キ ッ ド
T H E K I D
1921年2月6日 封切 アメリカ ファースト・ナショナル社
監督・脚本・主演 チャールズ・チャップリン
共演 ジャッキー・クーガン エドナ・パーヴィアンス
shimizさん作の 『キッド』 イラスト(その1)
チャップリンの珠玉の名作。
この映画こそ、作品を語るときに言葉の無力を感じます。冒頭の字幕・・・「皆さんは、微笑みと そしておそらくは一粒の涙をともにご覧になるでしょう」にあるように、笑いと涙の傑作です。
小学生のときに初めてみたのですが、映画を見て「感動する」という経験は おそらく『キッド』が最初だったのではなかろうか、という位 感動的・印象的な映画でした。
この映画は字幕がほとんどないのですが、お話が大変分かりやすく語られています。アクションで物語り、ドラマを構成していくチャップリンの力量に頭がさがります。ドラマとギャグの語り口が滑らかなのは、『黄金狂時代』や『偽牧師』などにもみられますね。
自らの少年時代の経験を背景にしたリアルな貧民街、ふたりの愛の絆、運命劇・悲劇の要素を際立たせる捨て子の母(エドナ・パーヴィアンス)、これらと喜劇の部分が非常にうまく織り成されていて、しかもリズムよくドラマが語られていきます。
子ども(ジャッキー・クーガン)が街で窓ガラスを割り、偶然(!?)通りかかったチャーリーが窓の修繕で儲ける・・・というインチキ商売のくだり、二人の朝食のシーン、喧嘩のシーンなど、二人の生活の描写は コミック・バレエの流麗さと見事に調和して 可笑しさと生きる必死さが伝わってきます。
孤児院のトラックの上でひしと抱き合うふたり
〜 それに気づいてチャーリーの迫力に怖気づいて逃げる運転手が何度も振返るシーンは、涙にぬれながらもその可笑しさに笑ってしまう・・・・このように、感情が振り子のように揺れながら しかもスピーディーなドラマの展開に引き込まれていく快感もありますね。
ジャッキー・クーガンという名子役を得たのも この映画では特筆に価します。
思えば、チャップリン映画をみて感動する場面には 必ずといっていいほどチャップリンが演技しているのですが、『キッド』ではクーガンの演技にも笑い、涙してしまいます。歌手として成功した女性が自分の母とも知らず、ぬいぐるみをもらって笑みを見せ 手を振る彼の愛くるしさ。実はクーガンこそがチャップリン映画での真の共演者といえるのかも・・・? まあ、とにかくクーガン少年には頬がゆるんでしまいます。
『放浪者』 『移民』、そして『犬の生活』と、喜劇でありながらホロリとさせる要素を織り込んだ作風が、この『キッド』でひとつの極点を迎えています。
以後、チャップリンは数々の名作を世に送りますが、この『キッド』にはそれらの名作を凌ぐ特異な「なにか」があるように思えます。新しいものを生むときの迫力とでもいうべきか、きっと苦しみつつもゾクゾクしながら演出・編集したであろう若きチャップリンの意気込みがあふれています。
淀川長治さんが指摘されるように、チャップリンは一作一作に全てをかけて格闘したそうですが、特に『キッド』には“映像作家チャップリン”の創作のエネルギーが詰まっているように思えます。
例えが非常に悪いのですが、私が卒業論文を執筆したとき、それはそれは我ながら格闘しました。結果は荒削りな研究で、とるに足らない論文でしたが、あの執筆のときのゾクゾクは一生忘れられない。『キッド』には、1914年から習作を重ねたチャップリンの「残酷喜劇」時代からの卒業、そして新境地を拓く誕生の瞬間の産声をきく“ゾクゾク”が、“本気”が、“若さ”が感じられるのです。
〜 『チャップリン自伝』(中野好夫訳)から、その“ゾクゾク”の一節をご紹介
(・・・は省略部分) 〜
(編集を終えたので)・・・・とりあえず町の映画館で、予告なしに上映してみることにした。
わたしはいたたまれないような気持で上映開始を待っていた。・・・観客というものが喜劇に何を求め、どう反応するだろうかということについて、わたしの判断は、しだいにぐらついてきた。
これは重大な誤りをおかしているのかもしれない。こんどの企画そのものが失敗に終り、観客はただ当惑するだけなのではあるまいか? もしかすると、喜劇に対する、喜劇俳優の認識などというものは、完全に間違っているのかもしれないという、そんな心細い考えまで頭に浮かんできた。
一枚のスライドがスクリーンに現れた。と同時に、「チャーリー・チャップリンの最新作
『キッド』 」とある。いきなりわたしは、胸がいっぱいになるような衝撃を受けた。
客席からはキャーッというような歓声がおこり、パチパチと拍手が鳴ったのである。
逆説めくかもしれぬが、それだけで もうわたしは、苦しくなってしまった。あまりにも期待が大きすぎるのではないか。そのためにかえって失望するのではないか、それが怖かったのである。
・・・・客席からは笑い声が起こり、しだいにひろがっていった。
そうだ、おかしさを感じてくれたのだ! こうなればもうあとは心配なかった。わたしは赤ん坊を見つけて、育てることにする。古袋の生地で作った間に合わせのハンモックを見ては彼らは笑い、口に乳首をさしたティーポットで授乳すると爆笑し、古い藤椅子の座席に穴をあけて、便器の上にまたがせると、これはもうキャッキャッという大笑いだった。−−実際、もうはじめからしまいまで、狂ったような笑いの連続だった。・・・・
このページに掲げたイラスト2点は、「映画道楽」の
shimiz さんによるものです。
『キッド』の音楽が聴こえてきそうな素敵なイラストですね
shimiz さん ありがとうございました
= shimizさんのサイト「映画道楽」へジャンプ =
shimizさん作の 『キッド』 イラスト(その2)