2003/11/14

番号を振るぞ 

 日本SF大会は、一続きの一本の企画ではなく、学園祭のように様々な企画が平行して動いている。たとえば、今年の T-con 2003 でも全部でほぼ120企画ぐらいが動いていた。この中には、二泊三日のほとんどを通じて動いている常設企画や、2時間単位(1時間30分の企画+30分の休憩・移動時間)で次々と動いてゆくコマ企画、常設と云う程ではないが何コマにもわたる長い企画などがある。参加者は、その中で、自分の参加したい企画を自由に渡り歩く、企画に巡り疲れたら飲食の供応される常設のレストルーム(今年は、成年に対してはお酒も出した)で一休み。さらに今年は全員合宿のため、自分の宿泊室に戻れば眠ってもいい……といった具合で、自由に過ごす。
 当然、この企画は、実行委員会が準備するもの、参加者有志が大会に申請して持ち込むものなど、さまざまなパターンがある。しかし、その全ては、事前に大会実行委員会の企画セクションに把握、管理され、ゲストの到着出逹日時や機材の流れ、企画の性質や人の流れと云った様々な要件を重ね合わせ、それこそ、命を削るような苦労を経て、大会全体を見渡す大タイムテーブルに組み込まれるものだ。事前に集客数の予想を立ててあの時間この時間の大きな部屋小さな部屋に割り振るのだが、同じ時間の企画にゲストが重複していないか、用意できる数の上限を超えてビデオや音響機材を使う企画がかたまっていないかというレベルは当然のこと。タイムテーブルを組むことに慣れたスタッフは、音を出す(聴かせる)企画が二つ並んでいたりしないか、その企画の間の壁は鉄筋で厚いのか簡単なパーティションで薄いのか、あの企画とこの企画は顔を出す参加者の傾向が近いからできるだけ重ねるのは避けるとか、企画出演者が夜に弱かったり放っておくとどんどんお酒を呑んでグデングデンになってしまう人なので早い時間帯に入れるとか、ありとあらゆる状況を勘案しながら、タイムテーブルを作り上げる。
 これは一面、国鉄の大時刻表作成作業に似ている。素人目には列車の時刻表なんて、始発時刻があって駅間の所要時間を入れてゆけば、ほぼ機械的に作っていけそうな気がする。だが実は、駅の間で列車がすれ違えない単線区間があったり、普通列車を追い抜ける待避線がある駅が限られていたり、列車やルートによっては途中で二つの列車に分かれたり機関車を増結したり、ターミナル駅での乗り継ぎ時間も考えなくてはならない。そのため、昭和中期から大々的に電子計算機を導入していた国鉄の技術力を持ってしてもこの作業を自動化することは出来なかった。そのために、全国津々浦々の路線図と駅間時間を全て頭に納め、列車経路や運行作業のための所要時間をほぼ把握していると云う神様が必要だった。国鉄解体からまもなく20年。当時部屋一つ占拠していたようなコンピュータと同等の機能が膝の上や手のひらに乗ろうというこのご時世、今のJRがその作業をどのようにして行っているのかは寡聞にして知らないが、今私の知る限り、今それに最も近い作業をしているのが、大会のタイムテーブル組み込み作業だ。
 しかし、それでも、ギリギリになるまでゲストの参加・不参加が確定せずにプログラムに掲載できなかった企画や、いろんな都合で時間が変更になった企画。天候不順や参加社が一人もいなかったので見送る企画や、突然顔を出してくださったゲストに急遽お願いして入る企画、ゲスト同士が意気投合し「おい、俺たちにこんな話をさせろ」と降って湧く企画など、当日になってもタイムテーブルは揺れ動く。
 T-con 2003 実行委員会の大会レポートの編集部では、現在、こうやって動いた企画を含め全企画を把握するために、企画セクションの協力を得て、現在、大会の全容を知るための完璧版タイムテーブルを作っている。
 11月13日木曜日。平日昼間だが、体の空く編集員を集め、その作業が行われた。
 この日集まれた人間だけではちょっと大変な作業だったが、まあまあ、整合性のとれたタイムテーブルと、それぞれの企画に対する番号付与が完成した。この番号は、大会レポートのための番号付与だ。企画セクションには全ての企画に振られた企画の通し番号が存在するが、その中には発案されたまま放棄された企画や早期に断念した企画などレポートには不要な物が多い。このためレポート編集部としては独自の番号を振る必要があった。この120個近い企画のうち、どれだけがレポートに乗せられるかはまだ未定だが、出来るだけがんばりたいものだ。

2003/11/10

2100枚だぞ 

 写真の整理をした。この夏の日本SF大会のレポートの編集作業の為、記録班の撮った写真を全部アバムから引き出し、企画単位に選り分けたのだ。企画に含まれないものも、参加者の模様を撮った全体的なスナップや、大会の看板や展示物など風物詩的ー物、ゲストのスナップ、スタッフの働いている姿。いろいろな(銀塩)写真が、合わせて約2100枚。2泊3日、まるまる45時間。タイムテーブル上の企画総数112。消えた企画、増えた企画があるから若干それよりは増える方向で動くとは思うが、それにしても、大きなイベントだった。その大きさを改めて実感するのが、この写真の量と、バラエティーの広さだ。
 神北は、二日前に先乗りし、一日後まで後泊したから、あわせて5泊6日。ほぼ一週間に渡って会場に張り付いていたが、ほとんどの時間を裏本部と言われていたスタッフ寝部屋兼用の作業スペースで、持ち込んだMacに向かってシールを作ったり、缶バッチを作ったり、小さな幟を作ったり、四六時中何かを作っていた気がする。
 おかげで、表で何が起こっていたかはほとんど知らないのだ。今回の整理のおかげで、初めて、大会の企画の数々をビジュアルで見る事が出来た。竹内くんが探して来た長さ2mのアルミ定規が大活躍した宇宙船ふじモックアップ作製など、形を作った上で、その中に飛行士役が入って、外に陣取った管制官役とともにミッション・シミュレーション行ったため、かなり長い時間、作り上げたモックアップがでで〜んと会場に偉容を示していた筈だが、その間一度も様子を見に行く暇が無くて、この写真で初めてその姿を目の当たりに出来た次第だ。また、展示系の企画も見る機会が無く、へー、こんなモックアップがあったのか〜とか、今になって感心する事しきり。
 しかし、浸っている暇はない。あと1900枚、デジカメのデータが残っているのだ。
 

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