NEVER SAY...

 


微かな浮遊感とともに視界が反転する。
ソラに出たときに感じる心地良い冷たさと安堵感。
このままの状態で、ただソラを飛んでいられたらいいと何度願ったことか。そんなことは出来やしないと、分かりきっていたけれど。
ここは戦場だ。あるのは敵と味方の二種類だけの、ほかにはなにもないあまりにも暗く寂しい場所。
敵。そう考えてコーネフは奇妙な感覚に捕われた。
一体誰が敵だというのだろう。
同盟の軍人であるからには、敵といえば帝国軍を指すのがあたりまえだった。他にそう呼ぶものなどなかったし、まさか今更べつの「敵」が、しかも自分たちの後ろから現れるとは予想もしていなかった。
首都星ハイネセンで起こった軍事クーデター。
鎮圧のために派遣されたのは、ヤン・ウェンリー率いる第十三艦隊だった。
昨日までは味方だった者達と戦うこの不条理さ。
考えても詮無いことだとはわかっていたが、それでもやりきれなさは残る。
狭いコックピット内に甲高い警報音が鳴り響いた。レーダーが機影を映し出す。
識別信号はレッド、敵だ。
コーネフはスティックを握りなおした。
雑念がすっと消え、一瞬にして戦闘態勢に入る。
スロットルを開けて一気に距離を詰めると、トリガーに指をかけた。
目前に迫る銀色の機体。スパルタニアン。
機動性は互角。ならば後はパイロットの腕が勝敗を決める。そして、コーネフは誰にも墜とされるつもりがなかった。
砲火一閃、逃げる間も与えずあっという間に一機を撃ち落すと、別の獲物を求めて機体を旋回させる。
頭の中がひどくクリアになっていた。
戦闘がはじまり、ただ敵機を墜とすことだけに神経を集中させると、五感以上のものが働くことがある。それは経験からくるものかもしれなかったし、もしかしたら本当にそう感じる感覚があるのかもしれなかった。
ただコーネフはそれがあることを知っていたし、また信じてもいた。
不意になにかがそこに触れた。背後から忍び寄る獰猛な牙の気配。
ドクンと心臓が音をたてた。
この感覚。
まずいと思い加速しようとした刹那、また警告音が鳴った。一度目とは違う音色に、コーネフの肌が粟だった。敵機のミサイル照準が合わされたのだ。
(ロックオンされた!)
操縦桿を引き倒して急反転する。だがそこに、狙ったようにレーザービームが叩きこまれた。
「なんだとっ!?」
とっさに急制動をかけて、機体をスライドさせる。
急激な動きに機体も体も悲鳴をあげたように軋んだが、かまわず追いかけてくるビームの雨をかわす。
正確無比な射撃にコーネフは舌を捲いた。ミサイルを警戒して反転した場所を予測してレーザーを撃ちこんでくることといい、相手は相当に腕がたつようだった。
息をつくひまもなく、第二撃が襲いかかる。
背後からの攻撃をぎりぎりのところでかわす。
尾翼すれすれに緑色の光線が駆け抜けていった。
相手の動きが速過ぎる。
舌打ちして、そこから急速離脱をはかる。
態勢を立て直しながら、敵機を探す。
(どこだ?)
視線を飛ばすとコーネフの左舷前方に、微かに機影が見えた。
ソラに溶けこむ黒い機体の尾翼に銀の狼。
まさか、とコーネフは目を見張った。
(あれは、あのマークは・・・)
それははるか以前、まだ彼がパイロットになりたての頃、毎日のように見ていたペインティングだった。ソラへの憧れと、そこにいる人間に対する尊敬をこめた眼差しでその機体を眺めていたのは、そんなに長い期間ではなかったけれど。
銀狼のマークを掲げた撃墜王は、幾度かの空中戦をコーネフとともにした後、永久に愛機から降りてしまった。宇宙から地上に。飛ぶことをやめてしまったのだった。
ここにいるはずのない人物が操っていた機体がすぐそばにいる。
あり得るはずのない光景にコーネフの目が釘漬けになった。
その時、ザザッと通信機が鈍い音をたてた。
「腕をあげたな、コーネフ!」
スピーカーから飛び出した笑いを含んだ声音に、コーネフの表情が強張った。
「・・・・・・ブラックリー隊長?」

 

数分後、白い光球が暗い闇の中で輝いた。

 

ソラでスパルタニアン同士の戦いが始まると、母艦のなかでも別の「戦争」が始まった。
攻撃隊の第二陣、第三陣が発進する準備と、帰投してくる機体を向かい入れる用意がなされだす。
オペレーターが次々とスパルタニアンを誘導し、発進させていく。轟音が鳴り響き、宇宙に銀色の軌跡が描かれていった。
一瞬の静寂の後、ドッグにオペレーターの声が響いた。
「2011号機、1176号機帰投します」
「よっしゃあ、行くぞ!」
掛け声とともにメカニック達が駆け出した。
着艦した機体をパイロットから引き受け、素早く異常個所を点検・整備していく。その手並みは鮮やかだ。燃料と弾薬を補給した機体が再び滑走路に移動する。
「まだまだ派手にやってくっから、極上のシャンパン用意しとけよ!」
「おうよ! 途中でコケンじゃねえぞ!」
「誰に言ってやがる、まかせな!」
親指を立てたパイロットが虚空に向けて飛び立って行く。
普段と変わらない軽口の応酬は、けれどいつもと違う緊張感をはらんでいた。
誰もが、この戦闘の本当の意味を理解していた。
昨日までの戦友と敵対しなければならない痛みは、絶えず兵士たちにつきまとう。
それでもこれは必ず勝たなくてはいけない「戦争」なのだ。おそらく、帝国軍に勝たなくてはならない以上に、だ。
「自由惑星同盟」に「軍事政権」を誕生させるわけにはいかないからだ。
オペレーターが叫んだ。
「クラブ・エース機より入電、機体後部に被弾! 爆発炎上の危険があるため緊急着陸します」
すぐさま指示が飛ぶ。
「第七カタパルトに誘導後、滑走路封鎖! 消火班はただちに持ち場につけ!!」
さっとメカニック達の間に緊張が走った。
クラブエース機がやられただと?
ヤン艦隊が誇るトップエースを傷つけることができるヤツがいるっていうのか?
防護服に身を包んだ作業員たちが、固い表情で配置につく。
何度も経験している作業で手順はわかりきっていたが、それでも緊張せずにはいられなかった。
「着艦します!」
外部と艦内を隔てる隔壁が解放されると同時に、コーネフ機がとびこんでくる。
滑るように降りてくる機体の後方から、白い煙が立ち昇っている。
尾翼から左翼付根付近にまで穿たれた弾痕と、停止した左エンジンが戦闘の凄まじさを物語っていた。
わずかに尻尾を振りながら着陸すると、消火班が駆け寄った。
「急げ!」
すぐさま消火剤がまかれる。
スパルタニアンに白い粉が大量に振りかけられ、熱が蒸発する低い音が辺りに響いた。
「消えたか!?」
「まだもう少し・・・。よし、いいぞ!!」
「コーネフ少佐っ!」
呼びかけに、コックピットの中の人影が動いた。
固唾を呑んで皆が見守るなか、キャノピーが静かに開いた。
ヘルメットを脱いだコーネフが、汗で濡れた前髪をかきあげる。
そのいつもと変わらぬ仕草に、周囲から安堵のため息がもれた。