ちょっとジュブナイル。 
 真夏の夜の夢。

作:崎 続(さき つづく)/構成:JIN

第三話

 鬼が棲むと怖れられていた屋敷。そこにひとりいた哀しい美しい少女。

…あれはきっと囚われのお姫様に違いない。でなければあんなにも寂しそうな…

(わいが助けたる…!)剛は強く想った。その心を育んでくれた、母の腕の中で。


 翌日は見事なほどの快晴だった。冬の間のわずかなきらめき。いつもの工場跡に

は子供達が集まっていたが剛は彼等に眼もくれず、昨日の竹林へと向かっていた。

足元で乾いた音を立てる枯れ葉もサラサラと鳴る林も気にならなかった。

昨夜、布団の中で考えた計画は、あの少女を助けることだけだった。

言葉を交わした訳でもないのに、剛は少女が悪漢に捕われているに違いないと堅く

信じ込んでいた。

足の速さでは誰にも負けない。悪い奴が現れたらあの子の手を引いて逃げてやるの

だ。いざとなれば自分が戦っている隙に少女を逃がしてやればいい。

子供らしいと云えば子供らしく、他愛ない計画だった。

 昨日の道場はしんと静まり返っていた。

(今日は居ぃひんのやろか…)

そう思いつつ、そっと昨日覗いた格子の間から視線を送る。と、はたして少女の後

ろ姿が見てとれた。覚えず小さなため息がもれる。昨日と同じ白い胴着に身を包み、

静かに正座している。

思わずその背中に見とれていると、気配に気付いたように少女はふいに振り返った。

「お前…昨日の…!なんで、おんねん。どないして入ったんや?」

間抜けな顔を見られたろうか?剛は丸い眼をさらに真ん丸にし、威勢よく云った。

「そ…んなん、どうでもええわいっ。なぁ、お前…ひとりなんか?」

こくん、と少女は頷いた。

「せやったら…せやったら、わいと友達にならんか?わい、助けに来たンや。お前

ここに閉じ込められてんのやろ?わいが助けたるっっ!なな、わいんとこ、来ぃひ

んか?」

まくし立てるように云う剛に少女は一瞬ぽかんとした表情になり、それからすぐに

花がほころぶような微笑みを浮かべた。

もう言葉は要らない。格子を開けようとした瞬間、奥から大きな足音が聞こえてき

た。

「ひかる!」

雷鳴のような怒声とともに入って来たのは、黒い胴着を着た長身の、抜き身のごと

き鋭さを感じさせる男だった。五十は過ぎているだろうか。しかし老いなど微塵も

感じさせない。剛にはまさに”黒鬼”に見えた。

「正座もまともにできんのかおどれはぁっ!大人がおらんと一人でギャアギャア騒

いでからに。そないなことでこの九堂の家が守れると思っとるんか。餓鬼や思ぉて

承知せんぞ、くらぁ!」

道場がびりびりと震えた。ひかると呼ばれた気丈な少女でさえも動けなかった。剛

も同じである。青ざめながらも少女は黒鬼のほうに向き直り、剛がいることは悟ら

れまいとした。男の手には木刀がある。それが何を意味しているか、幼い剛にもす

ぐに判った。

(ああ…あ)

このままでは助けるどころか自分をかばって彼女がひどい折檻を受ける。だが足が

動かない。声すら出ない。どうする。汗と涙だけが滲んでくる。自分には、子供に

はどうすることもできない。どうしようもない世界があるのだ…。

男が木刀を振り上げた。

―いつか剛にもそない思う人が現れるんよ。この人の為やったら命も要らんゆう

相手が、ね。

 ―それ、いつや? お母ちゃん。 

「わあああぁーっ!!」剛は格子を開け放ち、眼前の鬼神のような男に遮二無二突

き進んでいった。

「わ、わいのおひいさんを、いじめんなあっ!」渾身の力を込めてぶつかるが、ま

るで岩にぶつかったようだ。弾き返された体中が痛む。

「なんや、小僧。どこから紛れ込んで来た?」木刀を下ろし、男が問いただす。

「がああっっ」剛はもう何も聞こえない。再び突進する。傷めた同じ肩で、何度も

何度も。ここで引き下がったら、もう二度と前には進めない。

呆気に取られていた少女がやっと気をとり直した。「な…なんで、隠れへんねん。

なんで逃げへん?助けに来た、ゆうんか…なんでそないボロボロになって!」

初めて少女の顔に戸惑いと恥じらいが垣間見え。そして。

剛の突進に合わせ正眼の構えを取り、自らも男にぶつかっていった。

わああああああああーっっ!!

 猛進する二人を受け損ね、男がよろめいた。

「いまやっ!」

剛は少女の手を掴み、もとの格子を潜り、外へ駆け抜けた。そのまま林を目指す。

男は…追ってこなかった。

 竹林を走っている途中少女が立ち止まり、脇の薮に入っていった。幾分落ち着き

を取り戻した剛がどないした?と声を掛ける。と。

「これ、お前んやろ」

薮から出て来た時には、ネットに入ったサッカーボールを手にしていた。

「せや!わいのや」

「昨日、表に落ちとった」

「そっかぁ、おおきにな。大事なもんやのにどこに落としたんか判らんかってん。

ここで無くしたんか…」

云っていると、ふいにガサガサと枯れ葉を踏む足音が聞こえた。竹の向こうに先と

は異なる、人相は悪いがまだ二十代程度の男二人が見えた。明らかに誰かを探すし

ぐさだ。真っ赤と真っ青のあつらえたような背広を着ている。そのまんま”赤鬼”

と”青鬼”だ。

「こっちやッ!」剛は夢中で少女の腕を引いてまた走り出した。竹林を抜け、少女

の手を引きながら走る。

耳の隅にふたりを追って来るような足音が聞こえたが、剛は後ろも見ずにただただ

握り締めた小さな手を離すまいと力を込めた。明るい世界へ、剛の持つ暖かな世界

へと。

 ようやく一息をついたのは、竹林を抜けて国道へと続く小路に出てからだった。

「はっ、はぁっ…もう、大丈夫やで」

「……」

黙ってついてきた少女は、やはり何も云わない。明るい陽射しの中で見ると、一際

整った顔立ちをしていた。その相手を自分は助け出したのだと思うと剛は嬉しくて、

自分が何か勇者にでもなったような気がした。

剛はそのまま手を引いて自分の家へと向かった。いつもの工場跡なら友達もいるに

違いないが、剛は少女を他人に見せたくなかったのだ。

初めて自分で見つけだした、自分だけの純粋な友達…。

自分が救い出したお姫様なのだ。こんなにもきれいで無垢な存在は他にいない。

どうしてこの少女の姿を、我が身可愛さに逃げ出してしまうような臆病な友達に紹

介などできようか。誰の眼にも晒したくなかった。

「な、なぁ、何して遊ぶ?…サッカーは…出来ひんやろなぁ」

云った言葉に剛は頭を掻いて笑った。

いくら竹刀を振り回すような気の強い少女でも、荒々しいサッカーとなると話は別

だ。夢中になって怪我でもしたら可哀想過ぎる。姫を救出した勇者にあるまじき振

る舞いであろう。

「なんでや?お前のしたいこと、したらええやん」

しかし少女はあっさりと応えた。

「お前、口悪いなーッ。そない口利いとると嫁にゆかれへんねんぞ。イカズゴケや。

女のくせに…」

その言葉に少女の頬がぴくっと引きつった。

「だ、誰が女やっ。わいは男じゃ!見て判らんのかボケっ」

「…う…そ、やろ…?」

今度は剛の方が顔を引きつらせた。ただでさえ大きな瞳がますます見開かれる。

こんなにもきれいで愛らしい容姿の少女などおそらく二人といまい。それなのに少

女ではない? 云われた言葉に剛は茫然としてしまった。

「なにが嘘や。けったくそ悪いやっちゃな。わいは正真正銘お・と・こ、や。ぐだ

ぐだ云うとると股蹴り飛ばすぞ!」

なるほど云う台詞は間違いなく男の子のそれだ。特に今見せたきつい眼差しは少女

のものである筈もない。今思えば、あの鬼のような胴着の男の目つきや口ぶりに似

てはいなかったか。

「か、堪忍ッ…。まさか男やと思わんかってん…きれいやし…あわわわ。あ、あん

なぁ、わい剛云うねん。おおとりごう。お前なんちゅうん?」

「光や、九堂光」

どうだとばかりに胸を張る。おとぎ話は終わった。それでも。今いきいきと話す目

の前の美少女…ではない、男の子が、剛にはもっとまぶしい存在に映った。

剛は人懐っこい笑みを浮かべて、ごしごしと右手を半ズボンの後ろで擦り、生涯の

親友になる少年に差し出した。

                                  第四話続く。


 あとがき

 剛くんの冒険はひとまず一件落着。でももうちょっとだけ続きます。宴の始末は如何なるか。

感想など頂けると幸いです。乱文失礼致しました。それから関西弁の使い方を教えてくれました

夜露さん、本当にありがとー(^^)!

                         2000/06/06(火)第三話 UP ハ
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