ショート・ヒロイニック・ファンタジー

ばーさーかー・ぷりんせす!

番 外 編 

<南 海 の 海 賊 王>

絵・文 : J I N


 

1

 ジャラン。

鎖がこすれ合う音が闇に響く。

暗く湿った地下牢、少年が一人、鎖につながれ、幽閉されている。水も食料も与え

られてはいないらしい。唇は乾き、顔色は悪い。たまに寄ってくる数匹のネズミに

対してだけピクリと反応し、彼らの餌になることを拒んでいる。

ガチャリ。

牢の扉をそっと開け、鎖を外す岩のような体躯の男。顔は粗野で赤ら顔、だが身な

りは沿海の警備兵でも身分ある者が着用するものだ。

「ぼっちゃん」

男が少年に声をかける。

「う・・・」

少年が呻いた。

「水と食いもんです。さ、ここは任せて、お逃げくだせえ」

介抱する男から、少年は無理やり食料をつかみ取った。がつがつ、と食い散らす。

「かーっ、やっぱナンバ産のタコ料理はオイチイなあ! 生き返ったわ。おおきに

な、赤鬼」

とたんに大声を張り上げる。黒髪、日焼けした肌、愛嬌のある黒瞳。

「せやけどな、ぼっちゃんも王子も堪忍。わいは正義の海賊、ガッツ様やで!」

 コバルトブルーの海が照り返る、南海の小国、ナンバ。

南方系の陽気な人々が住み、水産業とには船による商業が発達したこの国には、も

うひとつの顔がある。海賊行為、である。

もともとそういった海賊や海の荒くれ者が集まり、形成されたとされる南海諸国連

合だが、特に現ナンバ王のバルディ=ナンバルディアは高い戦闘能力、巨大な体躯

と獰猛残忍な性格に計算高さも加わり、事実上連合を牛耳っていると言っても過言

ではなかった。

航海の通行料や他国との交渉も横暴、欲しい獲物は宝物でも女性でも力づくで奪い

取る−−−とにかく悪い噂には事欠かない。

 彼には二人の王子がいた。

一人は病死した前妻リンの子、ライト。もう一人は後妻として無理やり連れてきた

酒場の女、バレッタ=フェニクスの連れ子、ゴウ。

家族を戦争や政治の交渉の駒にしか考えていない海賊王は、もちろん二人を冷遇し、

海賊行為をさせるため国を追放していた。

しかし、ライトとガッツ(ゴウの愛称)は幼いころから友情を育み、また海賊行為

や海上の諍いを止める活動をしていた。報酬は「食い物」。沿海に住む人々は二人

少年と八人の仲間の水夫を”正義の海賊”、と呼んだ。

 いま、二人は母国に帰ってきた。人質同然のガッツの母を救い、ナンバの国を平

和で活気あるもとの姿に戻すべく・・・

父親を倒すために。

「そんな、ぼっちゃん。無理ですわ、あの王様に勝とうだなんて。命がいくつあっ

ても足りまへんで」

赤鬼と呼ばれた男は巨漢に似合わずおろおろとしながら言う。

「へん、三度めやからな。そろそろあのガシンタレの攻撃も読めてきた。それに…」

ドオオオン!

地下牢が揺れる。何かが破壊された轟音。

「もう、ライトは青鬼が助けたんやろ? で、また戦いを挑んでると。あいつに

ばっか良いとこ取られたないしなッ」

ナイフ、軽装の防具、そして異様な厚みの足のガードを取り付ける。

「あああ、なんでライトぼっちゃんも半殺しのめに遭うているのに、また刃向かう

んやあ。わしら、王か王子か、どっちを応援したらええのんやあ?」

「んなもん、正義のためや。おのれが正しい思うことは例え親でもきちんとケリを

つける。お前らは手出し無用。ちーっと親子ゲンカ、するだけやし」

少年は立ち上がる時にこそ一寸よろめいたが、すぐ駆け出した。

 地下牢の通路をくぐり、王城の広場へ向かう。ライトが、海賊王が待つ戦場へ。

2

ゴオオ・・・

城内の塔が音を立てて崩れ落ちる。

そこに突き刺さっているのは…船の錨だ。鎖に繋がれている。1m以上はあろうか。

その鎖の先には2mを優に越える巨体が。その非常識な光景の中にガッツは飛び込

んでいった。

「お待っとさんッ」

場違いな明るい挨拶が睨み合う二人に割って入る。

「――遅いやないか」

ぼそりとつぶやく。色素の薄い目、肌、髪。片手で振れる剣が両手にある。ガッツ

の幼なじみであり、義理の兄弟でもあるライト=ナンバルディア。既に死闘は始ま

っていたのか。全身傷だらけだ。

「びびらんとよぉ来たのお、餓鬼が」

太く、唸るような声。黒の海賊服から見える、鋼の肉体。悪鬼のような形相。左頬

には十字の傷痕。黒鬼とも呼ばれる海賊王、バルディ=ナンバルディアである。

右腕一本で突き刺さった錨を引き寄せる。がらがらと塔の残骸がライトとガッツに

降り注ぐ。

ザシュ!

ライトの双剣がそれを木っ端微塵に、ガッツが逆立ちになり蹴散らす。すべての石

つぶてが海賊王に跳ね返った。

ガガガガッッ

すべてを巨大な錨で受け止める。

「ぐはははは! やるやないか。餓鬼ども。今度は楽しませてくれるんやろな?」

「ふん。行くで、ガッツ」

「おう! 親子ゲンカ、第三ラウンドや!!」



3

ズガガガッ!

瓦礫が、石つぶてが場内の広場を飛び交う。分厚い脚のプロテクターはガッツが蹴

り出す物を弾へと変える。身長は平均以下、同い年の義兄弟、ライトと並んでも頭

ひとつ低いガッツだが、誰にも負けない脚力、ゴムのような筋肉を持ち、ジャンプ

とキックは無類の強さを誇った。

彼が援護射撃にまわり、接近戦でライトの双剣が敵を仕留める。それが二人の常勝

パターンである。しかし、ヘビー級のウェイトに無茶苦茶なパワーと頑健さを併せ

持つ海賊王バルディには彼らの戦法も通じなかった。幾度となく叩きのめされ、そ

して…そのたび、幽閉される二人であった。

 だが、二人はあきらめなかった。

「まだまだやっ!」

「うおおおお」

掛け声と共に駆け出す二人。鬼神の如き形相と強さで迎え撃つ王。浅い傷はいくつ

もある。しかし決定的ダメージはガッツとライト、バルディ王両方ともにない。巨

大な錨と鎖を大振りする時、わずかに出来る隙。そこにライトの双剣が切り込む。

それすらバルディには些細なものらしい。

「ぼっちゃーん」

広場の端から声が。赤ら顔の猛者と碧眼に面長の男。赤鬼と青鬼だ。他にも臣下が

続々と遠巻きながら寄ってくる。

「ライトぼっちゃま、ガッツぼっちゃま、もうお止めくださいまし」

メイド服の女性陣まで駆けつけた。ちんまりとした老婆がリーダーなのだろう、叫

び声をあげる。

「王様、あなたもです。なんで子供を可愛がってあげませんの? 殺し合うなんて、

もってのほかです!」

バルディは聞く様子もない。

「ふん、この城も、餓鬼もまた作ればいいだけや、黙っとき、リリス婆ぁ」

ドガン! 錨の一撃がまた近くの、王の銅像を破壊する。

「きゃああ」

メイドたちに向かい倒れる銅像。即座にガッツとライトは5〜6人をまとめて抱

き抱え、押し倒す。皆がもといた場所は銅像が横たわっている。間一髪、危機を

脱した。

「ばあや、危ないやないか! 出てくるな」

「せや、みんな逃げろ。親子ゲンカに口出してもしゃあないでッ」

二人は皆の無事を確かめるとまた決闘に挑む。

「ライトぼっちゃま―――ライトぼっちゃまが、女嫌いなぼっちゃまが、あんな

にお優しい言葉を!」

「私達を助けてくださいましたわ」

「ガッツぼっちゃまも、私を助ける時、胸もお尻も触らなかった…」

「あの女好きのぼっちゃまが…成長されて…」

応援も出来ず、引き留めも出来ずおろおろとする男性陣に対し、女性票は固まっ

た。

「キャア、ライトさま」「ガッツさま、しっかり」

「お二人とも素敵、がんばって〜!」

リリスだけは黙っている。

(バルディぼっちゃま。本当はあなたもお優しい王子でした。先代王の横暴や王

家の争いや、他国との諍いで、どんどん乱暴になられたけれど…

ばあやは信じております。その証拠にバレッタ王妃様もわたくしたちメイドも、

みな無事生きていられる。きっと、きっと何かお考えがあるはず…)

ブオオォン!

海賊王は右手で錨を振り回し、左手に海賊刀を構える。

「そろそろ飽きたのお。今度こそ最後や。いてまえやぁ!」

必殺の一撃を放つ準備だ。風圧が10数メートル離れた二人にもかかる。

「アレを食らったら、骨どころか肉まで消し飛ぶで」

「怖じけづいたか、ガッツ」

「逆や。怪我したら、またルーシーちゃんに治してもらえるもん。大儲けやで。

にっひっひ」

「アホが」

 二人が旅の途中で出会った少女たち。白い鷹の紋章旗を掲げる国で出会った賞

金稼ぎの娘フレア、そしてシスターのルーシー。彼女たちが、その勇気と慈愛が

二人を変えた。愛する者を守りたい、その真っすぐな想い。ライトの剣に、ガッ

ツのキックに一歩、重みを加えたのだ。

そして、何よりくじけぬ心を。

「な、ライト。一発だけ、あのガシンタレ錨をかわせるか?」

「ああ。勝機があるんやな?」

「モチのロンや!」

「そうか…ほな、行くでえ!!」


4

 海辺の城下町でも、王と王子たちの決闘はもちろん伝わり、騒然としていた。

王の勝利を疑わない者、王子を擁護する穏健派、ただ騒ぎを楽しむだけの荒くれ。

 そんな町の賑わいの中、のろのろと進むフード姿の男。頭巾から覗く目には、

憎悪の炎が燃えていた。

  

 再び戦場。ゆらり、と棒立ちになるライト。二振りの剣も下げたままで。左手

首に巻いた、血のついた包帯を見つめる。

(血の掟…俺はこの血に誓った。フレアを守る盾に、そして行く手を切り開く剣

となることを。ここで、倒れるわけにゃあ、いかんのや!)

うつむくライトに、

「なんや、もう観念したんかい…なら、もういらん。往生せえ!」

バルディは顔を歪めた。憤怒とも哀惜ともとれる。そして、

グオオオッ!

回転させ、遠心力で威力の増した凶器を白き戦士に放つ。衝突する、寸前。

ふっとその姿が揺らぎ、錨はライトを突き抜けた。

「ぬう、残像か」

高速で剣を振うライトだけに使える裏技だ。本体は、低い体勢のまま疾走。抜刀

の構え。渾身の力で錨を引き寄せようとするバルディ。そのまま右手に戻る軌道

だ。そこへ・・・

「待あってましたあーっ!」

ガッツだ。ジャンプし、回転を加え、錨を気合もろともキック!

ドガアッ! 足のプロテクターは砕け散る。

軌道を変えられ、勢いの増した錨は…

ズゴオッッ! そのままバルディに命中した。

「海賊の諺にあるで。"海竜の牙を防ぐには海竜の鱗を、海竜の鱗を貫くには、

海竜の牙を"ってな!」

倒れ込みながらガッツは不敵に笑った。

「ぐう! こ、こんガキゃあ」

そこへライトが…ザンッッッ!! 渾身の一撃を、たたき、込む!

「ぐおあああ!」

双剣が刻む。王の胸が十字の鮮血を噴出す。

「…幻影剣、霞斬りや!」

 その頃。

騒動で手薄になった城門に着いたフードの男。尋問しようとそのフードの中を覗

き込んだ番兵は、目が合った途端硬直し、虚ろな表情で男の侵入を許した。

「はあ、はあ、はあ」

「やったでライト、わいらの勝利や。いんや、ラブパワーの勝利や〜」

どう、と歓声があがる。

「ぼっちゃま、素敵ですわ〜」「キュンキュンしちゃいますぅ」

メイド達も大喜びだ。

「やめい、恥ずいわ…んなことより、バルディ王、約束や。ガッツの母さん――

バレッタ王妃を、解放するんや」

「それと、ライトのかあちゃん、いや、リン様のお墓に詫び、な」

二人がふらふらと立ち上がり、虫の息の王を助け起こそうとした時。

ボアアアアッ!

突然、王の体が炎に包まれた。

「ぐわあッ!」

業火に包まれ、苦悶の声をあげるバルディ王。物理の法則をねじ曲げ起こる炎。

それは魔道に他ならない。

「だ、誰やあ!?」

「ぐ、ぐっふっふ。ゲェーロゲロゲロゲロ! やった、海賊王を倒したぞ。ゲロ

ゲロゲロ」

謎の男が広場に入ってきた。外套を捨て去る。そこには、

「ああー、お前っ」

灰緑色に近い肌、顎が膨らむ奇怪な面相、他者を馬鹿にするような冷ややかな瞳。

「幻術師、ゲスラー? 死んでなかったんか」

服はボロボロ、喉には大きな絆創膏、至る所に噛まれた傷痕。

「ゲロゲロ、そうだ。ゲスラー様だ。ようやく当初の目的である海賊王を倒せた

わい。協力、感謝するぞ。ガッツ船長、ライト殿…いいや、馬鹿王子ども!」

彼はもとはガッツの海賊船の仲間、だった。しかしそれは仮の姿、実は悪の魔導

師集団『黒い牙』の一員だったのだ。ガッツに取り入り、バルディ王を暗殺、沿

海を混乱に落とすのが真の目的である。しかし、二人の王子とフレアと名乗る少

女の活躍で計画は失敗、手下にしていた魔族に食われてしまった…はず、だった

のだが。

「それが、なんで生きておるんや?」

前より荒れた感じの声で答える。

「ゲロロ、喉もリザードマン(トカゲ男)どもに噛まれた時はさすがに参りまし

た。自慢の催眠も使えませんものね。しかし、魔法道具は使えます。催眠の目、

炎の粉、そして…」

ゲスラーは懐から禍々しい光を放つ黒い結晶を取り出した。

「どうせ失敗すればゴーゴン様の制裁が待っているだけだ。お前達も、今度こそ

全員抹殺してやるゲロ〜!」

ガシャアン。黒い結晶は砕け、ゲスラーを取り囲み、そして。

「ぐわあああああああああああ…」

瘴気が辺りに満ち、その姿は巨大化。そのまま膨れ上がり。

「ゲロロロロロ〜〜〜〜」

なんと巨大な蝦蟇となった。

「なんやてェ!」


5

 ゲロロロロ・・・・

雷鳴のような唸り声。緑と紫の毒々しい表面。全高は10メートルはあろうか。

蛙の怪物は地響きをたて城壁を破壊し、人々を襲う。巨体ゆえ跳躍力は劣るが、

それでも体ひとつぶん浮けば20メートル上空からの直撃だ。ひとたまりもない。

「うわああ!」「ギャッ」「ヒイイィ…」

叫び声が聞こえる。

「あんのイチビリのカエル野郎〜〜!」

ガッツが悪態をつく。しかし先の決闘でライトも疲労困憊だ。バルディ王も火

は消し止めたが意識不明。

「ばあや、王を頼む。みんな、気をつけろ。こいつ、幻覚やなさそうやで」

「船長、いや、ぼっちゃん、ここはあっしらが」

八人のいかつい水夫が駆けつける。

「おー、テイ、コウ、シン、チュウ、チー、レイ、ギィ、ジン。みんな来てく

れたか〜」

海賊団の仲間だ。無論、赤鬼、青鬼も剣をふるい、槍を投げ、なんとか怪物を

足止めしている。ふらつきながら双剣を繰り出すライト。しかしぬめりのある

表皮は剣を滑らせ、槍をはじき返す。

ブシュッ!

「ぐわあっ」「ウギャ!」

長い舌が大口から飛び出し、赤鬼たちを吹き飛ばした。

「ああ、みんな!」

足を痛めたガッツにも成す術はない。

(ゲスラーの侵入を許したのは俺達の責任や。なんか、ないか? 奴を倒せ

る物は…)

ライトはフレアが身につけていた呪いの魔鎧を思い出す。もちろん、ここナ

ンバ王国にはそんなものはない。巨大蝦蟇は、顔を歪めゲロゲロと鳴く。

人々をあざ笑うかのように。

「剣を―――」

そのとき、低い、声が聞こえる。その声は。

「王様!」

広場の隅でリリス婆が介抱していた、バルディ王だ。震える手で先程壊した

自らの銅像の台座を指さす。

「え、ええか餓鬼ども。その台座の中に王族にのみ使える伝説の魔剣が眠っ

とる。心身ともに逞しく、汚れ無き心を持たねば使うことは出来ん…。い、

今のお前らなら、必ず、使える、はずや…」

そこまで言うと、王は気絶した。

「!」

ライトは走った。崩れた台座の地下に、地下倉庫らしき場所、そこへ飛び込

む。そして。

鎖と、麻布に包まれた2メートルはあろうかという物体。いそいで中身を取

り出す。ごとり、と転がる重々しい音。それは、そこには・・・

なにも、ない。

(――いや、ある。)

禍々しい瘴気を放つ、何かがそこに在ることを、ライトは感じた。虚無の空

間に手をのばす。

「つッ」

指先に鋭い痛み。見えない何かに切られたのだ。宙に浮く己の血液が、みる

みる空間に引きずり込まれる。すると。

「…ぷはあ、久しぶりの血は、うまいもんや。ギヒヒヒヒ」

ドラ猫のような声が空間から聞こえる。ライトは確信した。

「おんどれが魔剣やな。俺は正統バルディ=ナンバルディア王6世の息子、

ライト。お前は俺が使う…使ってみせる。」

ライトは手探りで剣の柄になる部分を掴む。

「おい、ライト、と言うたな。手に巻いた包帯や手袋が邪魔や。働かんぞ

コラ」

沿海なまりで悪態をつく。ライトは素手で再度剣を手に取った。

「ぐうっ」

途端に掌に張付くような感覚。邪悪な気配と獣臭が体にまとわりつく。重

く長いはずである魔剣は、いとも簡単に振り上げられた。まさに目に見え

ない空気のように軽く。

「ぎひ、お前、あんまりオレ様を見ても驚かんな。つまらんなー」

「お前の、兄弟か? 親戚みたいな魔具を知っとるからな。ええか、ちゃ

んと言うこと聞くんやで。外にいる化けもん、ぶっ倒すんや!」

ゴゴゴゴ・・・

いよいよ城門を破壊し、城下町も無差別に襲おうとするゲスラー。彼の知

性はいまの巨大蝦蟇には感じない。大きな容積を持つ魔物は得てして知性

は低い。それでもこの巨体は天界と魔界の決めたルールを逸脱している。

  

 先の天魔大戦の終結時、天界は魔界との間に取り決めをした。総合魔力

の高い存在を有したもの、つまり上級魔族や巨大な魔物は人界に存在して

はならない、というものである。

もとより人界にいた古代の魔物、魔族は特例として認めるが、万一約束を

反故した時、恐ろしいペナルティが課せられるという。

それでも魔界の住人が人界を狙うなら、ハルマゲドン…最終戦争が起きる

かもしれない。無論、戦場となる人界は壊滅するであろう。

ところがそのルールを逆手にとり、人界を支配しようとする者が現れた。

謎の魔導師集団「黒い牙」である。彼らは野に放たれた凶暴だが単純な魔

物を操り、大陸を混乱に陥れた。そのうえ禁断の秘術を使い、自らを上級

魔族に転生させる暴挙に出たのだ。

人が人を越える…それには膨大な魔力の源、マナが必要とされる。能力の

高い魔導師はともかく、そうでない者さえ、知能は低いが巨大な魔物に転

生させることが出来るようだ。謎の物体、黒い水晶によって。

 


「げ〜〜ろろ〜〜〜〜」

もはや後戻り出来ない魔族転生の術、組織の掟を恐れたゲスラーは最後の

手段を使ったのだ。

「も、もうあかん」

倒れた赤鬼たちが絶望の呻きをあげる。しかし。

ギュオオオン!

人間離れした跳躍でライトが地下から飛び出した。

「どおおおりゃああああーっ!」

その場にいた者の大半が我が目を疑う。追いついたライトが、素手の…

剣のかまえだけで怪物の後ろ足を切りつけたのだ。

「ギャアアアゲロロロオオオオォ」

ゲスラーだった魔物が叫び声を上げる。脚からは体液が吹き出していた。

ライトをにらみつけ、舌を吐き出し、身体の表面のイボから毒液らしきも

のを吹き出した。

シャアアッ。

見えない剣を回転させ、風車を作るライト。攻撃はすべて跳ね返した。

「ぎひひ、久しぶりの餌や。パワーもたまってきたし、ゴッツイ技も出せ

るでぇ」

魔剣の声にライトはうなずき、手に力を込める。

「ぐうっ!」

途端に寒気と、心地よさが同時に体にわいてくる。このまま力を全解放し、

魔剣と一つになりたい欲望が。

(あ、あかん。気をしっかり持たな)

見えない柄を握る手の皮が解けだしている。このままでは、自分のほうが

魔剣に取り込まれる。

がしっ。

ライトの手に重ねられた、浅黒いもう一組の手。

「へへん、わいかてナンバの王子やで、こいつを使う権利もあるはずや」

ビシャッ! しかし、電流火花が剣を駆け回り、ガッツを弾き飛ばした。

「うぎゃ、痺れた〜。でも諦めんで。そんな怖い顔しても無駄や、剣ちゃ

ん」

「ちょい待てガッツ。お前この剣が見えるんかいな」

「? ああ、鉛色のごっつい剣や。ツバのところになんや怖い顔の飾りが

…ちょいと待て、なんか変や。水晶みたいに透明にも見えよる」

「ダアホ! 邪まな気持ちを捨てな、剣はお前を認めやせんで。ええか、

集中しい。ルーシーが喜ぶ、平和な世界を作るのやろ!」

ライトの叱咤にガッツが大真面目な顔で再度剣を掴む。今度は振り払われ

ない。うまくいったようだ。

「よっしゃ。でも剣が全然見えなくなってもた。使えるんか、これ?」

「ぎひゃひゃ、俺様にまかしとき。どんな魔物も真っ二つや。それとな…」

答えは魔剣自身が示してくれた。

ドドドドドォ。

地響きを立て、ライトとガッツに突進してくる巨大蝦蟇。

「な、ライト。餓鬼のころもこんなんあったな」

「…お前が俺を、捕らわれのお姫さんや勘違いして、バルディ王に向かっ

て行ったんやったな」

「たはは。でも、お前も一緒に戦ってくれたやないか」

「ふん。ボロ負けやったけど、な」

二人は両手を天に向け、

ゴゴゴゴゴ・・・ピシッ

一転俄にかき曇り、空に黒雲、そして青い稲光が。

「今度は、勝つ! 行くでえっ」「があっ」

二人は見えない剣を大上段から振り下ろす。

ゴロロロロロ、ビシャアッ!

落雷。それは魔剣に落ち、そのまま巨大な雷の剣となり、魔物へと放たれ

た!



ドドン!

大音響が後からついてくる。

「グゲロ? ぐぎゃああああああああああ・・・・・」

全身を雷撃にうたれ、魔物は全身から炎を吹き上げた。

 一瞬で勝負は決まった。

ゲスラーであったものは人の世の理(ことわり)を捨て、魔物へとなり、

いままた世の理を離れた天界の一撃により、灰燼と化した。

黒焦げになった魔物を見つめ、

「ちゃー、ありゃ、煮ても焼いても食えんわな」

ライトが笑う。

「ふん、カエルはどこまでもカエルや、海は似合わん」

ライトがぶっきらぼうに言う。

 ようやくあがる歓声。

精も根も尽き果てた二人が魔剣を引きはがし、倒れ込もうとした時には

臣下、メイド、町から来た国民に抱き締められ、もみくちゃにされ、横

になることすら、適わなかった。


6

 破壊され、誰もいなくなった城内。

幻術士ゲスラーの策謀で大怪我を負った海賊王、バルディ。なんとか王

室までたどり着いたバルディ王は、リリスの治療を受けていた。

「ふ。あ、あの餓鬼どもにしてやられる日が来るとはな…ぐ、グホォ!」

火傷の薬をつける老婆に話しているのか、それとも独り言か。

「あ、あの天の声…神託は真だった。」

リリスは気にも止めず薬を塗り、切り傷を縫う。

「わしが王位を継いだ時、この日のことを告げる声が聞こえたんや。そ

して王家に代々伝わる魔剣のことも。心正しき者には見ることが出来ん、

やっかいな剣。

しかし、わしの、わしの濁った目には鉛色の物騒な剣にしか映らんかっ

た。民のためとはいえ、王族同士で争い合い、手を血で汚した者には到

底使えるもんでは―――なかったんやろうな。」

老メイドの手が少しだけ震える。

「二人で一人前やが、ライトとガッツなら、なんとかするやろ。…ばあ

や、わしが死んだら、バレッタを、ガッツの母を解放してやれ。お前達

メイドもお役御免や。どこぞ好きなとこへ去ね。あ、あの餓鬼どもの収

める国なら、女子供も自由に暮らせるはずや。ゴホ、ゴホッ」

うつむき、涙をこらえるリリス。

(ああ、やっぱり、バルディぼっちゃんは、昔のままだ)

死なせはしない。やっと親子の絆を取り戻すきっかけが出来たというの

に。朦朧とする意識の王を、たとえ殺されても戒めようとした、その時。

「惚れた」

扉の向こうから声が。

「惚れたでぇ! がしんたれ…いえ、バルディ様」

そこに居たのはまだ生娘にも見えるほど若く美しい黒髪の女性だ。

「あ、あ、あんた! いい男やないの! なんでちゃんと話してくれへ

んかったの?」

見た目は王女のような豪華な衣装だが、話す言葉は酒場の女のよう。

リリスが目を丸くし、そして。バルディ王も目を丸くしていた。意識が

回復したようだ。

「あんた、死んだらあかんで。死んだらムチ打ちに電気アンマでひゃっ

ぺんいてもうたるから。…ガッツの父ちゃんみたいに、置いてけぼりは、

もう、いやなんやから…」

包帯だらけの海賊王に、泣く子もだまる暴君に抱きつき、甘え、しかり

飛ばした。意識は戻ったものの、王は…真っ赤になり、息もできない。

「な、なんでお前、ここにおんねん?」

「? ああ、部屋の錠前なら門番たらし込んでおいたから。いつでも出

られててん。えへへ」

口をパクパクさせる、暴君。

「あ、浮気はしてへんよ。あんたかて悪いんやで。部屋に閉じ込めてお

きながら、手ぇのひとつも出さんかったやーん」

リリスもまじまじと海賊王を見る。

「あ、あ、あほ! んなこと出来るか! リンが…前妻が死んだ時も、

ひとつも優しいことは出来んかったわしや。今さら、女にほれたゆうて、

どないしたら良いかワカランわい」

王も能弁になり、元気を取り戻した。単純である。

「それってー、私をア・イ・シ・テ・ル、ってこと〜お?」

黒い瞳で、悪戯っ子のように見つめるバレッタ。確か三十路は過ぎてい

るはずだ。

「じゃ、じゃかあしいーっ!!!!」

王の怒号が部屋を揺らした。リリスは、なんとも困ったような、泣き笑

いの顔であった。

 

 一週間後。港から出ようとする小型の海賊船にガッツとライトはいた。

「赤鬼、青鬼、後を頼むな。わいら、やっぱあの国のこと、ほおってお

けへんねん。」

ガッツの言葉に、岸にいる人だかりから巨漢が二人、

「へえ、幸い怪我人も少ないことですし、大丈夫、城も町もちゃんとも

とに戻しまさ」

赤鬼が応える。

「それより、魔物だらけの国に、ぼっちゃんたちだけで、いいんですか

い?」

青鬼が聞く。

「ああ、ゲスラーの代わりに、おしゃべりな剣が入ったしな。ギーたち

八人とわいとライト、これでイレブン編成や」

ライトは黙ったままだ。

「ぼっちゃまー」

メイドたちがバスケットを甲板に投げる。

「ライトぼっちゃまー。私達が焼いたお菓子とお守りですぅ」

「ガッツぼっちゃまにはゆでダコ入ってまーす」

リリス婆が手を振るのも甲板から見える。

「ばあや、親父とバレッタ母さん、頼むなー」

ガッツの声に何度もうなずく老メイド。

(ばあやの思った通りでした。バルディ様は…その身を引き換えに、国

をあなたたち、そして王妃様を魔物と魔導師たちから守ろうと…もう、

大丈夫。リン様もきっと喜んでらっしゃいますよ)

 高台にある王家の別荘、ライトとガッツはそこをにらんだ。まだ治療

中だが、海賊王はその一室の窓から船を見ていた。隣には黒髪の美しい

女性…バレッタ王妃が微笑んでいる。

「王様、あなたの自慢の息子達の船出ですわ。笑顔で送ってあげなさい

な」

「・・・・・・・・・・
じゃかあしいわいっ!

バレッタは怒号にも全然動じない。不機嫌そうな海賊王を、にこやかに

見守っていた。

  

 ――余談ではあるが、ライトとガッツの出航後、夫婦二人で国を再建

し、来たるべく「黒い牙」との決戦のため、沿海諸国連合も結束させる

べく、行動を始めた。そのうえ新しい命も授かったことを王子達が知る

のは、ずいぶんと先のことである。

  

 波しぶきがあがり、風が帆を叩く。海も空も青い。船出にはもってこ

いだ。ガッツとライトは、声をそろえ、王に向かい叫んだ。

「また、ケンカしような!」





                      終わり。

 


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