|
7
<『美しき青きドナウ』のBGMで>
すぱーん
すぱーん
すっぱぱーん
「ぶひ」
「ぶひ」
「ぶひぶひー」
重厚で無骨な鎧が優雅に舞う。なます切りにされたオークだったものの山が作られる。
「ほーっほほほーっ 無様な死に顔をさらしなさいっ! 生まれたことを後悔なさい!
どす黒い血がお似合いよっ! ほほほほほほほほほほ…」
シュバ!
華麗に回転を決めると、斧の上には豚顔と豚足が中華料理の大皿よろしくちょこんと並
んだ。死の輪舞が続く。
「ぶひゃ〜、親ブーん、あの娘ムチャクチャ強いブー」
「化け物だブ〜〜」
「オレたちより太いブ…」
シュラババっ
言い終わらないうちに2匹はチャーシューと成り果てた。
「おだまんなさいっ、外道!」
兜の隙間から青い瞳がぎらん、と光った。
「ぎひひひ、やるなぁ姫さん」
甲冑の悪魔の顔もまた残忍に笑った。
「おお、見事な斧さばき、さすがでございますな姫。じいは嬉しゅうございますぞ」
ギャリソンが遠眼鏡で見物している。いつの間にか紅茶も入っている。
「どこどこどこ!? フロリーナ姫! あああっっ、もう鎧着てるよ! ちくしょ〜!!」
目が醒めたラッキーが目を皿のようにしながら地団駄を踏んでいる。
<BGM、『くるみ割り人形』に>
大斧が豪快に、かつ楽しげに回転する。
「ただ今、姫さまのバーサーカー(狂戦士)モードが発動中です〜」
「はーい下がって下がって♪」
大回転!
「ぶげげげげげげげげげげげげげっぶぶぶげげげげげげげげげ」
回転が止まった。独り残ったボスオークは命乞いをする間もなく、綺麗なミンチになった。
8

「はあ、はあ、はあ、ざ・まぁ見ろですわ。はー。」
戦い済んで。戦姫の兜の中の瞳に穏やかな光が戻ってきた。
「は、わ、わたくしとしたことが野卑な言葉を。ああっ、殺戮の快楽に一時でも身を委ねて
しまうなんて。王家の恥さらしですわ! そのうえ…」
真っ赤になって目に涙を浮かべている。
「ルーシー、清めの聖水を…あら?」
その時、オークの残骸の陰に動くものがあった。
「ズタ袋ですね〜。ちょうどちっちゃな子供が入れるくらいの〜」
「・・・・・! ラッキー、すぐにお開けなさいっ、ルーシー治癒魔法使えて? マリア、
焼きイモリは残ってますの?」
はたしてフロリーナの推察通り、袋には息も絶え絶えの幼い赤毛の男の子が縛られたま
ま放り込まれていた。
神妙な顔でラッキーも覗き込む。
「姫、こいつぁ〜女の子じゃねえですね」
どっす。ボディに一発。
「食料としてさらわれてきたか、そんなところでしょうな」
「ええ、じい、着替えの用意をお願い。早くこのケダモノの鎧を引き剥がして」
兜を外しながら、ラッキーにレバー打ちをしながら言う。
「ゲフゲフ、あ・鎧はおいらが脱がし・・・」
げしっ。
さらにアッパーカットが追加された。
9
「気がついて?」
「あ…ぼく、食べられたんじゃない…の?」
朦朧としながら、あどけない顔で少年が尋ねる。
「大丈夫、あなたをさらった悪いオークはわたくしたちが倒しましたわ。」
ドレス姿に戻ったフロリーナはやさしく答えた。

「ねね、どこから来たの? この先の村?」
マリアの問いに、少年ウィルは急速に覚醒した。
「! たいへんだ、にいちゃんがさらわれた! 村のみんなも!」
少年はウィルと名のった。田舎村に兄のマシューとふたり暮らしていたが、突然襲ってき
たオークの集団に村は襲われたという。抵抗するものは殺され、逃がしてくれた兄は代わ
りに彼等の寝ぐらに連れていかれたのだと。
「この山の向こうに、もっと大きくて強いオークがいるんだ。おねえちゃん、お願い! に
いちゃんと村のみんなを助けて!」
黒い瞳に涙をため、少年は懇願した。
「どーするー? 姫さんよ」
鞄から発せられる魔鎧の問いに、
「もちろん救い出しに行きますわ。それがわたくしの使命ですから」
迷いもなく、彼女は毅然と答えた。
10
暗雲立ちこめる中、無気味な山の頂上近くに一行はやって来た。
「先のウィルぼっちゃんをお助けした時に、おおかたのオークを退治したのが幸いでした
な」
ギャリソンがのんきに言った。
「でもでもー、あの魔法を使うオジサンをやっつけたのはワタシと、ナベシマだよ。」
マリヤが何時の間にか現れた黒猫をだっこしながら言った。
「そうね、偉かったわ、マリヤ、使い魔さん」
魔鎧を既に着込んだフロリーナは供の功績を讃えた。ラッキーだけは相変わらず着替え
を覗こうとしたため、顔が奇妙に歪んでいる。
「癒しの術は、おあずけですよ〜」
ルーシーの言葉も、彼の脳の中枢まで届いてはいないかもしれない。
その時。
「ぶぅひぃいいいいいいいいぃぃぃぃ…」
雷鳴のような雄叫びが空気を震わせた。
「! 来ましたわ。みんな、お下がりなさい」
地響きをあげ、山の洞窟から身の丈は3mはあろうか。黒い鎧をまとった醜悪なオークが
フロリーナたちの前に現れた。オークの中のオーク、オークの王、ロード=オブ=オー
クである。
ごおっ!
もともとがオークである以上、中身はしれたものである。とは言え体格に合った豪腕から
繰り出される鋼の棍棒の攻撃は想像以上のものだった。
ガキィ!
単調だが重い一撃が容赦なく姫を襲う。
「ぶっほっほっほっほ〜」
「くっ、やりますわね」
さしもの戦姫も防戦一方になった。起死回生に鎧を着けているとは到底思えぬハイキック
を繰り出した…時。
「にいちゃーんっ」
幼い声がする。よろよろと山を登ってきたのは、ウィルだった。兄を助けようと一行を追っ
て来たのである。そして、
「?」
フロリーナを見て、つぶやいた。
「…おねえちゃん、なんで『はだか』なの?」
「いっ」
ぴた、とフロリーナの脚が止まり、ゆっくりと降りていく。無骨な甲冑はわなわなと振るえ、
胸を押さえてうずくまった。
「い…いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

フロリーナは18歳の泣きじゃくる少女になった。
けれどもオークの王の追撃はやまない。鎧の上からとは言え執拗な攻撃が繰り返され
た。
「姫さま〜!!」
マリヤたちの声も届かないかのように、戦意喪失した彼女は、大オークのされるがままに
なっていた。
ゴン!
強烈なスイングに兜が飛び、素顔が表れた。無論、鎧は”着けたまま”である。
「が…は…」
朦朧としたまま、彼女はぼんやりと少年を見た。
少年の真摯な瞳が映る。その目はフロリーナの裸体を映している。だがそれ以上に「愛す
る者を救いたい」とだけ叫んでいる。
「…!!」
ぶち、
ぶち、
ぶちいっ!
何かが彼女の中で切れた。
「うぉおおおおおおおーっ」
姫が吼えた。仁王立ちになり、大斧を構えなおす。
<BGM:『ワルキューレの行進』>
反撃が始まった。
「ぬああっ、貴様たちさえいなければ! 呪われた魔鎧なんか着ないで済んだのよっ!」
斬撃、斬撃、斬撃! 優雅さなど微塵もない、息をもつげぬ攻撃。
そんな風景を、ラッキー達は遠巻きに眺めていた。
「あ〜あ、いま、姫様はあのガキんちょにだけすっぽんぽんに見えるんだよなあ」
ラッキーがぼやく。
「そう、あの魔鎧の『心の正しい者には見えない』呪い。そのせいで、いわば”裸の王女
様”なわけですからな。それでも健気に戦う姫様のなんといじらしいことか」
ギャリソンがしれっと言う。
「ぐぐぐ、なんでオイラには見えねえんだよう!? 神様ぁ〜、こんなに頑張ってんだか
ら姫のヌード、オイラにだって見せてくれよう!!」
血の涙だ。よほど見たいのだろうがその考えが矛盾していることに気づいていない。
「ぶひいっ!?」
突然の猛攻に後ずさりするオーク王。
ドカ! ドガ! ドガッ!
狂戦姫は悪鬼の如き形相で短剣も抜き、十字に組んだ。
「隣国の王子様との婚約も決まってましてよ! 鎧を着けて魔物からお助けしたら、二度
と会いたくないと言われましたわ! 会う殿方、皆に露出狂と罵られましたわ! うわー
んっ!」
子供泣きで両手を振り回し攻め立てる。
「ぶぶぶぶぶ、ぶひゃーーーーーー!」
豚の王は見事に吹っトンだ。
魔鎧の胸にある口が開き、瘴気をはき始めた。
「ぎひひひひ、やるぞ! フロリーナ姫!」
「よろしくてよ! でえいっ!」
鎧が大きく息を吸い込む。吐き出した風に剣と斧で火花を散らせると、それは業火となっ
てほどよく叩かれたまるまる一匹の豚を襲った。
ぐおっ!
「ぶっきゃーーーーーっ…」
炎と煙がひき、不謹慎極まりないくらい、香ばしい匂いが漂ってくる。その中でえぐえぐ
と嗚咽をもらす少女がひとり、佇んでいた。
「姫さま、かわいそう〜」
「かわいそうだね。ショボン」
小さなシスターと魔女は清めの水とケープを手に駆け寄っていった…。
11
奇跡的に村びとたちは無事であった。騒ぎも収まり、全員が家に戻って。
翌朝。
旅立ちの準備をする一行に、赤毛の少年が駆け寄って来た。ウィルの兄のマシューであ
る。
「本当に、なんてお礼を言っていいか…」
ウィルもやって来た。
「もう、行っちゃうの?」
おずおずと、ウィルはフロリーナに聞いた。
「ええ。この村にはもう魔物はいないし、わたくし、あんな姿を見せてしまいましたもの。
…おかしかった、でしょう?」
憔悴した笑顔で答えるフロリーナ。
「どうせ金も出ねぇし…ごぶ!」
都合4箇所から拳と蹴りがラッキーを襲う。当分癒しの魔法はなさそうだ。
「ううん」
ウィルは言った。
「ちがうよ、お姉ちゃん、きれいだった! つよくて、わるいやつをやっつけて、金の髪が
ひらひらして、天使さまみたいだったよ!!」
偽りのない、澄んだ瞳。
「・・・・・!」
フロリーナはウィルを優しく、やさしく抱きしめた。
「ありがとう。でもやはり行かなくては。あなたみたいに困っている子がいるかもしれない
の」
少年もしぶしぶうなずいた。
「うん、しょうがないね。ガンバってね!」
「では、まいりますぞ、姫」
「ばいばーい、きゃははは」
「さよ〜なら〜」
カバンの中からも鼻歌が聞こえる。
手を振るウィル。歩みだす一行に、マシューは叫んだ。
「あ、あの! せめてお名前を! 天使様!」
「あー、これだから下々の者は。いいか坊主こちらにおわすはフロリ…」
マリアとルーシーがラッキーにズタ袋を被せた。
「わたくし、天使ではありませんわ。一介の賞金稼ぎ、『バーサーカープリンセス』とでも
お呼びになって。」
ごきげんよう、と優雅に微笑み、一行はまた荒野へと、消えていった。
・・・おしまい。
|