チャップリンと会う! その1


 その1   その2(工事中)

 

   「 チャップリンを語る時の淀川さんは、いつも誇らしげであった。出会い
   の情景は、何度聞いても熱がこもっていた。目の前にチャップリンがあた
   かもいるかのような雰囲気で、時には目を閉じながら夢中になって話した。
    ただ何冊も淀川さんの監修と語りによる映画ムック本を作っていると、
   そのたびにチャップリンの話が出る。いつしか淀川さんとチャップリンとの
   出会いのエピソードは、私の耳に焼き付いてしまった。正直言って淀川さ
   んの思いが深い分だけ、何度も聞くのは疲れるものがあった。」

荒井魏 『淀川長治の遺言』(岩波書店)より
  

 たしか、私が小学6年生のころ、『ぼくの教科書は映画だった』という淀川さんの本で、チャップリンとの出会いのエピソードを興味深く読んだことがあります。
まるで自分がチャップリンに会ったことがあるかのような錯覚を抱くほど、淀川さんの話には熱がこもり、強烈な印象を残すエピソードです。
 ただ、この話が何度も繰り返され、そのうち「あれ?前と話が少し違うぞ?」と思うまでになると、上掲の文章のような感想を抱くのも事実。
 それだけ淀川さんにとって大切な思い出であったわけで、淀川さんの“チャップリン熱”に、思い出が醸成・発酵していったのかもしれません。

 『モダンタイムズ』の撮影を終えたチャップリンは、共演したポーレット・ゴダードとシンガポールで結婚し、アメリカへ帰る途中の1936年3月6日、客船クーリッジ号で神戸に寄りました。
いわば「お忍び」の旅行だったため、新聞報道はありませんでした。当時淀川さんはユナイテッド・アーチスツ社(ユナイト)大阪支社の社員でしたので、その報に接するや、いてもたってもいられなくなり、神戸港に向かったのです。

 寒い寒い日。海青く、カモメが飛ぶ神戸港。
27歳の淀川さんはユナイトの記章を外国人船員に示し、チャップリンに会いたい旨を伝え、許可を得ました。
 「チャップリン氏は神戸市街に昼食をとりに出掛けていますからお帰りを待ちなさい。
  インタヴューはこの甲板で5分間だけですよ」
船員はデッキの椅子に案内してくれ、ボーイはコーヒーを用意してくれ、そのうえ豪華客船の内部をあちこち案内してくれますが、「チャップリンが帰ってくるといけないから」と淀川さんはデッキに戻り、チャップリンを待ちつづけました。

 チャップリンが現れました――
 

   「この人がチャップリンか、そう思いました。
   胸がいっぱいになりました。そうして、私はチャップリンに、過去のいろんな
   短編映画のことを口早に口早に、思わずしゃべってしまいました。
   原名をどんどんいって、そうしてしぐさをしました。
   私は自分の目で見たチャップリンのことを、この目の前にいるチャップリン
   に伝えたい。
   チャップリンは両手をこすって笑いながら『寒いですね、ちょっと中にお入り』
   寒い日でした。5分間の許可だったのに、なんとキャビンに入りまして、
   45分間、27歳の私は47歳のチャップリンと、ほんとうに二人っきりで、
   膝を突き合わせてしゃべりました。
   私がどうやってしゃべったか、どこまで英語ができたか、もう夢中でした。
   好きというもの、尊敬というもの、夢中というものは、勇気を与えます。」 

淀川長治 『私のチャップリン』(PHP研究所)より
 

 淀川さんがチャップリンに抱いた最初の印象は、「西洋人というよりも“人間”という感じ」でした。
いかに自分がチャップリン映画に夢中かを5分間で伝えるか?……淀川さんは『犬の生活』、『偽牧師』、『キッド』、『黄金狂時代』、短編時代の『移民』、『霊泉』、『スケート』、『大酔(午前1時)』などの作品名を挙げては、その感激を話しました。
 『サニーサイド』のダンスシーン、『番頭』での時計をカナヅチで壊すシーンなどに至っては、チャップリン本人の前でチャップリンの真似をして場面を再現さえしました。

 淀川さんの熱意が通じたのか、チャップリンは自室に招き、5分の約束が、伸びも伸びたり、およそ45分にわたり話に花を咲かせたのでした。
「次はどんな映画を撮るのですか?」と淀川さん。
チャップリンはP・ゴダードを見つめながら、「彼女で悲劇を作ります。半分シナリオもできています」と答えました。(実際は風雲急を告げる世界情勢のもと、『チャップリンの独裁者』が作られます)

 その後、淀川さんはP・ゴダードと波止場の露店で真珠を買い求めに出掛けました。
「粒がみんなそろっていてステキ」とはしゃぐP・ゴダード、「これはいい真珠かね」と聞くチャップリンに、「人造真珠だから当たり前」とも言えず、「舌で舐めてみて冷たかったらいい真珠です」と淀川さんは答えました。
二人は舐めてみて「コールド!(冷たいっ!)」とはしゃぎます。
チャップリンは淀川さんに「(上手に嘘をついてくれて)サンキュー」と言ったとか。


 「この人に出会えた!」の感激を伝える文章、エピソードは数あれど、淀川さんのチャップリン会見の思い出ほどその感激を臨場感そのままに伝えるものはありません。
尊敬する人に会うとき、一種の「こわさ」を伴うものですが、

   「愛する人にはこわいなんて無いんだね。怖いというのはどっか愛していない。
    どっか他人行儀なんだよね。チャップリンには怖いなんてないの。」 

大野裕之編 『チャップリンのために』(とっても便利出版部)より
 

……という淀川さんの言葉にあるように、その敬愛、その夢中が素晴らしい思い出をつくったのだと思います。
 淀川さんはこのあと再びハリウッドでチャップリンと会います。そのお話は<その2>でご紹介しましょう。




チャップリンの『番頭』より

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