その瞬間をおぼえている

あざやかな翠とぬけるような蒼い空
けだるい暑さのなかで、どうしてそれに気づいたのか

鮮烈な色
忘れられない記憶
自分とは違う、けれども同じものを見る目

気づいたときの衝撃
あふれでてくるとりとめのない感情

そのときから、
たしかにあいつはただ一人の「特別」だった。

 

 

その瞬間をおぼえている

 

 

シミュレーションルームの一画であがった歓声に、コーネフは目にしていたモニターから顔をあげた。
「うわっ、全機撃墜しやがった!」
「あの包囲網を突破するかぁ!?」
口々にあがる驚嘆の声と短い口笛の音に、シミュレーションプログラムが破られたことを知る。
コーネフはわずかに目を細めると、手元のモニターに騒ぎの元になっているプログラムデータを呼び出した。
「あれ、これは・・・」
隣に立っていたコールドウェルが思わず呟いたのも無理はない。
画面に映ったのは百戦錬磨の猛者でも、イゼルローンに二人しかいないトップ・エースの片割れでもない、配属されてまもない十代の男女ふたりが操る機体だったからだ。
レベルCの表示は新兵がクリアするには幾分高すぎることを示していたが、どうやらこのふたりには関係なかったらしい。華麗なコンビネーションで易々と敵機を撃墜し、悠然と飛び去る様は見事としかいえなかった。
「やりますねぇ」
「・・・そうだな」
感心したようなコールドウェルに相づちをうちながらも、コーネフの表情は厳しかった。
確かに動きはいい。敵機の行動を見切るのも速い。そうとうに練習を重ねたのだろう、コンビネーションプレイも様になっていた。
何年も飛んでいるパイロットと比較しても、なんら遜色はないようにみえる。実際シミュレーションで対戦してこの二人に負けた者達は数多いのだ。
そう、シミュレーションならば。
もしこれが実戦だったとしたら、どちらに軍配があがっていただろうか。数多くの死線を越えてきた者とただの一度もあの闇を見ていない者とでは。
結果は一概には言えないかもしれないが、前者が有利なのは間違いない。
訓練でどれだけ上手く飛べたとしても、それが即結果に繋がるわけではないのだ。敵機と相対したときに、実力のすべてがだせる新兵などほとんどいやしないのだから。
幼いふたりがそのことに気づいているかどうか。それを思うとコーネフの表情は晴れなかった。
わずかに息を吐き出したコーネフは、コールドウェルにアバ大尉を呼ぶように頼む。
二空第三中隊隊長のアバは現在、新兵の訓練の監督を一任されている。強面な外見とは裏腹に情に厚く、面倒見もよいことから部下からは慕われている男だった。
間を置かず現れた大尉は、厳しい眼差しでモニターを見つめる上官に眉をひそめた。
訓練に関する報告書は先週提出したばかりだ。そのときはなにも言われなかったが、今なにか問題でもおきたのだろうか?
訝しげに思いながら短い敬礼をすると、
「ああ、忙しいところをすまない」
と、コーネフが顔をあげた。口調は柔らかいが、瞳の険しさはそのままだ。
戦闘のときでさえ涼しげな表情は変わらないと言われている男のその姿に、いよいよなにかあったかと息をのんだアバだったが、つぎにでたコーネフの言葉はおよそ想像したものとはかけ離れたものだった。
「ダグラス・ボング伍長とアメリア・ジョンソン伍長のことなんだが、アバ大尉からみてどんな感じだ?」
「は? あの二人ですか?」
いささか拍子抜けする。
それは、さきほど完璧なゲームを演じた二人の名前だったからだ。
飛行学校を首席と次席で卒業してきた彼らは、ニューフェイスのなかでもずば抜けた技量をもっていた。技術面でまだまだつたないところはあるが、問題視するような腕でないことは確かだ。
「そうですね。勘はいいですよ。教えなくてもこっちの技を盗む器用さもありますしね。ボングのほうが、ちょいと熱くなって敵を深追いしすぎるきらいがありますが」
「ジョンソン伍長のほうは?」
「冷静そのものですね。あまり無理はしません。そう・・・」
ちょっと言葉をきると、
「隊長と似たような飛びかたをしますよ。もともとの飛びかたもなんでしょうけど、今は似せようとしているみたいですね」
それはもちろんコーネフも気づいていた。どころか、先のシミュレーションでみせた敵五機による包囲網突破のコンビプレイは、以前コーネフとポプランが得意としていた戦法だった。若い二人はお手本に直属の上官とその相棒を選んだらしかった。
「実戦にでたとしたらどうだ?」
「それは・・・」
大丈夫でしょうと言いかけて、アバは口を噤んだ。
データ上からいえば、実戦でもそれなりの成果は期待できる二人だ。そのことはコーネフもわかっているはず。ならば、この質問の意図は・・・?
不意に、彼はコーネフの真意がわかった気がした。
ニヤリと笑うと、
「二人にはいつも言ってやってますよ。実戦を経験しないうちは半人前だってね。ついでに、自分の腕を過信して墜ちたヤツらの話もね。二人ともなにを言われてるかわからないほど馬鹿じゃあありませんよ」
アバの答えに、コーネフは表情をゆるめた。
自分が心配するまでもなく、部下はちゃんとやっていてくれたようだ。
ボングとジョンソンが、どこまでアバの話を自分たちにも起こり得ることだと認識しているかはわからない。それでも、ほんの少しでも頭の片隅にとどめておいてくれれば、生還する確率もあがるはずなのだ。