空中庭園
エンジンが始動する音が晴れ渡った空に低く鳴り響いた。
最初に一機。間を置かずにもう一機。
「準備いいぜ、コーネフは?」
「こっちもOKだ。いつでもでられる」
それぞれのコックピットにおさまったポプランとコーネフに、しばらくしてから管制官からGOサインがでる。
エンジンの出力があがる。二十メートルを越す機体が滑走路を滑りだし、あっという間に青く広がる空へと飛び立ってゆく。
「時間ちょうどいいのかな」
「5分押しって言ってたから、こんなもんだろ」
クーデター制圧後に、なぜだかイゼルローンで開かれることになった戦勝祝賀会。
どこぞの政治家が取り仕切るそれに華を添える形で、スパルタニアンが飛ぶことになった。
といっても単に国歌斉唱の直後に、貴賓席の頭上を通過するだけだ。
退屈な仕事だが、戦闘でも訓練でもなく機体を飛ばせることができるなどそうそうない。
打診に対し二つ返事で頷いたのは二人同時だった。
「ラッキーだよな、こーんな任務がまわってくるなんて。日頃の行いを神様が見ててくれる証拠だな」
浮かれ気分で操縦桿を操るポプランが、ふと思いついたようにコーネフに言う。
「なぁ、このままただ通過するだけなんて、芸がないと思わん?」
「・・・・充分あると思うが。・・・お前、なに考えてる?」
イヤな予感が胸を掠めて、コーネフは眉をしかめた。
ポプランがこんな言い方をして、トラブルが起こらなかったことなどないのだ。
コーネフの不安をよそに、ポプランが陽気に笑う。
「高度このままな」
「ちょっと待て! なにをするつもりだ!?」
怒鳴っても時すでに遅く。
ポプランの機体がすべるように動いた。
その少し前、ヤン提督は珍しく、すこぶる機嫌が良かった。
気ののらないまま臨んだ祝賀式典は順調すぎるほどプログラムを消化していき、特別彼を悩ませることもなく進んでいった。
苦手なスピーチも、グリーンヒル中尉の作成した簡潔かつ見事な文章を読み上げるだけで事無きを得、上機嫌さに拍車をかけた。
あとはただ退屈な時間が過ぎるのを待つだけでいい。それもほんの数分のことだ。
のほほんとした気分のまま、周囲の視線も気にせず盛大にあくびをすると、背後からゴホゴホとわざとらしい咳が聞こえた。
首を少しだけ動かして振り返ると、歩く小言ことムライ中将が眉間に皺を寄せてヤンの行為を嗜めている。
いたずらを見つかった子供のように首をすくめて見せたが、ムライの視線は厳しいままだ。
仕方なくなるべく姿勢を整え体面を保とうとしたけれど、興味を惹かれるようなものも人もいない会場の中でただじっと座っているだけでは、退屈ゆえの睡魔が襲ってくる。
陽気のせいもありうとうとし始めたとき、ムライに激しく肩を叩かれた。
「提督! 起立してください。国歌斉唱ですよ! ほら、ちゃんとして!」
まるで子供に言い聞かせるような口調だったが、寝ぼけた頭ではとっさに反論もできず、言われるまま立ちあがる。
起立してはみたものの、どうして国歌の際には立たなくてはいけないのかと不満が湧き上がる。
だいたい座ったままでも国に対する忠誠心や愛国心はあらわせるものだと思うのだ。だがそう考えているのはこの場ではヤン一人なのか、それとも分別のある大人の集団は自分の主張を披露すべき場というもののを心得ているのだろうか。厳粛な雰囲気に包まれて、自由と不羈を誓う詩が朗々と響き渡る。
予定では、曲が終わると同時に、この日の為に用意されたスペシャルマーキングのスパルタニアンが二機、スモークをたいて頭上を通りすぎるはず、であった。
けれど予定というものは必ずしも守られるものではない、ということがつくづく良くわかる出来事がすぐに起こった。
曲も終わりに近づいたころ、青く広がる空の向こうに戦闘機が二機姿を現した。
優美な線を描く機体の背後に淡いオレンジ色のスモークがたなびく変わりに、片方の機体から無数のフレアーが放出され空中に拡散した。
赤い光が四方八方で弾けるなかを縦列で進入してきたスパルタニアンのうち、フレアーを打ち出した一機がいきなり反転した。そのままの姿勢でもう一機の下に入り込む。
ぴったり対称に重なった二機が、高速で空を駆け抜けてゆく。
硬質な煌きが見る者の目を奪う。鮮やかな銀色の翼。
その見事さに貴賓席から感嘆の拍手が沸き起こった。
「おまえは〜、なに考えてんだっ!!」
いきなり真下で背面飛行をされたコーネフが怒りに肩を震わせた。
ブレイクのタイミングを間違えれば二人揃ってあの世行きの技を、打ち合せもなしでいきなりやられたのだ。怒らずにはいられない。
しかもフレアーなんてものまで用意されていたのだから、思い立っての行動なんかじゃなく、確信的な犯行に違いなかった。
「え〜、だってこのほうがおもしろいじゃん。それにお前とならタイミングばっちりだし」
悪びれもせずしゃあしゃあと言われて、コーネフの肩ががっくりと落ちた。
こいつに道理を言い聞かそうとしても、どだい無理な話だということを思い出す。
「だったら飛ぶまえに一言言っておけ!」
「え? 言ったらOKしてくれた?」
「するわけないだろう。なんでお前とアクロなんかしなくちゃならないんだ」
「だと思った。だから言わなかったんじゃん」
まるっきり子供の言い分だった。
「なーなー、それよりもう一回やらない?」
「なに言ってんだっ! 帰るぞっ!」
「だって、どうせムライのおっさんあたりに小言言われるに決まってるじゃんか。賓客の前で危険な行為をしたのはけしからん、とかなんとか。一回やって言われるのも二回やって言われんのも同じだと思わない?」
「ぜんっぜん思わん」
きっぱりと言いきってやったが、ポプランはそれをものの見事に無視した。
「まあまあ、そう言わずに。・・・・おう、お前ら。ちゃんと見てたかぁ?」
通信機の回線を管制塔と繋いだポプランの声が、スピーカーを通じてコーネフの元に届く。
誰に向かって言ってるんだと訝る間もなく、一空隊員たちの騒々しい声が響いた。
『・・・隊長ぉ? すっげぇカッコ良かったですよお!』
『さすがッスねぇ。練習なしでかーるくやっちまうんですもん。俺も真似してみたいッスよ』
『お前にゃ十年たっても無理だって』
どっと笑い声があがる。
持ち上げられて気をよくしたらしいポプランが、ニカッと笑った。
「盛り上がってるとこ悪いんだが、そこにコールドウェルはいるか?」
『ええ、いますよ。・・・おい、中尉に変われよ』
モニターの向こうでガタガタと人が入れ替わる気配がして、コールドウェルがひょいと顔をだした。
『・・・・・ポプラン少佐? あの、今TVで・・・』
怪訝そうに顔を歪めたコールドウェルに、ポプランはわかってると頷いてみせた。
「おい、コーネフ。コールドウェルが話しがあるってよ。ちょい変われよ」
話しがあるのはお前のほうだろう?
呼び出した人間が直接話さないで、なんでこっちに振るんだ?
ポプランの言動に不審を感じながらも、通信に割ってはいる。
「コールドウェル。そこでなにしてるんだ? 待機中のはずだろう?」
「す、すみませんっ。モニタのある場所がかぎられてて。どうしても見たかったのでついあがってきてしまいましたっ」
律儀な性格そのままに、何度も頭を下げるコールドウェルに苦笑を返すだけにして、それ以上は追求しないことにする。
「仕方ないな。その様子だと他にもまだいるんだろう? もう帰投するから皆をつれて戻ってろ」
管制塔から出て待機するように言うと、コールドウェルは戸惑ったように目を瞬かせた。
「え? でももう一度飛ばれるんですよね?」
「いや、フライトは予定通り一回だけたから・・・」
言いかけて、不意にいやな考えが浮かんで言葉をきる。
コールドウェルは、今日のフライト内容を知ってるはずだ。なのになぜこんなことを聞く? 変じゃないか?
それに、おかしいのはコールドウェルだけじゃない。なぜポプランはいきなりコールドウェルを呼び出し、しかも自分で話さずこちらに廻した?
二人の行動から答えが閃いた気がした。
「コールドウェル。なぜもう一度飛ぶと思った?」
声を押し殺して尋ねると、萎縮したように上擦った声が返ってきた。
「あ、あの。こちらのモニタで民間のTV中継も流してるんですが、あの、そこでアナウンサーがもう一度飛ぶみたいなことを言ってて」
「なんだと? 聞き違いじゃないのか?」
「いえ、確かに最後の閉会の言葉に合わせてもう一度スパルタニアンが頭上を通過しますのでお見逃しなく、と。そう言ったんですが。
フライトは一回だけのはずですから変なこと言うアナウンサーだな、って思ったんですけど、もしかして知らない間に予定が変更になって、二回飛ぶことになってたのかなと思ったんです」
向こうが勘違いしてるんですかね? と首を捻るコールドウェルの仕種からは、嘘をついてるとか隠し事をしてるような様子は覗えない。
ということは。
アナウンサーが言ってるというのは本当のことだろう。
予定にない二回目のパスが堂々と全国に予告されて、後に引けない状況が作り出されているということも。
そんなことを考えそうなのは・・・。
「ポプランッ! 貴様、どこまで画策しやがった!?」
「画策だなんて人聞きの悪い。ちょーっとみんなに手伝ってもらって宣伝しただけだぜ?」
小さく開いたモニタの向こう側でポプランがウインクする。
自分のたてた計画が半ば成功しているせいか、ご機嫌なのが手に取るようにわかる。
まったく。普段の仕事(デスクワーク)は手を抜きまくりのくせに、どうしてこいつはこーいうことには惜しみなく頭を使うのか。
怒りが萎えて脱力感でいっぱいになる。
言い返す気力もおきなくなったのに気づいたのか、ポプランがここぞとばかりに押し捲ってくる。
「みんな期待してるんだぜー。ここでやらなかったら男じゃないって! ビシッと一発決めたら、女の子たちのお前への評価もうなぎ上り間違いなしだって!」
べつにそんな評価はいらん、と呟いた声はしっかり無視された。
「それにお前の部下だって楽しみにしてるだろ。なぁ、お前達だって見てみたいよな。コーネフのアクロ」
無線に聞き入っている隊員たちへの問いかけに、次々と賛同の声が返る。
「もちろんですよ。こんなチャンスめったにないですもん」
「そうそう。前に空戦隊設立150周年記念の式典で飛んだって言ってたじゃないですか。俺あれ見逃したんですよ! だからぜひやってほしいです!」
「あ、それ俺も見てない! コーネフ少佐、お願いします。見せてください〜」
「ええと、すいません隊長。俺も見てみたいです」
なかに遠慮がちなコールドウェルの声も混じっている。
それを聞いて、お前もか、とあきらめまじりのため息が出てしまう。
「な? 可愛い部下たちのお願い聞いてやってもいいだろう?」
駄目押しとばかりにポプランがたたみかけてくる。
なにがお願いだ。一から十までお膳立てしておいて!
そうは思っても、所詮ポプランのやることには大なり小なり巻き込まれることになるのだ。
それが出会ってから10年間一度も変わらないパターンで、ポプランもその辺は十分に心得てるからいっかなひこうとはしない。
素直に乗ってやるのもしゃくなので、
「・・・・なにをやるんだって?」
せめてもの抵抗にとしぶしぶと聞くと、ポプランがやったねとばかりに親指を立てた。
「そりゃあもちろん、ツインで決めるならあの技しかないでしょー♪」
白煙と火薬の匂いが残る空を見上げていたヤンは、ベレー帽をとるとくしゃりと髪をかきあげた。
「やってくれちゃいましたねー」
ははは、と笑う彼の隣では、ただでさえ厳しい顔をさらに険しくしたムライが、ふるふると肩を震わせている。
礼儀と秩序を重んじる男は、破天荒なパイロットたちの行動に怒りをおぼえたらしい。
ヤンにしてみれば、退屈な時間にほんの一時刺激を与えてくれて助かった、というのが本音だった。なにせ眠くて眠くてしかたがなかったのだから。
「まあ、皆さん喜んでくれたからいいんじゃないのかな」
「提督! 提督がそんなに甘いからあいつらがつけあがるんです! ここは一度びしっと言ってやらんと!」
「そうは言ってもね〜。それで言う事を聞くほど可愛げがあるわけじゃなし」
ついぽろりと事実を言ってしまったヤンに、ムライは声を荒げた。
「いいですか! あんなことをして事故でも起こったらどうするんですか! あいつらはまったくその辺のことを考えるってことがないんです! ヤン提督がしっかり指導しなくてどうするんですか」
「そ、そうだねぇ」
「そうだねじゃありません。いいですか、提督・・・・」
「あ、あ、ほら。祝辞の妨げになるから、その話しはまた後で」
延々と小言が続きそうなのを、式典の最中だからともっともな理由をつけて黙らせる。
まだ言い足りなさそうなムライも、これにはしぶしぶとだったが従った。
その後はたいしたトラブルもなく式は進み、ヤンとムライが別々の意味でホッとするなか、閉会の挨拶が始まった。
「やれやれ。やっと解放されるなぁ」
トントンと肩を叩きながら本音を漏らしたヤンの背中を、ムライが渋い顔で見つめる。
その時。
キラリと彼方で光が煌いた。
「あれ? なんだろう」
のほほんと呟いたヤンと顔を顰めたままのムライの目に、二機のスパルタニアンが飛びこんでくる。
ムライのこめかみに青筋が入った。
「まさか、また同じことをするつもりじゃ・・・」
「いや、いくらあの二人でもそんなことはしないでしょう」
「わかるもんですか! 一度成功したことに味をしめて、もう一度やりそうですよ、あの二人なら!」
あまりにも的を射た予測には思わずヤンも同意しかけてしまう。
「やめさせましょう! 今すぐに!」
「いや、もう無理ですよ…」
ヤンの言葉が終わらないうちに、二機が低速で進入してくる。一度目の時と異なり、高度がやや低いことに気がついたものは、操縦桿を握る二人以外は会場にはいなかっただろう。
会場上空の少し手前でスモークがたかれるのと同時に、コーネフ機が180℃反転した。
背面飛行に入ったスパルタニアンの周囲を、ポプラン機が優雅にロールし始める。
美しいとさえ表現できるその機動と航跡。
コークスクリューと呼ばれる難易度Cのアクロバット飛行に、会場中からどよめきが湧き上がる。
拍手と喝采がどこからともなく鳴り響くなか、きっかり三回転半したポプランが右に大きくバンクして会場上空から離脱する。
一度急上昇に入ったコーネフも、その後を追うように機体を旋回させた。
地上に降り立ったコーネフは、不機嫌な顔つきのままポプランが来るのを待っていた。
あのお調子者にのせられてついついやってしまったが、始末書ものなのはあきらかだった。下手をすれば減給処分。とにかくなんらかのおとがめがあることは間違いなかった。
ずきずきと痛んでくるこめかみに手をあてていると、鼻歌を歌いながらポプランがやってきた。
「なーに渋い顔してんだぁ? せっかく成功したってのに、もうちょっと嬉しそうな顔しろよな」
「できるか! お前につきあってるとろくな目にあわん。二度とお前とは飛ばないからな。それと、始末書はお前が一人で書け。俺は一切手伝わないからな」
一気にまくしたてると、ポプランはいささかむっとしたようだった。
「そこまで言う。あのさ、コーネフさん。ここまで計画しておいて、俺がそのこと考えてないと思う?」
そう言ってポプランがごそごそとパイロットスーツの内側から取り出したのは、くしゃくしゃになった一枚の紙切れだった。
ほら、と投げてよこされたそれを広げると、コーネフは目を瞬かせた。
「飛行承諾書?」
そこに書かれていた文字は、祝賀会でのアクロバット飛行計画と、それを許可するというディフェンスコマンダーのサインだった。
「・・・・・なんだこれはっ!!」
唖然として何度も書類を読み返す。
「こんなものまで用意しておいて。だったらなんで最初から俺に言わない!?」
そうすればいきなりアクロを強制されて怒ったり、始末書のことで頭を痛める必要もなかった。
「だって、お前言ったってやってくれないだろ」
だからコーネフにだけ内緒にして、ぶっつけ本番で無理矢理アクロをさせる状況においこんだのだとポプランが告白した。
「信じられん。それだけの理由で・・・?」
「あー、あとはどうせ飛ぶなら一秒でも長くいたかったから、かな」
ポプランが空を指差した。
「楽しかっただろ」
断言されてコーネフは返す言葉を失う。
それは、まったくもってそのとおりだったから。
久しぶりに飛んだ空。戦場ではない、ただ飛ぶためだけにある空。
その青い空を、なんの制約もなく自由に飛べることがどれほどの贅沢かなんて、わかりすぎるほどわかっている。
方法に問題があったけれど、そのチャンスをくれたポプランには感謝すべきなんだと思う。
けれど、それを素直に言葉になんてできるはずもなく。
コーネフは無言でほんの少し微笑んでみせた。