ここに泉あり
1955年 日本・中央映画
監督 今井 正
出演 岸恵子 岡田英次 小林佳樹
三井弘次 加東大介 東野英治郎
加東大介 大滝秀治 沢村貞子 山田耕筰
“文化国家”という言葉は最近聞かれなくなった言葉だけど、戦後しばらくの日本は、「文化」と「平和」を自分たちの社会のあり方の指標にしようと真剣だった気がします。
勿論、厳然たる現実を前に青臭い理想論だ、お題目に過ぎないという声も聞こえてきそうですが、戦後の日本映画を通じて知り、感じるエネルギイには心揺さぶられます。そんな映画の一つが『ここに泉あり』。斜に構えてアレコレうんちくを傾けるより、まずは見て欲しい映画です。
『ここに泉あり』は、現在の群馬交響楽団(群響)の前身の高崎市民オーケストラ(=群馬フィル・ハーモニー・オーケストラ)の草創期を描いた映画。
地方でオーケストラが成功することは無理といわれた時代、高崎フィル・ハーモニーは群馬県内の小学校、中学校をまわって「移動音楽教室」演奏し、音楽の美しさ、音楽の歓びを伝えたのです。
その移動の描写がすごい。事実そうだったのでしょうが、雪の中、雨の中、悪路の上、或る時は軽便鉄道、或る時は鈴なりの汽車やバスで、楽器を担いで群馬県内を走り回る。移動中に見られる戦後の風景がとても生々しいのです。
ようやく到着した学校で、校長先生が「あー、本日はかくも盛大に、にぎにぎしく、高崎フル・ハーモニカ楽団が・・・」などと冒頭に挨拶するところなど、思わず笑ってしまいます。
聴衆のほうも、弁当持参の学芸会、運動会気分で参集したものの、流れるメロディーはビゼー、モーツァルト……。一人、また一人、と退席してしまいます。
そんな中、澄んだ瞳で一心に耳を傾ける少年少女が一人、二人。楽団員が「今日も反応なかったなあ」と肩を落として校門を後にすると、少女が摘んだ花を束にして待っている。涙が出ます。
ハンセン氏病の施設での演奏も心を打つものでした。音楽はみんなのもの、演奏する人、耳を傾ける人がいればその空間と時間が特別なものになります。
きっと1955年当時は、多くの日本人が生のオーケストラ演奏に触れる機会が限られていたと思います。
この映画が上映された映画館では、きっと観客は、銀幕狭しと動くヴァイオリンの弓を眺めながら次々と流れる交響楽に酔いしれていたのではないでしょうか。
古今東西を問わず、音楽映画は人々の胸を打つものです。『オーケストラの少女』然り、『ブラス!』然り。
『ここに泉あり』は、『オーケストラの少女』のような洗練、というか、ハリウッド産の仕上がりとは全く違うけど、リアリズムのなかに人間や社会への温かい眼差しが感じられる名画です。
『ブラス!』に匹敵する、あるいはそれを凌ぐほどの作品が50年近く前に作られていたことに驚きます。俳優の演技も上質で、小林佳樹、加東大介らの名演が光っていました。
『ここに泉あり』は、山田耕筰が「山田耕筰」役で出演している、という珍しい映画でもあります。
一芸に通じた人ゆえか、「俳優」としてもなかなかの存在感でした。(『オーケストラの少女』を彷彿とさせる場面があります)指揮の仕方が独特で、親指人差し指中指の3本を使って指揮棒なしで指揮をするのですが、今の感覚(僕の感覚)でいうと、ややスローなテンポが新鮮でした。
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