手ぶらでティエウの家を後にした電気屋は、一旦威のところに戻ることにした。無駄足だったが、成果を期待していたわけではなかったから、たいして気落ちはしていなかった。
たった一日でなにか掴めるなどと、いくら能天気な電気屋でも思っていなかった。
近道だからと人通りの少ない裏道を選んだ電気屋の足が、いくらも進まないうちに止まった。進路方向、路地の出口あたりに、小柄な人影があった。
眦のあがったキツイ眼差しをした少年。ティエウだ。
ヒュウと、電気屋が口笛を吹く。
探していた人物が、向こうから出てきてくれたのだ。ラッキーといえばラッキーだったが、その相手が剣呑な雰囲気を身にまとっているとあっては喜んでばかりもいられない。
目が合った人間すべてを射殺しそうな眼差しのまま、ティエウが近づいてくる。
さてどうするか。
どう動くか考える前に、ティエウのほうから声をかけてきた。
「こそこそなにを嗅ぎ回っていたんだい?」
「べっつにー。ただ丹宮に横恋慕しているガキを探してただけだよーん」
飄々とした返事にティエウの頬がピクリと動いた。
「それってボクのことかい? じゃあちょうど良かったんだね」
にっこりと笑んでいるのに、なぜかぞくりと背筋が震えた。
「ボクになんの用なんだい。知りたいことでも? 教えてあげてもいいけど、そのかわりボクのほしいものをもらうよ?」
「話がはやくっていいな、おまえ。で何が欲しいんだ? 丹宮じゃないだろう?」
彼女を欲しがっているのはこっちもわかっている。またそれをわざわざ言いにきたとは思えない。
すっとティエウの手があがった。指先が電気屋を指す。
「君の命」
「おいおい、そんなもんおいそれとあげられるわけないだろーが。ほかのもんで手をうたないか?」
ひらひらと手を振って見せたが、ティエウは譲歩するつもりはないらしい。もとから殺すつもりで電気屋の前に現れたのだろうが。
舌打ちひとつしてティエウを睨みつける。
「理由はなんだ。オレが丹宮と一緒にいるのが気に食わないからか」
「そうだね。それもあるけど、邪魔なんだよね。式神を見る人間なんてさ」
不意に空気が動いた。
鋼鉄の触手が、空中から電気屋めがけて振り下ろされる。
「なにっ!」
反射的に見を捻ってかわす。電気屋のわき腹を掠った触手が地面にめりこんだ。
地面に倒れた電気屋に嘲笑が浴びせられる。
「あーっはははは! 君の相手は式神がしてくれるよ。せいぜい頑張るんだね」
「ふざけんなっ!」
身を起こして怒鳴ったが、ティエウはすでに踵を返した後だった。
「待て、このクソガキ!」
追いかけようとした電気屋を、式神の第二檄が捉える。
バシィッッ!
鋭い音をたてて壁が砕け散る。かろうじてかわした電気屋の体にコンクリートの破片が降り注いだ。まともにくらったら間違いなくあの世行きだ。
あいにく武器になるようなものは持ち合わせていない。反撃のしようもないが、このままやられっぱなしというのもしゃくだ。
幸い式神は一匹だけのようだ。しかも自分はその動きを見ることができる。
呼吸を整えながら、上着のポケットに突っ込んでおいたものを握り締める。
上空に浮かんだ式神がまっすぐに突っ込んできた。
予想通りの動きに、電気屋の口元に笑みが浮かんだ。
触手が飛んでくる。風圧で頬が裂けた。それをがまんして式神が目前に迫るのを待つ。
「これでもくらえっ!」
わずか2メートルの位置まで来たとき、握った黄色いバンダナを投げつけた。狙いは寸部違わず、見事に式神の頭部に当たった。
それだけで、式神の動きが止まった。がしゃんと音をたてて木偶人形と化した体が地面に落ちる。
「ふふん、名づけてこれぞ幸せの黄色いハンカチ作戦」
大成功、と得意げになった電気屋の視界の先で、事の結果を見るために未だ立ち去っていなかったティエウの表情が驚きに歪んだ。
「さーて、オレをどうするって?」
パンパンと手を払った電気屋がティエウに一歩近づく。
「殺して、それから丹宮を攫うんだっけか?」
ティエウがギリッと唇を噛んだ。憎々しげに電気屋をねめつけながら、
「丹宮はもらうよ、絶対に」
はっきりと言いきった。
カッと電気屋の頭の奥が白熱した。
見送った背中。二度と還ってこなかった男の幻影がちらつく。
「渡さないって言っただろうが」
思い出す。無力だった自分を。なにもできず冰史を失った。同じ鉄は二度と踏まない。
対峙する二人の間に火花が散る。
どちらが先に動くのか。一触即発の状態がつづく。だがそれも長くは続かなかった。
不意に通りが騒がしくなる。パトカーのサイレン音が遠く聞こえてくる。誰かが通報したようだった。
ティエウが笑う。
「今日はここまでだね。でも、この次には死んでもらうよ」
言い捨てて身を翻す。
電気屋もあえて後を追おうとはしなかった。
引きどきだ。どうせもう、得られるものはないとわかっている。
傷ついた頬が今ごろになって、ずきずきと痛み出した。
まったく、やられ損というやつだ。
ため息をついた電気屋は、人が集まりだすまえにその場を離れた。

 

次へ戻るTOPへ