戦闘終了に伴う帰還命令がでると、アップルジャック中隊長のモランビル大尉は、専用回線をオープンにして部下たちに呼びかけた。
「こちらモランビル。アップルジャック中隊、全員いるな?」
数秒の間をおいて隊員たちから返事がかえる。
『第一小隊長のマイアー中尉です。全員揃ってます』
『第五小隊のバンクスっス。こっちも脱落者はなしっス』
ノイズまじりの通信機を通して次々に報告が入る。
七つある小隊のうち六つの小隊長から朗報が送られてくるなか、いつまでたっても第二小隊からの連絡だけがこない。
「・・・シュワード中尉? どうした?」
最悪の報せがもたらされるのかと息をつめて耳を傾ける中、最後の通信が入った。
『・・・第二小隊のシュワード中尉です。一機小破しましたが、飛行に問題ありません』
「了解。全機速やかに帰投するように」
全員の無事を確認し帰還を促すと、モランビルは通信機を切って肺から大量の息を吐き出した。
戦闘の真最中よりも、部下の安否を確認するこの一瞬のほうが、勇猛で知られる男に多大な緊張をもたらした。
「さて、と。他はどうしたんかな」
人心地ついてから、今度は部下ではなく上司への回線を繋ぐ。
「ポプラン隊長? モランビルです」
『おう! な〜にモタモタしてやがったんだ。お前が最後だぞ』
間髪いれず返事が返る。
どうやら彼からの通信を待ち構えていたらしい。
「すみません、隊の状況を把握するのに時間がかかりました。アップルジャック中隊、全機生存確認、これより帰投します」
『おしっ、今回はパーフェクトだな!』
快活に笑う声が通信機を通して届いた。
一空の面子に変わりがないと聞いて、モランビルは今度こそ完全に心から安堵した。緊張がほどけ、普段のお調子者の顔がもたげてくる。
「まぁ、大した相手じゃなかったですしね。余裕ですよ」
『言うな〜、モランビル。ま、俺の部下だからな、あの程度にてこずるはずもないしな』
「自分でも言ってるじゃないですか」
あいも変わらず自信に溢れる男に言い返すと、ポプランが再び笑った。
『俺はいいの。なんせ隊長だからな』
「なんですか、それは」
ほんのちょっとの苦笑をこめる。まったく、この陽性の塊のような男は、どこでも自分のペースを崩さないのだから。
それはそうと、とモランビルはもう一つの部隊の状況を尋ねた。
「二空のほうはどうなんですか?」
『さあ? さっきから呼び出してんだが、コーネフの奴、回線切ってあるみたいででやしねぇし』
「そうなんですか? もう帰投しちやったんですかね」
『多分な。まぁ、二空も同じだろ』
楽観視するというより、コーネフの腕を、彼が指揮する部隊の強さを信じているといったほうが相応しい声音に、そうですねと相槌を打つ。
「じゃあ、お先に」
通信を切ったモランビルの目前で、母艦から放たれる明かりが闇に浮かび上がった。
昏い空間に光る安らぎの灯火。
「アップルジャックワンからコントロールへ。現在帰投コース7で進入中」
『コントロールからアップルジャックワンへ。第七滑走路は封鎖されている。進入路をコース2へ変更』
封鎖と聞いてモランビルは顔をしかめた。
誰かが着陸に失敗したのか。それとも傷ついた機でどうにか帰還したもののそこで力つきたのか。
パイロットはどうなったのだろう。
せっかく帰りついても、機を降りることができなくては意味がないのに。
「了解、コントロール」
一度艦の周囲を旋回し、帰投コースに乗る。
楽々と機体を着陸させると、モランビルは脱いだメットを片手にスパルタニアンから飛び降りた。
長時間働かせた愛機を地上要員に引き渡すと、彼と前後するようにして帰投してきたロバートソン大尉を呼びとめた。
「ジェーイ! 待てよ、一緒に行こうぜ」
早足で同僚に追いつくと、肩を並べて歩き出す。
「いくつだった?」
無遠慮に撃墜数を訊く。
ロバートソンは無言で人差し指を立てた。一機ということだろう。
その答えにモランビルは同じだと笑った。
モランビルもロバートソンも戦闘機のパイロットとしては一流の部類に入る。
帝国軍との戦闘でなら軽く三、四機は叩き落としてくる二人だが、今回に限って一機墜とすのがやっとだったのは同じ同盟軍の兵士を相手にしたせいだった。
もちろん手を抜いたつもりなどさらさらなかったが、心のどこかに同胞を撃つ事へのためらいがあったのは確かだ。それが撃墜数が一機だけという戦果を生んだのだろうというのは、容易に想像がついた。
「終わってくれてホッとしたぜ。胸くそ悪いったらありゃしなかったからな」
「確かにな。もうちょっと長引くかもと思ったんだが、意外に早くカタがついたよな」
「根性ねぇんじゃねえの。国を救うためとか言って、一般市民を銃で脅すようなヤツらだからな」
モランビルが、救国軍事会議などというふざけた名を冠した反乱者たちをこき下ろす。
クーデターなんてものがなければ、こんな馬鹿げた戦いもおきなかったはずなのだ。
味方同士で殺しあうなど、愚の骨頂だ。
しかもそれで命を落としたなんてことになったら、死んでも浮かばれそうにない。
「そういや滑走路が一つ封鎖になってたけど、誰がコケたのか知ってるか?」
「いいや、知らないが。でもウチのじゃないな」
ロバートソンが首を振った。
「俺んとこのヤツでもないぜ。全員ちゃんと帰投したし」
誰だろうな、と見えるはずもない第七滑走路のほうに目を凝らす。ちょうどその時、滑走路方向から自力走行が不可能になったスパルタニアンが、牽引車両に引かれてやってきた。
「もしかしてアレかなぁ」
話題に相応しい痛々しい姿を晒す機体を指す。
振り返ったロバートソンは一瞬ポカンとした表情で大破したスパルタニアンを見つめると、すぐに同僚の背中を拳で殴った。
「バカ! アレかなじゃないっ。あれコーネフ少佐の機体だぞ!」
「えっ、嘘だろっ!?」
いきなり殴られたことよりも言われた内容のほうに驚いて、モランビルは傷だらけになった銀色の機体の後部を凝視した。
消化剤にまみれて塗装ははっきりと見えなかったが、微かにクラブのマークとシリアルナンバーが透けてみえている。間違いなくコーネフの機体だ。
「おい、コーネフ少佐はどうしたんだ? 無事なんだろうな?」
最初の衝撃から立ち直ったロバートソンが、近くにいたメカニックにコーネフの安否を確かめる。急ぎの仕事を邪魔された青年は不機嫌そうに二人を見返したが、それでも彼らの内心を思いやったのか、作業の手を休めて答えた。
「ええ。機体はあの通りですが、コーネフ少佐はたいした怪我もないみたいでしたよ。念のために医局に行かれるとはおっしゃってましたが」
「そっか。ならいいんだ。悪かったな、ジャマして」
安堵のため息を洩らしたロバートソンが、メカニックに礼を言う隣で、いまだ呆然としていたモランビルが額に手をあてて呟いた。
「でも、マジかよぉ。コーネフ少佐ってば、体調でも悪かったんか?」
コーネフは十三艦隊だけでなく、同盟軍が誇るトップエースの一人だ。その彼と同等かそれ以上の技量の持ち主などそうそういるものではない。モランビルが知る限りでは一人しかいなかったし、まして反乱軍にそこまでの腕を持っている者がいたとは考えられなかった。
「そうかもな。じゃなきゃ、こんなやられ方しないだろ」
「だよなぁ。あ、そーいえば、ウチの隊長まだこのこと知らないよな?」
この機体を見たポプランがどんなリアクションを取るのか想像したモランビルが、ぶるっと身体を震わせた。
あの隊長は、普段は結構辛辣なことも言うくせに、意外にコーネフのことを大事にしているらしいのだから、この惨状を見たらまず間違いなくぶち切れるだろう。
「やだなぁ。見せたくない・・・」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、滑走路に見馴れた機体が入ってきた。
尾翼に描かれたハートのマーク。言わずと知れたポプランの機体だ。
「あっちゃあ、帰ってきちまった。・・・・・・・うわわっ!?」
叫び声をあげたモランビルが、同僚の腕を引いて壁際に飛びのいた。
誘導員の指示を無視したハートのエース機が、真っ直ぐに彼らのほうに突っ込んでくる。
「なんだっ!?」
「ポプラン少佐っ!」
中隊長二人や数人のメカニックたちの目前で荒っぽく停止した機体から、ポプランが転がるように飛び出してきた。駆け寄るメカニックを押しのけて牽引車の前に回りこむ。
「あっ、あぶねーじゃねえかっ!! なにしやがんだ!!」
急ブレーキを踏んだドライバーがポプランを罵る。
だが、それ以上の声を張り上げてポプランが怒鳴り返した。
「コーネフは!? どうしたんだっ!」
今にも掴みかからんばかりの勢いに、こんな場所で喧嘩にでもなったら大変だと、モランビルとロバートソンが二人がかりで宥めにかかる。
「たっ、隊長! コーネフ少佐ならご無事ですよ!」
「医局で手当てをうけてるそうですから、そっちに行ってはいかがですか?」
「医局だと!? ケガしたのかっ!」
怒りの矛先がロバートソンに向けられ、その剣幕に押された茶色の瞳の中隊長が「あっ」と小さな声をあげた。
視線の先、ポプランの背後に、常と変わらず涼しい顔をしたコーネフが立っていた。
「うるさい。なにやってんだお前は」
さして大きくもないのによく通る声に、ポプランが弾かれたように振り返った。
「コーネフ! ケガは? 大丈夫なのか?」 
「怪我なんかしてるように見えるのか」
すでにパイロットスーツから軍服に着替えたコーネフは、ポプランの心配など気にもとめてないようで、軽く手を振ってみせる。
その本気で心配したのがバカらしくなるほど素っ気無い態度に、ポプランは一瞬黙り込んだが、すぐにフンと鼻を鳴らした。