その日、王都に風花が舞った。
石灰色の街並みが朱色に染まっていく。
夕暮れ。刻が石畳に、家々の間をゆく水流に、緑芽吹く木々に影をおとしていく。
騒がしかった街路からは一人、二人と姿が消え、この時間特有のもの悲しさが漂っていた。
その少女はひっそりとそこにいた。どこかへ向かうふうでもなく、さりとて誰かを待つようでもなくただ道端に佇んでいた。
十にも満たない少女の姿は周囲に溶け込んで、注意をはらうものは誰もいない。少女のほうも道行く人々には関心がないようだった。漆黒の瞳は人々の頭上をこえ、はるか彼方に向けられていた。
彼女の視線の先には、王都の象徴、白亜の城がそびえたっていた。優美な線を描く宮殿も、今は黄昏のなかに沈んでいこうとしていた。
どのくらいの時がながれたのか。王宮を見つめる少女の顔に、不意に笑みがひろがった。
なにかをみつけたのか。それとも誰かがきたのか?
無邪気に笑いながら少女が一歩を踏み出す。王宮に向かって。
その姿が空に溶けるように消えたのに気づいたものは、周囲にはいなかった。
王宮奥深く、そこに住むものですらあまり訪れることのない庭園で、王弟柴霞はひとり物思いに耽っていた。
手入れの行き届いた木々や、色とりどりに咲き乱れる花々の間をゆっくりと歩きながら、この数日に起こった出来事を反芻する。
それはかなりの痛みをともなう行為だった。それでも考えずにはいられなかった。深い悔恨とともに、自分が切り捨てた男のことを。
「秦峨・・・」
幼いころより傍にいた。政務にあけくれる両親や、年の離れた兄弟たちよりもよほど近い場所にいた。だがそれも昨日までのことだった。
自分が犯したとり返しのつかない失敗。その代償として秦峨は命を奪われた。
事態はあまりにも速く進み、柴霞が否やを唱える暇もなかった。
いや、そうではない。
わずかな、本当にわずかな時間だったが、秦峨を助ける時間はあったのだ。だがその時間を無為に過ごしたのは柴霞自身だった。
苦い想いとともに友の名を呼ぶ。
「秦峨」
そのとき、風が吹いた。