ANGEL WING

 


 

おかしい、ヘンだ。
その日出勤してきた一空隊員たちは、見なれぬ光景に言葉を失った。
通常彼らが雑多な任務をこなす一空オフィス、その一画にはガラス板で仕切られた隊長専用ブースがある。イゼルローンに駐留艦隊がおかれて一年あまり、その間そこが使われたことはほとんどといっていいくらいなかった。
なのに、今日その場所には本来の主がいた。だけでなく机に向かっていた。しかもなにやら書類をめくったり、真剣な顔でキーボードを叩いているのである。
「仕事をしている」以外のなにものにも見えない姿に、普段の行状を知っている隊員たちは、自分達の見ているものが信じられずにただ固まっていた。
「なんだろうな、あれ」
しばらくして誰かがぽつりとつぶやいた。
「・・・さあ? 仕事してるんじゃないか・・・?」
答えたほうもつぶやき声だった。
「仕事って、だれが?」
「ポプラン隊長が、だろう。ほかの誰に見えるって言うんだ?」
「隊長が・・・・・仕事・・・・・?」
そのセリフに、静かだったオフィスの空気がざわりとゆらいだ。一瞬後、怒声が室内に響いた。
「ウソだろー!! 隊長が仕事してるっ!!」
「なんでだっ!? なにかあったのか?」
「彼女にフラれたショックでおかしくなっちまったのか?」
「げえー、朝からヘンなもん見ちまった!!」
隊長を隊長とも思わない暴言の数々が飛び交う。それが聞こえてないはずはないのに、言われている本人は顔をあげようともしない。いつもならなにか一言二言、必ず返してくるのだが。
リアクションすらいつもと違うポプランに、言いたい放題だった隊員たちは騒ぐのをやめ、困惑した表情をむけた。
こんなのは彼らの知っている隊長ではない。仕事なんかそっちのけで、陽気な瞳と洒落た語り口で隊員たちと騒ぎまくるのがポプランという男だったはずだ。それがなんの冗談なのか、今日は朝からひとり黙々と働いている。
いままでさんざん迷惑を被ってきた隊員たちにしてみれば、これは歓迎すべき事態のはずだった。真面目に働く上司と静かな職場をどれほど切望していたことか。なのにいざそうなってみると、気分が落ちつかない。
せめてなぜいきなり仕事をする気になったのか、その理由がわかればいいのかもしれないが、いつもなら軽口にまぎれて聞けることが、今日のポプランの様子を見るとできそうにもない。
どうしようかと互いに顔を見合わせた隊員達は、必然的にひとつの可能性にたどりついた。いわく、
「コーネフ少佐ならワケを知ってるんじゃないか?」

 

一週間まえに行われた空戦隊の模擬戦の報告書を司令部に提出しにいったため、コーネフが二空のオフィスに顔をだしたのは定時を三十分すぎたころだった。
室内に足を踏み入れたとたん、彼の到着を今か今かと待ち焦がれていた一空隊員たちに取り囲まれ、妙な話を聞かされたコーネフは首をかしげた。
「ポプランが仕事をしてるって?」
聞き返すと、隊員達は一斉におおきく頷いた。
「そうなんです。ヘンですよね?」
「なにかあったんですか?」
「コーネフ少佐なら知ってますよね?」
矢継ぎ早に問われたが、コーネフとて心当たりなどまるでない。とりあえず、どんな様子なのかと一空オフィスを覗くと、確かに書類と格闘しているポプランの姿があった。
「・・・・・・幻覚だな」
しばしの沈黙のあと、一言できって捨てる。そのまま自分の仕事にもどろうとするのを、隊員たちがあわててひきとめた。
「まってくださ〜い。お願いです。なんとかしてください」
「仕事してる隊長なんて気味が悪いんですぅ」
今までさんざん「隊長が仕事をしないのでなんとかしてください」と頼まれてきたが、逆に「仕事をしてるのがおかしいからどうにかしてください」といわれたのはコーネフとてはじめてのことだった。
ため息をついたコーネフは、仕方なくポプランのいるブースに入った。
まったく、どうして自分がこんなことをしなくてはいけないのだか。苛立つ気分をおさえながら声をかけようとしたコーネフは、ディスプレイに映った映像に微かに眉根をよせた。
ドッグファイトのシミュレートのようだったが、機体の位置があきらかにおかしかった。狭い区域に味方の機体が密集している。
「おい、朝からなにをしてるんだ?」
訝しく思いながら肩に手をかけると、傍に来ていることに気づいていなかったのか、はじかれたようにポプランが顔をあげた。
「コ、コーネフ!! なにしてんだよ、こんなところで!」
「お前さんに話があってきたんだが・・・。その前に、なんなんだこれは?」
画面を指すと、なんでもないと首を振る。それから画面をコーネフから隠そうと身体をずらした。あからさまに怪しい動きだった。
なんでもないなら隠す必要もないはずである。目を細めたコーネフが実力行使にでようかと思ったとき、不穏な雰囲気を察知したのか、ポプランがすぐさまPCの前からどいた。変わり身のはやさは一級である。
「ほんとになんでもないんだってば。ただちょっと遊んでただけで・・・」
「・・・・・・遊びでこんなものを作るのか? おまえが?」
そんなわけがあるか、と言外ににおわせると、一度天を仰いだポプランがしぶしぶ口を開いた。
「この間の模擬戦のときのな、結果がちょっとマズかっただろう? それでどうにかしようと思ってさ」
一週間前に行われた一空対二空の模擬戦は、両者にちょっとまずいどころか最悪の結果を残していた。まともに戦り合うこともなく、大半が最初の十分で撃ち落されてしまったのだ。どちらの隊の構成員も新兵が主をしめていたが、それを差し引いても酷いとしか言いようのないものだった。
このことで新兵の再訓練の必要性が緊急課題として浮上したのだったが、ポプランはいち早く対策を講じようとしていたらしい。おもわずまじまじと、普段はちゃらんぽらんな男の顔を見つめると、
「ちょっと考えついたことがあったから、試してみてたんだよ」
ピンとディスプレイを指ではじいて、ポプランが照れたように笑った。
それなら別に隠すようなことでもないだろうに。そう思ったコーネフだったが、口にはださない。変わりに先を促す。
「で、どんなものなんだ? その考えついたものっていうのは?」
「んー、まだものになるかどうかわかんねえからな。もうちょいしたら教える」
軽くかわして話をそれで終わりにすると、今度は反対にポプランがコーネフに問いかけた。
「それでおまえの話ってなんだ? わざわざここに来るほどのものなのか?」
ポプランが二空オフィスに出没することはあっても、その反対というのはほとんどない。ここにきた当初の目的を思い出したコーネフが、軽く肩をすくめる。
「お前さんが仕事なんかしてるから、隊員達がパニックをおこしてな」
「なんだよ、それは」
「見てきてくれって頼まれたんだよ」
顎でガラス板のほうをしゃくると、つられてそちらを向いたポプランの表情が奇妙にゆがんだ。
隊長用ブースの外では、一空隊員たちが固唾を飲んでことの成り行きを見守っていた。
「まったく、なんなんだよ。人が真面目にやってれば」
がしがしと頭をかいたポプランがブースから出る。
「おまえらなぁ、おれだってたまには仕事するんだよ」
いつもの陽気な声が室内にこだまする。それだけで空気が一変した。すぐに隊員達に活気がもどってくる。その変わりように苦笑したコーネフの目がディスプレイに落とされた。味方機が団子になったシミュレート。
「なにを考えついたんだか」
それをコーネフが知るのは少し先のことだった。

 

ポプランが毎日のようにデスクにはりつくようになって一週間がすぎたころ、一空隊員が1枚のFDを持ってコーネフのもとを訪れた。
隊長から渡すように頼まれたというそれには、ポプランの仕事の成果がつまっていた。
中身を確認したコーネフが一空オフィスに出向くと、ざわざわとした空気の中、椅子を三つくっつけた即席のベッドで眠るポプランの姿があった。
仮眠室で寝ればいいものを。
ワイシャツ一枚で横になっている相棒をあきれた表情で見下ろしたコーネフは、手ずから仮眠室からひっぱりだしてきた毛布をかけてやった。
それを見ていた隊員達から、悲鳴とも驚嘆とも言えない声がもれでる。
室内が一層騒がしくなったのに気づいたコーネフが顔をあげた。自分の行動が騒ぎをひきおこしたとは思いもよらないため、小首をかしげてこっちを凝視している隊員達を見やる。
少し待っても静かにならないため、ちょっと考えて人差し指を唇にあてた。
「静かに」の合図だったが、その仕草がより一層の騒ぎをひきだした。

 

その夜。いつものようにフラットにあがりこんできたポプランに、コーネフはとっておきの一杯をさしだした。グラスとコーネフの顔を交互に見ていたポプランだったが、すぐに破顔してグラスを受け取った。
催促しなくても酒が、それも特上のものがでてきた理由は、なんとなく理解できた。昼間渡したFDのせいだろう。
「なかなかのもんだったろ?」
「お前さんにしちゃ、上出来だ」
そっけない口調だが、コーネフ特有の賛辞にポプランはますます表情をゆるめた。どうやらポプランの考えにコーネフも賛同してくれたようだった。
ここ一週間ポプランがとりかかっていた「仕事」。それは未熟な兵士達を、一時でもベテランの域にまでもちあげるための戦法を、新たに考えることだった。
一対一の戦闘で負けるのを回避するためにはどうしたらよいのか。答えは簡単だった。一対一がだめなら、ニ対一、あるいは三対一でもいい。とにかく数でもって敵機を撃破すればいい。集団戦法である。
これはこれでいくつかの問題点があるのだが、やってみる価値はある。なにもしないで、部下たちを亡くすわけにはいかないのだから。
「ずっと飛ばせてやりたいもんな」
琥珀色の液体を飲み干しながらポプランがつぶやく。それに同意したコーネフが、ふと思い出したようにつけくわえた。
「あのプログラム途中でバグってたからな、後でなおしておけよ。あれじゃ使えないぞ」
「えー! なんだよ、それ。おまえ直してくれないの」
「なんで、おれが。おまえが作ったやつだろ。仕事は最後までやれよ」
突き放すと、うーっと唸っていたポプランだったが、すぐにあきらめたように「しゃあないか」と頭をかいた。
とうぶんは、真面目に仕事するポプランの姿が拝めそうだった。

 

ANGEL WING 終