その弱さを知っていた。
やたらめったら騒々しくて、いつでも場の中心にいる。
明るい陽の下がにあう、あきらかに自分とはなんの接点もない人間。
それが奴だった。
言葉を交わしたのはほんの偶然から。
そしてその心の中に深い暗闇を抱えているのを知ったのも。
誰にも話さない、知られまいと必死になって隠している影の部分。
はっきりとしたことを聞いたことはなかったけれど。
たぶん、間違っていない。
大切なものを失った喪失感。
あるいは自分が一人ぼっちなんだという、ひどい孤独感。
おそらくは、自分ではどうすることもできない感情の波。
奴が抱えていたのは、そういったものだったと思う。
ちかしい人を亡くしたとき、ひとはどうするのだろう。
泣き暮らすのか、忘れようと努力を重ねるのか。
「時が癒してくれる」
そう言った人もいたけれど。
忘れることを潔しとせず、癒されることも拒んだ女性を知っている。
愛する人を永遠に失った彼女は、ただ想い出のなかに逃げ込んで時を重ねた。
それは心を壊した状態にしか見えなかった。
「忘れないこと」は、彼女から今を生きるという力を奪った。
そのことが正しいとか間違っているとかいうことはわからなかった。
ただ彼女が、彼の人を忘れてしまうことを、
なによりもつらいことだと思っているのだけはよくわかった。
「忘れたくても忘れられない。
そういうヤツがいるってことは、幸せなのかな。それとも違うのかな。
彼女みてるとわからなくなるな」
そう言ったのは、彼女の義弟だった。
「苦しくっても忘れたくないっていう気持ちはわかるけどな。
生きてるんだぜ。前に進めないんなら忘れたほうがいい気もするけどな」
それはしたくなかったのだ。
たとえ心が壊れても。
まわりのすべてを切り捨てても。
「人は弱いよ。痛みをそのままにして生きてはいけない。」
風化させていく。記憶を。その人と過ごした日々を。
そうして痛みも和らいでいくのだと。
では、忘れずに生きていくことはできない…?
「それがそうともいえないんだな」
忘れずに、痛みを押し殺して。それでも彼女のようにはならずに。
そうやって生きていける?
「思い出すのはツライよ。
けどな、その思い出ってやつが支えになってくれることだってあるんだぜ」
逝ってしまった人間が自分にくれた「言葉」
示してくれた優しさ。
記憶が糧になり、そうして生きていくことができるのだと。
あいつはどうなのだろう。
「忘れなくたって生きていける」
はじかれたようにあげられた目。
それだけでわかった。まだ忘れていない。痛みを持っている。
忘れたくないなら無理に忘れなくたっていい。
そんな生き方をしてもいい。
けれど、後ろを振り返ってばかりではいられない。
そんなふうには生きてほしくない。
「辛くても、思い出があるから生きていける」
ありったけの心をこめて。
言葉をあげる。
前を向いていけるように。
支えになるように。
痛みを抱えたままいけばいい。
その強さを信じている。