幽霊の正体見たり枯れ尾花。

なるほど、幽霊は人の心が作り出しているのかもしれません。
しかし、それはあまりに一面的な見方に過ぎませんか?
幽霊の在り方が、何も、映画や演劇に出てくるような形である必然はありません。
幽霊という存在は、実際に身近にあるから、歴史の歩みと共に、常に存在しつづけているのではありませんか?
それが居ることを認めて、何の不都合があるというのでしょう。
科学は未だに発展途上であることを、すべての科学者が認めています。
それなのに幽霊の存在を、既存の科学にだけ照らし否定するのは、明らかな間違いではないでしょうか。
などと強いこと言っても、ではこの実在を証明せよといわれれば、両手を挙げてしまうしかないのも事実ですね。

だいいち、そんな方法があれば先人が既に証明して見せているでしょう。
それより何より、議論になどなるはずがありません。
しかし、人間が心の中に、死後の人格みたいなものを肯定しているから、議論になる。というか、そもそも、生きている人間の魂(あえてこう表現しますね)をきっちり論じた科学が存在していないのですから、迷信でもトリックでも、付け入る余地があるわけです。

では、幽霊は本当に人間が作り出したものなのでしょうか?
私はそうでもあるし、そうでもないとも思います。
あ、訳がわからないですね、これじゃ(^_^;)
だから、幽霊をよく知っているような形で見たのではなく、死者としか表現できない存在と接触とか、意思疎通とかを交わした者がいて、これが脚色されていったかもしれないな、ということなんですよ。
で、脚色された形態が、人間の意識の中でしっかり根付いてしまって、幽霊と言うものがある。それは、こういうものだという共通認識化した結果、パターン化した霊体験と言うものを多くの人間が共有することになった・・・
これは、一種の無意識催眠ですよね。
じゃあ、やっぱり霊体験は、人間の頭の中だけで起きているのか・・・
と言うと、最初に霊的なものを感じた人はどうなるの? 彼の所為で、この現象は始まったのじゃないの? という鶏と卵状態になりかねないわけですね。
あ、もっとも、最初に嘘をついたと言われれば、それまでか!
でもね、やっぱ、幽霊と言うか、霊的なものがあるって言う方が、人間としてロマン
(?)を感じますよね。(ああ、強引)

さて、それじゃあ、幽霊っているのか? いないのか?

そう改まって問い掛けられると少し困ってしまいます。
個人的見解として断らせてもらえば、居ると断言します。
私も、何度か目撃・・・いや、体験させられております。
精神病理で解説している幽霊の目撃パターンと言うのがありまして、フロイトなども、普通だったら霊体験と思われるような現象に遭遇しておりますが、これをきっちり分析し、幻覚であると位置付けています。
あそこまでの事をされると、ひょっとして自分の見たものも幻か? などと疑ってしまうのです。
まあ、それでも、自分であれが現実と納得しているのですから、強く押し切ってしまえばいいのですが、長年にわたって論じられてきている幽霊の存在をめぐる考察は、病理学的にかなり高度な部分まで含んだ議論に発展しているわけでして、あんまりそう言ったことにまで首を突っ込みたくないと言う、私なりの思惑もあり、公的発言として広く幽霊は居るのだと叫べないわけであります。
え? そんな講釈は聞きたくない?
ごもっとも。
ここは、もっと気楽に幽霊というものを語る場所でありました。
というわけで、下のコンテンツでは、もう少し軽い論調で幽霊を語ってみたいと思います。
では、ごゆるりと、お過ごしください。

                              庵主  橋本 純 

幽霊は人類の歴史と共に歩んできました。
何故、幽霊は人に害をなすのでしょう?
心霊写真て、結局何なんでしょうね?