真夜中の影

 


 

ああ、まただ。
最近見るようになった幻覚が訪れたとき、電気屋は頭の片隅でぼんやりと思った。幻覚といっても見る内容はほとんどいつもいっしょで、できの悪いドラマのワンシーンを繰り返し見ているようなものだった。
朽ち果てたビルのなか、見知らぬ男が自分の前を走っている。彼を追いながら道順を示すと、男はためらいもなくその通りに建物の中を折れ曲がっていった。
(右・・・左…右奥……扉・…外)
ドアの向こうにだれかがいるのが感じられた。禍禍しい気配は、間違いなく自分達に仇なすものだとわかった。だから男に警告する。
(ふたり・・・・)
爆発音がしてドアが吹き飛んだ。細かい破片がほこりとともに舞い散るなか、「敵」が姿をみせる。人の形に似た、けれど人ではないものたち。
そこで突然幻覚が去り、急激に日常がもどってくるというのがいつものパターンだった。
クスリのやりすぎによる後遺症。はじめは単純にそう思っていたのに、事情が変わってきたのはあの少女、丹宮に会ってからだった。
幻覚のなかの男とおなじ顔の勝気な目をした少女は、ある日突然電気屋の前にあらわれ、彼と行動を共にするようになった。同時に彼らの周囲で尋常でない出来事がおこりはじめ、それが幻覚と奇妙な一致をみせるにいたって、ようやく電気屋は自分が見たのがただのフラッシュバックでないことに気づいたのだった。
けれどどうしてそんなものを見るのか、それが一体なにを意味するのかは全然わからなかった。ただの偶然の一致として片付けるにはいけないような、漠然とした感じがするだけだった。
そんななか再び見た幻覚は、けれどいつもと様相が違っていた。
瓦礫のなか、力なく横たわる自分がいた。懸命に体を起こそうとするのに、指の一本すら思い通りに動かず、焦りばかりがつのる。
ぼやける視界のさきで、心配気な表情でこっちを見ていた男が立ちあがった。その唇がなにかの単語を刻んだが、電気屋の耳には届かなかった。けれどなんと言ったかは想像がついたし、男がこれからなにをしようとしているのかもわかっていた。
止めなければいけない。これからおこることが予想できたから強くそう思った。ここから先に行かせてはいけないのだと。
それなのに体はいうことをきかず、声をだすこともできない。不安と焦りが急速に拡大する。はやくしなければ男が行ってしまう。
どうすれば彼を引き止められるのか、その方法がみつからないうちに男は背をむけて歩きはじめた。
行くな!
必死になって心のなかで叫ぶ。
そっちに行くな!!
何度も何度も繰り返した叫びは男には届かなかった。
黒いスーツ姿が視界から消えたとき、絶望が電気屋のからだをつつんだ。
「・・・・・・・・・・!!」

 

「電気屋っ!?」
強くつかまれた腕の痛みに、意識が現実に引き戻された。
夜の繁華街。人でごったがえす通りに電気屋は立っていた。
「丹宮・・・?」
くいいるように電気屋の顔を覗きこんでいた少女は、視線があうとつかんでいた腕をはなした。
「いきなり呆けて、どうしたんだ?」
「いや・・・なんでもない」
首をふると、丹宮はなにか言いたげな表情になった。がすぐに肩をすくめると、
「おおかた、キレーなお姉ちゃんにでも見とれてたんだろ」
「あ、わかったか? むこうの薬局に入っていったコ、可愛くてさー」
軽口をかえすと、丹宮はあきれた顔をした。
「あほらし」
言い捨てて、くるりと背をむける。
その姿に幻覚の男の後姿が重なり、電気屋はびくりと体を震わせた。
あわてて丹宮を呼びとめようとしたが、すぐに自分の行動のバカさかげんに気づいて口を噤んだ。
どうかしている。
どんなに似てみえても、丹宮はあの男とは別人だ。幻覚のようにどこかに行ってしまうわけじゃない。けれどもしあんなことがおきたら・・?
フラッシュバックのなかでの自分が感じた焦燥感と絶望感。あんな寂しいおもいを現実で体験したいとは思わない。
だから、もし丹宮にそんなことがおきたら、全力で阻止しようとするだろう。
前を行く丹宮の小柄な体を追いながら決意する。なんの力もない自分にはひどく困難なことかもしれなかったけど、やれるだけのことはしよう。後悔しないためにも。
そんな電気屋の決意を知らない丹宮は、のんびりと後をついてくる男にいらただしげな視線を送ってよこした。
「はやくしろよな、電気屋。オレもう腹へって死にそうなんだからな」
その言い様に電気屋が吹きだした。
「はいはい、すぐそこだって。上手い中華の店はさ」
笑いながら丹宮の腕をとる。その暖かさに、電気屋は確かな丹宮の存在を感じていた。

 

真夜中の影  完

 

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