|
7
「なんて性急な! 間に合えばいいのですが」
魔法機で宿屋まで戻ったマリアの連絡に、フロリーナは海岸へ駆けつけた。入れ替
わり、ラッキーが魔鎧を引き取りに戻る。日も暮れかけだが、まだまだ人目もある。
例えラッキーが到着しても魔鎧は使えるかどうか。
「姫さまぁ〜」
遠浅の海に浮かぶ中級の海賊船。甲板にルーシーとすっかり舞い上がったガッツの
姿が。
「その子をお放しなさい! いくらなんでも誘拐は見逃しませんことよ」
姫の警告も少年には届かない。代わりにゲスラーが丸い腹を揺らしのそのそと現れ
た。
「ガッツ様の惚れっぽいのも困り者だが…良い機会だな…おい、ライト殿。あの貴
族娘の相手をしなされ。戯れでも本気でも、一度は帰国せねばなりますまい。やっ
と帰る気になったのですからな、ゲロゲロ。」
喉を膨らませて笑う。
「な? せ、せやけどガッツの護衛は」
「それは我ら残りの船員で。あの女、なかなかの手練れですぞ。きちんと始末した
ほうがよい。私の…いや、国王の御意向に逆らうつもりか?」
小声で話す副長。
「く…。先に行け。女を倒したら、俺は村から船を借りて追うさかい。その代わり、
万一ガッツに何かあったら」
言うが早いか、ライトは壮剣を握り締め、船から飛び降りた。
「あ、ライト! なんで降りるんや? 一緒に国へ帰ろう、あのガシンタレの王に
きっつい一発をお見舞いすんのやろ?」
ガッツがようやく気づいた時には船は錨を上げていた。真っ直ぐなガッツの黒瞳を
見上げ、ライトは寂しげに微笑んだが、すぐに鬼の形相になり、浜辺へと泳ぎ出し
た。
「げっげっげ。げろろろ〜」
船長を羽交い締めに取り押さえ、ゲスラーもまたほくそ笑んだ。

8
「女、威勢がええこっちゃな。」
「あなたに関係ありません。すぐに船を呼び戻しなさい!」
浜辺に辿り着いた姫と剣士が睨み合う。
「それはでけへん。あいつの夢は俺の希望。それにな、お前みたいないけ好かん
女は許しちゃあおけへんのや! 覚悟せいっ」
問答無用で斬りかかる。姫も懐剣を抜き応戦する。
「な、なぜですの?」
「女は汚い。ずるい。海でもトラブルの原因になる疫病神や。強い者にヘラヘラ
と愛想笑いを浮かべ、後に残るもんの気持ちなんぞ考えもせん。……くたばった、
俺の母上みたいに、なあ!」
怒りにまかせた刃が姫を襲う。
「あ、あなたは…」
その薄い色彩の瞳に狂気と悲しみが宿る。浜辺から山あいへ、木々の生い茂る山
林へ二人は切り合いながら分け入る。
「姫ーっ」「姫さま!」
ラッキーとカバンが到着する。マリアが魔法機で牽引し、ギャリソンと共に押し
て来たのだ。
「ラッキー、お願い。数分だけライトの相手をして。」
「げっ無理言わないでください! ああ、姫、ギャリソンマリア! 着替えに行
っちゃやだ〜〜」
目の前には神速の双剣が。
「ええいままよ! …目の前にいるは美人の姉ちゃん。ちょっと痴話喧嘩のもつ
れで怒ってるだけ…おっしゃあ!」
びゅっ! ざさ、シュルル、すりすり。
風切る速さの剣を紙一重で避けるラッキー。どうやら自己暗示が功を奏したよう
だ。ギリギリで二振りをかわし、あろうことか尻までなでた。

「ぎゃ! なんやお前!」
パン! 猫だまし一発。すぐに後ろ向きに猛ダッシュするラッキー。
「待てこら、うわっ!」
草が結ばれており、足を突っかける。顔を上げると、木々の後ろに隠れたか、
ラッキーも姿を消した。本能と煩悩の勝利である。
「がああ、このイチビリがあっ」
ライトは片方の剣を収め、一刀を両手で持ち替えた。気合もろとも、細い樹や
草を薙ぎ払う。
(ヒー、もー駄目だあ)
隠れていたラッキーが音を上げた、その時。
金属の擦れる音、鈍く光る甲冑。禍々しくも美しいフロリーナのもう一つの
姿が現れた。
「バーサーカープリンセス、推参!」
9
南東へ向かう大海原に海賊船が浮いている。午後の日差しを受けた帆は多少
汚れているが、外傷もなく髑髏のマークを揺らしている。
「なあ、その、堪忍な。怖い思いさせてもて。」
海を見つめるルーシーにガッツは超低空姿勢だ。無言の圧に耐え兼ね、口が止
まらぬガッツ。とうとう奥の手を出した。
「ほんと言うとな、わいら海賊とも賞金稼ぎともちゃう。」
髑髏の腕輪を外すと、貴族以上の者でなければ身につけられない装飾と刻印の
ある腕飾りが。
「南海諸国連合、ナンバ王国第二王子、フェニクス=ゴウ=ナンバルディア。
我国の正義を示さんがため、貴国へ馳せ参じた。無論、花嫁探しも、大事な役
目なんやで。」
黒髪を掻き上げ、にこりと笑う。
「まあ。そ〜なんですかあ〜」
ズル。盛大にコケるガッツ。
「ああああのなぁ、ホンマやで? なんでそんな感動うすいねん?」
「うふふ、誰でもぉ、秘密ってありますもん。それよりぃ、ガッツさん、あな
た、まぁだ嘘、ついてますね?」
ルーシーの赤銅色の瞳が真っすぐに彼を見る。
「…かーっ、ルーシーちゃん、さすがシスターやなあ。うん。そうや。わいは
花嫁を連れて父王の機嫌を損ね、王位を捨てる気や。一緒にいたライト、あい
つが第一王子やねんから…。」
「でもぉ、あなたを守ってるように見えましたけど〜?」
ガッツが目を臥せる。
「あいつは正妻の子、わいは妾の子や。なのにライトの母君、リン様が亡くな
ったのを機に王はわいを世継ぎにしようとしたんや。せやから、わいがヤン
チャな真似しておん出されたら、あいつが王様に…」
ルーシーが憂うように問う。
「ライトさんは、知ってるんですかぁ? 私、お二人とも辛そうにしか見えま
せんでした。」
ライトもガッツもそのことを口に出す事はなかった。片方が辛い事を肩代わり
して、果たして本当に片方が幸せになれるのか?
「なあ、わい…間違っていたかもしれへん。ルーシーちゃん、ゴメン! 戻ろ
う。ライトと話し合いたい!」
その時。
「げっげっげっ。そうはいかんのだ」
緑色のマントを纏ったゲスラーが甲板に現われた。船員もわらわらとやって来
る。
「お前は我等の人質として役に立ってもらわねばならん。戦火を広め、やがて
は全世界を我らのものにするためのな。」
「なんやて? おい、チュウ、シン、ゲスラー副長を取り押さえるんや…何さ
らす!」

捕まったのはガッツとルーシーだ。
「そうはいかないんだぎゃ」
船員は、ゆるりと空気が歪むと、たちまち
リザードマンへと変化した。
「お前の本当の部下は皆こいつらの腹の中
だ。私の幻術で入れ替わったのも気
付かなかったのだろう? ゲロゲロロー」
「なんやて!」
ガッツが悔し涙を流す。
「みんな、すまん…。お前、王の勅使で来たいうのんも嘘か!」
「げっげっげ。王がお前達を国から追放したいというのは本当だ。政略的に利
用できる家族しか用がないらしい。…と、本物の勅使は言ってたな〜、ゲロロ
ロロ」
おかしくて堪らないようだ。
「安心しろ、交渉するまでは生かしておいてやる。もっとも殺しても私の幻術
で替えはいくらでもきくがな!」
兵たちが声をあげる。
「ゲスラー様、ばんざーい」
丸い首元からスカーフが落ちる。ルーシーが気付き、顔を青ざめる。そこには
黒い牙を模したタトゥーが彫ってあった。
10

「な、なんやその鎧は? け、
虚仮威しや。ビビるかい、んな
もん!」
魔鎧を装着し再び現れたフロリ
ーナ姫。兜を脱ぎ、素顔を晒す。
ライトの言葉に、瞳は暗い青に
沈む。
「やはり、あなたには…可哀想
な人。その澱んだ瞳と性根、わ
たくしがたたき直しますわ!」
「じゃかあし!」
双剣を構え直すライト。猛スピードで狂戦姫に切りつける!
ガッ・・・イイイィ・・ン…
片手用に作られた双剣は魔鎧にダメージを与えられず、逆に手が痺れる。
「ぐうっ」
ゴッ! ひるんだところを鉄拳が容赦なく吹き飛ばす。体勢を立て直す間
もなく、吹き飛ぶライトに合わせ跳躍する姫。被せるように二発、三発。圧
倒的である。
「く…ま、まだまだや…」
血をぬぐい反撃するライト。剥身の首を狙うが…なんと胸の飾りと思われた
悪魔の口が開き剣を挟み込んでしまった。
「ぎひゃひゃ、残念でした」
しゃべる鎧にパニックになる剣士。姫が無言で大斧を振り回す。
(死…死ぬんやろか? 俺…)
ズバッ!
隠れようとした大木を袈裟斬りにする。鈍い音を立てて樹が倒れる。
「ひっ、ひい!」
初めての死に対する恐怖。震えが止まらず立つこともできない。普段の冷静
さや冷酷さはかけらもなかった。
ブン!
大斧が振り下ろされた。
宿屋で。
「…ここは?」
ライトが目を覚ます。体を起こすと全身に痛みが走る。見れば怪我の手当が
してある。奥の部屋から声がした。そして、
ビッ
何かが破けるような、革を剥ぐような音。
「つっ…!」
女性の声が。
「姫、大丈夫でございますか?」
「え、ええ、ギャリソン。ルーシーがいない時に魔鎧を着けるのは久しぶり
ですものね。」
「おいたわしい。魔具は肉体も精神も取り込もうとします。あちこち皮膚が
癒着を起こしておりました。」
そこには鎧を引きはがすフロリーナと執事がいた。血と獣の匂い。
「恐れながら、あそこは危険を避けてお逃げしてもよかったのでは? ルー
シーの聖水と浄化がなければ、魔鎧で戦うのはあまりに危険ですぞ」
「…ありがとう。あの少年は父親に愛されたこともないし、母親の愛にも気
付かずに育ってしまったようなの。」
(なんや? 俺のことか)
「母君は…多分、病弱なかただったのでしょう。でも亡くなる間際まで微笑
んでいたとか。死を覚悟するものが笑うことなど、出来ましょうか?」
ライトは思い出した。先刻の無様な戦いを。自分の死を前にした恥ずかしい
程の狼狽振りを。

病弱だった母、リン=ヒャッキ=ナンバルディア。父に媚びへつらう姿と
侮辱していた彼女のほうが、自分より何十何百倍も勇気があったのだ。傍若
無人な父王から、最愛の息子を守るため。その息子に心配をかけぬため。死
神と戦いながらも、気丈に笑みを絶やさなかったのだ。
「あ、あああ。母上、母上、母上ぇ!」
ライトは泣き崩れた。母の愛を知り、今またそれを命懸けで諭した姫とその
仲間の愛を知って。
忍び泣く声に、フロリーナとギャリソンは気付いた。そして気付かぬふり
をした。
11
夜。ライトも落ち着き、一行は宿屋のキッチンに集まった。
「−なんかオイラたち、微妙に仲間外れだな?」
「わ、わたしはそんなコトない、ぞ、うん。」
ちょっと緊張気味のラッキーとマリア。姫はドレスに着替え、怪我は見せ
ない。ギャリソンが紅茶を配し、口を開く。
「まず、リザードマン。彼奴等は砂地や湿地、水があっても川が主な生活
の場。泳げるからとはいえ海までは出てきません。なんらかの意志や目的
があるか、誰かに操られてでもいなければ。」
「操る?」
「それに、海賊団の村人からの搾取…失礼、報酬の阿漕(あこぎ)な受け取
り方。ライト殿、もしやあなたがたの中に、黒い、牙のような刺青をされ
たかたはおりませんでしたかな?」
剣士の顔色が変わる。
「たしか、ゲスラーの…喉元に!」
「それって悪い魔法使いの仲間だよ! ルーシーとエロガキ…じゃない、
ガッツが危ない!」
マリアが叫ぶ。もともと副長に不信感を持っていたライトは、すぐに納
得した。一人海へ飛び出そうとする…が、姫がそれを遮った。行くのなら、
自分も、と燃える瞳が語っていた。
翌朝。朝日が海を赤く染め、心地よい潮風が肌にあたる。残念ながら船
上の二人にはそれを楽しむ余裕はないようだ。
「ライト=ナンバルディアが俺の本名。南海諸国連合のひとつ、ナンバ王
国の王子や。ちっぽけな島国やけどな」
村から船を借り、海へ出たフロリーナとライト。小型のものしかなく、魔
鎧のカバンと二人が乗るのが精一杯だった。帆を張り舵をとるライト。彼
は少しづつだが身の上を話しだした。
「病気の俺の母の代わりに親父が寵姫にしたのがガッツの母親や。あの人
は、亡くなった亭主を今も慕い続けている。俺の親はそんな母子の幸せを
根こそぎ奪ったんや」
(それで、ご自分の父母を憎んでらしたのね。自分自身も…)

「ガッツとはガキん時に知り合うてな、身分も気にせず俺と遊んでくれた、
ただ一人の友達やった。その時に親父に母親を見初められて。わいが、わ
いが二人に会わなければ…」
ライトは苦渋の表情を浮かべる。
「後悔はいつでも出来ます。今は為すべきことをしなければ。あなたがガ
ッツさんを大切に思うように、わたくしたちにもルーシーは大事な仲間な
の。」
「せやったな。すまなかった。」
頭を下げる。目を丸くするフロリーナ。
「あなたが謝るなんて。初めて見ましたわ」
「…そやな。生まれて初めてかもしれんわ。はは。」
二人は初めて笑い合った。しかしすぐに真顔になり、海の先を睨む。
「これから海流の激しい場所に入る。大型船でさえ迂回する難所や。小船
でいけるかどうかもわからん。せやけど、ここを通らな海賊船には追いつ
けん。」
「おまかせしますわ。ライトさん、あなたを信じます。」
少年は昨日まで傷つけあった友を見た。
「フレア…ほな、行くでえ!」
村では残ったマリアとラッキーがやきもきしている。
「心配だなあ。わたしとナベシマが行けば、黒い牙なんてやっつけちゃう
のに! それにセバスちゃんだって海じゃ沈むし火だってつけにくいだろ
うしー」
「お前、あのホーキは出せないのかよ? 船は? 水着でも」
ゴツン! タコツボがラッキーに命中する。
「魔法機の燃料って、この世界じゃ精製出来ないみたい。いつでも飛べる
んじゃないの。それに水着出してど〜するんだよ、スカポラコッポラ!」
もはや意味不明である。
「きしょー、姫ーっ!」
ラッキーが海に向かい叫ぶ。それを見つめる人影が。深海のような髪と瞳
を持つその者は海から現れた。
・・・後編へ続く。
|