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1
「あ”-----」「う”-----」
のろのろと、腐臭を漂わせながら、おぞましい姿の怪物が続々と現れた。変色し腐敗
した体表、胡乱な目。生きる死者、ゾンビである。

「困りましたな。もう日が暮れてしまいました。あやつら、よりパワーが増してまい
りますぞ」
執事ギャリソンがつぶやく。
「ええ、でもなんでこんなに大量のゾンビが…」
むんず。
その時フロリーナの両腕を背後から掴む者がいた。
「キャア!」
薄く月が照らす黄昏時。シスターのルーシーが受けた神託を頼りに亡国の王女フロリ
ーナとその共の一行は西部にある湿原の町、ヴェニマールへとやって来た。低級魔族
から、愛する民を守るために。
2
どっぐぉし!
「きゃ! あ、あなたでしたのラッキー。驚かせないで下さいな」
姫のローリングサンダーが炸裂した。軽く2〜3メートル吹っ飛んだラッキーに忠
告は届いているか。顔、のど、ボディの急所にくっきりパンチのあとが残っている。
「姫ぇ〜、お着替えを〜あ”〜〜」
失心した。
「…このしぶとさ、ゾンビ以上かもしれませんわ」
魔鎧に着替えている時間もない。緩慢だがゾンビの群れは着実に回りを取り囲む。
「え〜い〜」
ルーシーが聖水を撒き、祈ることで安全領域を作った。とはいえこのままではそれも
もたない。
「姫さま、ここはわたしが頑張っちゃいまーす!」
マリアが腕まくりした。とはいえ対魔法使いのアンチマジックは得意な彼女だが、逆
に魔物撃退用の魔法の腕は稚技に等しい。
「んん〜召喚ー。ナベシマより強いの、なんでもいーから出ろっ!」
マリアの祈りが天に届いたか。中空にいつもより大きな空気の歪みができ、閃光が走
った。
ぱり、ぱり。
「ンニャア〜ゴー」
ぽんっと、白煙とともに現れたのは。…いつもと同じ黒猫のナベシマだった。だが、
その尻尾だけが実体化していない。
「?」
マリアが、皆が、ゾンビが見上げる中、ずるりと尻尾をつかんだ手が現れ、そのまま
真下に人間が吐き出された。
どさ。
「おーいてて。なんだよナベシマ、人をどこまで…おい、ここ、どこだ?」
黒髪、小柄だが筋肉が寄り合わせられた体躯。足は短いが腕と胴が長い。身なりはシ
ンプル過ぎる制服である。石を削ったような強面にギロギロと目が動いた。
「あんた、だれ? ナベシマの…お友だち?」
マリアがおずおずと聞く。
「オレ? 足代ってんだけど。ナベシマ、ありゃ
ペットだペット。非常食でもいいけどな」
凶悪な物言いにも当の黒猫はいつも通りだ。
「わあ〜、神様のお告げど〜り〜」
ルーシーが微笑む。
「なんだあ? 映画の撮影か? それともコスプ
レパーティー?」
別世界からの来訪者、足代秀雄は盛大に勘違いを
していた。
3
「な、なんですの? この野蛮人」
あからさまに不審な男にフロリーナはマリアに聞いた。無論かけだし魔女には答える
ことなどできない。
「なんだぁ? このケツとデコと態度ばっかデカイ女は?」
ギロリとにらみ、逆に足代と名乗った男が問いただす。
「な! なんですって! あ、あああなたそこに直りなさい。斧の錆にしてさしあげ
ますわっ!!」
気絶しているラッキーを除き、みなドン引きである。質素とはいえ貴族の容姿振る舞
いをする者にタメぐちをきく異邦人。皆がバーバリアン=野蛮人という言葉を頭に浮
かべていた。その時、
「あ”ぁーーーーー!」
聖水の効力がきれたか、ついに先頭のゾンビが円陣に入って来た。フロリーナは短剣
を抜く。だが対角線上の位置のマリアが狙われた。
「いやーん!」
「! マリア!」
ドシャ!
ゾンビの上半身は見事に吹っ飛び、リングアウトとなった。
「ふぇ?」
足代の上段回し蹴りがマリアの頭上をかすめゾンビに炸裂したのだ。
「びーっ、怖かったよーう」
「なんでぇ、こいつらモノホンの化け物か。”実体のあるバケモン”は初めてだな。
ま・いいか、行くぞぉ、チェースト!」
どかばきぐしゃ。手当たり次第ゾンビを粉砕する野蛮人。しかも徒手空拳である。さ
すがの姫も呆然とその様子を眺めていた。ギャリソンが声をかける。
「ささ、今のうちに町まで参りましょう。少し砕かれても奴らはダメージを感じませ
ん。死体ですからな。月が濃くなれば力を増してくるでしょう」
「え、ええ。そこの、野蛮…あなた、西方に町があります。そこまでの護衛を命じま
すわ」
「なーに言ってんだいデコねえちゃん。ものの頼み方を知らねえなあ」
器用に返事をしながら敵を倒す。しかし頭部の粉砕が適った相手しか倒せないことを
知るや、これまた器用にラッキーとセバスちゃん入りの巨大バッグを担ぎ、全速力で
西へ走りだした。
「に、二度までも愚弄を。許しません、許しませんわ! きーっ!!」
三白眼になった姫も皆も後を追う。悔し紛れに目の前の布を噛みしめる。
「姫さま〜下着が丸見えですう〜〜」
…スカートの裾だった。
狂戦姫と異邦人、最悪の出会いであった。
(BGM:Thriller)
4
ヴェニマールの宿屋で。
「うえっ、気持ちわり。血だかなんだか付いてやがら。」
「先程のご活躍、お見事でした。感謝しますぞ、アジロ殿。ここヴェニマールは水も
豊富で温泉もあるとか。姫…フレアお嬢様の依頼に応じた報酬はお支払いいたします
が、まずはお体を清めてまいられなさい。」
天から湧いた破天荒な男にギャリソンは動ずることなく契約をした。マリアが呼び出
した以上、元の世界に戻す方法も探す必要がある。
マリア本人も実は召還が成功しているのはナベシマのみ。いつもほっておくと帰って
しまうため、返し方が判らないという。召還の最中は「いつもより頭が熱かった」と
は言っているが。
もっとも、足代本人はそんなことはおかまいなしだった。宿屋を見回し、こねくり、
花瓶の花をそのまま食べたりしていた。ルーシーやギャリソン、別世界の雰囲気にも
もう馴染んでいる。

「アジロ兄さまー、きゃいきゃい」
急遽足代ファンとなったマリアが聞いたところでは…、
彼はまだ十八歳、姫と同い年。ここよりもっと文明が進んだ世界で、基本的に王は
執政をせず、庶民の代表が取り仕切っているという。
「デタラメですわ。あんな原始人がそんな所にいたなんて。貴族でもないのに働かず、
勉強だけの暮らし? しかも王制が取られていない? 誰が命懸けで国民を守るとい
うのです?」
フロリーナは憤懣やるかたない、というところである。来訪者の何もかもが気に入ら
ないようだ。
もう一人彼を快く思わない者がいた。
「あんのやろ、人が寝てるスキにカバン持ちの仕事を奪いやがって。許せんっ、靴に
画鋲入れてやる。それとも靴を隠してやろうか、水虫うつしてやろか」
…大きなことを考えられないラッキーであった。
月も雲に隠れた深夜。足代は公営の浴場で汗を流し、制服も洗った帰りである。先
の戦いでボロボロだが、ゾンビの汚れた血や体液といったものは見当たらない。通常
魔界の汚れを落とすには相当の洗濯か聖水による浄化が必要なのだが。
「お待ちなさい」

暗がりから声が聞こえる。
「なんだい? おでこ姉ちゃん。せっかく風呂上がりでいい気分なのに、よ」
「…」
「ぎひひ、はじめまして〜セバスちゃんだよー」
人気も無い町外れ。フロリーナは魔凱を装着し、野蛮人と対峙していた。
5
雲の切れ目から月明かりが漏れ、禍々しい鎧に包まれたフロリーナを照らし出
す。足代は一瞬驚いたが、しばらくじっとフロリーナを凝視する。そして。
「なんだお姉ちゃん、そのヘンテコな鎧はよ?」
「ふ、やはり思った通りですわ。この魔鎧が見え
るお前は邪なる心の持ち主。なにが狙いなの?
白状なさい!」
ぶん!
フロリーナの鉄拳が飛ぶ。バク転でかわす足代。
「なんでえ、訳分からねえまま呼び出されて、今
度はケンカか? いいぜ、相手になったらあ!」
斧も、火炎攻撃もしないがパワーと抜群の身体能
力を引き出す魔鎧である。しかし矢継ぎ早に繰り
出される姫のパンチとキックを受け流し、重みの
あるキックを足代は放つ。堂々とした戦いっぷり
である。
「くっ、意外とやりますわね。」
「姉ちゃんもなっ」
二人の激しい格闘が続く中。
「姫さまー、アジロの兄さまー、ケンカは駄目だよう」
マリアとナベシマが飛び込んできた。二人は寸止めで拳を収める。
「ふう、命拾いしましたわね」
「け、どっちがだ」
ラッキーも飛び込んできた。姫へ一直線に。
「ひめさまあ、だめだよ〜う・・・グボゲハ!」
時は動き出す。姫の見事なブーメランフックがラッキーのテンプルに直撃した。
「…なんだかな、この棒っきれみてえなの。おもしれーやつ」
足代も呆れている。遅れてルーシーとギャリソンがやって来た。
「ケンカどころじゃないですよ〜、大変です〜。アレンって男の子が、森の奥
の墓場に行っちゃったんですぅ〜」
・・・つづく。
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