レイセオン・ホーカー(BAe)U-125,U-125A

《シリアルナンバー》

U-125
29-3041 39-3042 49-3043
U-125A
52-3001/3003 62-3004 72-3005/3006
82-3007/3009 92-3010/3011 02-3012/3015
12-3016/3018 22-3019/3020 32-3021 42-3022
52-3023 62-3024 72-3025
2007年9月現在

《実機について》

 原型はイギリスのデ・ハビランド社(後にホーカー・シドレー社を経て現・BAe社)が自社開発したターボジェット双発の多用途機DH125(後にHS125を経てBAe125)で、初飛行は1962年8月13日です。現在は1983年5月28日に初飛行した、エンジンをターボファン双発にし胴体と主翼を改設計したBAe125-800(現・ホーカー800)が生産されています。なお、BAe社コーポレートジェット部門(チェスター工場)は1993年8月6日にアメリカのレイセオン社に売却され、1997年4月には生産もレイセオンのウイチタ工場に移されています。

《自衛隊での使用状況》

 航空自衛隊はMU-2J飛行点検機の後継機として、1990年にBAe125-800をベースにしたU-125を採用しました。外形はほぼBAe125-800に準じており、機内に航法援助施設システムを搭載しています。1号機は1992年3月4日にチェスターで初飛行、11月25日に宇都宮に到着、12月18日に航空自衛隊に引き渡されました。その後1994年12月までに3機全てが引き渡されています。
 また、1991年にはMU-2S捜索/救難機の後継機としてU-125Aを採用しています。U-125Aは胴体側面に大型の観測窓を設け、機首には引き込み式のIRセンサー、下面にはドップラーレーダーのレドームを装備した他、排気口にはスラストリバーサーを装備しています。1号機は1994年7月19日にチェスターで初飛行しましたが、1、2号機がそのままイギリスにおいてテスト飛行を続けたため3号機が12月16日に最初に宇都宮に到着、1995年2月28日に2号機が航空自衛隊に引き渡され(1,3号機は3月)、2007年3月現在で24機が納入されています。
 今後の納入予定は2008年度に1機(2006年度発注分)、2009年度に1機(2007年度発注分)、2010年度に1機(2008年度発注分)となっており、合計で30機の調達が予定されています。

《性能諸元》

U-125
全幅15.66m
全長15.60m
全高5.36m
運用重量7,350kg
最大離陸重量12,750kg
発動機アライドシグナルTFE731-5BR-1H
ターボファン×2
推力2,110kg(1基)
燃料容量1,500gal
最大速度980km/h(外部搭載なし)
巡航速度840km/h
実用上昇限度43,000ft
飛行航続距離5,560km
乗員4〜7名

《配備部隊》

U-125
部隊名
飛行開発実験団
飛行点検隊
1号機は、当初は飛行開発実験団で運用試験が行われた後、1993年6月に飛行点検隊に配備されています。残りの機体は当初から飛行点検隊に配備されました。

U-125A
部隊名上位組織
飛行開発実験団
救難教育隊(小牧)、千歳、秋田、松島、百里、新潟、浜松、小松、芦屋、新田原、那覇の各救難隊航空救難団
当初は飛行開発実験団で運用試験が行われましたが、その後はMU-2Sの後継機として上記の各救難隊に2〜3機づつ配備する予定です。2006年10月末現在で浜松以外のすべての救難隊に配備されています。

《部隊マーク》

救難教育隊、各救難隊
制定1988年10月17日
図柄青地のエンブレムに黒で航空部隊を表す鷲、救助を表す手、リボンの中に「Air Rescue Wing」の文字を配した航空救難団のマークと、その下の枠に所属救難隊名をローマ字(救難教育隊は「TRAINING SQ」)で記入
記入位置乗降ドア後方の胴体側面
飛行点検隊
制定1960年3月
図柄「飛行点検=Flight Check」にちなんだ赤/白チェッカーの帯を垂直尾翼の水平尾翼より上の部分に描く
●乗降ドア後方の胴体側面に部隊のエンブレムを貼る
飛行開発実験団
制定1964年7月(実験航空隊時代)、1989年3月10日(飛行開発実験団改編時)
図柄衝撃波と人工衛星の軌道を組み合わせたデザインの実験航空隊〜航空実験団の青いマークから「APW」の文字を消し、デザインが若干変更された飛行開発実験団のマーク
記入位置乗降ドア後方の胴体側面

《キット》

キット化はされていません。
マッチボックス1/72のホーカーシドレー125-600(絶版)からの改造は無謀ともいえる大工事になります(でもかつてモデルアート誌で秋山氏がU-125Aをやりましたね(^_^;))。