魂の還る場所 1

 

 

小鳥たちの小さな鳴声と彼らが梢を揺らす微かな音が窓越しに聞こえてきて、ティートは薄い毛布の中でもぞもぞと体を動かした。
太陽が山の向こうにあがったことを知らせてくれるのは嬉しいけれど、夜が遅かった今朝はもう少し寝かせていてほしかったと正直思う。
寝台の中でぐずぐずしていると、鳥たちの囀りはますます賑やかになってくる。
はやくはやく。
ティートが起きだすのを急かすように、高く高く不揃いな音は重なりあい、やがてひとつの旋律になる。
はやくはやく。遊ぼうよ。外で。野原で。あったかい陽の下で。
広い窓を通して、旋律は優しい歌声になってティートの耳に届く。
「もう。わかったよ」
柔らかい寝床に未練はあったけれど、このまま寝ていたら鳥たちは永遠に歌うのを止めないだろう。
覚悟を決めて、勢いをつけて上体を起こす。
四方八方に跳ねあがった橙色に近い髪が射し込んでくる朝日に反射してきらきらと光る。
街の女の子たちや師匠のなじみの花街の女性たち、それに世話になっているこの家の女主人タイスなどは、ティートの丸くて愛嬌のある茶色の瞳や、このおさまりの悪い髪を似合っているし可愛いと褒めてくれる。
14という年齢にしてはいささか幼い外見に多少の劣等感がある身としては、その言葉はあまり嬉しいものではなかったけれど「女性の言葉は否定すべからず」という経験に裏打ちされた師匠の教えに素直に従った結果、愛想笑いを浮かべてその場を乗り切るぐらいの処世術は会得していた。
寝台の側に備え付けられた低い箪笥の上にきちんと畳まれている服に着替え、寝台を軽く整えてから部屋を半分に仕切っている衝立の向こう側をそうっと覗き見る。
昨夜遅く眠ったティートよりもさらに遅かったのだろう。同居人であり、身寄りのない彼の保護者でもある青年───ティートが普段『師匠』と呼んでいる───は鳥達のうるさいほどの囀りもなんのその、布団を頭からすっぽりと被っていて、起きる気配は微塵もない。
このままティートがこっそり部屋を抜け出しても、絶対に気づかれないに違いない。
ぴくりとも動かない寝姿にそう確信すると、ほうっと安堵の息をつく。
一人出かけるのを止められてるわけじゃないけれど、こんなに朝早く部屋を出る理由を喋りたくはない。
顔を合わせなくてすむなら、それにこしたことはなかった。
(早く行かなくちゃ)
寝癖のついた髪を手でなでつけながら部屋を出る。よく手入れされた階段を降りて行くと、階下から激しい異臭が漂ってきた。
「うわぁ〜。どうしよう、これ」
思わず立ち止まり、手摺りから身を乗り出して階下の惨状を眺めてしまう。
一階の三分の二を占めているのはタイス自慢の酒場で、普段は気持ちいいほど整理されているその場所は、今日に限り無法地帯と化していた。
酔っ払いが多少暴れても被害がでないようにと頑丈に作られた丸テーブルは、一卓は横倒しにされており、別の一卓は脚が完全に根元から折られ、砕かれた破片が床に転がっている。
部屋の中央にはどうやって積んだのか、一抱えもある大樽が天井までそびえ立っているし、食器が割れたのか陶器の破片があちこちに散乱していて、下手に歩くと怪我をしてしまいそうだった。
加えて甘ったるい酒の匂いと、肉料理の残骸が放つ脂の匂いが相俟って、すぐに気分が悪くなりそうな空気が充満していた。
「ま、窓開けなくちゃ」
はやくもくらくらしてきた頭を抱えながら、一階の窓を大きく開け放つ。
夜明け直後の涼しい風が室内にどっと入ってきたけれど、ちょっとやそっとじゃこの匂いはとれそうにない。
「みんな飲みすぎだよ。いくらお祝いって言っても限度があるでしょ」
あまりに酷い室内の状態に、聞いてる者もいないのについ小言がででしまう。
そう、昨夜はお祝いだった。しかもただのお祝いではない。
この地に住まう者ならば誰でも賛辞せずにはいられない、最大級の誉れ事があった故の祝賀会だったのだ。それを考えたら酔っ払いが大量に出て、それに伴う破壊活動があったのもいたしかたないのかもしれない。
第一、主人であるタイスがそれを許したのだろうから、ただの居候であるティートがあれこれ言うのはお門違いというものだろう。
上機嫌だった昨夜のタイスの笑顔を思い返し、自分を納得させるとティートは改めて室内を見まわした。
倒れた家具は彼の力では元にもどせそうもないし、割れた陶器を集め、床に染み付いた酒を洗い流すのもかなり時間がかかるだろう。
結論。
帰ってくるころにはタイスも起きだしてくるだろうし、酔いが覚めたら近所の人たちも手伝いに来るに違いない。
片づけは後回しにして、今は出かけることにしよう。
ひとつ頷いてティートは家を飛び出した。