| ┏◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┓ ◆ ◆ 【貴陽、桂林旅行記 1】 1999年12月30日 飛行機が着陸態勢に入り高度を下げると、見えてきたのは何処までも続く荒涼とし て波打つ赤い地表、むかし雑誌のグラビアで見た火星探査船が地球に送ってきた映 像と言うのにかなり似ている。 地表が近づいて来ても、生命が生息している痕跡はかなり注意深く探さないと見つ け出すことが出来ない。 また凄い所に来てしまったものだ、空港に近づけば少しは街らしくなるのかと思っ ていたが、飛行機は荒野の様な所に着陸してしまった。 貴州省の省都貴陽、人口160万、街の基礎は明代に出来都市としての形が整うの は1900年代に入ってからのこと、しかしこの一帯に住んでいる少数民族はこの 地に1000年以上の歴史を刻んでいる。 日本ならば北海道の街と生い立ちが似ていると思えなくもない。中国人の知り合い がこの貴州、雲南などの南の地の話をするときに北海道に住まない日本人があこが れるのに良く似た表情を見せることがある。 平均標高が高いため夏でも涼しく、今だ豊かな自然を豊富に残し漢民族とは異なる 文化を色濃く残している、観光地としては確かに魅力的な所だと思う、私自身中国 旅行の回数を重ねるたびに行き先が南にかたよっってきている。 飛行場の前に停まっていたバスに乗ると以外にも丘を一つ越えたところに市街地は 広がっていて40分ほどで駅前に到着してしまった。 アンダーシャツ、ワークシャツ、薄手のマウンテンパーカーと言う服装で特に寒い とは感じない。 駅舎は平屋の古い建物で、駅周辺だけで言うならばかなり雑然とした所だ、大きな ホテルが1軒ある近代的といえる建物はそれだけだ、あちこちで工事をしているの でそのうち恰好のよい駅前になるのかも知れない。 駅前の大通りにはずらりと屋台が並んでいて、その前が中距離バスのが何十台も並 びフロントウィンドウに行き先の札を付けて客を待っている、その間を大勢の人達 が行き来しているのでかなりの混雑だ。 貴陽からの観光地のまず1番は「黄果樹瀑布」と言うアジアで一番大きいと言われ る滝、外国からの観光客は少数民族をお目当てにしてくる事が多いが、中国人の観 光客は普通これを見に貴陽を訪れるのだそうだ、しかしここから150kmほど目 的地桂林とは反対に行った所にある。 日程は12月29日に上海に入り今日30日にここ貴陽に帰りは1月4日桂林から 上海に5日の飛行機で帰国、ここから桂林まで移動、観光込みで5泊6日の日程、 これを見に行くかどうかが第一の選択、交通の便がどんな感じかまったく分からな かったのでき決めかねていたが、目のまえに停まっている30台以上のバスの他に 本当のバスターミナルが有る事を思うと気が大きくなってくる。 「行けそうだな。」と思いながら黄果樹の近くにある街「安順」行きのバスを探す と簡単に見つけることが出来た。 探している間バスの客引きが「どこに行くのか」と取り囲むように集まって来るが 「安順だ」と言うと引き下がっていく、120〜130Kmの距離があるのでここ にたむろしている中距離バスの中では少し距離が有るのかも知れない、そこまで行 くバスは少ないようだ。 上海から貴陽に来る飛行機は3時間ほど出発が遅れて、1時過ぎに到着の予定4時 過ぎとなり今はすでに6時前、でもまあ12時前につければ宿の1軒や2軒見つけ られるだろう、目の前に安順の札をつけ山ほど発泡スチロールを屋根に縛り付けた 大型バスで今日中に移動することに決めてしまう。 バスの中で出発を待つ人はまだまばらだ、この手のバスは普通客がいっぱいになる まで出発しない、2,30分ぐらいかな。中国のバス旅行もずいぶんしてきたので だいたい呼吸がつかめてきた、中で待つよりも屋台で腹ごしらえした方が面白そう だ。 ガードレールを越えて屋台の有る方に行ったとたん「めしかい?んじゃこっちだこ っち。」とおじさんが袖口をつかんで串焼きの屋台に引っ張り込もうとする。「ち ょっちょっと待って、ちがうちがう。」とおじさんを振り切って先に進むと5,6 歩く前に今度はおねえさんが3人がかりでぶっかけご飯の屋台に引っ張り込もうと する、おねえさんが3人・・・・しかたがないのでその屋台に決めてしまう、小さ な椅子にしゃがみこんで前を見ると、今のバスが目の前に停まっていた。 店に入る前に冷たいビールはあるのと聞くと有る有ると返事が返ってきたが、出て きたのは特に冷やした分けてはない、冬場に外に出しているのでそれなりに冷たく なっているビールを向かいの売店で買って持って来た、テーブルに置く前に手を敏 に当てしばらく考えてから「冷えてるでしょ。」と念を押して来たが、そう言われ ると冷えている様な気もする、少なくとも生ぬるくはない微妙な温度だ、ラベルに は「瀑布ビール」と書かれていた。 ぶっかけ飯はい中国盛り、日本で言うなら超大盛りいつもながら途方に暮れる量だ このビールとぶっかけご飯を交互に口に運びながら、お姉さん達の客引きを見物す る、なかなかお客は入らないけど、みんなけっこう明るい、注意深く見ても悲壮感 の裏返しやせ我慢して笑っちゃおうまたいな明るさではない、一目見れば豊かでは ないのは分かるのだがあまり気にしていないようだ、向かいの売店のお兄さんやひ まわりの種を売っている少数民族のばあさんも、なじみらしく笑いながら会話を弾 ませている。 まずくはない瀑布ビールと山盛りご飯を味わい、にぎやかな笑い声を聞きながら目 は目の前の雑踏の向こうのバスが動き出さないかをチェックしている、あぁこの慌 ただしさ、いーーーねぇー。 時間をかけて、なんとか食べ終わった頃突然発泡スチロールが動き出した、慌てて 献上をする。 「4元」「えっつビールは」「あっそうそうビール3元で7元安いでしょ、御気を 付けてっ!」 元気に送られて出発。最初はあたりの客をもう一度探す為ゆっくりと流すのが普通 だから、追いかければすぐにつかまる、追いついて戸をとんとん叩くがなかなか止 まってくれない、「あれ?なんで?」ようやく止まってくれた時にエンジンまで止 まってしまった、空いている席に腰をおろすと乗客がぞろぞろ降りてしまった「あ れ?」と思っていると表に出た人達は、おもむろにバスを押し始めた。 うーーん、どうやらこのバス停車するとエンジンも止まってしまう様に出来ている らしい、だから道の真ん中で止まれなかったのか、小型バスでは珍しくないが大型 バスの押しがけは初めてだ。 エンジンがかかり乗客がまた乗り込むと、今度こそ出発、しかしこのバスのエンジ ンそうとうな不調でエンジンの回転が上がってもスピードが全然出ない。 よくこんなの100Km以上有る路線で使うよな、すげーなぁ、と思っていると街 から出たところに有る丘の登りで止まってしまった。 大型バスを上り坂で押しがけなんて、バスの下敷きになるの見えてるし、バックギ アで押し掛けしようにも後ろから車がどんどん来ている、早い話動きが取れなくな っちゃった様だ。 しばらくすると乗客はぞろぞろ降り始めた、どうもこのバスは駄目らしい、まだ街 を出た所だし、戻って今日は貴陽に泊まりでもいいかと、いっしょにバスから降り た、見上げると満天の星、いい気分そのまま真っ直ぐ今来た道を戻る人、他のバス を捕まえようとする人色々だが、とにかく真っ直ぐに街の方に向かった。 真っ暗な道を30分ほど歩くと市街地に入り、路線バスのバス停まで来れたので適 当に乗って街の中心の噴水の有る交差点に出た。 ここらで宿を取ろうとホテルを探し出すが何故か見あたらない、結局2時間ほど歩 いてようやく1軒見つけたときには、貴陽のおもだった見所をおよそ見終わってし まっていた、あーーしんど、チェックインしたのは10時すぎだった。 ▼ ▼ ┗◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 茶那 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┛ ┏◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┓ ◆ ◆ 【貴陽、桂林旅行記 2−1】 1999年12月31日 日程にあまり余裕がないので、慢性的に気分がそわそわしている、7:30に部屋 を出たいつもより早めの出発になった。 昨日行きそびれた安順行きのバスがいた駅前のバス溜まりに黄果樹瀑布の字をボデ ィにペイントしたこぎれいなミニバスが止まっていたので、あわよくばこれに乗り 込むつもりで、チェックアウトの時に客引きに来たタクシーで駅に向かう。 昨日は夜中にホテル探しで長いこと歩き回っているうちに、場所が良く分からなく なっていた為バスを使うのがおっくうだったのでちょうどよかった、以外と近く1 0分足らずで着いてしまった。 昨日と同じ様に客引きが集まってくるのを片端から断り、探してみると、その黄果 樹行き観光バス風がほぼ満席にして停まっていた。 まだ席はあるかと聞くと、運転席の隣の最後の1席をあてがわれた料金は片道15 元だった、後で聞いた相場は20元ぐらいだから安目の料金だったらしい。 間もなくバスは出発した。中国ではツアーバスの出発は8時頃が多い様だ、このバ スも結果的に8時頃の出発となった。 このバスは普通に走る、当たり前の事と言えばそれまでだけれど、昨日のような事 が有ると、それが嬉しい、おまけに待ち時間がほとんど無かったし、最前列で見晴 らしが良いし、今日の出だしはまずまずだ。 街を出ると、まるで桂林の様に、ニョキッニョキッとかなり大きな山が生えている 景色が何処までも続いていた。 カリスト地形というのだろうか、そう言えば隣の雲南省にも石林と言う極端な場所 が有るしその周りには鍾乳洞も多い、昆明から少し南に下った建水と言う街の近く にある燕子洞は日本最大のを誇る山口県のカリスト地帯秋吉洞の1.5倍は見応え があった。 桂林だってこのたぐいだとすると、雲南、貴州、広西チワン、の広大な一帯は石灰 質の土壌で観光客の目は楽しましてくれる物の重度の農耕不適地帯と言える、なる ほど、今まで比較的少数民族の自立が許されて来ていたのは、侵略したってしょう がなかったからなのかもしれないなぁ。 以下次号! ▼ ▼ ┗◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 茶那 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┛ ┏◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┓ ◆ ◆ 【貴陽、桂林旅行記 2−2】 1999年12月31日 バスは2時間半ほどで安順の街に着いた。ビルもそこそこ有る街なのだけれど、広 い道路に比べ人や車は少なく、ちょっと寂しい感じがする。 この街の特産品は犬の肉でもうすばらしく美味しいのが有るそうだ、食堂などでも 軒先に手足と頭を取って丸むきにした肉の塊を置いて有るが、個人的にはあまり食 欲はそそられない。 黄果樹にかなり近づいたと思えるところに有る小さな街の交差点に有るバス溜まり でバスの乗り換えになった、運転手がこれ以上先に行っても儲からないと判断した りすると、宅急便の配送センターみたいに積み替えられてしまうことはよくあるこ と、しかし今回は乗り継ぎの段取りがやけに良かったので最初からそのつもりだっ たのかもしれない。 今度のバスは、近距離路線の様で、買い物の帰りの様な気楽な風情な人で満員だ、 少数民族の衣装をまとったばあさんも目に付く、しかし気になるのは誰かが家に持 ち帰るのだろうが、足下に置かれた石油のポリタンク。 側でたばこを吸っている人もいたりして、いつでも火だるまになれる準備が出来て しまっている、気が付くと外を歩いている人の中にもポリタンを持ち歩いてる人が 目に付く、たぶんこのあたりではガスや電気は十分行き渡ってはいないのだろう 周りの人はまったく気にも留めてはいないようだけれど、バスが滝の側に到着する まで、ポリタンとたばこを交互ににらみながらすごした。 この手のミニバスはなんの気なしに客を詰め込んでいるように思えるが、実は客一 人一人への気配りがけっこう行き届いている乗り物だ、運転手の他に車掌がいて集 金の時に確認する行き先を全て覚えていて目的地に着くと乗客に知らせたり、どの あたりに停まれば良いかの確認したりしている、路線上なら何処でも乗り降り出来 るシステムなので、自分の家の前に止めてもらったりする事も自由だ。 乗り継ぎの時に私の降り先の事もちゃんと伝えられていたらしく滝に到着すると 「あんたはここだろ。」とちゃんと教えてくれ無事到着、時計を見ると11時前、 3時間弱の移動時間だった。 貴州省有数の観光地「黄果樹瀑布」だが、周りにいる観光客は一緒のバスで来た1、 2人、道沿いに軒を並べる食堂にもほとんど客はいない、天気が良くたってさすが に12月31日はオフシーズンになるらしい、かといって観光客相手の店などが閉 まっているわけではない。 おみやげや、食堂、記念写真屋、ガイド、三輪タクシーみんな手持ちぶたさで世間 話をしていたのだろう、借金なんか有って客が来ないのに苛立っていた人もいたか も知れない、その人達の目の前にほとんど1人で降り立ってしまった事になる。 おかげで、私は大歓迎を受けてしまった。 ここは苗族が多い、この部族の歓迎のセレモニーは知る人には有名な話だけれど想 像していたのとはだいぶんとちがう、最初の20mは1歩進むのに1回づつ歓迎を 断らなくてはならなかった。 食堂街の一番はじに有る、一番商売気の無さそうな店に入り適当になんとか面をた のむ。ここまで付いてきてしまったのは、写真屋さんのおばさんと三輪タクシーの おにいさん、持ち歩いているデジカメを見せるとおばさんの方は何とか引き下がっ てくれたが、お兄さんの方は特に話しかけてるでもなくニコニコしながら側を離れ ない。 「クッ、てっ手強い!」話しかけて来れば断るきっかけも出来るのだがこのお兄さ んその隙をみせずただひたすら友好的だ。 以下次号! ▼ ▼ ┗◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 茶那 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┛ ┏◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┓ ◆ ◆ 【貴陽、桂林旅行記 2−3】 1999年12月31日 高さ68m幅84m水量1000m3/毎秒、那智の滝や日光華厳の滝の様な一筋 タイプではなく幅が広く幾筋にもなって落ちているタイプだが、日本には例えに出 せるほどの滝は無い。つづらおりの山道をしばらく降りると、森の木立の向こうに 見える峡谷の対岸に山の尾根から谷底に落ちる巨大な滝が現れた。 滝の側に生える木が異様に小さい、その大きさにまずは雄大な力強さを感じるが幾 筋にもなり落ちる水の形は変化に富み、空の青、森の緑に包み込まれた丸みを持っ た白い流れの優雅さに見とれてもしまう。 うん、いいね流石に観光名所だけの事はある。 しかし、ただ滝があるだけなのだから5分も眺めれば十分あきる。後は散策タイム になった、つづらおりをさらに下ると、見晴らし台が有り、少数民族の衣装を着た 小姑が観光客と一緒に記念写真に写っている。 三輪タクシーのお兄さんが、彼女らは苗(ミャオ)族だと教えてくれた・・・この お兄さんまだ離れてくれない、それどころかすっかりガイドモードに入ってしまい 色々なことを説明してくれる。 好青年と言う言葉で説明するのに何の躊躇もない、こんな人がニコニコしながらそ ばにいて色々親切にしてくれるのを追い払ったり、「お前が勝手に付いてきたんだ から金なんか払う気無いよ。」なんて喧嘩したら後味悪いじゃないかぁ! もう完全にお兄さんのペースにはまってしまった、逃れることは困難だ。 滝の裏に道が付いていて通り抜けることが出来る、通行料は15元、この道を行き たいと言うとお兄さんそれじゃあ出口の所で待っているよ、と言って別れた滝の入 場は顔パスで入って来たのだけれど、ここまでは只では入れないらしい。 洞窟の所々に穴が空いていてそのすぐ向こう側で滝が落ている、冒険スペクタクル 映画の、クライマックスシーンにだって使えそうな所だ。 面白がって、滝の間近によって裏から見上げたりしているうちに、びしょ濡れ一歩 手前の状態になってしまった。 出口の所でさっき教えてもらった苗(ミャオ)族の衣装を着た小姑が二人で編み物 をしていた、この種族の女性は暇さえ有れば編み物をしているらしい、後から知っ たのだが、自分の婚礼衣装の飾り付けを編んでいるそうだ、なかなかロマンチック というよりも可愛らしい民族衣装といい、華やかな飾りで着飾った祭りといい、こ の編み物と良い、若者が街に出てしまい過疎化に苦しむ民族の苦肉の策としてはな かなか的をえているなぁ、なんてかなりハスッパな事かんがえてしまう。 5角紙幣の図柄にもなっている、銀細工の冠だって鋳込み直せば何時までだって使 えるんだし、何時どの様にしてこの銀塊を手に入れてきたのか知らないけれど、普 通ならばお金にしてしまうところ、こんな使い方を思いつくなんて、思いついた人 ってどんな人なのかしらん、顔を見てみたいなぁ。 こんな、すれっからしな事ばかり考えている私が、心中はかりかねて途方に暮れて しまうあのお兄さんは、しばらく行くと相変わらずニコニコしながら待っていた。 この人には完全に負け!この不安な状態を抜け出す方法は一つしか思いつかない。 正式契約をむすんでしまおう。 カタコト中国語でしばらく話をしながら出口に向かったが、ころあいをみて「さて 取り引きしよう。」と切り出したら、お兄さんキョトンとしてしまっている。 あれっ!?そのつもりでついてきたんじゃないの?あれぇ? この人もしかして単に暇だから案内でもしてあげようかとおもってついてきただけ だったのかも知れない、そんな事ってあるのかなぁ? しかし、お兄さんの顔をいくら眺めてもただ単にキョトンとしているようにしか見 えない、うーーん、しかしもしそうだとしたら、こんな無心の人ほどやっかいな人 はいない、まだ釈然としないが自爆してしまったのかもしれない。 この近くにある天星橋風景区という所まで行くのも含めた価格交渉をしながら、日 中友好もこの乗りでいった方がかえって上手く行くのじゃないだろうかと考えてい た。 以下次号! ▼ ▼ ┗◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 茶那 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┛ ┏◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┓ ◆ ◆ 【貴陽、桂林旅行記 2−4】 1999年12月31日 商談成立してしまえば2人の関係ははっきりしてしまうお兄さんは大はりきりだし こちらもこれで一安心、足取りも軽くなった。 天星橋風景区は黄果樹瀑布から三輪タクシーで20〜30分川沿いに移動したとこ ろにある、渓谷の傾斜地に作られた田圃がしばらく続くと、道が支流の一つに沿っ て狭い渓谷の底に入り、間もなくするとゲートに到着した。 古い渓谷なのだろうか、広い河原に比べ川の水量は多くなく、今は平坦とした河原 が竹林の多い森の様になっている、川の名残なのだろうきれいな池もあり、それら は庭園風に人の手が入れてある、すがすがしい雰囲気がする所だ。 黄果樹瀑布よりも、こちらの方が気に入ってしまった、天気が良い上ここも観光客 が少ないのでのでのんびりとした気分になれる。お兄さんのガイドで、池や、河原 鍾乳洞や滝を1時間ほど見て回る。 お兄さんはさかんに気を使ってくれ「気を付けて」を繰り返してくれるが、こちら はさかんに鍾乳洞で頭をぶつけたり、山道であしをくじきそうになったりしていた 説明の内容は10分の1も理解できていないが、少しであっても中国の人と会話が 出来るのは、うれしくて楽しいことだ。 帰りは滝のゲートではなくそこから少し離れた幹線道路まで運んでくれた、話の中 で貴陽にいったんもどる事を言っていたので気を利かせてバスに乗りやすい所まで 運んでくれた様だ、といってもバス停があるわけではないバスが走ってくるのをタ クシーの要領で捕まえる事になる、交渉の時はガイド料の話はしていなかったけど 100元以上とるようなら文句を言おうと考えていたが、110元と行って来た。 うーーん、このお兄さんには最後までやられっぱなしだなぁ。 お金を払っても、安全にバスに乗れるまで一緒にいると言って、バスが来るまで1 0分以上、側にいてくれた。 バスが来ると握手をして分かれた、帰りの料金はお兄さんが教えてくれた通り20 元だった。 貴陽の駅前に戻ったのは5時頃だった、貴陽にもう1泊する事も考えていたがまだ 時間は早い、このまま桂林方面に駒を進る事にする、今日の目的地は凱里、この街 にはトン族や苗(ミャオ)族などの少数民族が多い街で、通りで開かれる市も大き く古い町並みも残少数民族を訪ねていく旅行者にはベースとなる事が多い様だ、2 000年をここで迎えることに決め、バスを探すと、1台だけミニバスが、凱里の 札を付けていた、客は殆ど乗っていない。 食堂で時間をつぶそうといつもより多めに食事を頼んでみたが、全然食べきれず大 量に残したまま席を立ったら店員の小姑に叱られてしまった。 バスに戻っても、客の入りはイマイチで発車する気配がない。結局バスが出たのは 2時間後、7時の出発になった。 直線距離にすれば150kmほどだろうか、しかし途中道が悪く、3時間たっても まだ付かない、しかしこのバス未舗装路をむちゃくちゃなスピードで走って行く 同じ方向に行くミニバスがもう一台いて、壮絶なデットヒートを繰り広げてしまっ ている。 前に出たバスの方が、途中でバスを待っている客を拾えるからだ。崖っぷちなのだ ろう路肩が真っ暗闇になっている不気味な場所でも、前のバスの1瞬の隙をついて 追い抜きを賭に行く、中国のドライバーは乗っている車は良いとは言えないが、腕 の方はきっと良いのだと思う、このバスの運転手だって、パリダカールラリーにオ ンボロミニバス部門があったなら上位で完走したっておかしくない。 しかし、単に凱里まで行きたいと思っただけで別に極限のスリルを味わおうなんて 全く考えていなかった。激しい振動で首はグラグラ揺れるし身体的にもかなりハー ドな乗り味だ、2000年を無事に迎えられないかも知れないとかなり本気で考え ていた。 結局、この勢いで5時間近く走り続け、凱里に到着したのは深夜12時少し前、街 の中心と思える噴水の有るロータリーに停まったときには本当に嬉しかった乗った バスが目的地に着いただけでこんなに嬉しくなるなんて今まで経験したことがない 降りた所に大きなホテルが有ったのでそのまますぐにチェックインをする。 同じバスに乗り合わせたのだろう後からきた客が、今からだと朝までいくらも居な いんだから安くしろとネギリ交渉を始めたので、尻馬に乗っているうちに年明けに なった、西暦2000年新年の第一声は値切り交渉になってしまった。 やれやれ、今年一年どういう年になるのやら。 ▼ ▼ ┗◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 茶那 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┛ ┏◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┓ ◆ ◆ 【貴陽、桂林旅行記 3】 2000年01月01日 泊まったホテルの名前は青蓋賓館と言った、直訳すると「青天井ホテル」と言った ところなのか、泊まった9階部屋は10畳以上はあるばかでかい部屋で、調度品は ボロかったが、風呂は熱いお湯がいくらでも出て御機嫌だった。 後で分かったが、この街で1番大きな建物なのかも知れない。 中国は旧暦の正月を祝うので、1月1日は基本的に平日、普通の土曜日と言うこと になる。 しかし8時少し前に外に出てみると、子供が大勢隊列をくんでいる、両端を人が支 えている棒で吊された段幕も数えるのも面倒なほどたてられている、列の最後端は 何処に有るのか分からないどうやらパレードがもうすぐ始まるようだ。 少しでも華やいだ正月気分に浸りたかったので、沿道で見物している人に混じって、 始まるのを待った。 お腹が空いていたので、幾つか出ている手押し車風の屋台で何か買おうと思い、そ の中の一つに近づいてみると売っていたのはモチだった。 大きさはまちまちだけれども、つぶされた鏡モチのような丸いのが幾つも網に載せ られてあぶられている。直径10cm位のを一つ選ぶと、スプーンでモチの堅くな った表面を割って、脇に置いている器の中からキナコの様な物をその中に入れてく れた。 食べてみると、日本のモチと全く変わりのない味がした、キナコの様な物はキナコ だった、やった!あんパン風キナコモチ!こんな所で正月のおモチが食べられると は思わなかった、雲南省には納豆が有ると聞くし、豆腐は何処にでも有る、日本の 伝統には中国との国境はないらしい、それは素晴らしい事だと実感した。 しばらく隊列の子供達が風船売りのおじさんから風船を買ったりしてはしゃいでる のを眺めていたが、8時を少し過ぎるとパーーンと言う鉄砲の音とともに、パレー ドの人達は一斉に走り出した。 どうやら新春パレードだど思っていたのは、新春マラソンだった様だ、風船を持っ た子供達も、その父兄もおかあさん達も、段幕の棒を持った人も、背広を来た人も、 みんなそれぞれの普段の格好で一斉に走って行く様子はなかなか感動ものだ、最後 尾はいかにも通りかかった人ですと言う姿のおじさん達だった。 どれぐらいの人がいたのだろうか、5〜6分も眺めているうちにパレードは走り去 ってしまった。 以下次号! ▼ ▼ ┗◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 茶那 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┛ ┏◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┓ ◆ ◆ 【貴陽、桂林旅行記 3−2】 2000年01月01日 「地球の歩き方」によると昨日泊まったホテルの有る噴水のロータリーは、やはり 街の中心に位置しているようだ。 このガイドブック、時々情報が古くなっていて、有る物が無かったり、あるはずの 所に無かったりする事もあるが、基本的にはとても頼りにしている、紹介されてい るホテルが上等すぎて使い物にならなかったりと言う細々とした不満は頼る気持ち の裏返しだ、昔の中国版は分厚い全土編が有るだけでやたらと重かったので、必要 なところだけ破いて使っていたものだから旅行のたびに買っていたが、最近は薄い 地域版が出ていてありがたい、これだと破いて使おうという気にならず、この桂林 と四川、雲南、貴州編を中国に持ち込んだのはのは4度目位になる、ちなみな最近 の「歩き方」では桂林は広州、華南編に移されてしまっている様だ。 地図にはここから北の方にに少し行くと、大きな市が出ている所がありその先には 古い町並みが残っている様に描かれている、しかしコンパスを忘れてきてしまった のでどちらが北だか分からない。 時々右も左も分からない状況になることが有るので、普通はコンパスも持ち歩いて いるのだけれど、今回はうっかり忘れてきてしまった、日が出ていれば見当は付く が曇っていて太陽がどこらへんに有るのかすら見当もつかない。 私が中国に来ると気の向くままにプラプラとした旅行になりがちだけれども、向か う方向には幾つか癖が有る、その一つは、家から何千キロ離れた所でも一番遠くを 出発点にして家に帰る方向にルートを作りがちなこと、それからもうひとつは高い ところに行きたがることだ。 十字路の道の一つの奥に小高い山が有りその上に5重の塔の様な物が建っているの が見えたので向かう方向は何となく決まった。 確率は4分の1だけれど、この方向で正解だったようだ、間もなく片側2車線の幅 を持つ自動車道路いっぱいに、沢山の露店が並んだ所に出た。 荷車や自転車で持ち込んだ野菜や肉、日用雑貨を路上に広げた敷物や、簡単な棚に のせて売っている人達の列の間を荷車や人がせわしなく行き来している。 通行人が通る道は荷車1だいやっと通れるほどの幅しか無いので、荷車を引く人は 声を上げて通行人をどけている、ここはすでに先ほど見た小高い山の麓にあたり坂 道になっているため荷車を引く人は大変そうだ。 日本髪の様なヘアスタイルの地味な民族衣装を着た女の人がかなり混じっている、 野菜は見慣れた物が多いが魚やは見あたらない。 見物しているうちに干し柿を見つけたので買ってみた、へたの所を上にして煎餅の ように平べったく潰されていているが味は日本の干し柿と変わりはない、甘くてけ っこうおいしい。 今度はほかの人からとひまわりの種を少し買い込む1〜2元分で両手にいっぱいほ どもらえる、実は本当に小さいのだけれど香ばしくてこれも又おいしい、貴陽でこ れを初めて買った時以来、止められなくなってしまった、これを食べながら歩いて いる人もたくさんいる、きっとヒット商品に違いない。 市は100m近く続いていた、坂道を上って行き物売りの人達がまばらになるあた りまで来ると、周りの建物は古い木造家屋が多くなっていた。 なんだか不思議な気分になる、すごく、なつかしい。 別にここで生まれた訳ではないのだけれど、昔いた所にいるような感じがする、建 物や、人や、空気の雰囲気が少し前の日本の町並みにすごく似ている。 日本人のルーツは本当はこのあたりなんだと言う意見を聞いたことがあるが、いや 確かにそうかもしれない。 市の有る道は間もなく突き当たり、山の傾斜に対して横向きに作られた通りに入る そこは古い町並みの商店街だった。 以下次号! ▼ ▼ ┗◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 茶那 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┛ ┏◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┓ ◆ ◆ 【貴陽、桂林旅行記 3−3】 2000年01月01日 雑貨屋や道具や服屋などが多いおもちゃ屋もあってビー玉を売っていた、めずらし いのは少数民族の民族衣装屋、出来上がった物を売っている物も有るが、色取りど りの生地などを売っている反物屋も有る、衣装を飾るビーズ玉も沢山あって見てい て楽しい。 日本にもいくらか残るこの様な古い町並みと比べると大まかな作りは似ているよう な来もするが、同じ木造住宅でもこちらでは大作りで使われている材木も太くがっ しりとした感じがする。 そんな建物が道の両側に200mほども続いていて、荷車や自転車天秤棒に野菜の 駕篭をぶら下げた人達が行き来している、遊び回っている子供はトラックが通り過 ぎるときに、すぅーっと息を吸い込んで目を輝かせながら見つめていた、通りを挟 んだ2、3軒ごしの店先で2人の女の人がもの凄い剣幕で口げんかをしている、そ の周りの店の人は困った顔でそれを見守っていた。 中国の人は良くしゃべる、大きな声でしかも早口で感情も豊かなので、初めての人 の第一印象はやかましい人達と言ったところになるのだと思うのだけれど、慣れて しまうとこれがなかなかいけるのだ、それに一人旅でも寂しくならないのは有り難 い。 こんな旅が終わって日本に戻った直後に周りに人の気配がしない錯覚を起こす、大 型連休最終日でごったがえす成田空港ですら、こんな田舎の日常よりも迫力がない のかもしれない。 高い方に向かう路地を適当に入ってみたらすぐ行き止まりになった、もう一度他の 路地を試すと今度は成功、5、6分も歩くとさっき見た五重の塔の有る公園の入り 口に着いた入場料を払って中に入る。 すると目の前に見慣れない奇妙なお地蔵さん?の祠が有り鳥の羽が沢山貼り付けて ある、飾り付けとして最初から作り込まれた物ではなく、まじないかなにかの様な 雑然とした貼り付けられかたで見るからに怪しい。 食べ物はなかなか親しみがもてる所なのだけれど、神様は別らしい。 そこから少し登ると山を一回りするレールがひいて有って小さな新幹線ひかり号が 載っていた。さっき一斉に走り出した子供達はきっと一度はこれで遊んだのだろう 大人になってこの街を離れてしまってもここはきっと思い出の場所だ。 さらに少し登ってようやく塔の有るところに着くよく見ると最近作られたものらし い、木材も作りもあまりお金をかけていないのが分かる。 以下次号! ▼ ▼ ┗◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 茶那 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┛ ┏◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┓ ◆ ◆ 【貴陽、桂林旅行記 3−4】 2000年01月01日(凱里) あたりに人気はない、塔をぐるりと一周してみるとすぐ隣にプールが有った。歴史 的建造物と言うよりも、公園のシンボルタワー的なものなのだろう。 中を覗くと父親と子供が二人で番をしている、父親の方は録音された銃声と撃たれ た人の悲鳴がスピーカーから流れおまけに弾も出る自動小銃のおもちゃで遊んでい た、それにしてもすごくインパクトのあるおもちゃだなぁ。 上に登れるらしい、お父さんには遊ぶのを止めてもらい入館料を渡す、親子で朝か ら遊んでいたらしい掃除がまだの様だ、子供の方がほうきと塵取りを持って駆け上 がってきて今日第一番目の客らしい私の進む先を取りあえず大急ぎで掃いている。 進む向きを変えたり階段を登ったりすると、先回りをしてその先を掃除してくれる ので一通り見終わる頃には掃除も終わっていると言うあんばいらしい。 最上層から街の様子を眺める、四方山に囲まれた小さな盆地に有って、車で通り抜 けるのに20分位の市街地の広がりを持っている。 昨日泊まった青蓋賓館がよく見える、12、3階建ての建物だか、この街では1、 2を争う巨大な建造物だ。思っていたほど瓦葺きの屋根は多くはないが、落ちつい た感じのする街だ。 下に降りると戦闘の真っ最中だった、子供の方は掃除が終わって、少し遅れて降り て来ているので、戦闘中なのはお父さんの方だ、外に出たところの階段に座り、銃 声と悲鳴を聞きながらこの街から出発する気が起きるまでしばらくボーっと時間を つぶした。 噴水のロータリーまで戻る、ガイドブックにはここに長距離バスのターミナルが有 ると書かれていたからだ、しばらく探したが見つからない、「またか。」情報が古 いらしい、あきらめがつくまで1時間近くうろついてしまった。 電気屋の店先に出ている大型テレビのアクション映画を見入ってしまったり、デパ ートをのぞきながら途方に暮れてしまう。 少し離れたところにもう一つ小さなターミナルがあると載ってがこちらの方はすぐ に見つかった、しかし便が少ないので行きたい方向に行くバスがない、と言うより もここから最終目的地の桂林までどうやっていこうか決まっていない、バスの様子 を見て決めようかなーと考えて居たのだけれどバスがほとんど見つからないともう どうして良いのか分からなくなってしまう。 ひまわりのたねをポリッポリッと食べながら、迷子の気分になってきた。 以下次号! ▼ ▼ ┗◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 茶那 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┛ ┏◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┓ ◆ ◆ 【貴陽、桂林旅行記 3−5】 2000年01月01日(凱里) 朝から歩きどおしで、いいかげん疲れてきた、手頃な小吃も見あたらないので、干 し柿5個とスプライトを通りの売店で買って昼飯代わりにする、腹がいっぱいにな るともう動くのがいやになってしまった。 行くあてはないのだけれど、移動していないと目的地にはたどり着けない、旅行は 成立しないし家にも帰れないと言うまるで遊牧民のような状態なのだし何時までも ここにいてもつまらない。 市内バスなら幾らでも有るので、どれかに乗ってみることにする。汽車駅行きと言 うのが有る、他には博覧会行きと言うのもが目に留まる、日本人の性なのか博覧会 と聞くともうかなり行きたくなってしまう、しかし汽車駅とはまったく方向が逆だ 日程がないのであんまり寄り道をしていると本当に家に帰れなくなってしまう心配 もある、ここは駅に行こうかなり辛い選択だったが、仕方なく汽車駅行きに乗り込 んだ、料金は5角。 しばらく行くと「洗馬河」と言うバス駅に来たがその前にバスターミナルが有った 見るとかなり大きな建物だ、「なんだ、有ったんだ」博覧会に行かなくて良かった いきなり問題は解決してしまった。 安心したので取りあえず汽車駅に行くことにして、そのままバスに乗り続ける、全 部で20分ぐらいで駅に到着、噴水のロータリーからは五重塔の山を挟んだちょう ど反対側にある、駅舎は以外に大きい、列車を待っているのだろうか入り口の20 段ぐらいの階段に大勢の人が日向ぼっこをしている、駅前広場の一角のバス停には バスが10台ほど停まっていて、食堂、旅館と一応フル装備の仕様になっている、 これでデパートでも有れば都市の駅前でも通るりっぱなものだ。 駅舎に入ると列車を待つ人はほとんどいない、当分来ない様だ、切符売り場の窓口 が一つだけ開いていたが、バスターミナルを見つけているのでもう用はない、しば らく構内を見学して駅を出た、女の子が食堂の客引きに来たが大量な干し柿を食べ たばかりなので「わーぷーうー(お腹がすいていません)」と言って断る。 このフレーズは初めて使ったが、どうにか通じたらしいすぐに引き下がってくれた 今までは何と言って良いか分からず「うーうー」とうなって逃げていたことも有 るが、「うー」とはお腹が空いたという意味でその時は食堂の客引きから「お腹が 空いたー」と言いながら逃げ回っていたのかも知れない、当然つきまとわれてしま っていた。 一番早く出発しそうなバスに乗ってバスターミナルに戻る、ようやくこの街から出 られる、しかし何処に行くのかはまだ分からない。 以下次号! ▼ ▼ ┗◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 茶那 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┛ ┏◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┓ ◆ ◆ 【貴陽、桂林旅行記 3−6】 2000年01月01日(凱里) 時間は1時を少し回っていた建物の前には長距離寝台バスが2台停まっている、1 台は柳州、もう一台は広州のさらに先まで行くようだ、最初の方の通過地に桂林の 名前がある。 うーんこれに乗って一気に桂林に行ってしまおうか、手っ取り早いしかなり楽そう だ、しかしもったいないような気もするしなんかズルをするような後ろめたさまで 感じてしまう。 ターミナルの建物を抜けて駐車場に抜けてみると4、50台のバスが停まっていて その内10台ほどが客を乗せていた、当然な事なのだけれど行知っている所に行く バスは一台もない、ガイドブックの地図を見ても状況はほとんど変わらなかった。 ここから桂林に出るまでの区間は一番ややこしい、方向的には真東なのだけれど険 しい山でもあるのだろうかその方向に向かう道が無い、だから一度北か南に迂回す る事になる、南に下ると桂林との中間点に柳州と言う比較的大きそうな街が有る距 離的にも短いし移動だけなら迷わず南下ルートになるが、少数民族が住む村は北の 方に多い、しかし本当に村ばかりでで絶対に宿が取れるという確信が無い、バスタ ーミナル探しで苦労してしまったせいもあってバス便の事も不安になってきた、そ れから開放都市のチェックもしなくてはいけない。 ここまで考えるともうかなり面倒くさくなってきた、日程に余裕があるのなら詳し い地図を買っててきとうにバスに乗るのも楽しいかもしれないけど、4日には帰り の飛行機に乗らなくてはいけない、この状況では広州行き長距離寝台バスの誘惑に は勝てやしない。 切符を買うともうすっかり気が楽になってしまった、出発は2時桂林到着は明日の 昼頃だそうだ。 待合室でテレビを見ながら時間をつぶしパンや水、お菓子などを買い込んで2時前 にバスに乗り込むが乗客が少ない、はずれを引いてしまった様だ、こうなると出発 が何時になるか想像も付かない。 寝台に横になり、ひまわりの種の殻を窓から捨てていて駅員に叱られたりしながら 出発を待っていると5時前にはそこそこに客が入り出発した、多少遅れても寝てい るだけで桂林に連れて行ってくれるのだから文句はないが、日本の村落に良た不思 議な風情の少数民族の村の眺めを十分に楽しめないまま日が暮れてしまったのは残 念でしょうがない。 後は明日の昼までゴロゴロしている以外にすることがない、このバスみてくれはあ まり良くないがとにかく楽でよい、鉄道があまりあてにならない国はバス便が良く 整備されていることが多い、知る限りアメリカとトルコがそうでトルコなどはほと んどベンツのハイデッカーを使っていてサービスもなかなか良いが、寝転がってい られる方がやはり有り難いと思う。 2000年の元旦は朝こそせわしなかったが、全体的に見ると寝正月になってしま った様だ。 2000年01月02日(桂林) 「桂林だよ」と言われてバスを降りたところは駅前でもバスターミナルでもなくな んでもない市内バスのバス停だった。確かに市街地ではあるのだけれど、桂林らし い岩山とかは見あたらない、間違えていなだろうな多と少不安になるがともあれ到 着した、時計を見るとまだ朝の10時前だった。 ガイドブックによると中国一観光者に対する治安が悪い所だそうで「ぼったくられ た」とか「巻き上げられた」とかの経験談が沢山載せられている、この部分をかな り真剣に読んでしまった為、やたらと緊張してしまう、非常警戒態勢のハリネズミ 状態だ、いったい私はどんなひどい目に遭うのだろうか。 バスの行き先案内板を見ると汽車駅(バスターミナル)と言うのが有るのでとりあ えずそこに行ってみることにしてそのままバスを待ってみる、長距離バスが良く停 まる所なのだろう周りに三輪タクシーが何台も停まって何処に行くのかと声をかけ てくれるが汽車駅までと言うとみな引き下がっていく、バスに乗ると5分ほどでそ の理由が分かった、5分ほどでバスターミナルに着く距離だった、なるほどこれじ ゃ稼げない。 桂林汽車駅の看板が出ている、確かに到着した様だ、まずはこれから何をするかを 決めよう。 以下次号! ▼ ▼ ┗◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 茶那 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┛ ┏◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┓ ◆ ◆ 【貴陽、桂林旅行記 4−1】 2000年01月02日(桂林) 売店で桂林市と広西チワン自治区の地図を買い込んで待合室の椅子に座ってあれこ れと考え込む。 すでに最終目的地に着いてしまっているので気は楽だ、後は観光の事だけ考えれば よい、今は2日の朝で帰りの飛行機は4日の午後7時10分発、「少数民族をたず ねる旅」を完全に飛ばしてしまった分時間がたっぷり有る、頭を悩ます必要はない こんな状態だと計画を考えるのはのは楽しいしすぐに決まってしまう。 ●2日:桂林市観光 終日 桂林市泊 ●3日:漓江遊 陽朔泊 ●4日:陽朔観光→桂林空港→上海 上海泊 ●5日:上海→成田 まるでパックツアーの日程の様にそつのない計画が出来てしまった、すると今日は 桂林終日観光の日になるが、それでは何処に行こうかと考えながら繁華街が有りそ うな方向に適当に歩き出す。 「おにいさん!何処に行くんですか食事?旅館?」 さっそく何人かが言い寄ってくる、街に真夜中に到着してしまった時などは本当に 有り難い人達なのだけれども、今は非常警戒態勢中なのでまったく取り合わなかっ た、頭の中では「騙されるもんかぁ、騙されるもんかぁ」と旅行安全のお題目を唱 え続けている。 桂林市は人口55万人の大きな街ではあるが都市と言うには少しためらいが有る日 本ならば10〜20万人クラスの街の市街地位の見え方だ、どちらかというと田舎 町の風情だけれどもお金をかけて道や建物や色々な設備を近代的な物に取り替えら れたらそれだけでりっぱな大都市になれるほどに人は多い。 少し歩くと旅行案内の写真などでよく目にするあの岩があちこちに現れる、山ほど の高さはあるがとても山と呼べるしろものではない、しかしあまりに巨大で岩と呼 ぶにも何割かは外れている気分で、いままで見てきた物を例えにあげることも出来 ず、奇妙でおもしろく、説明するときは途方に暮れてしまう。 その岩が街の様々な景色の背景にそびえている、街路の雑踏や、買い物や井戸端会 議の普通の日常の風景が重なるとおとぎ話の挿し絵じみて見えてくる。 いやぁ、これは面白い、あちこちにある岩に引っ張り回されるように夢中で歩き回 る、歩き回りながらもそれとなく繁華街を目指しているのだが景色はなかなかにぎ やかになって来ない。 途中でのぞいた市場では、大きなピンセットの様な物で買い物客のポケットからお 金を取り出す手口のスリを見たがすぐに気が疲れてしまった、そりゃまあ大抵は築 かれると思うけど、大勢の人が見ている前でやっているので最初は冗談かと思った が見つかってそそくさと逃げ出すところを見るとまじめにやっていたらしい。 気が付くとすでに昼過ぎ、2時間以上歩き回っている、はっと我に返ると腹はペコ ペコだしヘトヘトに疲れてしまっている、この事に気づいてしまうともうどうしよ うもない、頭の中でとなえていたお題目はいつのまにか「腹へったー腹へったー」 にかわってしまっている。 以下次号! ▼ ▼ ┗◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 茶那 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┛ ┏◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┓ ◆ ◆ 【貴陽、桂林旅行記 4−2】 2000年01月02日(桂林) 実は繁華街で少しは美味しい物を食べてやろうと思って、あえて食事をとらなかっ たのだけれども、完全にタイミングを外してしまった。 大きな交差点に出たのでそこからバスに乗ることにする、ガイドブックを見ると十 字路と言う大きな十字路のあたりが繁華街になっているらしい、まずはそこに行く ことにした、バスの行き先を確認して乗り込むとまもなく十字路らしき大きな交差 点に来たが、大きなビルもなくさびれた街の商店街の様な所だった。 これは何かの間違いだと思いバスを降りずにいたら、間違いだと思ったのが間違い だったらしく、周りはどんどん寂しくなっていくので慌てて降りた。 どうもこの街には繁華街らしい繁華街は無いのかも知れない、そう思うとなおさら 腹が減ってきた、降りたのは大きな交差点で案内標識に「七星公園」と言うのが出 ている、バスターミナルで買った市内地図に拡大地図が載っていた公園だきっと有 名な所なのだろう、美味しい昼御飯の計画を諦めてしまったら気が抜けてしまった 「七星公園」が遠いのか近いのかも分からないまま、看板の示す方向に歩き出す。 辛い旅の要因の半分以上は空腹から来ていると確信しているので旅行をする時に気 腹を減らさない様に気を付けているのだけど昨日の晩の青炒肉糸以来ひまわりの種 しか食べていない、迷子になった様に情けない気持ちになって来てしまった。 歩いている間にも食堂は幾らでもある、しかたなくその内の一軒に入った。 店の表に食材を色々並べ好きな物を選んで炒めてもらう式の店だ、店のおばさんに 向かって野菜を指さしながら、へたっぴの中国語で、 私 :「これとー」 おばさん:「はいはい これと」 私 :「・・・・・これとー」 おばさん:「これとー?」 私 :「これっ」 おばさん:「これね」 私 :「いっいっいためる」 おばさん:「炒めるのね はいはい」 まるで幼児と母親の会話だなぁ、話していて少し情けなくなってきた、しかし、考 えてみれば通算しても2ヶ月も中国滞在していないわけだから幼児のレベルの会話 が成立するのならばかなり成長が早のかもしれない。 頼んだのは、トマトと木耳それになっぱだった。中に入ってしばらく待っていると 肉と卵を混ぜて炒めた物が出てきた、なっぱは野沢菜の味がした。 なかなか美味しいしご飯とスープが付いて5元と言うのも嬉しい、中国という国は 何処で旨い物食べられるか分からない、何十元もする料理を頼むとなんだか不気味 な物が出てくることが多いので、10元以上するものは頼まないことにしているが この店のように自分で食材が選べる式だと安心できて良い。 結果的に食事は満足で後は「七星公園」にたどり着ければ桂林観光らしくなるので はないだろうか、道すがら大きな土産や宝石店のたぐいが目に付く、店の前には観 光バスが止まれるスペースが有るところを見るとすでに観光ルートの上まで来てい るようだ、20分ほどで「七星公園」のゲートにたどり着けた。 完全に成り行きでここに来たのだけど、目的地にようやくたどり着いたような気分 になってほっとする。 天気は晴れホカホカとした5月のようきで、公園の木々は青々としている、たぶん 北斗七星になぞられた七つの岩峰が非現実的な形でそびえていて日本でない遠い所 にたどり着いたと言う気分を盛り上げてくれる、放し飼いにされている沢山のクジ ャクが綺麗な緒を広げ、公園に来ている人達は皆楽しげな表情だ。 ここまで来れば日程の心配もする必要がないのでポワンと幸せな気分にもなって来 た、ぶらりぶらりと花壇の花や、小さな社や東屋を見て歩く、岩峰の一つには道が 付いていて登れるようになっている、10分ほど歩いて頂上に立つ、近代的とは言 い難いが、岩峰が二重三重になって続く景色といっしょに眺めるにはほどよい町並 みが広がっている、すぐ側を流れている川が漓江なのだろうかトロンとしてどちら が上流だか分からない。 ガイドブックを取り出してみるとこの公園の目玉は鍾乳洞だと書いてある、雲南、 貴州、広西は本当に鍾乳洞多いし見応えがある、しかしこんな町中の公園で鍾乳洞 が見られるなんて変な感じだ。 見当を付けて歩いていくと確かに鍾乳洞の入り口があった、しかもかなり大きい、 切符を買ってしばらく待っていると、ケートが開いた見学の客を有る程度まとめて ガイド付きで案内するらしい。 すでに中国の鍾乳洞は6回目だ、こう言うときのガイドは民族衣装を着た小姑の事 が多いのだけれどここのガイドさんは普通の服を着ていた、しかしここまで男にガ イドされたのは一度もない、中国って良い国だよなぁ。 中は自然環境を大切になどと言っている日本とは異なるコンセプトの元極彩色のイ ルミネーションで飾られた、エンターテイメント、アミューズメントパーク仕様の 鍾乳洞だ、それでガイドさんはと言うと鍾乳石を懐中電灯でてらしながらその形を 色々な物にたとえて説明してくれる。 「はい、これは竜です、これが頭で、手があってここがしっぽ、竜です」 「ふむふむ」 「はい次、これは象、象です、これが鼻でこれが足、象、わかりましたか」 「うーーん」 「はい、これ魚・・・・・」 これを、少し歩くたびにやってくれるのでたっぷり楽しめる、周りの人達もその説 明を聞いては「おーー」などと歓声をあげていた、鍾乳洞自体かなり規模の大きな 物で、全部見て歩くのに30〜40分はかかった。 かなり満足出来たので、入って来た時とは違うゲートから公園を出る、川に屋根付 きの橋が架かっていてなかなか風情がある。 さて、出てしまうと次に何をしようか決めていなかったの思い出した、しばらく適 当に歩いていたが流石に歩いてなんとかなる大きさの街ではなさそうなので適当に バスに乗ってみる、しばらくすると「七星公園」に入った時のゲートの前まで来て しまった、方向は街の中心から反対の方に向かっている、どうもはずれに乗ってし まったようだ、バスを降りて又しばらく歩いていたがどうも体がフラフラする、足 もしびれたようになっている。ヘタッと道ばたに座り込んでしまった。 どうしたものかなぁ、疲れたなぁ、ここは何処なんだろうか。 疲れちゃって、道が分からないときはタクシーを使う他良い手を知らない、流して いるタクシーを捕まえる、一人でタクシーに乗るときは普通は助手席に乗るように なっているらしい、いつものように助手席に乗り込んで唯一知っている地名をつげ る。 「だお すーつーるー(十字路まで)」 しかし通じない、あわてて手のひらに十の字を書いて。 「すーつーるー、すーつーるー(十字路、十字路)」と繰り返す、するとタクシー の運転手のおにいさん。「おっ しーつーるー あ」とやっと理解してもらえたら しい。 別に江戸っ子では無いのだがどうも「サ行」が苦手らしくて、英語だと彼(He) と彼女(She)の言い分けが出来ないのだけれど中国では四(すー)と十(し ー)の言い分けが駄目な様だ、聞き分けもうまく出来ない14も40も(すーす) としか聞こえないので、価格交渉の時は時々分けが解らなくなったりする。 ある時缶ジュースを買って「しーくえ(10元)」と言われたので高いと、文句を 言ったら「すぅいかん(水管=ストローは)」と言っていたらしくて、売店のおば さん何事か分からずおびえさせてしまった事もある。 こんなレベルの中国語な物だからよっぽどの事が無いとタクシーに乗る気が起きな いのだけど、いつまでもヘタリ込んでいるのも格好が悪いのでしかたがない、とも あれ私が「うーうー」言っているのを聞いて何かをつかみ取ったらしいので後はタ クシーのお兄さんの勘を信じるほか無い。 以下次号! ■■■ホームページ開設!「中国放浪」 ■■■ http://homepage1.nifty.com/KAWANABE/top.htm ▼ ▼ ┗◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 茶那 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┛ ┏◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┓ ◆ ◆ 【貴陽、桂林旅行記 4−3】 2000年01月02日(桂林) タクシーは街の中心に向かっている様だ、私の思いが通じたらしい、周りが賑やか になってきたのであたりをキョロキョロ見回しているうちに、川に貼り出た大岩に 穴が明いている絵の掛かった公園の前に出た、絵には象相公園と書いてある。 そう言えば「象相に行って初めて桂林旅行は完結する」と言うような事が書いて有 る看板を「七星公園」で見た、と言うことはここは観光地らしい。 今日は終日桂林観光をする日なので「七星公園」だけでは安心出来ない、観光地な らば何処でも大歓迎だ、ここで降りると告げたら「なんでやねん」と言う顔をされ たがかまわず車を道路脇に泊めてもらう。 大岩にまあるい穴が開いていて、その縁が象の鼻に見えなくもないその岩の周りが 近代的な感じがする公園になっているが今工事の真っ最中で入り口にたどり着くま でいったん公園の外に出て迂回しなくてはならなかった、道案内も無いので勘をた よりに工事現場の守衛ボックスみたいな仮設切符売り場を見つける。 ずいぶん不親切だと思うのは日本人だからなのだろうか、日本ならば1日に14人 位は文句を言う人がいるだろうし公園側は工事中に人を入れるなんて最初から考え ない、中国人はこれで不便を感じていないのなら、慣れているのか勘が良いのかの どちらかだ。 さて、切符売り場に人がいないやっぱりやっていないのだろうか、しかし何人かは 公園の中に人影がある、大声で「誰かいますかぁー」と何度か呼んでみる、誰も来 ないんなら入っちゃおかなぁーどうしようかなーと考えていると17,8歳の少年 が走って来て10元だと言う。細かいので10元無かったので50元を出すとつり はないと言う、「どうしたらいいの」と聞くと、あんまり中国語が下手なので「貴 方は何処の人ですか。」と聞き返された、「日本人だと答えるとしばらく考えてか ら。「それではお金はいりません」と言う。 おぉ、すばらしい!中国って良い国だー素直に大喜びして入らせていただく、この 公園の売りは、先ほども言った様に穴が開いた大岩の風景なのだけれど、入ると目 の前に大岩に登る階段が有ったのでつい登り始めてしまった。 前に言ったようにこの公園の売りは穴の開いた大岩の風景なのだけれど、その大岩 に登ったら穴が見えないと言うことはまったく考えていなかった、とにかく高い所 に上がれる時には上がってしまうのは癖なんだからしょうがない、登っているうち にクタクタに疲れてしまっていることも思い出した、でもまあ登り始めちゃったん だからしょうかない。 登っても木がうっそうとして見晴らしはあまり良くない。古い石塔が有るだけだ川 の方の崖っぷちまで行くと、落石注意の注意標識の岩の変わりに人が真っ逆様に落 ちている絵が書いてある標識が出ていた、時々こう言うことが有るのだろうか。 少し後ずさりして川を見る、この川は間違いなく漓江だ夏場ならば目の前にある桟 橋から桂林の観光船が出発する、しかし思っていたほど広くはない、肩の良い人な らば河原の石を反対岸まで飛ばせそうだ。 反対岸にいかだが幾つも泊めて有る、観光用だろうかその内何艘かは岸を離れてい るが、ゆっくりとした竿の入れ方でも、流されている様子もないこの川本当に流れ ているのだろうか、緯度的には台湾より南に位置しているため、1月2日にしては 木々が青々として、のんびりとした風情の景観だ。 筆で書き殴った様な山水画は写実画だったことに納得なっとくさせられる。 時間はすでに4時になろうとしていた、ここは夏場ならば桂林観光の出発点になる ところだとガイドブックには書いてある、それならば桂林の観光船の予約が出来る ところが有りそうだそろそろそんなことも考えながら公園を小島ずたいに歩き回り 入った所とは違う川沿いの出口から出てみると、目の前に国営の観光船の発券所と 言うのが有った。 あまりにあっけなく予定通りになってしまったものだ、今日はバスの当てずっぽは 2度とも当たらなかったが、今度は当たりで打率は3割3分3厘これを維持できれ ば今シリーズも優勝を狙えるってもんだ。(なんのこっちゃ) 中にはいるとおばさんが一人カウンターの向こうで座っていた、明日の桂林の遊覧 船の予約は出来ますかとたずねると有ると言う答え、ますますあっけない、値段を 聞くと120元だと言う、このツアー中国人と外国人では値段が全然違うらしい。 今言われたのはもちろん中国人価格だ、ちょっと迷ったが日本人だと告げると45 0元と言われた。 それにしても違いすぎるよなぁ。思わず値切れないものかと考えたが、この旅行直 前の中国語教室で「ここは国営商店なので価格交渉はしません。」と言うのを習っ たばかりだし、やるだけ無駄である一度断られた時点であっさりと諦めた。 切符を渡してもらうとおばさんは今日の宿はあるかと聞いてくる、まだ無いと言う と明日迎えに行くから決まったらここに電話しろとメモを渡してくれた。 そんなこと言ったってーなー、表情も、ジェスチャーも、テレパシーも使えない状 態で話が通じるはずがない、まだ中国語下手だからと答えると「大丈夫大丈夫。」 と平気な顔をしている、本人が平気じゃないと言っているのにぃ。 以下次号! ■■■ホームページ開設!「中国放浪」 ■■■ http://homepage1.nifty.com/KAWANABE/top.htm ▼ ▼ ┗◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 茶那 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┛ ┏◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┓ ◆ ◆ 【貴陽、桂林旅行記 4−4】 2000年01月02日(桂林) まぁ電話のことはもう少し後で困ることにして、確かにそろそろ宿探しがしたくな る時間になっている、こっちの問題を何とかすることにしようと考えながら切符売 り場を出る、すると間髪入れずにおばさんが一人近づいて来て宿を探すのかと聞い て来る、時間はまだ5時前話に乗っても良い気がしたが、これから宿にはいると手 続きやらなんやらで、準備をして外に又出てくる頃には完全に日が暮れてしまう。 今日は終日桂林観光の日になっている、このまま終わるのも物足りないような気が する、かなり熱心に誘ってくるおばさんに後で又戻ってきますからとうそを言って ふりきってしまう。 ホテルが見つからなければ又戻って来よう、見たところこの界隈は観光用のホテル が集まっているのでちょうど良いところが見つかるはずだし、おばさんがいたら 「約束通り戻ってきたよ!」とか言ってあらためて宿を紹介してもらう手もある。 考えてみれば、観光者にとって悪名が高い桂林でまだひどい目に遭っていない、み んなどちらかというと親切だ、桂林の人にだまされる前に桂林の人をだましてしま ったことになる、我ながらひどいやつだなぁ。 川沿いにしばらく行くと、観光用の高級ホテルが何軒か立ち並んだ一角に来る、そ う言えばおばさん向こうに行っても高いホテルしかないから駄目だとか言っていた うそをついていなかったんだ・・やっぱりうしろめたいなぁ。 さて、暇さえあれば目指す先は十字路だけれどもなかなか到着しない。行けなけれ ば行けないほど気になってしまう、桂林一の繁華街、今日はそのあたりに宿を取っ て夜はうまい物を食べよう、なんだか今日はこればかり考えている。 店や、屋台を見物しながら足はガイドブックで確かめたたぶんあっちの方向に向か っている、すでにあたりは薄暗くなってきている、今日の街歩きは結構満足出来た のでそろそろ本腰を入れて宿探しをしようかと思い始めたとき、交差した道の先に 大きな桂林風の岩峰発見、これは知っているガイドブックで何度も見ている独秀峰 だ。 周りに他の岩峰は無くただ一本、バブルの時に建てられた地方都市のお役所の高層 ビルの様にそびえている。 いやーこんな所にあったのかぁ、まだ入れるかなちょっと急ごう、今までしていた 宿の心配を取りあえずなしにして進路変更する。これまで見れれば今日は予定通り 桂林市終日観光らしくなるってもんだ。 途中城壁のような所を抜け城門の様なところに出る、このあたりの領主の宮殿の跡 と言った風情だ、どうやら独秀峰はその宮殿の中に有るらしい、凄い事を考えたも んだ、この城門から出入りしているのは若い人ばかりなところを見ると、今は学校 にでもなっている様子だ。 守衛所のようなところで切符を買って中に入ると、すぐバスケットコートが何面も あり大勢の学生が走り回っているほとんどが私服のままで、息抜きに体を動かして いる風ではあるのだけれど、フットワークは良いしパスは正確だしフォーメーショ ンまで使っている、ユニフォームを着せれば試合ですと言っても通るくらいの熱の 入りようだ、遊びでこのレベルならばクラブ活動だとどうなるのかちょっと見てみ たい気がする。 道は独秀峰に向かい真っ直ぐ付いていて、その両脇に宮殿建築風の校舎が並んでい て面白い。城門から4〜5分で独秀峰の麓に着く、やはり観光地らしくおみやげ屋 がなん軒も並んでいるが時間が遅いためか半分以上は店じまいしてしまっている、 学校が昔は宮殿で敷地の中に岩山があってそれが観光地になっていておみやげ屋が たくさんやっているところなんて他には知らない。 登り口はまだ閉まっていなかったのでいそいで登り始める、あたりには他に観光客 らしい人影は無い、なんだか「蛍の光」が流れている店内でただ一人買い物をして いるようなそわそわした気分になってきた。 頂上には東屋があって売店になっている、小姑が一人で店番をしていたジュースを 一本買って狭いテラスのような表に出る頂上は東屋を出ると六畳間ほどのスペース しかないここに団体客がが登ってきたらどうなってしまうのだろう、しかし今ここ には私がいるだけだ一つだけ有った小椅子に腰をかけ、桂林らしい山並みがよく見 れる方向を眺めながら一息ついてジュースを飲む、小姑が歌をながらかたずけを始 めたのが気配で分かる。 ちょうど日没の時間に来合わせた様だ、見ている前で太陽は山並みの少し上にかか った雲に隠れていく、それにつれこの他では見たこともない形をした山並みのシル エットは紫から青に色を変えていく、かなり得をした気分だ。 映画ならばENDマークが出てきそうなシーンに大満足なんだけれど、まだ宿も決 まっていない、電話もしなくてはいけないし、足はよれよれになっているし、脱出 に成功した宇宙船にはエイリアンが潜んでいてまだ戦いは続くのである。 地図によると、この宮殿風学校は繁華街からさほど遠くないところにある、その方 向に近い入ってきたときとは違う城門を抜ける。 仕事を終えた人達に混じって十字路に向かうがどうも様子がおかしい、何時までた っても繁華街に着かない、と言うか繁華街が有るはずの場所に繁華街がない、と言 うか、最初から繁華街といえるような所は無い、と言うか全面工事中で繁華どころ の話ではない、うーーん街の大きさと第一級の観光都市である事から想像していた のとはだいぶん違う質素なところだったのかなぁ。 とにかくネオンきらきらの繁華街の表通りはあきらめて、繁華街の裏通りのような 通りに入った、すでに周りは完全に暗くなっていて店は灯りをつけている、車も人 も多い雑踏の中で食べ物屋を物色するが、今一つ気に入った店がない、それにホテ ル旅館のたぐいが1軒も出てこない、桂林の繁華街とはよほど愛想が悪いらしい。 これなら、象相公園のあたりの方がよほど食堂もホテルも充実している、独秀峰を 出てからすでに40分以上歩き回っているが、町並みもだいたい様子が分かってし まった、目新しい物に気を取られていないとすぐに自分が相当疲れていることを思 い出す、そうなるともうすぐにもその場に経たり込んでしまいそうになってきた。 もうあまり歩きたくない、繁華街に見切りを付けて象相公園に戻ることにする。 流しのタクシーを捕まえて「しゃんしゃんごんゆえん(象相公園)」と言ってみる メモに行き先を書くのもめんどくさい通じなければ書けばいいやと行動がかなりな げやりになって来た。 すると「象相公園ですね。」とあっさり車を出してくれた、よしよしあたる確率と しては3割はマーク出来ている、これなら立派なもんだ。 あちこち歩き回った割には10分ほどであっけなく象相公園に戻ってしまった、と りあえず切符売り場のおばさんの所に戻ってみるがおばさんはもういなくなってい た、そのかわり今度は自転車力車のお兄さんが盛んにそこら辺を見て回って2元で どうかと誘ってくる、しかしこれは蘇州でぼったくられた経験があるので無視。 すこし、戻って七星賓館と言うところにやっと一息220元、受付の小姑に事情を はなして桂林観光(漓江下り)の発券所でもらった電話番号に電話してもらう。 部屋にはいると漓江下りに行くのなら明日モーニングコールは必要ないかと確認の 電話が来た、けっこう心配りが良い。 その晩近くの食堂で少し高いメニューを注文したところ、見たことも食べたことも ない物が出て来てがっかり、食べてみたところ思った通り美味しくない。 これの為に一日歩き回っていたと思うと少しむなしい気持ちになってしまう。 以下次号! ■■■ホームページ開設!「中国放浪」 ■■■ http://homepage1.nifty.com/KAWANABE/top.htm ▼ ▼ ┗◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 茶那 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆┛ 今日は桂林の観光ツアーに参加と言うことになる、そうなると決められた時間に決 められた場所に行かなくてはいけない、乗り遅れでもしたらそれまでだ、この旅行 これを見たくて来たようなものだから、しくじりでもしたらこの旅行の事を思い出 す度暗い気分になってしまうし、また来るのもめんどくさい。 そう思うとかなり緊張してしまう、切符を買ってはいるが「り江遊」と言って買っ ただけなので内容がどんななのかはほとんど知らない、そう考えると不安にもなっ てくる、ツアーに参加、団体行動などは常識的な海外旅行のスタイルなのだろうけ ど帰りの飛行機に乗るとき以外で明日の予定がしっかり決まってしまうのはは窮屈 だし、誰かにこの身を預けてしまうのは不安な気分だ。 7時30分にモーニングコールを頼んでいたがその時間にはすでに身支度は終わっ ていた、朝8時にホテルのロビーで待っているようにと言われたが、もし聞き間違 いだったらアウトだ切符売り場の方に行って待っていた方が確実に思えたのでチェ ックアウトをしてそのままホテルを出てしまう、天気はまずまずだ今回の旅行は天 気に恵まれている本当に有り難い、切符売り場は5分ほどの距離、河畔の朝のさわ やかさを楽しむ暇もなく着いてしまう、切符売り場の前では大勢のおじさんおばさ んが社交ダンスの練習をしていた。 この時間最もポピュラーなのはやはり太極拳だけれども、剣や棍が有ったり扇子を 持った舞、それからこの社交ダンス、もう少し遅い時間になると京劇の練習、バト ミントンまでなかなかバリエーションが豊富だ、テレビをみるとアメリカあたりの テレビ番組のエアロビクス教室が盛んに流れているけれど、何時の日かこれが朝の メニューに加わらないであろうかと考えている私はオヤジである。 切符売り場はすでに開いていて昨日のおばさんがカウンターに座っていた、ホテル で待っているように言われたがこちらに来てしまった事を話すと連絡を付けてくれ た。 「昨日は何処に泊まったの、高いホテルの方に歩いていったので心配したのよ。」 たぶん、この様なことを話しかけて来た、このおばさんけっこう親切だガイドブッ クの注意事項を読む限り桂林は街ぐるみの犯罪組織であるように思えるのだけれど、 ここまでの実際の印象は素朴で正直で親切な人達が暮らしている街と言った感だ。 間もなおむかえのマイクロバスがやって来た、同じようにここで待っていた何に人 かの観光客と一緒に乗り込むとまず立ち寄ったのは昨日泊まった七星賓館だった。 連絡がうまく通らずに私を向かいに行ってしまったのかと思ったが添乗員の人が何 人化の観光客を連れて戻ってきた、やっぱりホテルで待っていてもよかった様だ。 これで、車内のお客は十人ほどになった、みんなうウキウキとした感じで会話を弾 ませている、こちらもテレビのウーロン茶とかのコマーシャルをみながら憧れてい た桂林の風景の中にこの身を置けるなんて楽しみ楽しみでしょうがない。バスはこ のまま船着き場に向かうのかと思っていたら、桂林市に来て最初に訪れたバスター ミナルの隣の駅前広場の脇に停まってしまった、どうやらここでバスを乗り換える らしい。 一体どう言う段取りになっているのか聞ければ良いのだけれどそれほどの語学力す らないものだから言われるがまま他のバスに乗り移る、私だけ他の乗客と違うバス に乗せられてしまった、内装などがけっこう良い車両で中国人は120元のところ 外国人料金450元也を払ったツアー料金の分特別扱いされているのかとも思うの だけれど乗っているのが私だけと言うのは非常に不安だ、ここまで来ても自分が間 違いなく手はずを付けている自信がいま一つないし、切符はすでに渡してしまって 手元にないし、ガイドブックに有る通りこの街はとんでもなく治安が悪くて、乗せ られたのも実は雲助のボッタクリバスかなんかでどっかでほっぽり出されたり、最 悪有りがね全部巻き上げられたりされはしないかとと、何時までもバスは出発しな いので暇な分色々なことを考えてはどんどん不安になっていく、20分ぐらいそう していたが、男性の客が一人乗り込んできただけでもう当分出発する様子はない。 心配事はいっぱいあるもののまだ朝食を食べていない、どうせ出発しないのなら朝 食でも取りたくなってきた、このバスは食堂の前に停まっているんだし軽くお粥で も食べようと、バスを降りてそばで仲間同士で世間話でもしている様子の係りのお じさんに相談するとちょっと待てと止められて他の人と相談を始めた。 しばらして戻ってくると、なにやら説明をしてくれたが聞き取れない、その後バス に乗っていたもう一人の客と一緒に表通りの方につれて行かれる、道々一緒に着い てきたもう一人の係りのおばさんは私が肩に掛けている小振りのショルダーバック を見てこの鞄は危ないと言って心配している様子、蓋を閉めるのに止め具を使わず にマジックテープを使いて簡単に開けられるようになっているのがいけないらしい、 肩掛けはたすき掛けにして鞄は前の方に持ってきて両手で抱えるようにしていなさ いとジェスチャーで教えてくれた。 格好悪いなぁ、と思ったけれどせっかく心配してくれているんだからと言われるま まの格好で鞄を持って表通りでしばらく待っていると、おじさん走って来るミニバ スの内一台を停め運転手に言葉をかけて私たちを乗せた、450元出して買ったツ アーの切符はもう何処にあるのか見当も付かない。 バスは20乗りほどのミニバスで添乗員のお姉さんがマイクを使ってなにやら盛ん に話しているところを見ると観光バスではあるらしい話の内容が少しでも分かれば 何処に行って何をするバスなのかは分かるのだろが、早口で延々と話し続けられて ほんの少しの意味も聞き取れない。 しかし、このお姉さんの話なかなか終わらない、途中で休憩もしないで台本がある わけでもないのに、10分、20分、30分経過してもまだ話の勢いは治まらない 最後にはのどがかれてきて盛んに水を飲みながら結局40分近く話し続けて解説は 終わった。 うーーんこれはサービス精神旺盛と言えばよいのだろうか、中国語が出来たのなら ば本当に色々な情報をここで仕入れることが出来たのだろうけれど、中国語が分か らなくたって珍しい者を見ることが出来てそれなりに楽しめてしまった。 しかし、本当に困ったのはこんなに矢継ぎ早に延々と話し続けられてしまって、こ のバスがどんなバスなのかほんの少しも聞き取れなかったことだ。 話が終わるとオプションツアー料金なのだろうか、ガイドのお姉さんはお金を集め 始めた一緒に乗った男の人も払っていたので言われるままに60元也を渡した。 バスは小一時間走ったところで川沿いにあるドライブインのような所に停まった、 乗ってきたバスを忘れないようにして下さいとバックナンバーを教えてくれた、す ぐに又出発するのだろうか?。 ガイドのお姉さんにつれて行かれたところは、観光地にありがちな宝石店、中国だ ってこんな商売成立するんだよなぁ、たぶんここが原産地なのでかなりお得な価格 が付いているのだろう、会社の慰安旅行なんかでつれて行かれるあまりに見慣れた 光景に感心してしまった、女の人が宝石に目がないのとは万国共通の様だ。 一通りおざなりに見て外に出てみると、バスに同情していた人の何人かはすでに表 に出ていて宝石店の前の広場のあちこちでたっている、みんながそろうまで待って いるのだろう、ここいらへんになるともう完全に勘だけがたよりの当てずっぽモー ドになっている。 ここにいれば又どっかにつれていってもらえるんだろうなぁ、たぶん。 と言うことで、売店でゆでたまごとか落花生をを買って朝飯代わりに食べながらい っしょに待ってみる。しかしいつまでたってもどっかに移動する気配がない、一緒 のバスに乗って来た人達が動かないのだから間違えてはいないようなのだけれども 少し不安になって来た、小一時間ほどたった頃にしばらく姿が見えなかったガイド のお姉さんが現れて切符を配り始めた、切符を受け取ってみんなが行く方に行って みると川沿いのフェンスの向こうは船着き場になっていて何十捜もの遊覧船が泊め て有る。 ここが桂林下りの出発点だったのだ、フェンスから10mも離れていないところで ずっと待っていたのだがみんなを見失わないようにずーっと動かずにいたので、気 が付かなかったがこれで一安心、どうやら私の願いはかなうらしい。 もちろん、そうするつもりで行動していたのだけれど、ずぅーもしかすると間違え ているのではないかという気がしていたので非常に嬉しい。 最初一緒のバスに乗っていた男の人と同じ切符を渡されてズラリと並んだ船の中か ら自分たちが乗る船をいっしょに探した、歳は30歳前後の中国では珍しくスーツ を着込んでいて、ちょっと雰囲気が違う感じがしたが話してみると、香港の人だそ うで数学とコンピューターの先生をしているそうだ、香港は完璧に広東語なので中 国本土の言葉は使えないと思っていたが、以外にもなんの支障もなく周りの人と話 している、まぁ、ここは広東のすぐ隣の省(自治区ですけど)なのでそんなに大き くちがわないのかも知れない。 間もなく、乗り込む船を見つけ乗り込むと沢山のテーブルが並べて有る船室を抜け 2階のデッキにあるガラス張りの見晴らしの凄く良い小部屋に通された、普通の4 倍もする料金を払っているのでさすがに座席は1番良いのをあてがわれた様だ、あ ちこちたらい回しになりながらつれてこられた割には、私の事はちゃんと申し伝え られていたようだ、お茶を出されたり、昼食の注文を聞きに来るのに答えたりした 手居るとやがて数珠繋ぎの船のもやいは次々にほどかれ、いよいよ船は岸をはなれ 川を下り始めた。 〜〜〜〜□□> しばらくは、平坦な両岸を見ながら進んだが 桂林下りの終着点は陽朔と言う街で、美しくて不思議な奇峰群の中に広がっている 以前からこのおとぎ話に出てくるような街の景色をガイドブックの写真などで見な がらいつかはこの街を心ゆくまで歩いてみたいものだと思っていた所。 だから最初から今日はここに宿を取ることに決めていた。 4時頃、まるで湖の様に平らな水面に前行く船のシルエットと、日暮れが近づいて 少し青みを増した桂林の山並みが映る静かな風景に見とれているうちに船は岸壁に つけられた。 周りの風景の静かさとはまるで関係なく船の上は乗客はにぎやかに船を降り始める みんな桂林下りの風景を満喫出来たのは嬉しそうな表情を見れば分かる。 香港の先生は行きがかり上私の世話役になってくれている、このツアーの船を降り た後の展開がまったく分かっていない私を案内してくれている、おみやげ屋が両側 に立ち並んだ道をしばらく行くと小さな広場に、たくさんの自転車の力車が停めて あって、客引きに精を出している。 先生は通りすがりの一台と交渉して私を招き入れてくれた、先客の二人の女の人と 相乗り料金になるらしい1元を払う。 しかしたしかに大人4人分の座席は着いているのだけれど自転車で4人乗てこぐの はさすがに大変そう見ていて申し訳なくなってしまうほど力んでペダルをこいでい る。商店街の中をしばらくこいでいくとバスターミナルに到着した。 ターミナルと行っても道路を広く取って有る交差点の一角にバスがたくさん泊めて 有るだけなので客はたくさん停めてあるバスの中から勝手に自分の乗りたい所に行 くバスを見つけて乗り込む、さっきの自転車力車の広場とさほど変わらないところ だ。 ここで力車を降りた、先生は泊めてあるバスをいちいちチェックしながら歩き回る そして間もなく観光船の乗り場まで乗ってきたバスを見つけだした、中にはすでに 朝このバスに一緒に乗り合わせたお客が何人か乗り込んでいた。 桂林市に帰るまで面倒を見てくれるようになっていたらしい、しかし今日はこの街 に泊まるつもりなので、そこまでは必要ない、なかにいた、あのガイドのお姉さん と運転手に、今日はここに泊まるからここで別れるとを話した、そして帰りの料金 を戻してもらえるかと交渉してみると、運転手はなにやら地面に向かっててをぐる ぐる回しながら話してくるが聞き取れない、先生がこのあたりの名所をこれから見 て回る事を教えてくれた、朝払った60元はこのツアーの料金だったらしい。 帰りは又この街に立ち寄るそうなので、その時に分かれることにしてそのままバス に乗り込んだ。 20分ほどで全員が乗り込みバスは出発した。街の中では建物と奇峰群のコントラ ストが面白く街から出ると水田や畑と奇峰群の組み合わせが美しい。バスが走って いる道の両側に迫ったり遠のいたりこの奇峰群は何処で見ても変化に富ん でしかも美しい。 ■目次 ■地図 ■表紙 |