ま た 恋 し た の よ

Ich bin von Kopf bis Fuss auf Liebe eingestellt

作曲 フリードリッヒ・ホレンダー

『嘆きの天使』 (1930・ドイツ) より
ジョセフ・フォン・スタンバーグ 監督
エリッヒ・ポマー 製作
マレーネ・ディートリッヒ  エミール・ヤニングス 主演



 ドイツ語の歌でお馴染みのといえば、第九、魔王、野ばら、菩提樹…… 或るときは叫び、彼の時は怒り、また或るときは優しくささやく。クラシック音楽ゆえ、共通するのは その格調高い雰囲気。
 そんな私の印象を覆したのが戦前ドイツの映画音楽。
ドイツ語の四角張った感触そのままの発音を、音楽の調べにのせると、その巻き舌の発声が耳に心地よく響く。フランス語の歌(シャンソン)を聴くのとは違った魅力がある。

 さて、「また恋したのよ」である。
なんというムード、なんという迫力。マレーネ・ディートリッヒの歌声の語るが如き味わい。伴奏も、場末の楽団の雰囲気がうれしい。一部、その歌詞をみてみよう……

Ich bin von Kopf bis Fuss auf Liebe eingestellt,
Denn das meine Welt und sonst gar nichts.
Das ist , was soll ich machen , meine Natur.
Ich kann halt lieben nur und sonst gar nichts.

Manner umschwirrn mich wie Motten um das Licht ,
Und wenn sie verbrennen , ja , dafur kann ich nichts.
Ich bin von Kopf bis Fuss auf Liebe eingestellt
Ich kann halt lieben nur und sonst gar nichts.

私の心は 恋こそすべて
私の世界は他にはないの
どうにもならないわたしの性(さが)に
できるのは ただ恋 ほかはダメなの

焔(ほのお)に群がる 男は羽虫
火傷をしたって わたしは知らない
私の心は 恋こそすべて
できるのは ただ恋 ほかはダメなの

 対訳;保坂和夫氏(オリジナル盤による戦前欧羅巴映画主題歌集より))
  

 この歌詞は映画『嘆きの天使』のテーマと大きく関係している。映画そのものといってもよいだろう。
ディートリッヒ演じるローラの存在のなんたるかが歌われているのだ。意図せずして男を惑わす存在感を歌って説得的であった。
 また、メロディーもけだるく物憂げなムードいっぱいで、映像美とともにこの映画を評する際に「退廃」の二字を以って表現される所以であろう。
 この歌はレコードにおさめられ、日本でも大ヒットした。ロマンティックで、どちらかというと流麗に彼女が唄うレコードのバージョンよりも、映画の彼女の歌の方が個人的には気に入っている。
 椅子にまたがって客席に向かい、不敵な、しかし魅力的な笑みを浮かべるディートリッヒ。客席のタバコの煙に画質の悪さも手伝って、全体的にぼやけた画面の中央にデンと腰掛けて唄う彼女は、まさに焔に飛び込む虫の如く男性を夢中にさせる美しさだ。
肘をついたり、足を組替えるたびに、その妖艶、その退廃が銀幕から香りたつ。
 ディートリッヒといえば、“リリー・マルレーン”と相場が決まっているようだが、私にとっては、ディートリッヒといえば何といっても“また恋したのよ”なのである。
 この映画はもともと、ドイツ映画の名優 エミール・ヤニングスのトーキー第一作として企画されたそうだが、ヤニングスの名演もかすむほど、ディートリッヒ、ディートリッヒ、ディートリッヒ… で包まれた伝説の一作となったのである。

百万弗の脚線美…


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