交戦後の事後処理におわれる日々が何日も続いた。
損害報告と、それにともなう人員補充の申請。作戦時にミスはなかったか、何度も査問が重ねられる。
毎度のこととはいえ、頭が痛くなるようなことばかりだ。
それらにやっとカタがつき、通常の勤務体制にもどりかけたとき、空戦隊に新たな騒動が沸き起こった。
新兵たちの何人かが、飛行訓練を拒否するという事態が起きたのだ。
苦虫を噛み潰したような表情のアバ大尉からの報告に、コーネフは「きたか」と天を仰いだ。
帝国軍との戦闘から二週間弱、予想していたよりずっと遅かったが、それでもそれが起こったという事実がコーネフの表情を曇らせた。
初陣を体験したパイロットが起こすショック症状。深遠の闇に一人放り出され、己の命が賭けられた戦いを強いられた結果引き起こされるもの。多くは死への恐怖だが、その記憶がシミュレーションとはいえ、操縦桿を握ることに拒否反応をおこさせるのだ。
「第二中隊第一小隊のエセル伍長と第六中隊第三小隊のイワサキ伍長の二人なんですが、ここんとこ様子がおかしいっちゃおかしかったらしいですね」
アバが訓練拒否をした二人の説明をはじめる。
「これはバルナック大尉から聞いた話なんですが、エセル伍長のほうはここ何日かうわのそらというか、気もそぞろというか、集中力が全然なくなっていたようですね」
バルナック大尉は第二中隊の隊長を務める女性仕官だ。女性特有の神経の細やかさとカンの良さを兼ね備えた彼女は、部下の様子がいつもと違うことに気づいていたらしい。
「デスクワークでつまらないミスを連発していたようですし、続けて交替時刻に遅れてきたこともあったようです」
「普段はそんなことするようなタイプじゃないんですね?」
横合いからのコールドウェルの問いかけにアバが頷く。
「真面目っていうのが、バルナック大尉が彼にくだした評価です。イワサキ伍長のほうも同じようなタイプみたいですね」
答えながらもアバの目はコーネフから離れなかった。隊長がこの件をどう判断するのか、どんな処理をするのか推し量ろうとしているようだった。
静かに話を聞いていたコーネフがなにかを思いついたというように顔をあげた。
「対空戦のシミュレーション訓練は今日で二回目だったな?」
細かい訓練スケジュールの報告は受けていたが、確認のためにあえて尋ねる。
「はい、四日前にも行っています。その時もこの二人だけでなく、ほかにも何人か普段とは違う動きをしてました。怖がってへっぴり腰になっていたような、そんな感じの動きです」
それでわかった、とコーネフは思った。
初陣から二週間という長い期間、なんの問題もなかったわけではないのだ。単に水面下にあって今まで見えなかったものがはっきりと現れただけなのだ。
戦闘時の恐怖を押し込めたまま訓練を受けたことがひきがねになったのだろう。だから最初の飛行訓練でなく二度目の今回で、訓練拒否という事態が起こったのだ。
コーネフが、件の兵のデータを呼び出した。スクリーンに映し出されたプロフィールには、個人情報のほかにパイロットとしての技能のデータも掲載されていた。それを見る限りでは、二人とも格別可もなく不可もなく、ごくごく普通の記述しかなかった。
だが、その年齢を見ると「普通」とはいえないことに気づく。
二人ともまだたったの十六歳でしかないのだ。
「普通」なら学校に通い、友人たちとの他愛ないおしゃべりやGFたちとのデートを楽しめる年齢だ。なのに彼らがいるのは、死と隣り合わせの戦場だ。
ほんの一瞬の気の緩みが、たった一度の判断ミスが取り返しのつかない事態を引き起こしてしまう。子供だからといういい訳はいっさいきかない。己の技量のみが頼りの、冷たく暗い場所。
そんな所に一人放り出されて、おかしくならないほうが不思議なのだ。
「今日の訓練、二人を外したわけではないんだろう?」
「ええ、無理矢理ですが操縦桿を握らせました。どうにか飛ぶことができたという程度の出来でしたが・・・」
「飛べません」といわれて「はい、そうですか、わかりました」とは言えないのが軍隊だ。そんな甘い考えは通用しない。
唇に指をあててコーネフが考えこむ。
「カウンセラーが必要か?」
「そう・・・ですね。二、三日様子を見てそれが続くようでしたら・・・」
アバの目から見て、二人の状況はそれほど深刻なものには見えなかった。だが、見えないからといってそれで安心できるわけでもない。
心の問題は、他人が容易に推し量れるほど単純なものではないのだ。
「わかった。ではアバ大尉、その方向でいこう」
コーネフが判断を下した。
とりあえず様子を見て、それから対応を考えようということでひとまず話を終わらせる。
そこへタイミングを計っていたかのように、コールドウェルがコーヒーを差し出した。
熱い液体を喉に流し込みながらも、三人は無言だった。
今回の出来事は氷山の一画でしかない。ほかにどれだけの兵士が、心に爆弾を隠し持っているかわからないのだ。いっそエセルとイワサキの二人のように爆発してくれれば、対処の仕方もわかるのだが。
これから先のことを思うと重い沈黙が流れるだけだ。
コーネフはふと思う。
はじめはただ飛びたいだけだったはずなのに。
ソラに恋焦がれ、ソラを飛ぶことだけを夢見、そうしてその権利を手に入れた一握りの人間たち。
その彼らが一度はぶちあたる壁。
戦闘機のパイロットとして、宇宙を飛びつづけるためにはどうしても超えなくてはいけない障壁。
この試練を乗りきって、はじめて彼らはパイロットの名を自分に冠することができるのだ。