日本の秘教

日本の秘教の歴史      鎮魂鳥居の伝

日本の秘教の歴史
奈良~平安
役小角(えんのおづぬ) 修験道の開祖
空海 若い時、虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじのほう)を修業し、行の最後に大いなる光が身体を包み込んだ。真言密教の創始者。
密教
虚空蔵求聞持法 山にこもり、1日100万回真言を唱え続ける。それにより天才的な記憶力がつくと言われる。
三密 身(印)と語(真言)と心(精神集中)を一体化して、サマーディに至る。
阿字観 「阿」字を観ずるという瞑想法
明治~昭和
古神道
宮地水位(みやじすいい) 日常的に幽界を往復し、「異境備忘録」に幽界の有様を記述する。道教と古神道を融合させた宮地神仙道を確立する。
川面凡児(かわつらぼんじ) 十五歳の時から三年間、馬城峰にこもり仙人に行法を指導されたといわれる。幽体を飛ばし人の眼前に現われたといわれる。禊(みそぎ)行を確立し、鎮魂鳥居の伝という瞑想法を生み出した。
鎮魂鳥居の伝 7つの鳥居をくぐるという表現で変性意識状態への移行の状態を表している。
出口なお 大本教の開祖。帰神状態になり自動書記で神示を示す。
出口王仁三郎 27才の頃、、生死の境をさまよったトランス状態になり、山の岩窟へ導かれ、そこで肉体を離れた意識は、過去から未来への一切を幻視した。この体験は後の著作『霊界物語』の原型となる。
鎮魂法 丹田にいる霊魂を充実させるというのが基本的な理念。本田流鎮魂法は石を使い石に霊魂を集中する。
植芝盛平(うえしばもりへい) 合気道の開祖。出口王仁三郎から霊学を教わる。黄金の気に全身を包まれるという神秘体験をもつ。

鎮魂鳥居の伝
川面 凡児は人間は荒魂(肉体)、和魂(意識)、直霊(宇宙の根源意識)から成り立っていると考えて、”鳥居をくぐる”という表現で、段階的に直霊を覚醒させる鎮魂鳥居の伝という行を確立した。
第1の鳥居 閉じた目の中に、光が現れる。
第2の鳥居 緑色の光が止まって見えるようになる。
第3の鳥居 現実界と幽界の境界。
第4の鳥居 和魂(幽体)が統一される。
第5の鳥居 和魂自体が鏡のようにしずまると、映像が現れ、現在、過去、未来を選び見ることができるようになる。
第6の鳥居 緑の光が拡がり、光と平等一体になる。この状態では瞬時に他者とコミュニケーションできるようになる。
第7の鳥居 神(直霊)の声を聞き、姿を見ることができる。
本殿 直霊が覚醒し、一体となる。