同窓会

  激しく降る雨の中、男は家路を急いでいた。朝から降り続く雨は、もう夜の9時を回っていると言うのに、一向に雨足が弱まる気配も無い。今朝のニュースでは、この雨は明日いっぱいまで続くと言っていたが、こんなに土砂降りだとは言ってなかった。
 会社を出た時、とても雨足が激しかったので、近くの店で夕食を取って時間を潰したのだが、結局あまり意味が無かった。
 傘を低くして、カバンを懐に抱えて、早足で進む。夜の雨は嫌いだ。舗装だらけの東京は、時々行き場を失った雨水が、大きな水溜りを作り、濡れたアスファルトが黒く夜の闇に潜んでその存在を解らなくし、そこへウッカリと足を踏み入れてしまうからだ。ピシャンと激しく水飛沫をあげてしまい「ゲッ」と思ったときには、靴の中まで水が浸水しているのだ。
 やっとの思いで我が家へ辿り着いたときには、体の半分は濡れてしまっていた。マンションのエントランスに、飛び込むように駆け込むと、傘を閉じてハァ〜と大きな溜息をついた。ズボンの膝から下が、違う色に変わっている。裾からポタポタと雫が落ちて、靴の中は、ぐっしょりと濡れてしまっていた。ひどくズボンか重い。
「まったくひどい雨だ……」
 片山寛人は、誰に言うでもなく小さくぼやいた。
 傘の雫を落として、ハンカチで濡れた肩や手を簡単に拭きながら、ズラリと並ぶスチール製の郵便受の前へと歩み寄った。自分の部屋番号302の郵便受の暗証番号を押して蓋を開いた。何通かの郵便物が入っている。それをまとめて乱暴に掴むと、特にその場では確認せずに再び蓋を閉めて、エレベーターへと向かった。
 エレベーターで3階まで上がり部屋の前まで来ると、ズボンのポケットから鍵を取り出して、ガチャガチャと扉を開けた。
「ただいま」
 真っ暗な室内に向けて、とりあえず癖で言ってみたりする。もちろん返事は無い。後ろ手で鍵をかけながら、廊下の電気を手探りで点けた。カバンと手紙を床に置くと、「うえ〜〜」と悲鳴をあげながら、ビショビショに濡れた靴を脱いで靴下も脱いだ。濡れた靴下が、生暖かくて気持ち悪い。指でつまみながら玄関を上がると、片手でカバンを拾って、途中の洗面所にある洗濯機へ放り込んだ。
 1LDKのマンション。10畳あるフローリングの広いリビングは、ソファセットが真ん中にあるだけで、他の家具と言えば、コーナーキャビネットに置かれた29型の大きなテレビがあるだけというとてもシンプルなものだった。
 奥にある寝室兼書斎のプライベートルームも、ベッドと机があるだけで、男の一人暮しにしては、綺麗過ぎると言うより、物が無さ過ぎる感じがあった。
 それには実は訳がある。
 この部屋の主、片山寛人は外資系の会社に勤めるビジネスマンだ。入社以降からずっとシカゴにある支社に5年間赴任し、2年前に東京支社へと戻ってきたのだが、年間半分近くをLA・シカゴ・NYと出張で飛びまわっていた。
 だからこのマンションで生活する時間はとても少ないのだ。
 10月とは言え、雨に濡れると少し肌寒い、熱いシャワーを浴びて、濡れた服をさっさと着替えて、ソファに座ってようやくひと心地つけた。
 先ほどの封筒の束を手に取ると、ひとつひとつ確認した。ダイレクトメールが3つ、国際電話の請求書が1つ、NYの仕事仲間からのエアメールが1つ、そして往復ハガキが1つ……。往復ハガキが気になって、差出人の欄を見た。連名で、鈴木勝・二ノ宮(旧姓広田)由美子とある。高校の同級生だった。
 随分懐かしい名前に、思わず笑みがこぼれた。それは同窓会の案内状だった。この度、担任だった吉田先生が定年退職を迎えるので、12年ぶりに同窓会を開きましょうと言う主旨が書かれている。
「へえ……懐かしいな……」
 高校を卒業してから12年も経つのか……としみじみと思った。2年生3年生と、2年間同じクラスだったので、男女共に仲の良いクラスだったと思う。卒業式の時に、当時委員長だった鈴木が「同窓会は10年後に!」と言っていたのを思い出した。
「12年ぶり」と書いてあるから、なんだ10年後は実現しなかったんだと、クスリと笑った。そういえば、海外赴任などのせいもあって、片山自身もう随分長い事、実家に帰っていない。同窓会は、1月3日と書いてある。
「正月か……久しぶりに帰ろうかな」
 片山は、返信ハガキの「参加」を丸で囲んで、幹事の二人宛に応援メッセージなどを書いてみた。
『今だから言える事』というアンケート欄を見て、ちょっと考え込む。
 今だから言える事……今も言えない事ならある。あの頃……ずっと好きだった人がいた。もちろん片思いだ。
 伊藤健彦。中学以来の友人だ。
 親友とは呼べないかもしれないくらいの関係。でも仲は良かったほうだと思う。伊藤は、勉強も出来るし、スポーツも万能で、どこか親分気質な所があったから、いつもたくさんの友人達の輪の中心にいた。中学3年生の時に同じクラスになれて、あまり目立つ方ではなかった片山に声をかけてきたのが伊藤だった。高校も偶然同じ所で、1年の時はクラスが別だったが、同じ中学から来ていた輩と6人つるんで、いつも遊んだりしていた。2年になって、片山と伊藤が同じクラスになってからは、6人グループの中では、1番仲良くなれていたと思う。片山にとって、伊藤は憧れだった。
 片山が、自分がホモだと自覚してしまったのもこの頃だ。何度も伊藤に抱かれる夢を見たりしていた。だけど伊藤に軽蔑されたくなくて、ずっと心の奥に隠し続けていたのだ。
片山が、伊藤と肩を並べて同等に話が出来るのは、勉強の事と映画の事ぐらい。2〜3度一緒に映画を見に行った事もあった。
 片山は、スポーツは得意ではなかったし(むしろドン臭い方だ)喧嘩もゲームもニガテで、その年頃の男子達が面白がって遊ぶような事には、とんとダメだった。だからみんなが遊んだりしているのを、片山はいつも眺めてばかりで、伊藤もよく片山を気遣って、話しかけてくれたりするが、「親友」の域に入れるほど、いつも伊藤と親しく遊べた訳ではなかったのだ。
 10年ぶりに伊藤に会える……。そんな思いが頭を過ぎった。
 30歳の伊藤は、どんな風になっているだろう。10年前、成人式の時に、1度会った事がある。卒業してから2年しか経っていなかったけど、20歳の伊藤は、更に格好良くなっていた。
身長が180近くあり、スラリとしていて、スーツが似合って、どこかのモデルの様だと思った。彫りが深くて、目鼻立ちのハッキリした顔は少し大人っぽくて、あいかわらずハンサムだった。
 きっと伊藤のことだ。今は大人の男の魅力をつけている事だろう。もしかしたら結婚をしているかもしれない。なんだかとても懐かしくて会いたくなった。
 伊藤も片山と同じく東京の大学だったはずだが、お互い忙しくて、なかなか連絡を取り合わない間に、お互いの消息が解らなくなっていた。確か親の跡を継いで、医者を目指していたはずだ。今は地元で、家業の医院を手伝っているのだろうか?
「白衣の伊藤か……」
 想像して、はあ……と溜息をついた。
 しかし電話のベルが鳴って、無理矢理現実に引き戻された。片山は舌打ちをして、受話器を取った。
「はい、片山です」
 すると受話器の向こうからは、流暢な英語が流れてきた。
「……YES……」
 一気に不愉快そうな顔になると、面倒臭そうに返事をした。最初は淡々と返事をしていたが、次第に声高になり最後は怒鳴り合う様にして、ガチャンと乱暴に受話器を切った。
「You suck!!」
 片山は怒りを露にして電話に向かって悪態をついた。電話の相手は、半年前に別れた恋人だ。アメリカ人のもちろん男性である。シカゴにいた時に同棲していた。片山が日本に戻る事になってからも関係は続いていたのだが、1年前に彼が浮気をしまくっていた事が発覚して、散々揉めたあげく半年前に別れをつげたのだ。しかしそれ以来、こうしてしつこく復縁したいと電話がかかってくる。
 同棲中も何度か、彼が浮気をした事があった。ハンサムだし、モテるのは仕方が無い。彼が浮気性なのも仕方が無いのだ。ただ片山が、もうそれについていけなくなった、それだけだ。
「はあ……」
 せっかく良い気分だったのにぶち壊しだ……と思いながら、ふと時計を見た。もうすぐ12時。ちょっといつもより早いけど、もう寝ることにした。伊藤の夢でも久しぶりに見るか……なんて考えながら、寝室へと向かった。


 12月31日の空港は、かなりの人でごった返していた。福岡空港の到着口に向かうと、たくさんの人が出迎えに来ている。みんな自分の様に、里帰りしてくる家族を待っているのだろうと片山は思った。
「寛!」
 ふいに懐かしい声に名前を呼ばれて見ると、兄夫婦が手を振って立っていた。
「兄さん……」
「元気そうだな……というか、お前全然変わってないじゃないか」
「兄さんこそ……お義姉さんもお変わりなく……わざわざ迎えに来なくても良かったのに……」
「弟が10年ぶりに帰ってきたんだからな。10年で福岡の街は随分変わっているんだぞ」
「アハハ……そうだね、空港も変わってて驚いたよ……だけどタクシーで帰れるしさ」
「おふくろが逃げない様に連れて来いっていうから迎えにきたんじゃないか」
 片山は、3歳上のこの兄との2人兄弟だ。実家の酒屋を、兄が継いでいる。7年前の兄の結婚式には、出席できなかったが、お嫁さんになった沙希さんは、兄の大学時代からの彼女なので、見知った仲だった。
 家族には、就職した時にすでにカミングアウトしていた。当然その時は修羅場になり、父親は怒り狂い、母親には泣かれたが、唯一の味方だった兄が、長い時間をかけて説得してくれた様で、今回の久々の里帰りも、電話で母親と普通に話をする事ができた。
 兄夫婦の車で、久しぶりの実家へと帰る。町並みは随分変わっていたが、実家の酒屋の店構えは変わっていなかった。
「ただいま」
 裏口の方から、家の中へと入った。
「寛人?ひろなの?」
 店のほうから、母親が走ってきた。
「あ……母さん……ただいま帰りました」
 片山はペコリと頭を下げた。母親は、今にも泣いてしまうのではないかという顔をしていたが、マジマジと片山の姿を眺めた後ニッコリと笑って「おかえりなさい」と言った。
「お前の部屋は、もうなくなっているから、とりあえず客間に荷物を置いておけよ」
「ああ……そうだね」
 二階は、兄夫婦の住空間になっている。片山の部屋だった所は、多分甥っ子達の部屋になっているはずだ。18年間育った家の中は、変わった様で変わっていない。懐かしそうにそれぞれの部屋を覗いてまわった。
「お兄ちゃん誰?」
 小さな男の子が、居間から不思議そうにこっちを覗いて言った。
「ほら……勇悟、いつも話しているだろう、お前の叔父さんだよ……父ちゃんの弟だよ」
「はじめまして。君が勇悟くんか……よろしくね」
 片山は、しゃがみこむと男の子の目線になってニッコリと笑った。
「よ……よろしく」
彼はテレながら返事をした。勇悟は、兄の子供で長男だ。今6歳で4月から小学校に行くはずだ。下に3歳の妹・希美ちゃんがいる。
「お父さんは?」
 片山は、母親に尋ねた。
「倉庫にいると思うよ……知っていて来にくいんよ」
 それを聞いて、片山は微笑みながら頷くと、店の裏にある倉庫へと向かった。
「お父さん……ただいま帰りました」
 倉庫を覗いて、父の姿を確認すると声をかけてみた。父親はチラリとこちらを見たが、すぐに顔を反らして「うん」と小さく返事をした。片山は、それだけで充分だと思った。勘当同然で、家を出て、もうこの家には2度と帰れないと思っていた。父親には、1番かわいがられたのに、随分親不孝をしてしまったと思う。これで少し心の負担が取れた気がした。


 久しぶりの家族との年越しと、年明けを過ごした。こんな正月もやっぱりいいな……と思いつつも、やはりどこか少し、自分の入れない家族の雰囲気があると思った。両親と兄の家族で出来あがった片山家には、独身の弟の入る隙間が無いような気がした。


 待ちに待った同窓会当日。胸を躍らせながら、会場になっている店へと向かった。ちいさな洋風居酒屋を貸しきっている様だ。ドアの前に、「本日貸し切り」の紙が貼られていた。
 予定時間の10分前に、おそるおそるドアを開ける。
「いらっしゃいませ……ああ……すみません、今日は貸しきりなんですよ」
 お店の人からそう言われて追い出されそうになった。
「あ……いえ……あの……」
 片山が説明しようとした時、「片山?!」と奥から声がした。
「あ……れ……委員長?」
 奥から現れた声の主は、幹事である鈴木勝だった。背広姿の彼は、いかにもビジネスマンという感じで、オールバックの髪型のせいで、ずっと落ち着いた雰囲気になっているが、まちがいなく彼だった。鈴木も、高校時代につるんでいた6人グループのメンバーだ。わあっとお互いに声をあげて握手をした。
「え!片山君ですって!?」
 女性達の声も聞こえて、奥からぞろぞろと4人ほど現れた。
「キャア!!やだ〜〜!!!片山君よ!!」
「片山君だわ!!全然変わってないじゃない」
 女性達は口々に奇声をあげて、あっという間に片山を取り囲んだ。
「私、誰だか解る?」
「私は?」
「あ……えっと……その……田島さん?と……向井さん?」
「当たり!!」
「じゃあ私は?!」
 気がつくとたくさんの女性陣に囲まれていた。困っていると後から次々と到着したクラスメート達になんとか救われて、やがて委員長の仕切りで会も始められて、担任だった吉田先生を囲んで、賑やかな会になった。
 42名中今回参加したのは31名と、かなり良い出席率だった。不参加の内女性4人は、出産・育児関係で止む無く諦めたという理由ばかりだ。話をする内に、ほんの数分で、高校時代へと戻れた。
 気がつくといつも片山は、女性陣の餌食となるので、その内に鈴木を含めた数人が、ガードするように周りに座ってくれた。
「なんか……女の子達もすっかり大人の女性になっちゃって……元気がいいよね……圧倒されちゃったよ」
 片山は、ビールを片手に笑いながら言った。
「お前……女の子だなんて……そんな遠まわしに言わなくてもいいんだぞ…ハッキリとオバちゃんになったって言えば良いじゃないか」
 サッカー部だった福嶋が、笑いながら言った。
「聞こえているわ…よ…何よ、福っちなんて、すっかりオッサンじゃない……このおなか!!まだ30才!!サッカー少年はどこに言ったのよ?」
「ほっとけ!」
 ワッとその場が笑いに包まれる。
「それにしても……本当に片山は全然変わってないよな。だから来た時、店の人から止められたんだよ……どう見ても20歳前半って感じだよな」
 鈴木がしみじみと言った。
「そうかな……まあ……よく童顔だ童顔だとは言われなれているけど……」
「女性陣は、お前が目当てだったんだぜ……みんなあの頃から『片山君ってかわいい〜!アイドルみたい』ってよく言ってたよな」
 福嶋の言葉に、鈴木もうんうんと頷いた。
「そんな……あの頃モテてたのは伊藤君だろう」
「……まあな」
 一瞬二人が、苦笑するように顔を見合わせた気がしたのは、気のせいだろうか?と片山は思った。
 そういえば、今日は伊藤が来ていない。
「お前、今なにやってるんだ?」
「え?……ああ、ただのサラリーマンだよ……外資系だから、5年ほどアメリカに行っていたけどね」
 へえ〜〜!!と二人は驚きの声をあげた。
「お前、英語しゃべれるんだ……結構頭は良かったものな……大学はK大だっけ?」
「うん……大学在学中に、1年間イギリスに留学していたんだ。語学はその時に……経済学も学んでいたし、運良く外資系の企業に入れたからね」
「へえ……なんか片山って、ちょっと引っ込み思案な所があったから、そういうのって意外だな」
「そお?」
「じゃあ、アメリカでは、子供扱いされていただろう」
 鈴木が笑いながら言った。
「うっ……なんで知っているんだよ…」
 片山が困った様に言うので、二人は大笑いした。
「いやあ……今日さ……オレ、実はちょっと心配してたんだ……片山が女になってたらどうしようってさ」
 福嶋の言葉に、片山はギョッとなった。どういう意味なのだろう…まさか性癖がバレている訳ではないだろうが……片山は、言葉をつまらせた。
「馬鹿……なんだよそれ」
 鈴木が変わりに言ってくれた。片山も慌てて笑いながら「そうだよ」と、がんばって言ってみた。
「だって高校の頃、片山ってマジ美少年だったろ?東京に行ったままどうしているか誰も知らないしさ……まさか片山も……ってね」
『も?』
 片山は、その語尾に少しひっかかった。
「鈴木も福嶋も地元に残っているの?」
「ああ……オレは大学は、大阪に行ったけど、結局こっちで就職したんだ……というか公務員だけどね」
 鈴木がそう答えた。
「オレはほら、実家のスーパー継いでるから」
 福嶋が言ったので、片山も「ああ、そうだったね」と答えた。
「やっぱり12年も経つと、みんな色々だね」
「そうだな」
「お前は、外見は変わらないけどな」
 再び福嶋に冷やかされて、片山はムッとなった。
「ところでさ……鈴木は……知らないかな?」
 片山は、思いきって聞いてみることにした。
「何?」
「……伊藤……君……今、どうしているか知っている?」
その質問に、二人はぎょっとした顔になった。
「え?……何?……今日は不参加なんだよね?」
片山は、二人の反応に不思議に思ってうろたえた。
鈴木と福嶋は、顔を見合わせていた。
「お前……本当に何も知らないのか?」
「え?」
「東京では、全然伊藤には会ってなかったのか?」
「あ……うん……成人式の時に久々に会って、その後何度か電話では話したけど……オレ、イギリスに留学しちゃったし……それっきり……日本に戻ってから、連絡先が解らなくなって……気にはなっていたけど、オレも色々あってさ……」
 福嶋は困った顔のまま、うう〜むと唸りながら、腕組みをした。鈴木がそれを見て、『どうせこういうのはオレの役割なんだろ?』と小さくつぶやいて、溜息をついた。
「さっき……福が冗談で、お前が女になっていたらどうしようって言ったけど……あれ……まんざら冗談でもないんだ……その……すでに前例があったからさ…」
「え?」
「伊藤……あいつ……ニューハーフになっちまったんだ……」
「へ?」
「5年前……手術したらしいよ……親子の縁も切られたらしい……だから、今は本当に消息が解らないんだ……噂では、2丁目で働いているっていうけど……まあ、性転換しちまったんなら、働く先はそんなとこだろうと思うけどね」
 鈴木の言葉に、片山は耳を疑った。誰が何になったって?
「い……伊藤だよ?伊藤健彦だよ?……誰かとまちがってない?」
「いや……その伊藤だよ……伊藤病院の後継ぎだったろ?おかげで地元では結構な評判になっちゃってさ。親父さん寝込んで、しばらく休院になってたんだぜ。オレの家……結構近いからさ」
 福嶋が、しみじみとした口調で言った。
 ニューハーフ……性転換……という事はやっぱり「女になった」って事だよね……という言葉を、何度も頭の中で反芻させた。
「伊藤君って……ホモだったの?」
 片山は、ショックのあまり思わず口走ってしまった。
「そんな感じには見えなかったけど……まあ……そういう事だろうな…」
 鈴木が、深刻な顔で答えた。
「まあ、高校の時、女子の間じゃ、陰でお前と伊藤が噂になっていた事もあったみたいだし……お前も好きだった友人がこんなことになっててショックだろうけどさ…気を落とすなよ」
 福嶋が、ポンポンと片山の肩を叩いた。
「オレと噂になってたの?」
「女子達の遊びだよ遊び…まあ…お前、伊藤のこと憧れていたみたいだけど……気持ち悪いとか思わないでさ……あんまり気にするなよ」
 鈴木もポンポンと、片山の肩を叩いた。片山は、ショックのあまり放心状態だった。伊藤が自分と同じホモだったなんて……あの頃は全然知らなかった。自分があんなに悩んで性癖を隠していた頃、伊藤もそうだったんだろうか?……というか……というか……というか!!!

『伊藤が受け!?』

 それが、片山の最大のショックだった。
 淡い片思いの思い出が、12年経ってこんな決定的な失恋で幕を閉じる事になるなんて……。初恋とは、決して実らない物だと知った片山寛人30歳だった。

−END−

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