この物語は告発でも告白でもない…



『西部戦線異状なし』 より


 この物語は告発でも告白でもない。ましてや冒険談でもない。
死は直面する者にとって冒険ではない。
砲弾は避けられても、結局は戦争に打ちひしがれた若者たち…
これは、そんな男たちの物語である。

 

 これは、ルイス・マイルストン監督の戦争映画の古典 『西部戦線異状なし』冒頭の字幕スーパーだ。
第1次世界大戦の西部戦線での戦いを通じて、戦争の無意味さを描いて見事であった。
 マイルストン監督の手腕もさることながら、原作が素晴らしい。
私がエリッヒ・マリア・レマルクの小説『西部戦線異状なし』を読んだのは、高校生の頃のこと。
祖父が青年時代に読んだ本をもらって読んだ。
戦争の本質を表している箇所は、伏字(ふせじ…政府の発禁処分を恐れ一部用語を×で表している)になっていた。

  「そんなら一体どうして戦争なんてものがあるんだ」と訊いたのはチヤアデンだ。
  カチンスキイは肩をそびやかした。「何でもこれは、戦争で得をする奴等がゐるに違えねえな」
  「憚り乍ら (はばかりながら)、おれはそんな人間ぢやねえぞ」と歯を剥き出したのは、チヤアデンだ。
  「貴様はさうぢやねえとも。此処には誰もそんな奴ぁゐねえよ」
  「さうしてみると誰だ」と頑張るのはチヤアデンで
  「××××だつて、ちつとも得にやならねえよ。
   ××××なんて欲しいと思ふ物は、何だつて持つてるものな」
  「それはどうだか分からねえぞ」とカチンスキイは答へた。
  「××××だつて戦争するのは、今度が初めてぢやねえか。
   少し他の奴より氣の利いた××××は、誰も彼も少なくとも一度は戦争してやがるもんだ。
   戦争しねえと××にならねえからな。學校の本を見てみねえ」
  「××だつて××になるなあ、戦争のお蔭だ」と言つたのは、デテリングである。
  「カイゼルより、もつと有名になるからな」とカチンスキイは念を押した。
  「だから戦争の裏にやあ、確かに戦争で得しやうと思つてる奴が隠れてるんだ」
   とデテリングは唸つた。

……と、こんな具合である。
 この本の巻頭に、冒頭に掲げた字幕スーパーの元の文が載っている。

この書は訴へでもなければ、告白でもない積りだ。
唯砲彈は逃れたが、戰争によつて破壊された、
ある時代の報告の試みに過ぎない筈である。


小説を読んだ方は映画と、映画を見た方は小説と向き合ってみてほしい。

 



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