水俣・川崎展市民委員会ニュース
第1号

2003年6月9日発行

これまで水俣・川崎展市民委員会は、3月1日に川崎在住の水俣病患者大村トミエさんをお呼びして、「水俣」を学ぶ講演会「水俣病のいま〜水俣からのメッセージ」を開催し、その後5月までに3回の市民委員会を開催してきました。2004年1月6日(火)〜2月8日(日)の水俣・川崎展に向けて、ホールプログラムやプレイベント、広報、チケット販売などの準備を進めつつありますが、決定していることはまだまだ少ないのが現状です。第2回委員会までの全体会方式での議論では時間的に無理なことがはっきりしてきたこともあり、第3回市民委員会より写真・キャッチフレーズグループ、企画案グループ、広報グループの各グループごとに分かれて議論し、そこで議論され決定されたことや懸案事項を全体会で発表し、全体の共通認識とするスタイルになりました。

 今回の水俣・川崎展市民委員会ニュース第1号は、各グループの議論の雰囲気と進捗状況が分かるものをと考え、各グループの方に原稿をお願いし、掲載させていただいております。A班からは、松浦さんの承諾をお取りしたうえで、5月11日にメーリングリストに書かれた内容を編集して掲載させていただいております。B班からは、当日グループの発表をされた森さんに、C班からは、今回のニュースを編集している三浦の原稿を掲載させていただきます。また、このニュースでは、毎回「私の水俣」を掲載していきたいと考えています。第1回は、先日、水俣を旅した鈴木俊輔さんの「私の水俣」を掲載させていただきます。まずは、「私の水俣」から。

 

「私の水俣」 第1回

 学生生活を終え、日々の忙しさと、生活の不安感の中で、自分自身が今まで「これはおかしい」と思うことが、次第に「でも、しょうがない」に変わり、いつのまにか、周りに目を向けず、自分自身のことばかり考えて生活している自分がいました。水俣・川崎展の委員会へは、そうした狭い視野に立った自分のことだけでなく、もっと広い視野を持って生活していきたいという思いから参加しました。

 美術大学へ進学し、絵画という表現手段を持って水俣など、罪なく苦しめられた人々の声を何とか表現し、伝えたいと考えていました。自分が水俣へ興味を持つようになったのも、水俣病という悲劇の中で強く生きぬいている、患者さんたちの姿を写真や絵画、映画という芸術表現を通して、美しいと思ったからです。

 先日、水俣へ旅をしました。そこには、写真や文章で知っていた水俣よりも生々しい自然と人々の生活がありました。自分がなぜ水俣と関わろうとするのか。患者さんを助けたい、権力を批判したい、そういう思いもありますが、それよりも、多くのしがらみの中で生きていく人間の姿、自然とのかかわり、ぶつかり合い、そういったものが、隠されずに、おもいっきり火花を散らして輝いた水俣が、単純に好きなのだと感じました。

 何となく豊かな生活、しかし隠されたものは見えにくく、いつまでも、心の中に疑問を持ちながら生きている。そんな生活の中に、水俣は隠されようとしたものを打ちやぶるエネルギーをもって、何か勇気を与えてくれるような気がするのです。

  水俣・川崎展では、その水俣がもっているエネルギーをもっと多くの人に知ってもらい、広げていくことができればと思っています。(多摩区出身・現相模原市在住/鈴木俊輔)

 

写真・キャッチフレーズグループ(A班)

 写真・キャッチフレーズの選考会は、事前に写真の絞込みを行った鈴木さんとグループ別に張り出したところまでは予定通りでしたが、コピーを考えて出席者のみなさんに一票を付箋でなんてことにはならなくて、まず駄目なものということから群集シーンや海の写真に×印がつけられ、あとはワイワイ。

  鈴木さんは私よりももっと奥ゆかしく遠慮がちで、何度か何か言いなさい!!とかしかけると、何か発言するのですが、あまり聞き入れられたようではありませんでした。写真選考半ばで、タイトルコピーの方に移って、またワイワイガヤガヤ。

 楽しかったのですが、なにも決まらないで、また来月ということになり、実川さんは来月今日の写真コピーの何点かの紙焼を用意してくるとのことでした。車イスの少年の写真は、コピーでは廊下の奥は暗く何も見えないが、実際の写真は雑然としているのだそうです。候補写真は全部実川さんが持って帰られました。

 来月また写真とコピーを市民委員会で検討して、その次の月に、市民委員会の意向・方向を汲んだポスターを3点、フォーラムで作成してくる。その3点から選んでください。修正は一切なし。選択のみとのことでした。(松浦哲男)

 

企画案グループ(B班)

 3月1日にあった「水俣・川崎展の開催にむけて」に参加して大村さんの話を伺ったり、映画を観たときから何らかのお手伝いをしたいとは考えていたのですが、開催期間中だけのお手伝いにしようか、実行委員会からにしようか(労力と時間のやりくりができるのか)迷いながら3回目の実行委員会に様子みにでてみました。

 そんなわけで2回目までの経過がわからないので、企画案のグループが一番内容を把握しやすいかな、と参加しました。

  具体的には「川崎・ピースリンク」案には“パレードを1回やるよりたくさんの駅前で写真やポスターを使ったり、チラシを配ったりしながら水俣展のピーアールをしたほうがいいのでは”という提案や、「川崎と水俣の子供たちの絵画展」案には“いい企画だけど、どうやって水俣の子どもの絵を集めるの?”という話になったりしましたが、では、何が話し合われ、進展があったのか無かったのか、合意事項はなんだったのかということになると漠然としたままで、散漫な印象しか残っていません。

 考えてみれば、あれだけの企画案をあの短い時間の中で話し合うのはとてもとても無理なことで、あの場で求められていたことってなんだったのだろう?という疑問が残ります。 「今回は1から3番までの案について提案者のネライや提案理由を聞く」というようにしぼってすすめたほうが良かったように思います。ただそのためには月に1回の実行委員会以外に時間を設けてじっくり提案者のたたき台を考える、そこでの一定の結論を実行委員会に提案する、というような方法をとらなくてはとうてい時間がたりないのでは、と不安が残ります。

 まとめのときに水俣フォーラムの方が言われたように、なぜ「緒方正人さんと川田龍平さん」なのか、なぜ「竹下景子さん」なのかという問いかけがあったように、講師の“顔”や“知名度”にたよるのではなく企画に何を求めるのかをじっくり話し合うことが必要なのだと感じました。(森 悦子)

 

広報グループ(C班)

 広報グループは、予想以上に人気がなくて4人(関口、広岡、大八木、三浦)のこじんまりとしたグループとなり、呼びかけチラシ、ホームページ、ニュースについて話し合いました。

 まず、呼びかけチラシは、現在のものでも参加しやすいように少し間口を広げた表現にしたと考えていたのですが、まだ多くの人に声をかけるには敷居が高いものとなっているとの指摘を受けたので、もう少し声をかけやすいものにしたいと考えています。当初、第3回市民委員会で配られたチラシに会期を記した形にして3000枚を配布できればと考えていましたが、2000枚を水俣フォーラムが配布するのであるならば、市民委員会は10000枚くらい配布してほしいとの指摘をフォーラムより受け、市民委員会としても10000枚は配りたいということになりました。

 次にホームページについてですが、現在、http://www.minamata-kawasaki.jpに作成しているものを少づつVersion Upさせていくことになりました。今後は、最新情報を掲載して充実を図りたいと考えています。なお、ホームページ作成にあたっては、プロの写真家の方が撮られた水俣関連写真を使う際には、著作権に注意することをフォーラムの大八木さんより指摘されました。

  水俣・川崎展ニュースは、市民委員会の開催結果および結果に至る経緯がわかるものにしたいと考えています。現在のところ、月一回第四月曜日に正会員、賛助会員に対して送付できればと考えていますが、第1回水俣・川崎展ニュースは大幅に遅れて発行予定です。ニュースの目的、内容、作成者、対象などを整理してから始める必要があるとのことでしたので、この場を借りて、整理したいと思います。

  •  ニュースの目的:水俣・川崎展に向けた市民委員会の情報共有を図るために発行する。
  •  内容:市民委員会で決定事項およびその決定過程を掲載する。 発行者(作成者):水俣・川崎展市民委員会広報班
  •  対象:水俣・川崎展市民委員会会員 発行日:毎月第四月曜日
  •  発行方法:メール、または郵送

当面の予定

  •  第4回水俣・川崎展市民委員会 6月13日(金)18時30分〜 高津市民館第4会議室
  •  第5回水俣・川崎展市民委員会 7月11日(金)18時30分〜 高津市民館第4会議室
  •  第6回水俣・川崎展市民委員会 8月8日(金)18時30分〜 高津市民館第4会議室
  •  第7回水俣・川崎展市民委員会 9月12日(金)18時30分〜 会場未定
  •  9 月 日( )プレイベントJ
  •  10月 日( )プレイベントK  
  •  11 月 日( )プレイベントL

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