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9
妖しげな香の臭いと蝋燭の明かりの中、裸の老人がカクカクと踊る。
「ひょっほっほ、ひょっほっほ、ひょっほっほのほ! わしたちゃ天才♪」
「なのなの」
「あったま良いぞ」
「なのなの」
「天才ますた〜へる〜〜♪」
踊り終えたヘルは灰色のガウンを纏う。
「さて、ヒュ−ジ=スパイダ−は手なづけたし、ゾンビのほうも準備満タンぢゃ。
…とは言え、スケルトンを倒したのも多分あの嬢ちゃんたちなんぢゃろう。手強
いぞ。」
「はいなの」
「エボニー、アイボリー、お前らはこんでいいぞ、休んでおけ。」
「わたしたちも、マスターと一緒に戦います」
双子は声をそろえて言う。
「ふん、一度死んだ身ぢゃろうが。魔法と機械で補助していても、次はわからんぞ」
「棄てられて死んでいた私達を助けてくれたのはマスターなの」
「私達にはマスターがお父さんなの」
傍を離れない二人。老人はフンと顔をそむけ、ブシャブシャと鼻をかんだ。
「マスター、それ鼻かみの布じゃありません」
「アイボリーの帽子なの〜」
10
マルイの里から森ひとつ離れた神殿。夕暮れ迫る頃、簡単なバリケードと落とし
穴、聖水が用意されている。
「ふう、なんとかここまで用意できた。んじゃ、オイラはサーシャちゃんのナイス
バデーの所へ」
きりきりとした表情で祭壇の向こうをにらむラッキー。
「間もなく宵闇・・・私は彼女の深層心理へ戻ります・・ラッキー殿、どうか、よ
ろしくお願いします・・・」
葡萄色の瞳は閉じられ、代わりにルーシーが覚醒する。降霊していたナージャの生
霊…正確には精神体が本来の巫女の肉体に戻って行ったのだ。彼女の人格は当面出
て来れない。
「よっしゃあ、必ず巫女の体を取り返して戻ってくるぜ! 勇者ラッキーの冒険、
スタート!」
ラッキーは駆け去った。ギャリソン、マリアが間に合わせのこん棒や槍を構える。
しばらくして、
「あ”ああああぁ・・・」
ついにゾンビが現われた。数十体はいようか。少女の姫が泣き出す。
「じい、早く逃げようよ、フロリーナ、怖いよ」
「残念ですが、この怖い者たちはどこに逃げても追いかけてくるのです。ですがご
安心なさいませ、姫様にはじいがついておりますぞ。」
「う、うん…」
柵を越えようとするゾンビを追い払うマリア、ギャリソン。
「にゃろめ! きりがないだわさ!」
ルーシーも聖水を撒き祈りを捧げる。続いて闇が髑髏を形作り、飛んでくる。ゴー
ストだ。力あるゴーストは実体化し、柵に噛み付き、引き裂いてくる。隙間から要
領よく槍で突付き、追い返すギャリソン。
「姫、奥にお行きなさい。」
「でも〜…きゃー!」
ザクッ!
躊躇した姫を庇い、ギャリソンの背中が
巨大な鉤爪に引き裂かれる!
「キシャア〜」
なんとヒュージ・スパイダーだ。ふらつ
きながらも柵の向こうへ突き落とす。
「私に構わず、早く奥へ」
「じい、その背中…!」
服が破けただけだ。しかしはだけた背中
には惨たらしい傷痕が。
「以前、姫様をお守りした時の傷でございます。お見苦しいものを見せて申し訳ご
ざいません」
「だってだってじい、じいは怖くないの? 痛くなかったの? 逃げたくないの?」
老執事がほほ笑む。
「私めも怖い、恐ろしゅうございます。だからこそ、愛する人達に同じ怖い思いを
させたくないのですよ」
「!」
息を飲む少女。
「フロリーナも…いえ、わたくしも、じいが大好きだから、守りたい! 困ってる
人を、助けたい!」
自ら小石を取り、ゾンビに投げ付ける姫。おびえは見えても、その瞳は信念に輝い
ている。
「それでこそ、それでこそ姫様でございます。」
顔をほころばせギャリソンが言った。
11
一方、神殿では。
「誰じゃ? 我の神殿を侵すのは」
暗がりに松明の明かり。時の巫女、サーシャの殺気を含む茜色の瞳が侵入者を射貫
く。やって来たのは…
「やーごめんごめん、オイラ、ラッキー。待たせたね〜」
緊張感のかけらもなく、すたすたと近づく。

「お、おのれぃ、神を恐れぬ罰当たりめが! 目にもの見せてくれようぞ!」
サーシャが身をくねらせ、妖艶な舞を始める。白光が当たりを包むと、にわかにラ
ッキーの肉体は老化し始めた。
「どうじゃ、徐々に老い崩れる己の肉体を見る気分は? 気も狂わんばかりじゃろ
う…」
「おー、らっき〜、お姉さん、なんて色っぽいの!」
本人は全然気にしていない。それどころか、
「も、もう辛抱たまらん! 武士の情けじゃ、せめてひとちち、触らせて〜!」
じわじわと近付く。ヒゲも伸び白髪になりどんどん爺さんとなるが、煩悩に燃える
目の光は変わらない。
「ぶしゃしゃしゃ。冥土の土産に、ちち〜〜♪」
「そ、そんな。永遠に砕けぬ精神の持ち主など、この世にいるはずもない。いると
すれば、悪魔か神…」
真っ青になった巫女はさらに舞い、
パアっ
再び光が彼を包み、年齢を逆転させる。青年に戻り、少年に、クソガキになる…
しかし。
「おねえちゃーん、オッパイーっ」
全速力でやって来る。もはや当初の目的もヘチマもない。ただただ女体を触るべ
く、ラッキーは突き進む!
「ひっ、ひい!」
どんどん幼児化し、とうとう赤ん坊になったラッキー。だがはいはいをしながら
にじり寄り、濁った目で笑い、言った。
「ぱいぱい。」
「ひいいいいい〜! ・・・・・あ。」
ついにサーシャの自我は崩壊した。白目をむいて倒れこむ。そして、ゆっくりと
立ち上がった時、攻撃的な茜色の瞳は暗く沈んだ葡萄色のそれに変わっていた。
巫女は赤ん坊をそっと抱き上げた。
「・・ありがとう、ラッキー殿。参りましょう、時間軸を正しに。襲い来る悪意
を倒しに・・。」
意識の主導権を得たナージャは走り出した。胸に抱えられた赤ん坊はだらしない
ほど破顔していた。
12
空を舞うゴースト、地を徘徊するゾンビ、密林を覆うヒュージ・スパイダー。
「敵が7割、背景が3割というところですか」
ギャリソン、淡々と分析する。岩を削り作られた神殿は篭城には向くが、敵と味
方、あまりに数が違いすぎた。
「ひー、ラッキー、巫女さんをうまく連れて来れるのかな?」
アンチ・マジックを仕えないマリアが体力だけを頼みに棍棒を振り回し、バリケ
ードの向こうに集まる魔物の大群を追い払う。アンデッド系には強いルーシーの
白魔法と聖水も子供の体力では限界が近い。
「まあ、ラッキーには好きなようにさせてありますからな。素でラッキーの相手
をしたら、石頭でお高くとまっている連中は裸足で逃げ出すでしょう。たぶんナ
ージャ様にとりつく古の霊も。」
少女に戻されたフロリーナをかばい、ヒョイヒョイとゴーストの攻撃をかわし、
槍で大蜘蛛をつつく。
「じい、お姉ちゃんたち、頑張って!」
幼き姫が叫ぶ。
「はい。姫様のため。」
「姫さまのぉ、ため〜。」
「姫さまのため!」

ピシャア!
電撃が柵の一部を破壊する。その先に少女が二人。白い服に金髪のエボニー、黒
い服に黒髪のアイボリー。双児の人造人間である。
「マスターの邪魔は、させないなの」「なの」
無表情に近づいてくる。手からは電気の火花が。
「ひゃー、またもやピンチだぁ! お師匠、みんなを守って…」
その時。
マリアの帽子の五芒星、彼女の師である大賢者プロメテウスの形見。以前壊れて
しまったそれが、緩やかに振動する。
(・・・リア・・マリア・・・教えた魔法の基本は、忘れてしまったのかい…)
はっとするマリア。
「ねね、ギャリソン、いまお師匠の声が…あっ!!」
バリバリバリ!
双子が掌を合わせ、前に突き出す。
「ブラックサンダー、なの!」「ホワイトサンダー、なの!」
数倍の電撃が再び一行を襲う!
13
バシャーン!
「…」
バチ、バチ。電撃は寸前で止まった。いや、見えない壁が防いでいるのだ。
「なにこれ? お師匠の道具…じゃなさそう。これって、もしかすると」
ギャリソンが肩に手を置く。
「マリア、あなたの通常魔法ですぞ。アンチマジックに気を取られて、そちらを
忘れていましたな。
お師匠殿は成長とともに魔法力が増大するのを見越して、それまであなたを守る
反魔法を施していたようです。」
「ってことは、大きくなったから通常魔法のパワーが上がったってこと?」
双子が表情を変えず追撃する。矢継ぎ早に撃たれる青白い光にマリアは
「…詠唱は出来ないけど、基本はお師匠に習ったもの! 行くよ、サンダー!」
ズバシャア!
光がぶつかり合い、相殺される。魔物も近づけない。
「へっへーん、魔法のエンジェル、ワンダーマリア。お仕置き大好きポムポッ
プン♪」
神殿から赤ん坊を抱いた巫女、ナージャも現われる。
逆転劇が始まった。

「・・皆さん・・・」
「あぁ、巫女さまだ〜。」
ルーシーは赤ん坊を預かり、マリアも双子が一時撤退したのを見てやって来る。
「で、どっち? サーシャさん? ナージャさん?」
葡萄色の瞳の巫女は目を伏せる。
「わたし、は・・・・」
「あなた…ナージャ様はサーシャの影、ではありませんか? 本来一つだった人
格から、祖先の怨念がとり憑いた時に逃げ出した、巫女の弱気、抑圧された劣等
感、コンプレックスが、別の人格を形成した、のでは?」
ギャリソンが静かに問う。巫女は黙って頷いた。
「寂しくて、時空のひずみを永久に守るのにも飽き飽きして、それでも呪縛から
は逃れられなくて・・私はナージャを作り、殻に閉じこもろうとしていました。
そしてあなた方に開放してもらおう、と・・。
でも、あなた方を見ていて考えが変わりました。あなた方は1人として絶望から
世をはかなんだり、逃げようとはしません。それどころかお互いのために犠牲を
惜しまない・・私が間違っていました。」
彼女自身が己の心の闇に気付いた時。暗い葡萄色の瞳が明るい赤紫に、サーシャ
の瞳との中間色に変わる。人格融合、本来の人格に彼女は戻った。
「私は時空の巫女、サーシャ。暗き怨念の始祖の霊よ、黄泉の国へ還りたまえ!」
ブワッ!
白い霧のようなものが彼女の周りを覆い、一瞬にして霧散した。力強く優しい瞳
が輝く、本来の時空の巫女、サーシャが帰ってきたのだ。祭壇に立ち、力強くし
なやかな舞いを踊る。すると、
「あ、ああ! 姫さまの体が!」
白光に包まれたフロリーナはみるみるうちにもとの身体に戻った。青い瞳に宿し
た正義の光は強くなる。ゆっくりと口を開く。
「…ギャリソン、わたくしは幸せ者です。二度もあなたに生きることの意味を教
わりました。」
「恐縮でございます」
少し涙をにじませ、笑顔を交わす面々。
びり。
「あん!」
ルーシーの着替えが破けそうになる。思い切り脱ぎ、そのままカバンに向かい駆
け出す姫。
いよいよバーサーカー・プリンセスの出番である!

14
「さあ、あなたも。この魔方陣の中へ。」
本来の人格を取り戻した時空の巫女、サーシャが偽りの年齢の魔法使いを誘
う。白光がマリアを包む…かに見えたが、彼女は後ずさる。
「ちょっとだけ、待って。まだ、あのカミナリ使いの子たちと決着付いてな
いし…エヘヘ、もうちょいナイスバデーでいさせて☆」
魔鎧に身を固めたフロリーナの後を追う。魔法とも呪術とも違う系統の電撃、
アンチマジックより、単調ながらも通常魔法で立ち向かおうと決めたのだ。
今までの姫のサポートではない。それはある意味彼女にとって初めての戦闘
になる。
「ルーシーが倒れたら傷の手当てが出来ないんだから、ここにいるんだゾ−」
精一杯お姉さんぶるマリア。
「マリアちゃん…」
ル−シーが親友のために祈る。魔法少女は駆け出していった。
そして、
まだ淡い光を放つ魔方陣に足を踏み入れる者がいた。

鈍く輝く悪鬼の顔を持つ鎧、巨大な斧を軽々と担ぎ、狂戦姫はバリケード
から体を乗り出す。ゾンビが、ゴーストが、ヒュージ・スパイダーが行進を
止め、一筋の道を開ける。黒衣と白衣の双子をつれ、醜悪な老人が灰色の魔
法衣を翻しその先に待つ。
「…闘うのですね」
「ふん」
「あなたの作り出したアンデッドは人を襲い、罪もない親子を悲しませ、他
の国さえ戦乱に巻き込もうとしました。」
「研究や静かな場所を作るためぢゃ。多少の犠牲は已むを得んわい」
「おじいちゃん!」
フロリーナの青く澄んだ瞳は真っ直ぐヘルを見つめる。
「…マスター=ヘルぢゃ。わしを止めたいなら、倒してでも止めてみせんか!」
フロリーナは兜を被りなおす。きっと睨むその表情に迷いはない。
「バーサーカープリンセス、参るッ! 悪しきものども、残酷な旋律、奏で
て差し上げましょう!!」
・・・完結編に続く。
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