若 き 日 の リ ン カ ー ン
YOUNG MR.LINCOLN
アメリカ 1939年
監督 ジョン・フォード 主演 ヘンリー・フォンダ
私は小学生のころピアノを習っていた。
家族や近所のおばさんが 我が稚拙なるピアノ練習曲を批評するのだが、何かと指摘されやすいのは、「禁じられた遊び」「クシコスの郵便馬車」など、誰でも知っている曲であった。知っている曲であれば、隣のおばさんは 「あっ、いま ユウジ君間違えたな」などと思うわけだ。逆に誰も知らない練習曲であれば下手か上手いか分かりにくくなる。
リンカーンといえば誰でも知っている人物だ。
あのエピソード付きのあごヒゲ。長身。奴隷解放。南北戦争。暗殺。風貌からやったことまであまねく知られている。
こういう人物を描く映画となると、人々の抱くリンカーン像と 似てる似てない、史実か否か さまざまな点で指摘されやすい。
リンカーンは身体的にも長身で風貌にも特徴があり、人物としても実直・誠実・ウィットに富む…など、表現に悩む役どころだろう。
これを実にうまく演じたのが名優 ヘンリー・フォンダであり、実にうまく演出したのが巨匠
ジョン・フォード監督である。
『若き日のリンカーン』は、彼の伝記映画というより、その一挿話を一作品にまとめた映画で、裁判・法廷ものの映画のスタイルをとりながら、人物の人となりを描くことに見事に成功している。
リンカーンは独学で教養を身につけ、法学の道に進み 弁護士を開業する。
彼が最初に手がけた事件は、独立記念日の祝祭の夜に起きた殺人事件。有罪確実の容疑者(彼にとっての依頼人)をいかに弁護するか……私はその解決策を知っていながらの鑑賞となったが 分かっていても物語にひきこませるフォード監督の手腕にうならされた。
(検事側のドナルド・ミークの憎たらしさは、『駅馬車』その他の演技を知る者にはちょっと驚きであろう)
リンカーンの物静かであるが筋を曲げない面、ユーモア・ウィットに富む面、そうした人物像が非常に暖かく描かれており、南北分裂の危機を救った大統領としてうなずける頼もしさが醸し出されている。独立記念日の催事での彼の活躍ぶりや、飄々とした会話の味わいなど、静と動を調和させた演出は見ていて心地よい。
ひとつの山場として、殺人犯容疑者への私刑(リンチ)があるが、拘置所襲撃シーンはフリッツ・ラングの『激怒』(1936年)を彷彿とさせた。『若き日のリンカーン』が1939年であることを考えると、フォードがラングの影響を受けているのかもしれない(←これは私見である)。
少年時代に読んだ彼の伝記を鮮やかに思い出し、楽しみながら鑑賞できた一作である。のちに『我が谷は緑なりき』や『静かなる男』を作るフォードの人間洞察の一端が感じられる秀作といえよう。