますが・・・・・
車掌の声はすっかり錆びてしまった
あなた マイクを握ってもひとりぼっちだわ
骨の隙間を地下鉄の風が駆け抜けて 時間の進度は一秒ごとに緩やかになる
だから
大変お待たせをしております・・・・・
安全が確認でき次第 発車致します・・・・・
本日は電車遅れまして大変ご迷惑をおかけしました
こころからお詫び申し上げます・・・・
車掌の声はだんだん透明度を増してゆく
車掌の声はだんだん無駄がなくなってくる
車掌の声はだんだん汗をかかなくなってくる
クリシェな車掌
こそげ落としたシルエットたち地下道を走りまわって
そりゃもう蜘蛛の子のかくれんぼ四方八方走りまわって
帰ってこなくなりました
クリシェな車掌 いまやあなた 引き出しのない机だ
停車してからもう10分
乗客はもう死んでいる
運転士だって死んでいる
ただ一つ響き渡る声が何度も繰り返される
こころからお詫び申し上げます・・・・・
車掌 JR東日本の車掌
あなた ほんとにひとりぼっちになったんだわ