チャップリンの代表作の一つ。初のオール・トーキー。そして、チャーリースタイル最後の作品。
当時、飛ぶ鳥を落すどころか、飛ぶ鳥も自分から落ちてくるんじゃないか、というくらい絶頂の極みにあったアドルフ・ヒトラーを徹底的に笑い飛ばした抱腹絶倒のコメディー。
『独裁者』が、単なる政治風刺であったなら、この作品の生命はヒトラーの自殺によって終っていたでしょう。しかし、本作が今もなお輝きを失わないのは、なぜなのでしょうか?
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まずは、『独裁者』が同時代的にどんなタイミングで作られた映画だったかを調べてみましょう。
1933年 ヒトラー、政権獲得
1936年 チャップリン、『モダンタイムズ』発表
1937年 ナチス・ドイツに牛耳られたウーファ社の姉妹会社のトビス社が、『モダンタイムズ』
はルネ・クレール監督の『自由を我等に』の剽窃であるとして、告訴。クレール監督
の声明により、チャップリン勝訴
アレクサンダー・コルダ(英国のプロデューサー)が、ヒトラーと人違いされるアイデア
を出し、反ヒトラー映画製作案を示す。
1938年 チャップリン、秘密裡に次作の準備開始
3月、ドイツ、オーストリアを併合
9月、ミュンヘン会談(ズデーデン併合を犠牲にドイツを宥和)
1939年 1月、『独裁者』のコンティニュティを書き始め、3ヶ月で完成
春 、『独裁者』のテーマが発表されると、ハリウッド資本と通じるドイツ外交官や
ナチスから製作中止の圧力がかかる
ハリウッド映画界で欧州・アジアの紛争を扱う映画の製作停止処分相次ぐ
(1939−41年にハリウッドで作られた欧州戦争映画は、カモフラージュしたもの
も含め、およそ20本しか作られなかった)
反ナチ映画・『ナチのスパイ告白』への反対キャンペーン(当時、アメリカの映画配
給業者の半数以上はドイツ系であった)
チャップリンへの匿名の脅迫が相次ぐ。チャップリン、ボディー・ガードを倍増する
6月、『独裁者』のセット製作、撮影と録音テスト
配役にナパロニ(ムッソリーニ)を追加。題名を『独裁者たち』に変更すると発表
9月 1日、ドイツ、ポーランド攻撃。第2次世界大戦が勃発
チャップリン、孤立主義者などから激しく非難され、数ヶ月間製作を中止
チャップリンが次作の製作を断念した、との噂が伝わる
9月 5日、アメリカは欧州の戦争に対して中立宣言を発す
9月 9日、チャップリン、『独裁者』撮影開始
9月27日、ワルシャワ陥落
秋 、チャップリン、孤立主義者により非米活動委員会に出頭を命ぜられる
1940年 4月、ドイツ軍、ノルウェー・デンマークに侵攻開始
5月、ドイツ軍、ベルギー・オランダ・ルクセンブルク・北フランスに侵攻開始
5月〜6月、イギリス軍、ダンケルクから撤退
6月14日、ドイツ軍、パリに無血入城(パリ陥落)
夏 、非米活動委員会のチャップリンへの迫害が激化
7月、ドイツ軍、イギリス本土を爆撃(9〜11月は、ほぼ毎晩ロンドンを空襲)
9月、アウシュビッツ収容所建設
10月15日、『独裁者』がニューヨークのアスター及びキャピトル劇場で公開さる
11月、ローズヴェルト米大統領3選さる(対英援助を明確化)
アメリカ世論、対独参戦に反対〜消極ながら、対英支援に賛成へ
1941年 3月、アメリカ「武器貸与法」制定(米の安全保障上必要な国へ武器を貸与)
(月日を明示していない事項は、事実発生の順番等に正確さを欠きます)
(サドゥール『チャップリン』ほかに拠った)
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第1次世界大戦の経験などから、当時のアメリカ国内では、「孤立主義」といって、国外の紛争にアメリカが巻き込まれないことを主張する勢力がありました。彼らと、アメリカ国内外の新ナチス勢力は、『独裁者』を危険視し、さまざまな妨害を試みますが、チャップリンは屈せず、パリが陥落しロンドンが空襲にさらされる、という風雲急をつげる中で映画を世に問いました。
アメリカ世論がイギリスに同情的になる中で、公開後『独裁者』はヒットします。勿論、ドイツをはじめ、日本を含む同盟国では上映禁止となりました。
以上のように、『独裁者』が構想〜封切される過程をみていくと、いかに本作が時代と真正面に向き合ったタイムリーな映画かが分かります。映画という媒体で多くの人に仮面を剥ぎ取ったヒトラーを笑い、哀れんだわけで、その勇気は比類をみないものでしょう。
新聞報道によると、ヒトラーは二度この映画を見たそうです。感想は残されていません。連戦連勝を重ねて世界を震撼させていた一国の指導者を、これほどまでにこき下ろしたチャップリンを、ヒトラー自身がどう思ったかは興味深いところです。
(有名な話ですが、同じちょび髭をつけたチャップリンとヒトラーは、誕生年月が同じで、大衆社会の申し子である点、強烈な個性などの点で、共通項を多く持っています)
実にタイムリーな形で公開された『独裁者』ですが、私は「映画」としてのできばえは手放しに評価できないのでは?と思っています。登場人物が喋る台詞回しは説明的(=非映画的)ですし、構成も風刺スケッチ(爆笑もの!)の積み重ねで、他の作品に比べて若干ドラマ性に欠ける印象を受けます。
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しかし、「この映画はやっぱり素晴らしい」といえるのは、地球儀のシーンと、ラストシーンゆえです。
地球儀の場面は、チャップリン映画の最高の名場面のひとつでしょう。思想・主張と芸=「動き」が見事に調和した瞬間です。
流れる音楽は、ヒトラー好みのローエングリン(ワグナー)。優雅な動きで哀れなる小男アデノイド・ヒンケルは風船の地球儀と戯れます。
その自己陶酔、その夢想。そして割れる風船。
パントマイムにより体全体の「動き」でヒトラーを笑い、あざけり、そして哀れむのです。悪魔の如きヒトラー描写によらず、空虚な小男として描くところにチャップリンの本領があります。
ラストシーンでは「言葉」で、ユダヤ人の床屋は……正確にはチャップリン本人は、スクリーンから世界に向けて語りかけます。最初はスタインベックなどに原稿を依頼したそうですが、結局彼自身の言葉であの演説を書き上げました。
その内容は、人間が人間らしく生きること、それを脅かす動きを許さぬ純粋な主張です。これまでのチャップリン映画のように、自由を求めて地平線の彼方に消えて行くチャップリン映画とは様相が異なっています。ヒンケルの「音声」「騒音」と対照をなすこの「言葉」の重みは、チャップリンがこの演説のためにトーキーに踏み切ったかと思わせるほどです。
そこで、前述の「説明的な台詞回し」は、このラストでの「言葉」の本質的な吐露を際立たせるものだ、という分析も出来ます。(江藤文夫氏の分析)
対独開戦後、数多くのプロバガンダ映画が作られました。バリバリの戦意高揚映画もありますし、中には『カサブランカ』のように連合国のメッセージを非常に巧みに織り込んだ映画もあります。
『独裁者』をそれらの映画と同列に扱えぬのは、チャップリンの人間や社会への、鋭くも暖かい洞察が込められているからだと思います。権力者の風刺はヒトラー個人に向けられたものでありますが、十分現在の権力・権威にも通じるものでしょう。『独裁者』には、連合国を積極的に肯定する内容が織り込まれていないのです。
これらの点で、『独裁者』はタイムリーであると同時に、それ以上に普遍的な重みを持った作品だと思うのです。チャップリンが単なる連合国のアジテーターとしての役回りで本作を作ったのではないことの証は、次作『殺人狂時代』で彼が敵に廻すものが何であったか、チャップリンの思想の遍歴を見る必要がありますので、それは『殺人狂時代』の回に譲りましょう……
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