作戦会議と称して、電気屋が威の仕事先に上がりこんだのは、もうすぐ日が沈もうとするころだった。
新宿はこれからが活動の時間帯だ。水商売の女達や、怪しげなクスリを売る売人達。それらに群がり、あわよくば甘い汁をすすろうと考える若い男女が通りにたむろす。
明るい陽射しがさす日中にはわからない、新宿の裏の顔がゆっくりと現れだす。
裏通りの薄暗い路地を窓越しに見下ろしながら、電気屋は珍しく考えこんでいた。
何でも屋なとどいううろんな商売柄、胡散臭い奴らは山ほど見てきた。命にかかわるような仕事こそ経験したことはなかったが、それに準ずる暴力沙汰なら日常茶飯事だった。
擦り傷切り傷なんかは当たり前、肋骨を折って入院したこともあった。
だが、今巻き込まれている出来事は、日常の中の非日常的な生活を送る電気屋にとっても、あまりに奇怪で理解不能な現象にしか思えないものだった。
人には見えない「式神」と、それを操る、たぶんなんらかの力を持つ者達があつまる組織。
正体も目的も何一つといっていいほどわからない相手が自分達を襲ってくるのだ。しかもたいてい不意をつく形で。今まではかろうじて攻撃をかわすことができたが、そんな幸運がいつまでも続くわけがない。最悪の結果がでてしまうことも考えられるのだ。
だからこうして、なにか打開策がないかと威と角突き合わせることにしたのだったが、いかんせん手持ちのカードが少なすぎる。なにもわからない状態では、手のうちようがなかった。
今はこの場にいないが、事件の中心であるはずの丹宮ですら肝心要のことがわかっていないのだから、この状況も仕方がないのかもしれなかったが。
「とりあえず、手がかりになりそうなのがティエウっていう子供か」
柔らかい響きの声に、自分の考えに埋没しそうになっていた電気屋の意識が引き戻される。
ティーカップを片手にした威が、考えるようにして頬杖をついていた。
「ああ…。あのガキんちょな」
頷いたが、ティエウから情報を得られる可能性はほとんどないといってもいいくらいだった。子供とはいえ、大人しくこちらの言いなりになるような奴には思えなかったし、だいたい、今どこにいるのかもわからないのだ。
「あいつを探すってのか? それはムリだと思うぜ」
「そうかもしれんが、新宿にいるのは間違いないだろう。やつらの仲間で面が割れているのはその子しかいないんだから、どうにかしてつかまえたい」
「それはそうだけどなー」
たしかにティエウはやつらの仲間だ。それもかなり重要なポジションにいると思われる。だからこそ探し出すのは至難の技だろう。
歯切れの悪い電気屋を横目で見ながら、威は繰り返し言い放った。
「多国籍グループのほうも追ってみるが、こっちも考えてみたほうがいい」
強硬な言いように引っかかるものを感じて、電気屋は威を凝視する。
「なに、やつらの仲間だっていう以外になんかあるのか、ティエウに」
顔を知っているからだけでない、彼を追う理由がほかにあるのだろうか。それがわからない。首をかしげると、大仰に威はため息をついた。
「おまえね。ティエウっていうのはなぜだか知らんが、丹宮ちゃんにご執心なんだろう? なんだかおまえを殺して彼女を手に入れるなんて物騒なことも言ったそうじゃないか」
「ああ、それか」
「丹宮ちゃんを攫われてからじゃ遅いんだぞ。先に打てる手は打っていたほうがいい」
確かに一理ある。頷いたが、探し出すアテがあるわけもない。そう口にすると、威が人差し指を顎にあてた。
「とりあえず、現場に戻るっていうのが基本だろうな」
「現場っていうと、住んでたところか?」
げっと、電気屋がうめいた。
ティエウがリアムと暮らしていた部屋に彼が踏みこんだのは、つい先日のことだった。
おびただしい量の血が壁に飛び散り、床に赤い池をつくっていた。そのなかにボツンと残された、リアムの生首。
思い出すだけで吐き気がこみあげてくる。
「どうしたんだ? 電気屋」
あの凄惨な部屋を見ていない威が、黙り込んでしまった電気屋を不信そうに見つめた。
言葉を返すこともできない電気屋は、威を無視して何度も深呼吸を繰り返す。どうにかリアムの惨たらしい死体を頭から追い払うと、おもねるように威の顔を覗きこんだ。
「それってやっぱり、俺がいかなきゃいけないのかなー」
「当たり前だろう。おまえ以外に誰が丹宮ちゃんを守るっていうんだ?」
ストレートに返されて、がっくりと肩が落ちる。
できるならあの部屋には近づきたくないのだが、いかんせんそうも言っていられない。しぶしぶと電気屋は頷いた。
「わかった。とりあえず調べてくるよ」