03初秋宮崎へ隔週の旅 その2(20〜23日)  その1へ    トップページへ


 九月は連休が多いので、翌週もHさんに…宮崎に行きたくなり、急拠金曜日の深夜2:30に車を走らせる、中国道滝野社ICから乗り、岡山との県境のPAで朝まで仮眠をとった後、熊本の御船ICで下りた時は午後四時ごろ、ここから九州中部を横断し1週間前に来たばかりの高千穂〜延岡、R10号を高鍋へ、やはり高速道路と違い地図上ではタイした事の無い距離も意外と時間が掛かる。 やさしいHさんは時間を大幅に遅れたのにもかかわらず宿泊施設(R10号沿いの下にファミレスも有るとても便利で良いところであった)と夕食を用意して居てくださって大変感激する(山口県辺りでカップヌードルを食べただけだったので) 
 その夜は高鍋で休ませてもらい、翌朝も快晴、先週に引き続いて2週連続台風の影響はどこへやら、雨男の僕なのに。 宮崎市中心街を越えて、青島をバイパスし堀切峠で休憩、海岸まで下りて鬼の洗濯板を目近に見る、しかし個人的には洗濯板より、海岸まで下りる途中に両脇を鬱蒼と覆い隠していた南洋植物の方が雰囲気を醸し出していて長らく記憶に残りそうだ。 流石に長年、新婚旅行の国内首位の地位を保ってきただけの事は有ると思った。

 四年前、台風の中、鹿児島からバイクで来た道を反対側から行き、日南市 飫肥(おび)というとても落ち着いた感の有る城下町に案内してもらい、服部亭という大きな佇まいの歴史を感じさせる家屋の中で餡蜜を食す。甘味処として営業しているらしいのだが、自由に家の中も散策でき、得難い体験をする、僕だけならこんな場所の存在は及びもつかなかったし、終生行くことも無かったであろう。いつも目的地から目的地への移動手段が主なので、まさか陽光溢れる日南海岸から少し入ったところにこんな落ち着いた場所が有るなんて思いも着かなかった。 名物と言われる厚焼き玉子(甘いお菓子)を買ったHさんのお相伴に預かる。

 その後、R222号などを走り都城方面へ、鹿児島県の霧島神宮に夕方頃到着。バイクでも良く来た事の有る懐かしい場所だ。 観光案内所で「霧島ロイヤルホテル」を紹介してもらい、山上まで車を走らせる。
 僕が来ていた15年ほど前は牧園町からバイクで通り過ぎるだけで、当時は寂びれた印象が強かったがこの不況化においても結構宿泊客も居る、とりわけ夜になると女の人ばかり団体で来訪しえらく賑わっていた、何の団体だったのだろうか、観光客にも見えなかったが。
 朝は一番遅いバイキング、途中、用事を伺ってきた女の人がなんとなく年も近く思え、顔もなんだか懐かしい感じがした。 1985年から四年間もこの近くに住んでいたのだからどこかですれ違っていたかもしれないね。 全く女性に縁は無かったけど。

 9/22のこの日もとても良い陽気、霧島連山も赤茶けた山肌をクッキリ浮かべて、まるで登りに来いと言っているみたいだが、直ぐ近くに有った「高千穂牧場」へ、ん? そうなのだ、この地は1週間前に行った宮崎県北部の「高千穂」と神話の本家と元祖を競っているらしい。 まぁそんなことは部外者にはどうでも良いことなので、(細かい所をはしょるのは兵庫の良さを何でも感でも大阪という短絡的な安物メディアと相通じるが)
拘らずに高千穂牧場を楽しむ、牧場の規模としてはそう大きくないと思うが、とても清清しい気分になれる場所であった。 生乳を使った牛乳やアイスクリームも甘党にはたまらなかった。 馬の口に手を入れて結構な顎の力で噛まれたのも良い思い出になった。

 1時間ほど過ごした後、八十年代後半にボートに乗ってルアーを投げた御池への道を走り、小林市を抜け、とても細い山間の道を縫い、世界トップと謳われる高さと長さを持つ綾町の歩行者用吊り橋をおそるおそる渡り、こけもも洋羹を買って、宮崎市へ戻る、実はガソリンを気にしていたので給油できてホッとする、小林から綾の吊り橋へ向かう人は早めに給油しておくことをお勧めします。 宮崎駅前駐車場に車を止め、駅で名物の「なんじゃこら大福」を勧められるまま購入する、しかしこれは甘党にはたまらない出色の物であった。又来ることがあれば今度は大量に買おうと思う。  

 三日間、お世話になったHさんと別れ、フェリーへ、船中は意外なことに台風が残したうねりで船酔い者が続出、僕はひたすら横になってやり過ごし、目が醒めたら大阪南港だった、なんだか惜しい感じがした。


      
 日南海岸 堀切峠        綾町の照葉大吊り橋     霧島 高千穂牧場 


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