「JRから暴力を排除し職場の信頼と安全を築く総決起集会」開催
11月15日、JR連合は、都内・田町交通ビルにおいて、「JRから暴力を排除し職場の信頼と安全を築く総決起集会」を開催しました。集会では、浦和電車区事件・三鷹電車区事件の被害者を救済し、安心して働ける職場と安全の確立を求める運動を全力で進めることを確認しました。
満員の参加者で会場が埋め尽くされた中で開催された集会は、田原副会長(JR北労組委員長)の開会挨拶で始まりました。集会第一部は、佐藤正男東北福祉大学教授から「今次、総決起集会の意義−ガンバレJR連合−」と題して講演を受けました。佐藤教授は、「職場の安全を守るべき労働組合が、暴力・強要・脅迫を行うなどということは論外だ。労働組合の名に値しない。労働組合の原点は、共に働く同僚へのやさしさ・思いやりだ。また、職場における暴力・強要・脅迫問題を労働法の立場から述べるが、労働契約を締結した以上は安全配慮義務が付随する。企業は、強要・脅迫などを未然に防ぐ義務がある。また、それらが起こってしまったら、事実の調査をして、被害を拡大させないための措置をとるべき義務がある。安全が最大の使命であるJR東日本ならば、なおさら安全配慮義務が大事であり、まさに会社の責任が問われている。この問題は、一現場管理者の問題ではなく、経営トップが中心となって取り組まなければならない課題だ。是非、皆さんの勇気ある闘いが結果を出すことを願っている」と述べられ、熱いエールを頂きました。
第二部冒頭、角田会長が主催者挨拶を行い、「労働者の利益を擁護すべき労働組合が組合員を退職に追い込み、生活基盤を剥奪したことは断じて許されない。『加害者より、被害者を救済しよう!仲間を大切にする職場をつくろう!』と訴えよう。そして、『被害者救済署名』を一人一人がJR総連など他労組の組合員に呼びかけていこう。この行動は大変な行動だ。本気でやらなくては勝てない。新たな民主化闘争の歴史の出発である。新たな民主化闘争を我々自らの手で創ろう!」と訴えました。
JR連合国会議員懇談会の各議員からの来賓挨拶、松尾事務局長による基調報告、秋山顧問弁護士からの報告を受けた後、国労本部から連帯の挨拶を受けると共に友誼産別、議員フォーラムの各議員からのメッセージを紹介しました。
集会も佳境に入り、JR東日本ユニオンから代表がそれぞれ決意表明を行うとともに、今井副会長(JR東日本ユニオン委員長)が浦和電車区事件の被害者からのメッセージを本人の思いを込めて代読しました。決意表明を受け、JR7単組の代表が原告に対する激励の檄紙を手渡し、共に闘う決意を固めあいました。迫原青年・女性委員会議長が集会宣言を読み上げた後、山崎副会長(貨物鉄産労委員長)が閉会挨拶を行い、最後に角田会長の団結ガンバローで集会は成功裡に終わりました。
JR連合「JRから暴力を排除し職場の信頼と安全を築く総決起集会」
日 時 2007年11月15日(木)11:00〜13:00
場 所 田町交通ビル
○ 司会進行 … JR連合・慶島組織部長
○ 開会挨拶 … JR連合・田原副会長(JR北労組委員長)
◎ 第一部 記念講演
「今次、総決起集会の意義−ガンバレJR連合−」
講師:佐藤正男東北福祉大学教授(元JR東日本東北地域本社勤労課長)
- 今日はJR連合にとって、重要な意義のある決起集会になると思っている。お招きいただき光栄に思っている。私自身、これまでのJR連合の闘いは承知しているつもりである。この闘いで勝利できるように心より応援しているものである。
- 今日の決起集会が、いかに意義があるのか私なりに考えて話をしたい。
- 一点目、労働観からみた意義について、まずは古代ギリシャの話で2500年前の話になる。当時の古代ギリシャの労働観とういうものは、美しいものを眺めたり、哲学を勉強したり、死を語り合ったり、そういうことが自由主義としての生きる喜びであった。そして、人間としての尊い活動であるとしていた。こうしたギリシャの労働観は、ローマ帝国の支配を経て中世の終わりに至るまで、西欧社会で生き続け全ヨーロッパに広まっていくわけである。その後、ルターの宗教改革もあったし、その前段では様々な宗教の動きがあった。
- アダムとイヴについて、アダムは「労働とは罪を犯した償いのためにさせたのだ」という観点であり、それが古代ギリシャの労働観であった。その後宗教改革も始まり、登場するプロテスタントやピューリタンは、仕事というものを神聖なものとしていくわけである。今の意味とは違うが天職であるという考え方にした。その矢先の近代に入る前(18世紀後半頃)には、ヘーゲルやマルクスあるいはアダム・スミス、フランスではサン・シモン、プルードンといった社会主義思想家達が労働について非常に関心を持つようになり、労働観について研究をするようになるわけである。
- いずれにせよ共通しているのは、労働の価値というのは非常に高いのだということである。特にマルクスについては、「人と人を結び付ける源泉である。社会的な営みである」としている。これでこそ人間が人生の営みにおいて、価値あるあるいは人生をもう一度輝くものするといったものに位置づけていたわけである。そういった考え方が、ヘーゲル、アダム・スミスにもあって、アダム・スミスにいたってはごく最近で1776年に「国富論」という本を書いた。経済学的にみて「労働は、富と自由の源泉である」と偉大な考え方を唱えた。お金がなくても土地がなくても設備がなくても手ぶらで労働力と自分の知恵と能力を売ることによって、今で言う賃金をもらう。従ってそこに富と自由の源泉があるとしたわけである。一大発明をするわけである。こういうことがヨーロッパを中心にかなり構築されてきて、時あたかも産業革命のはしりである。その産業革命がイギリスを中心とした欧米に広まり成功を収めた。それによって労働の価値を認めたわけである。労働の価値を認めていない国は、裕福な生活をしていなかった。
- 今現在において、働くということにどう意義があるのかということははっきりしている。ただ、ここにきて最近特に問題が出ている。まさにここで労働の価値を見直す必要があるのではないかと感じている。歴史をきっちり押さえておきたいと思うわけである。
- 日本の労働観というのは、いうまでもなく「額に汗して働くことがどんなに大切であるか」ということである。「働かない、あるいは職場に集まっても協力し合わない」という人生は、まず自分を成長させてくれないし労働力も高まらない。労働というのは、「富と自由の源泉」だけではなくて、人間性を高めてくれる、そして労働力、その他の能力を高めてくれる。人生における労働というのは非常に意義があるのだ、従って大切なものであるということをキリスト教ではないが、これを天職に位置づけて大事にしていこうという考え方が日本の考え方として古代日本から一貫してきたわけである。
- 今、世の中は混沌としていて、ワーキングプアあるいは過労死、職場のいじめなど問題が山積みした状態になっている。また、格差社会が広がっている。我々は、再度労働の価値や職場で協力し合って働く意義の高揚を再認識する時がきているのではないかと思っている。JR内ではそうではないが、労働組合として組織率が18%台しかない現状を踏まえて、労働運動にどう活かしていくかが課題である。そういった観点から見ていくと労働というものがどれだけ素晴らしいものであるかということを構築していかなければ、今後厳しい状況になるかもしれない。
- 現に最近でもフランスの大統領選挙に立候補した女性のロワイヤル候補の背後の支援者である労働科学者のメダが「労働の価値というものを再認識する必要がある」と言っている。先日のフランス大統領選挙の大きな争点の一つは、労働観をどうとらまえるかということであった。そういったところからもフランスでは「働くこと」「労働の価値観」に対して敏感かつ大事であるという気持ちが秘められていることがよくわかる。そういったことを認識しつつ、我が国の労働運動を再構築していく必要があると思っている。
- JRの現状はどうなのか。これは労働組合も同じである。職場での問題あるいは労働することを大事にする担保として、労働者が「今日も職場に行こう」という気持ちになるような快適な環境が大事である。人間と人間が結び付けられるよう、人生の富を得るのは職場にあるという環境が必要である。その一番先頭に立ち上がるべき者は労働組合なのである。その先頭に立つべき労働組合が自ら暴力や強要、脅迫などを持ち込むとは一体何なのか。これは労働組合の名に値していない。論外の話である。我々はきちっと頭にこびりつかせなければならない。確信を持たなければならないのである。私はそのように痛感しているわけである。
- そういった意味で今日の決起集会は、JRから暴力を排除し職場の信頼と安全を築く総決起集会である。労働組合としての責任を果たそうという現れの意義のある決起集会ではないだろうか。私は是非皆さんに頑張っていただきたいと思っている。労働観からみた今日の決起集会について話してみたつもりである。
- 労働運動の原点について、私はいろいろな書物にも書いているのであるが、発端は昭和40年代の後半の話である。当時、週刊朝日の編集長であった扇谷正造氏という素晴らしい人物がいた。扇谷先生の講演で「労働運動の原点について」大変感動した話がある。当時、太田薫さんという合化労連の委員長がおられた。扇谷氏は労働組合のトップであった「がらっぱち」の太田氏をあまり尊敬していなかった。ところが当時「成人の主張」という意見発表会があって、そこで一緒に審査委員を務めたそうである。二人が席を並べて審査を行ったそうである。二十歳前後の障害をもった女性が「これから自分の体験を基に社会に出て頑張っていくのだ」といった意見を主張したそうである。そしたら、シクシクと鼻をすするような音が聞こえる。横を見てみると「がらっぱち」の太田氏が泣いていたそうである。その太田氏の顔を見て、「そうか。労働運動の原点はここにあるのだ」と思ったそうである。つまり自分の同僚が働いている職場で「これは許せない。何とかしなければならない」と思うやさしさや思いやり、情熱、勇気を持って立ち上がる実行力が労働運動の原点であると思ったそうである。私もそのとおりであると思っている。今日も訴えたい。労働運動の原点はやさしさとそれを実現するために振り絞って勇気を持って立ち上がる正義感、行動力である。
- その労働運動の原点から考えると、皆さんがここで立ち上がること或いは脅迫されて強要されて辞められた佐藤さんは本当に大変な思いをされたのであろうと思う。それが今では一般の社会、小学校、中学校でもいじめがあるわけである。職場でもいじめがあり非常に問題になっている。佐藤さんに対するいじめはちょっと他のいじめとは違う。非常に怖い中味であると思う。そう考えるとやっぱり、何とかしなければならない。勇気を振り絞って立ち上がり、そして信念を持って行動に移すことが原点になるわけである。まさに今日皆さんがここに集まったこと自体が労働運動の原点なのである。そのことを知らず知らずのうちに踏まえているのではないだろうか。労働運動の原点として考えても今日の集会は意義があると賞賛して共鳴しているところである。
- 職場で起こったいじめ問題、脅迫問題、強要問題、暴力問題について、法律から考えると、会社と社員の問題として、民法第709条の不法行為の問題と第715条の使用者の責任の問題がある。もう一点、労働契約を締結した以上は契約上の信義則に則った使用者側の安全配慮義務という付随した義務がある。しかし、現在では安全配慮義務は、主たる義務であると主張する労働学者もいる。セクハラ、パワハラでも一緒で、いじめ問題についても世の中は大変厳しくなっているわけである。使用者に対する厳しい視線が向けられている。法律的にもどんどん厳しい状況になっているわけである。その中で会社側が労働者側にどのような責任があるのか。JR東日本では、まず私から見ても、客観的に見ても起こりうるであろうと予見ができるわけである。推測ができるのである。まず未然に防ぐ義務がある。防ぐ手段として、就業規則にきっちり明記するという方法もあるわけである。予見したことが起きないように事前に防ぐ。情報をとって未然に防ぐことも大事なわけである。そして、仮に起こってしまった時は、事実の調査を行って被害を回復する。被害を拡大させない。例えばいじめがあったなら、それを理由に会社を辞めざるを得ないことなどにならないようにすることが大事である。会社が認識していなくて過信があって逆に懲戒解雇にしてしまったとか、自ら退職する羽目になったなど、被害を拡大させないような措置をとる。会社にはそういった義務があるわけである。強要やいじめが起こらないということは、経営の視点からも大変意義がある。職場の信頼が何もなくて、「会社に行くのが怖い」、「自分の能力が発揮できない」、「効率的な仕事ができない」、ましてや「お客様の安全が損なわれる恐れがある」となれば、職場の秩序維持をきちんとしていかなければならない。これは経営者の責任である。きちんとどこまで遂行するかが安全配慮義務である。不法行為に関しても、通常守らなければならない責任をどこまで果たすのかである。会社経営者の責任である。
- 東京地裁のタクシー会社営業所内での暴力事件について、「従業員である非組合員に対してなした組合員の暴行的行為等を見逃すようなことがあれば、最後の暴力的行為を誘発する原因にもなりかねないし、職場の規律及び秩序の乱れによって従業員の労働意欲を減退させ、業務の能率ないし営業成績の低下を招く恐れもなしとしない。使用者が職場内から悪質重大な暴力行為を追放するために厳しい処分をもって臨むことはむしろ当然のことであると言わなければならない」としている。昭和40年代の事件である。そういったことからも先ほどから話していることは勝手な話ではないわけである。
- この他にも最近では職場内のセクハラなどいじめがあるのだが、そういった指針についても非常に厳しくなってきている。「配慮義務」ではなく「配慮措置」であるとしている。裁判の判決にリンクする形になっているのである。
- JRの場合は急を要すると思う。現場の一助役、現場長に対して「我々の職場に快適な環境を作れ」と言って責めないでほしい。これは一現場の現場長で事を成す話ではないのである。この問題は、トップ経営者が中心になって、社長、会長自らが職場から暴力、いじめ、セクハラ、脅迫、強要を起こさせないぞという信念を持ってなさなければならない。そのために組織的にトップがリーダーシップをとって、組織的に体制を整えた上でやり遂げないと現場の管理者が犠牲になってしまい、かえって混乱させてしまうのである。会社のトップが先頭になってやらなければならない事柄である。
- どうか勇気を振り絞っていただき、ぜひ皆さんの闘いがきっちりと成果が出るように願っている。
◎ 第二部 あいさつ
○ 主催者挨拶 JR連合角田会長
「JRから暴力を排除し職場の信頼と安全を築く総決起集会」に全国からご参加いただいたことに対して、改めて敬意と御礼を申し上げる。また、この集会にJR連合国会議員懇談会の先生方もご参加いただいている。改めて御礼を申し上げる。
- 第一部で講演していただいた東北福祉大学の教授である佐藤先生からは、労働運動の原点、さらに民主化闘争の原点を訴えられたと思う。「やさしさ」、「勇気」、「行動力」、まさしく我々が8年前に民主化闘争を立ち上げた時の意義ではないかと思い知らされた。短時間であったが、多くの問題提起をいただいた。これからの民主化闘争に生かしていきたい。
- そしてお忙しい中、この集会に釧路不当配転事件の弁護と浦和事件、三鷹事件の代理人を引き受けていただいている秋山先生にも弁護士の視点から問題提起と報告をいただき、民主化闘争の前進に向けてさらに取り組みたいと思っている。
- JR連合は、1999年に民主化闘争を闘うことを宣言した。JRから革マル派の一掃と東日本、北海道、貨物会社の革マル派に浸透され指導されているJR総連・東労組、北鉄労、日貨労の偏って歪んだ労使関係を変更させ、安全で自由にものが言える明るい職場づくりと、JR連合に参加する組合との正常な労使関係をつくり、国民から引き続き信頼され健全に発展させる責務があるとの認識で民主化闘争、正義の闘いを展開していく。
- 民主化闘争を闘って8年が経過した。この1年間で民主化闘争を取り巻く状況は大きく変わり、今我々に有利な状況が展開しているわけである。民主化闘争は今まさに正念場を迎えているわけである。そして、多くの運動の前進と成果が様々な面で現れている。その一つが、週刊現代の連載で浦和事件の実態が明らかになると同時に東会社とJR総連・東労組との歪んだ労使関係の実態も明らかになった。そして、社会的関心、国民の関心事になったのである。そして、一方的な労使関係の限界、職場規律の厳正、施設管理権の厳正、公正な人事権の運用等についても、社会的、国民の関心事になり、今までの東労組の意向に沿った人事権行使ができなくなっているのが我々の運動の成果である。また職場規律の厳正について、JR総連・東労組の集団による嫌がらせ、恫喝、集団いじめ、言葉の暴力、追及などの行動が職場内でできなくなったことである。民主化闘争の実践が可能となってきているわけである。
- 東会社とJR総連・東労組の労使関係は、かつて蜜月であったと言われてきた。東労組本部と八王子地本が連名で東日本社長を相手取って不当労働行為救済の申し立てをするといった現状はどうなのか。さらに浦和電車区事件の一審有罪判決を受けて、被告6名に対する懲戒解雇処分発令、36条協定の3ヶ月締結問題、さらには東会社・東労組の労使関係は一気に緊張関係になってきている。今や全面対決の模様を呈している。
- JR総連・東労組の組織の弱体化と求心力の低下について、6年間継続していたJR東労組の本部派対反本部派の対立は、JR労組の結成によってJR総連・東労組内部に組織的影響力を徐々に広げ拡大していることである。さらに東労組の機関無視の組合運営、組合費流用疑惑問題等によって東労組組合員と役員の信頼関係が崩壊しようとしている。組合に対する信頼の欠如、組合員への求心力の低下が組織内で起きている。以上、挙げただけでも民主化闘争の成果が多く現れているのである。同時に民主化闘争を取り巻く環境は、大きく変わり我々に有利に展開をしている。自信と確信を持って新たな民主化闘争の歴史を創る闘いを展開していこうではないか。その新たな歴史を創る民主化闘争のスタートが今日の決起集会である。我々は今日までJRから革マルの追放運動、不当労働行為・不法行為の点検摘発闘争、第三者機関の活用、平和共存否定の対策と組織拡大の取り組みを一生懸命頑張ってきた。それらの運動をさらに発展させ、新たな切り口で広範な民主化闘争の展開をしていかなければならない。その運動は、そしてその取り組みは、三鷹事件の佐藤君の職場復帰と損害賠償請求と安全配慮義務違反の闘いである。また、浦和事件の被害者、吉田君をJRに復帰させる運動を支援し、全力を挙げて取り組むことである。JR総連・東労組の積極攻撃型組織防衛論の方針によって、JR連合の組合員とたまたま交流したという理由で組合員が組合員を集団で恫喝、いじめ、嫌がらせにより、組合を辞めさせさらに会社も辞めさせられた被害者が現実にいるということである。JR総連・東労組という、本来、労働者の利益を守るべき労働組合が一人の弱い組合員を組合の手で退職に追い込み、生活基盤をはく奪することは、我々労働組合に携わる者として許すことができない。これらの事件は氷山の一角である。このような理不尽な事件を体験している社員は、JR総連・東労組組合員に多くいるわけである。今、成すべきは被害者救済と安心して働ける職場の確保であると言える。「浦和事件の加害者より被害者を救済しよう!仲間を大切にする職場づくりを!」と訴えようではないか。そして「JR東日本における組合暴力による被害者の救済ならびに安心して働ける職場と安全の確立を求める署名」を今日参加の皆さんとJR連合に結集する組合員一人ひとりがJR総連・東労組、北鉄労、日貨労さらには他の労組に呼びかけて行こうではないか。新たな民主化闘争の総結集とJR総連・東労組、北鉄労、日貨労の包囲網作りを行おうではないか。この行動は、大変な行動である。本気でやらなくては勝てない。組織戦争である。戦争である限り我々は勝たなければならない。新たな民主化闘争の歴史の出発である。新たな民主化闘争を自らの手で創ろうではないか。我々の正義の闘いである民主化闘争は世論が味方をしてくれる。支援をしてくれる。さらに行動を起こすことが、さらなる世論喚起につながることを伝えていこうではないか。同時に東日本、北海道、貨物の各会社は、過激派・革マルが浸透している東労組、北鉄労、日貨労と歪んだ労使関係をいまだ続けている。今回の事件を契機に、東日本会社は職場規律の厳正化を行ったことは評価できる。さらに東日本、北海道、貨物会社の経営陣は、公共交通機関に携わる機関として安全輸送の確立からき然とした姿勢を示す絶好の機会である。さらに今こそ労使関係の変更を行う時期であることを改めて各会社へ訴えたいと思う。
- あるJR東日本ユニオンの地本の委員長が私に言った。「この20年間、じっと耐えてきたが、今行動すれば新たな運動の再生ができる。大きな山も動かせるのではないか。肌で感じられる。東日本会社も変わろうとしている。職場も変わろうとしている。東労組の良識ある組合員も変わろうとしている。少しずつ職場も変わっている。みんなが肌で感じている。行動したら何かが変わる。やろう」と決意を述べてくれた。今、何も恐れるものはない。今こそ行動を起こそう。そして、みんなで新しい労働運動の歴史を創ろうではないか。頑張ろう。
以 上
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集 会 宣 言
本日、私たちは「JRから暴力を排除し職場の信頼と安全を築く総決起集会」を開催し、浦和電車区事件・三鷹電車区事件の被害者を救済し、安心して働ける職場と安全の確立を求める運動を全力で進める決意を固めあった。
JR連合は、福知山線事故をはじめとする大事故の責任は、十分なチェック機能を発揮できなかった労働組合にもあるとして、二度と惨事を繰り返さないために、「安全最優先」の取り組みを展開してきた。とりわけ、事故を防止するためには、社員間の信頼関係に基づき、安全確立に一致協力して取り組む風土を築くことが大前提であると私たちは認識する。
しかし残念なことに、JR東日本・JR北海道・JR貨物においては、JR総連傘下組合による「平和共存否定」運動によって、職場の信頼関係が破壊されている。その象徴が、JR東日本の浦和電車区事件であり三鷹電車区事件である。両事件とも、JR連合組合員と交遊した東労組組合員が、東労組役員らから“組織破壊者”と断定され、集団的脅迫行動を受けたものである。
JR東日本は、8月30日、一審有罪判決を受けた浦和電車区事件の被告7名の内、社員である6名全員を「職場秩序を著しく乱した」として懲戒解雇した。JR東日本も、職場規律の確立に向けて取り組む兆しが見えてきたと言える。これに対して東労組は、「不当判決に同調した会社の不当処分を満腔の怒りをもって糾弾する」として、会社との対決姿勢を鮮明にしている。
本集会は、「加害者より被害者を助けよう!」を合い言葉に、現在取り組んでいる「被害者救済署名」運動を、組織の総力をあげて成功させることを確認した。
私たちは、JR東日本に対し、意に反して会社や職場を追われた被害者の救済と、社員が信頼しあい安心して働ける職場づくりを求めて闘うものである!
以上、宣言する。
2007年11月15日
JR連合「JRから暴力を排除し職場の信頼と安全を築く総決起集会」
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